無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#50 「退屈凌ぎの物語」

 扉を開けると、いくつかのモニターが目に入った。

 モニターの前にある椅子には意識を失った亜美が拘束されており、その横では黒いワンピースを着た少女がパイプ椅子に腰掛け、つまらなさそうにモニターを眺めている。

 

「あ、来たんだ」

 

 少女はモニターから目を離し、夜月と茨羽に視線を向ける。

 吸い込まれそうな程黒い瞳に見詰められ、何故か気持ちが落ち着かなくなってきているのを感じながら、夜月は問うた。

 

「お前は誰だ」

「あたしはドロシィ。この研究所の所有者で…螺鈿會の創設者だよ」

 

 ドロシィの言葉を理解するまでに時間が掛かった。それが脳で咀嚼されきった時、夜月は怪訝な声で「螺鈿會の創設者?」ときいていた。…それと同時に、茨羽も全く同じ言葉を口に出していた。

 当然の反応だろう。螺鈿會といえば、今まで自分達が関わる事になったいくつかの事件の背後にいた組織だ。かなり大きい組織だろうなと予想はしていたが…まさか、その創設者が年端もいかない少女だとは。

 ドロシィはふたりの反応を見て笑みを浮かべ、楽しそうな声で言った。

 

「そう。もっと簡単に言うと…全ての黒幕ってところかな?」

巫山戯(ふざけ)ている…訳では無さそうだな」

 

 茨羽が戸惑った様に言う。ドロシィの言葉を把握しきれていないと言った様子だ。

 ドロシィは「巫山戯ている訳ないじゃん。なんなら、全て説明してあげようか?」とやはり楽しそうな声で言った。

 

「内容によっては容赦しないぞ」

「構わないよ。もとよりこちらはそのつもりだから…」

 

 ドロシィは椅子に座ったまま、「少し長くなるけど許してね」と前置きした後、ハッキリとした声で話し始めた。

 

   *   *   *

 

 天咲一族。

 誰でも使える異能である「携帯型異能力(インスタント)」を生み出した一族である。

 天咲は代々異能の研究をしてきた一族であり、その研究を元に様々な携帯型異能力を生み出して来たのだが…その最中にこの世界を自由に変えられるモノを生み出してしまう。

 それが「無題奇譚」と呼ばれる一冊の本であった。

 様々な偶然が重なって生まれたその本はこの世界と深く結びついており、本に書き込んだ内容が現実化するという…携帯型異能力を超えたナニカだった。

 無題奇譚を生み出したのは天咲有栖(あまさきありす)という異能力者だったが…彼女はその力を恐れ、無題奇譚に細工をした。

 現実改変は、最長で二十四時間以内の事象に限る―この制限を施した上で自分が携帯していれば、恐ろしい事は起きないだろうと踏んだのだ。

 然し、その後程なくして天咲有栖は失踪。次に姿を現した時には、彼女の善の部分である「アリス」と悪の部分である「ドロシィ」に別れてしまっていた。

 アリスとドロシィは話し合い、その結果として無題奇譚はアリスが管理する事になった。

 だが、次第にドロシィはこの世界に飽き始め、自分を満足させる玩具が欲しいと思う様になる。

 そこで、無題奇譚の奪取を企むと共に「現実改変は、最長で二十四時間以内の事象に限る」という制限を破る為にある試みを始めた。

 それが過去を視る眼…ロストアイの創造である。

 無題奇譚は見聞きした事象を文として展開し、その内容に書き込みを入れる事で現実が改変されるという仕組みになっている。その為、ロストアイで過去を視る事で過去の事象を文として展開し、現実を改変しようと考えたのだ。

 天咲有栖は「作者権限」という、世界にある全ての異能を使いこなせる力を持っており、ドロシィもその力を引き継いでいたが…ロストアイだけは使用する事が出来なかった。恐らく有栖がこうなる事を見越して作者権限にも手を加えていたのだろうとドロシィは推察したが、いずれにせよどうにもならない事だ。

 ドロシィはロストアイの適合者を探すうちに春風郭公と出会い、彼に取り入った。

 その結果として郭公の娘である春風つばめがロストアイの適合者となり、ドロシィは彼女を螺鈿會に監禁。後は無題奇譚を回収すればこの世界を自由に出来る…筈だった。

 然し、つばめはなんらかの方法で螺鈿會から脱走し、無題奇譚は逆浪の手に渡った。ドロシィの片割れ…アリスが亮一を装って彼に送り付けたのだ。

 だが、ドロシィは現状満足していた。確かに世界を意のままにしたいという気持ちはあるが、それ以上に現在の混沌が楽しかったのだ。

 そんな訳で様々な事件に関わっていくうちに無銘の妹である赤坂亜美の事を知り、彼女の能力に興味を持った。

 そして亜美を誘拐し、今に至るというわけだった。

 

   *   *   *

 

「…要は、アンタをぶん殴ればいいって事か」

 

