無題奇譚〜Untitled tale〜 作:惰眠
金属と金属がぶつかり合い、甲高い音が響く。
夜月は葉月の攻撃を鎌で受け止め、時にはいなしながら反撃を加える。
相手の得物はナイフだ。接近しないと振るえないため、必然的に間合いを詰める事になる。
対して夜月の得物は大鎌。リーチは広いが間合いを詰められたら不利と言える。ただ、そこは夜月の技量でカバーしていた。
加えて、この大鎌はただの大鎌では無い。
推進機関搭載型対異物用大鎌「
加えて、「対象を問わず首をはねたら相手を必ず殺す」という異能も付与されている。最も、スペックは既存の携帯型異能の比ではないのだが。
武器の性能だけでも葉月の持つ武装を遥かに凌駕しているが、加えて夜月自身の戦闘能力も高い。葉月に勝ち目は無かった。
だが、
「私の武装がナイフだけだと思いましたか?」
何度目かの攻防の後、葉月は後方に跳躍。夜月から距離を置いた。
そして腰に下げていたガンホルダーから拳銃を取り出し、弾倉に弾を込める。
「携帯型異能、発動!」
葉月が撃った銃弾は夜月でも見切れる程ゆっくりだった。ただ彼女は携帯型異能と言っていたので、もしかしたら何かあるのかもしれない。
夜月は首を傾げて銃弾を回避した。
銃弾は夜月の後方に飛んでいき…
「―携帯型異能『
そんな声がして、咄嗟に振り返る。
その時には既に、葉月は夜月の懐に居た。
腰を低く落とし、放たれるは、顎への掌底。
それは綺麗にヒットし、夜月は少し仰け反った。
だが踏ん張り、上体を反らしていたのをいい事に葉月の肩を両手で掴み、その鼻に頭突きを食らわせる。
あまりの痛みに葉月の意識が一瞬だけ飛んだ。
次いで、夜月は葉月を思いっきり突き飛ばし、その腹部を蹴り抜こうとして何かに気付き、咄嗟に顔を傾けた。
瞬間、夜月のこめかみの皮膚を少し巻き込みながら何かが飛んでいった。…先程躱したはずの銃弾だった。
「まさか、避けられるとは…」
葉月は鼻血を拭いながら言う。
「間一髪だったがな」
夜月はそう言って、大鎌を構え直した。
「この手はもう使えない…賭けだったとはいえ、まさかあんな簡単に避けられるとは思いませんでしたよ」
葉月は悔しそうな表情を浮かべる。だが直ぐにそれを吹き消し、元の無表情に戻った。
「だけど…まだまだです!」
葉月は拳銃を発砲しながら突進した。今度は通常の速さだった。
夜月は鎌で防御しつつ、葉月が放った蹴りを躱す。そしてガラ空きの腹部に拳をぶち込んだ。
「かはっ…」
葉月の顔が苦痛に歪む。然し踏ん張り、至近距離から拳銃を発砲。夜月は勘で状態を逸らし、銃弾は鼻を掠めていった。
すぐさま葉月の顎を蹴り上げた。スカートが捲れたが今は気にしている場合では無い。
葉月は今度こそ意識を刈り取られた…と思いきや、踏ん張った。然しふらつき、目も虚ろだ。
「…アンタじゃ俺に勝てねぇよ」
「…分かってますよ、そんなこと」
葉月は壁に手を付きながら夜月を見る。
「私は所詮、失敗作…常に最高のパフォーマンスを発揮できる状態になっていても、誰にも勝てない存在なんです」
だけど、と葉月は言った。
「役目は果たさないといけないんですよ…っ!」
葉月はスカートのポケットから錠剤を出すと、それを呑み込んだ。それから再び突進してくる。
夜月はそれをいなし、今度は腹部を蹴り抜いた…が、葉月はまるで効いていないかのように夜月に飛び付く。
一瞬だけ反応が遅れ、気付いたら夜月は押し倒されていた。腕は葉月の脚に潰され、動けない。
「チェックメイト…です」
葉月はナイフを夜月の首筋に近付ける。
ひやりとした銀色の輝きに、然し夜月は動じない。
「本当にそう言えるのか?」
―瞬間、夜月から膨大な殺意が放たれ、葉月に襲いかかった。
夜月の「
殺意の奔流に呑み込まれた葉月は引き攣った表情を浮かべた。発狂こそしていないが、躰は小刻みに震え、目には涙が浮かんでいる。
これに耐えられる人間は余程心の強い人間か、或いは元々狂っている人間か…そのどちらかだ。葉月がそれに該当しているとは思えなかった。
然し、葉月は耐えてみせた。唇から血が出る程強く噛み、意識を必死に保ちながら抗ってみせた。
だが、このままだと彼女の心は壊れてしまう。幾ら敵と
甘いな、と思いながらも、夜月は能力を解除した。
瞬間、葉月が覆いかぶさってきた。否、緊張の糸が切れてへたりこんだのだろう。
「はぁ…っ…ぅあ…」
息を荒らげ、葉月はぐったりとした。
夜月は力を入れて葉月を押しのけ、「これで分かっただろう」と鋭い視線を向けた。
「もう諦めろ。じゃないとマジで殺すぞ」
「…だめ、です…わたしは、諦める訳には…」
ここまで打ちのめされても、まだ葉月は抗おうとする。その姿勢に、夜月は純粋な興味を抱いた。
「何がお前をそこまでさせる?」
「私は、失敗作だから…捨てられないように頑張らなくちゃ…」
葉月は震え声で言う。
