無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#49「ラプラスの悪魔―憂鬱―」

 白い壁を朱が汚す。

 それと同時に、床に何かが落ちる甲高い音がした。壁と同じく白い床には、所々に鈍い輝きを放つ薬莢が落ちている。

 壁を汚した朱の出処は、三人の男だった。躰を銃弾で貫かれ、血と命を零しながら、彼等は驚いた様な表情をしていた。

 

「…な、んで、銃弾が…」

 

 ひとりの男…五火が掠れた声で呟く。

 それに答えたのは、この惨状を作り出した少年…屑屋憂だった。

 

「答える必要はありません…と言いたい所ですが、まあ僕の異能が知られても何も影響はないと思いますし、答えますね」

 

 憂は無表情のまま、自分の手の内を明かす。

 

「僕の異能は『反射(リフレクション)』。読んで字のごとく、攻撃やらなんやらを反射出来る異能です…逆に言えば、それしか出来ない無能とも言えますが」

「…無能…はっ、そりゃ、侮辱か…?」

「異能持ちは違うぜ…」

 

 五火の隣に倒れていた男…百間と、その横で転がっていた男…二郎が忌々しげに言う。憂は「そういった意図はありませんよ」と言って、銀色の拳銃を取り出した。

 

「さて、もういいでしょ。そろそろトドメを刺すとします」

 

 憂は拳銃を男達に向ける。

 それを避ける気力は、彼等には無かった。

 そして、銃弾が放たれ…

 

「グッ」

「い、五火…」

 

 百間を貫く筈だった銃弾を、五火が自分の躰で受け止めていた。

 憂は続けて発砲する。それらは百間や二郎に当たる寸前で全て五火に止められ、彼は血を撒き散らしながら倒れた。

 

「五火―!」

「お前ら…止まるんじゃ、ねぇぞ…」

 

 最後にニヤリと笑みを浮かべ、そのまま五火は事切れた。

 

「あっけないですね」

 

 憂が呟き、残りの二人に銃口を向ける。

 だが、

 

「…二郎!」

「おうよ!」

 

 突然二人が立ち上がり、憂に組み付く。憂はいきなりの事で反応が間に合わず、そのまま組み伏せられた。

 

「…どういうつもりですか」

「お前は俺らと地獄に行くんだよ」

 

 そういって二郎は何かのスイッチを取り出した。

 

「小型の高性能爆薬だ。スイッチを押せばこの世からおさらば出来るぜ」

 

 元々、この作戦に参加した時点で裏の世界の連中は命を捨てるつもりでいた。

 自分達には異能はないし、足でまといになる事は分かっている。ならばせめて自分達の命を使って作戦成功に貢献しようと、予め決めていた。勿論、無銘達には伝えていない。

 

「俺達だって、霧風のアニキみたいに戦えるんだ」

「裏の連中、なめてんじゃねーぞ」

「…分かりました。あなた達がそれでいいなら僕は抵抗しません」

 

 意外にも、憂は直ぐに諦めた。

 

「僕の命なんてゴミクズ同然ですから」

「でも、厄介な異能持ちを減らせるんだ。大人しく死んでくれや」

 

 二郎がスイッチを押す。

 

 ―むめさん、夜さん、茨羽…後は頼んだぜ。絶対に、亜美ちゃんを救ってくれ。

 

 そして―轟音と共に彼等の躰は四散した。

 

   *   *   *

 

 遠くから聞こえた重低音に、無銘は何が起きたのかと振り返った。

 そこを鎺に突かれ、接近される。咄嗟に木刀で受け止めたが、仕込み杖に叶うはずも無い。ミシミシという厭な音がしたので、無銘は鎺の躰を蹴り、距離を取った。

 

「…ふむ、流石は赤坂蜥蜴といったところか。()く耐えるでは無いか」

「…だけどアンタ、まだ異能使ってないだろ?」

 

 無銘の言う通り、鎺はまだ異能を見せていない。幾ら異能無効化があると(いえど)も、能力によっては窮地に立たされる可能性はある。

 

「…それもそうだな。では、解禁するとしようか」

 

 鎺は仕込み杖を構える。

 そして…

 

