無題奇譚〜Untitled tale〜 作:惰眠
「それで、一体何があったんだ?」
夜月と茨羽は研究所で起こった事を話し終えた後、入院していたメンバーにそうきいた。
「…今から説明します。ふたりが研究所できいた…ドロシィとかいうヤツの目的にも関わってくる話なので」
逆浪がそう言って、皆の顔を見渡す。
二郎らの死、無銘の犠牲、攫われたつばめ…そして、ドロシィの目的。齎されたものの大きさに皆黙りこくっている。
その中で、逆浪は話し始めた。
夜月らが研究所で戦っている間に、何が知らされたのかを…。
* * *
喫茶店の襲撃後、病院で無銘が目を覚ました頃に遡る。
無銘の病室のちょうど真下に位置する病室で、逆浪光はぼんやりとしていた。
襲撃を受けた知り合いらの事が気になるが、風邪をひいてしまっているので無闇に動けない。というか軽傷だったし、家に帰ってもいいのではないかと思ったのだが、何故かそうはいかなかった。
看護師や医者に知り合いの容態をきいても、全員が重傷だという事しか分からない。逆浪がいるのは普通の病室だが、他は個室にいるのだろう。面会も謝絶されているし、どうにもならない。とてももどかしかった。
そんな感じでベッドの上でうごうごと蠢いていると、病室のドアが開いて霧ヶ峰勘助が入ってきた。
「爺…」
「体調は大丈夫か?」
勘助はベッドの脇にある椅子に腰掛けながらそうきいた。
「俺は大丈夫だよ。だけど、皆が…」
「事情は把握している。螺鈿會にやられたらしいな」
「ああ…俺は何も出来なかったよ」
逆浪は天井を見て自嘲する様に呟く。
勘助は「そうか」と呟くだけで、フォローはしなかった。これが彼の常態なので、逆浪は特に気にしていなかった。
「…まさか、お前がここまで深く螺鈿會と関わるとはな」
「つばめが現れた日から、こうなる事は分かってたつもりだった。だけど、いざその時になるとこのザマだ。本当に情けねぇよ」
「…お前はそう思うかもしれないが、これはオレの責任でもある」
厳しい言葉を掛けられると思っていた逆浪は、勘助のその言葉に怪訝な顔をした。
「どういう事だよ」
「…お前、無題奇譚を持っているんだろう。オレがもう少し早くそれを知っていれば、こんな事は起こらなかったかもしれない」
「な、なんで爺があの本の事を知っているんだ?」
逆浪は驚いてそうきいた。
勘助は無表情で、「偶然お前の部屋で見つけたんだよ」と言った。
「部屋の鍵くらいちゃんと掛けろ」
「そうじゃなくて…いや、そうかもしれないけどさ。なんで爺は無題奇譚の事を知っているんだよ」
「使い方までは知らないけどな。今日はその事について話す為に来たんだよ」
勘助はそこで周りを見渡してから、諦めたように「本当は人が少ない所で話したかったんだがな…まあ仕方ないか」とため息混じりに言った。
「…光。なんでオレがお前を引き取ったのか知っているか?」
「え?それは…俺の叔父さんに頼まれたんだろ?確か、逆浪哲也とかいう…」
「その通り。哲也はオレの同僚で、何かあった時はお前を頼まれていた」
「それと無題奇譚がどう繋がるんだ?」
逆浪が急かすと、勘助はそれを静止して、
「まあ急かすな。実はな、オレと哲也は元々公安の人間だったんだ」
「公安…って、警察!?爺、警察官だったのかよ!」
声がデカいと勘助は逆浪を睨んでから、「厳密には違うが…まあそう思ってくれて構わない」と言った。
「オレは公安の中にある『零』という非合法組織のトップだった。今はアパートの管理人をしているがな。そしてオレ達が最後に関わった事件が、螺鈿會の殲滅…お前と美雪を救い出した時の事件だ」
今から、その話をする―そう言って、勘助は椅子に座り直した。
逆浪は唾を飲み込んでから、準備が出来た事を示す様に頷く。
それを見た勘助は、重々しい口調で話し始めた。
* * *
九年ほど前の事だ。
公安警察に存在する非合法組織『零』に、ふたりの協力者が加わった。
『零』は一応公安警察の中に存在しているという事になっている。逆浪哲也巡査部長や
メンバーは全員が異能力者だが、当時はまだまだ異能への理解が浅く、まともな仕事は回ってこない為、この組織はしばしば不良警察官の島流し場所となる事が多かった。また、この組織に所属すると出世コースから外されるという噂もあり、一般の警察官からは恐れられていた。
霧ヶ峰勘助は警察官ではないものの、協力者としてこの組織に所属していた。ある事件に巻き込まれた際に哲也に救われ、成り行きで在籍する事になったのだ。
仕事自体はあまりないが、たまに回ってくるのは異能関係の仕事だった。それを解決しているうちに、いつの間にか勘助ありきの組織と化しており、事実上のトップとして看做されていた。一応トップは竜堂なのだが、彼はそういう事に拘りが無かったらしく、「お前がトップでいいよ」ととんでもない事を言い出す始末だった。
変人揃いのヘンテコな組織だが、それでも勘助はこの組織を気に入っていた。
ふたりの協力者が加わったのは、そんな感じで毎日を過ごしていた時だった。
その時、『零』は螺鈿會を調査しており、今回の協力者は螺鈿會の内情を知る異能力者達だった。
竜堂の案内で入ってきたのは、くしゃくしゃにした黒髪が特徴的な少年と、エプロンドレスを着た白髪の少女だった。ふたりとも、勘助と同じくらいの年齢の様だった。
「今回協力してくれるのはこのふたりだ。ふたり共、挨拶して貰っていいかな?」
竜堂の言葉に、先ずは少年が名乗った。
「碓氷平太郎といいます。螺鈿會の調査に関わっているときいて、微力ながらお手伝いをさせていただこうと思い参上しました。よろしくお願いします」
少年―平太郎がハッキリとした口調で自己紹介を終えると、次は少女が名乗った。
「
少女―繭が自己紹介を終えると、竜堂が「短い間になると思うけど仲良くしろよ〜」と柔らかい口調で言った。
仲良くしろって、学校じゃあるまいし―呆れる勘助を他所に、平太郎と繭は哲也が運んできたお茶を啜っている。
変人の巣窟に、また変な連中が入ってきたな―そんな感想を抱いた勘助は、小さくため息をついた。
…思えば、このふたりとの出会いが、一連の出来事の端緒だった。
逆浪光らの世代より前、勘助らの世代から物語は始まっていたのだ。
この時点では、そんな事が分かるはずは無かったのだけれども。
当たり前ではありますが、現実の公安にはこんなヘンテコな組織は存在しません。
「この馬鹿、警察の事知らねぇ癖によくこんな組織出そうと思ったな」という冷めた目でご覧いただけると幸いです。