「異能が発現しないから躰を弄られて、無理やり強化されて…それでも強くなれなかった。このままだと、私は…」
「……俺にも退けない理由がある。だから負ける訳にはいかないんだ。だけど…」
アンタは弱くない…そう夜月は言った。
葉月は一瞬だけ驚いた様な表情を浮かべるが、直ぐに元の無表情に戻る。
「…慰めのつもりですか?」
「いや、本心だ。勝ち負けってのは結果で、そこに至る過程で強さというものがはっきりと解る。大抵のヤツは結果しか見ないけどな」
「………」
「アンタは強いよ。諦めずに立ち向かう…口に出すのは簡単だけど、それが出来るヤツは中々居ない。生への渇望でも、何でもいい…それはアンタの強さで、誇っていいものだ」
アンタは凡愚じゃない―そう夜月は言った。
静かだけど、力強い声だった。
「…だから、俺は全力でアンタと戦う。柄じゃない事は分かっているが…それでも、礼儀として戦う。だからかかって来いよ」
「……ありがとうございます」
葉月は俯き、唇を震わせる。
次に顔を上げた時、その目には確かな光が浮かんでいた。
「私を肯定してくれたのはあなたが初めてです」
「これから出来るだろ。俺にとって
クソみたいな世界だけど、人との繋がりだけは綺麗なものだからな―夜月は過去を思い出す様に、そう呟いた。
「……そう、かもしれませんね。私はあまり人と関わって来なかったけれど…いつかは、そうなるといいです」
「…ああ」
「…じゃあ、そろそろ終わらせましょう」
葉月はスカートのポケットから、携帯端末を取り出した。
「もう一度だけ、言わせてください」
葉月は笑顔を浮かべる。場違いではあったが、とても綺麗な笑顔だった。
「ありがとうございます」
「…どういたしまして」
夜月も口元に笑みを浮かべ、それから真剣な表情になり、目を閉じた。
集中。
周りの音を消し去り、無我の境地へと自分を導いていく。
凪いだ水面の様に、雲ひとつ無い空の様に―。
「携帯型異能『
葉月は目を瞑る。
瞬間、彼女と夜月を遮るように「なにか」が現れた。
ソレは白く、くねくね動いている。その動きは人間とは掛け離れたものだった。
―ネットロアという言葉がある。
簡単に纏めると、インターネット上で流布している
くねくねが何であるかを認識すると精神に異常をきたす―ネット上では、そう語られていた。葉月が目を閉じているのもくねくねを認識しない為だ。
…元々、この携帯型異能は「恐怖を実体化させる」異能だった。葉月がくねくねとして実体化させただけだったが…結果的に、使用者本人にも影響を及ぼす代物となってしまった。
然し、夜月は目を開け、くねくねをハッキリと見据えた。
―途端に、ソレを認識した瞬間頭に情報ガ流れ込んできて止まらなくなってモウダメだ、分かってしまったのだから分かってしまえばとまらない沢山の情報と認識があたまにながれて情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認識情報認
「……コノ程度デ、オレヲ止めラれると思ウナよ?」
―夜月の鎌が、くねくねを薙いだ。
斬られたくねくねは身悶え、元から何も無かったかのように消滅した。
情報の奔流から解放された夜月は荒い息を吐きながら、それでも気丈に言った。
「…俺の、勝ちだ」
その声に葉月が目を開け…驚いた様に目を見開く。
「どうして…」
「斬ったんだよ。俺にはそれが出来る」
「…それが、あなたの異能ですか?」
「いや…技術だ。それに俺は無能力者だからな」
夜月の言葉に嘘偽りは無い。
「ない」ものを「ある」ものとして斬る力…それは異能を持たない夜月が長い時間を掛けて得た「技術」だった。
「そんな…でも、あの殺意の奔流は異能の筈…」
葉月は呆然と呟き、ぺたりと座り込む。
夜月はそれに答えず、背を向けた。
「あの…」
「なんだよ」
「私も、あなたみたいになれますか?」
敵であるという事も忘れ、葉月は思わずきいてしまう。
然し夜月はそれを笑う事はせず、頷いた。
「ああ、きっと…な」
葉月はそれをきいて笑みを浮かべた。
夜月もふっと笑い、それから葉月にきいた。
「…赤坂妹は何処にいる」
「途中に三叉路がありましたか?」
「ああ」
「…なら、そこを左に曲がってください」
「分かった」
夜月は踵を返して歩き出す。葉月はやや躊躇った後、その背中に質問をぶつけた。
「…あの、もうひとつきいてもいいですか?」
「…なんだ?」
夜月は立ち止まり、振り向く。葉月はその目を見ながら言った。
「 」
「…ソイツなら、茨羽と陽香姉が詳しい筈だ」
「そうですか、ありがとうございます」
葉月は頷いた。
夜月は今度こそ歩き出そうとして…言い忘れていた事に気付いた。
「…そうだ、忘れてた」
「はい?」
葉月はきょとんと夜月を見る。
言いにくい事だし、誤解を招く恐れもあったが、結局打ち明ける事にした。
「…俺は男だ」
「…え?」