「斬鉄」

 

 高速で振り下ろしてきた。だが、受け止められない速さでは無い。

 無銘は木刀を横にして防いだ。

 だが、刀身はいとも簡単に木刀を斬り、そのまま無銘の左肩を切り裂いた。

 ぼとり、と重いものが落ちる。…肩ごと切断された、自分の左腕だった。

 

「……………………あ」

「意外と鈍いのだな。だが、これで善く解った」

 

 鎺が刀身を杖に収めた瞬間、切断面から勢いよく血が噴き出した。

 

「ぐぁ…あ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あっ!」

 

 無銘は絶叫する。激痛で意識が飛びそうになるのを必死に抑えながら、鎺を睨み付けた。

 

「諦めろ、君では私に勝てない」

 

 鎺の「斬鉄」はありとあらゆるものを切り裂く異能だ。人の躰など、豆腐を切るかの様に斬ってしまう。

 然し、それでも無銘は立ち向かう事を選んだ。

 

「ぐ…ぎ…ああああああああああああっ!」

 

 闇雲に突進し、右腕を振りかぶる。

 無銘の拳を容易く回避した鎺は、今度は右腕を切り落とすために下段から刀身を振り上げた。腕を戻す時間は無く、無銘の右腕は無慈悲な刃によって斬り落とされる…筈だった。

 

「おらあっ!」

 

 その直前、無銘が鎺の腹に膝をめり込ませる。痛みにより鎺の反応が鈍り、その隙に右腕を戻した。

 次いで、無銘は素早く一歩下がり、鎺に躰ごとぶつかる。鎺は体勢を崩し、為す術なく床に倒れた。

 両腕は無銘の膝に潰され、マウントポジションを取られている。鎺に逃れる術は無い。

 だが、鎺は余裕の笑みを浮かべて言った。

 

「莫迦だな君は。私の能力がどんなものなのか、まだ分かっていないらしい」

「…まさかっ!」

 

 無銘は鎺から離れようとした。

 然し、それより早く…鎺の腕が無銘の膝にめり込んだ。

 鎺は、自身の腕に斬鉄の異能を付与したのだ。

 

「駄目では無いか。刃物に生身で触れては…」

「いっ…クソッタレ!」

 

 無銘に与えられた選択肢はふたつ。

 脚を切り落とされるか、それより早く飛び退くか…どちらにせよ脚は使い物にならなくなるだろう。

 だから…無銘は第三の選択肢を選んだ。

 

「カウンターフェイク!」

 

 無銘の右腕が紅く輝く。

 ダメージを力に変換し、右腕に集約させる。

 そのまま鎺の顔面に腕を叩きつけた。

 衝撃波と共に、地面にヒビが入る。

 無銘の渾身の一撃は…然し、鎺に傷を付けていなかった。

 

「危なかったよ。本当に危なかった」

 

 鎺は首を傾げ、無銘の拳を間一髪で回避していた。

 そして…無銘の両脚は切断されていた。

 

「君は善く頑張ったよ」

 

 鎺は無銘を押し退ける。

 無銘は達磨の様に転がった。脚を根元から切断された訳では無い為、途中でつっかえたが…体制を整える事は叶わなかった。

 加えて、右腕にダメージを集約した反動が来た。腕がもがれる程の痛みに、歯を食いしばって耐える。

 

「…時に、ひとつ問おうか」

 

 鎺は無銘に近付き、無理やり体制を整える。その際に脚の切断面が床に押し付けられ、血が噴き出した。

 鎺はそんな事は意に介さず、疑問に思っていた事をきいた。

 

「…君は、何故赤坂亜美を助けようとする?」

「…は?」

 

 予想していなかった問いに、無銘の口からは惚けた声が漏れる。

 鎺は本気で疑問に思っている様子だった。

 

「君の事を少し調べたのだよ。君は、赤坂亜美の実の兄では無い(・・・・・・・・・・・・)…そうだろう?」

 

 鎺の言っている事は正しい。

 亜美は無銘の実の妹では無い。彼女は無銘が昔助けた少女で、妹は妹でも義妹だった。

 

「血縁関係の無い赤の他人を、何故助けようとするのか…そこが疑問なのだよ」

 