 警戒しながらも話をきいていた夜月が大鎌を構え、低い声で言った。

 ドロシィはくすくすと笑い、「まぁそうなるねぇ。(いささ)か脳筋な気もするけれど」とその言葉を肯定する。

 

「今ここであたしを殺せば全てが終わるよ。最も、殺せる訳がないんだけど」

「どうしてそう言い切れる」

「あたし、かみさまだもの…話きいてなかったの?」

 

 ドロシィはやれやれと肩をすくめてみせた。

 ―瞬間、その眼前に夜月が迫り、ドロシィの首を目掛けて大鎌を振った。

 然しその攻撃は不可視の壁に阻まれ、首のだいぶ前で停止した。何かしらの異能による防御である。

 夜月は続けて鎌を振るうが、(いず)れも防がれる。夜月の攻撃の隙に茨羽がドロシィの背後にまわり、奇襲を仕掛けるが…これもまた、不可視の壁に阻まれた。

 

「全く…」

 

 ドロシィがぼやくと、今まで攻撃を防いでいた不可視の壁が爆発した様に広がっていき、夜月と茨羽は吹っ飛ばされた。

 

「どうやっても、キミ達はあたしに勝てないよ。神様に勝てる人間なんて、フィクションの中だけなのに…」

「…それでも、やるしかねぇだろ!」

 

 再び夜月が疾駆し、大鎌を振るう。

 夜月の大鎌―「天」には首をはねたら必ずその相手を殺すという異能が付与されている。その為、首さえはねてしまえばそこで勝ちが確定するのだ。

 だが―幾ら武器の性能が優秀と(いえど)も、当たらないのであれば意味は無い。

 夜月の攻撃は全て防御され、ただ体力を無駄に消費するだけとなった。

 …どうやら、本当にこの少女は神であるらしい。

 ドロシィの背後から攻撃を仕掛ける茨羽も同じ気持ちだった。彼の脳裏には、陽香の事件の時に対峙した男―神知戦の姿が浮かんでいた。

 神知も、このような力を得ていた。神知が手を抜いて戦っていたから自分と陽香で倒せたが―その犠牲は大きいものとなった。

 脳裏に裏の世界の連中と霧風の顔が浮かぶ。亜美も、無銘も、夜月も、自分達に着いてきた連中も…もうこれ以上、喪う訳にはいかない。

 茨羽は必死に拳を振るい続ける。その一方では「黒焔」を用いて焔の槍を創り出したり、以前使用した焔のスライムを用いた攻撃を繰り出すなど、異能の出力を限界まで上げて様々な方法で攻撃していた。

 夜月と茨羽…ふたりの異能力者を相手にしても、ドロシィの壁は破れない。それもそのはずで、彼女が使用していたのは「拒絶」の異能…ありとあらゆるものを拒絶するという防御の異能だった。

 この異能を突破するには同じ「拒絶」の異能をぶつけるのが一番手っ取り早い。無銘の異能無効化でも解除出来る事は出来るのだが、出力の差で押し負ける事も有り得るため、確実なのはこの方法しかない。

 だが、それを可能にする男―逆浪光はここにはいない。よって、ドロシィの攻略は不可能といえる。

 ドロシィは先程の様にふたりを吹き飛ばし、呆れた様に言った。

 

「頑張るねぇ…でも、まあこれもいいかな」

 

 瞬間、ドロシィの顔が醜い笑みを湛えた。

 悦楽に染まりきった眼が、夜月を捉える。

 

「何も救えずに絶望するとかさ…最高じゃない?… ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ―瞬間、夜月の眼が光を失った。

 

「…何故それを知っている」

「調べたんだよ…君、相当深い闇を抱えているみたいだね?」

 

 ドロシィは楽しそうに言う。

 それに対して、夜月は…。

 

「…夜月?」

 

 その様子を見ていた茨羽は、思わず夜月の名前を呼んだ。

 それほどまでに―夜月の纏う雰囲気が空虚なものだったからだ。

 夜月はぼんやりした声で言った。

 

「…そうだ。俺は、おれは…アイツをこの手で殺した」

 

 言葉を紡ぐその口元が、力無く綻ぶ。

 

「…だから、今度はそうならない様に…もう何も喪わないように……闘ってるんだよ」

 

 瞬間。

 夜月から、異能の出力を遥かに超えた殺意が発せられ、ドロシィに襲いかかった。

 無論、それはドロシィの拒絶能力に防がれるのだが…驚く事に、拒絶能力の出力を少しずつ上回っている様だった。つまり、絶対の筈の防御が破られかけているのだ。

 ドロシィが少しばかり驚いた様な顔をする。

 対する夜月は―無表情で、目の前の敵を終わらせようとしていた。

 

 そして死が部屋中に充満した、その時。

 今まで意識を失っていた亜美に変化があった。

 頭の中で、声が聞こえたのだ。

 

 

「情けないな」

 

 それは亜美が聞き慣れたもので、然し聞きたくないものでもあった。

 

 ラプラスの悪魔。

 …亜美の中に居るその存在が、目を覚ました瞬間だった。

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