 鬱櫛を始めとした五大名家は、血の繋がりを重視する。だからこそ、鎺には無銘の行動が理解出来なかった。

 

「…んなの、決まってんだろ」

 

 鎺の言葉に、無銘の目が細まる。

 

「血の繋がりなんて関係無い。亜美はオレの妹だしオレはアイツの為に戦うって決めてる。たとえ自分が死んでも、それだけは曲げるつもりはねぇよ」

「理解出来ないな。所詮、君も凡愚という事か」

 

 鎺は呆れた様にそう言うと、仕込み杖を構えた。

 

「そろそろ楽にしてやろう。さらばだ、愚かな少年よ」

 

 仕込み杖が振り下ろされ。

 それは無銘の右肩から心臓までを切り裂く刃となり。

 一瞬の後、無銘は絶命している筈だった。

 然し、

 

「…まだ、何も終わってねぇぞ」

 

 無銘の右手が、刃を掴んでいた。

 鎺が目を見開く。

 刃を掴まれた事に対してでは無く、無銘の右手が切り裂かれない事に対しての驚きだった。

 

「…そうか、異能無効化…」

「最初に右腕を切り落としとけば、アンタの勝ちだったかもしれないな」

「…だが、このままでは君も動けないだろう」

 

 右手で刃を止めた、そこまではいい。

 だが、無銘には右腕しか残されていない。動く事も出来ない状態で、五体満足の鎺を止めているのだ。

 そのうち押し負ける事は確実だった。

 だが、無銘には秘策があった。

 

(本当は使いたく無かったんだがな…だけど、そんな事言ってられねぇ!)

 

 

 ―■■■■■■(スタンド・バイ・ミー)

 

 

 

 

 瞬間―この世から異能が消えた(・・・・・・・・・・・)

 

 五秒間という短い間だけ、異能という力が存在しない世界を作り出す…禁忌の力。

 だが、それが大切なものを護る為ならば…禁忌すらも受け入れ、使う。

 それが無銘という人間だった。

 

「今度は外さねえぞ」

 

 刃を横に弾き、右腕を引く。

 先刻と同じく、全てのダメージを右腕に集め―偽りの一撃として放つ。

 

「カウンターフェイク!」

 

 そうして放たれた拳は鎺の心臓を的確に貫いた。

 決着だった。

 

   *   *   *

 

(さて、と…)

 

 予想以上に手こずり過ぎた。

 このままでは失血死するだろう。

 その前に、死因を定めなければ(・・・・・・・・・)

 

 無銘は手を伸ばし、仕込み杖を取る。 

 そして苦労しながらも…躊躇いなくその刃を自分に向けた。

 

 肉を貫く感触と共に、心臓に異物が侵入する。

 歯を食いしばりながら刃を捻り、自分を死に近づけていく。

 

(まだ、終われねぇんだよ…)

 

 思いっ切り刃を捻ると、大切な血管が幾つか切断され、先程までとは比べ物にならない程の血が辺りを染めた。

 それを認識すると同時に意識がブラックアウトしていき…無銘は何度目かになるか分からない「死」を迎えた。

 

 そこに、茨羽と合流した夜月が駆け付けた。

 

「相棒、無事か…って、こりゃ…」

「無銘…なんで、自殺なんか…」

 

 茨羽が絶句する。

 だが、夜月は鋭い目で無銘の死体を見た後、茨羽に言った。

 

「茨羽…先を急ぐぞ」

「…は?お前、何を言って…」

「相棒が訳も無く自殺する訳ないだろ。これは何か策があってやった事だろうな」

「…確かにそうかもしれないが…お前と違って心臓ブチ抜かれても生きてるって事はないだろ」

「ま、気にすんな。それより早く行こう。多分この先が目的地の筈だ」

 

 夜月は言って、無銘の死体を一瞥してから歩き出した。

 茨羽はまだ迷っていた様だったが、無銘を信じる事に決め、夜月の後に続いた。

 夜月は先を進みながら、心中で呟く。

 

 ―必ず戻って来いよ、相棒。

 

 軈て、行く手にひとつの扉が見えてきた。

 そこが、目的地だった。

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