無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#55「アリスとドロシィ」

 翌日、深夜。

 螺鈿會の本部にある休憩所に、春風郭公は足を踏み入れた。

 螺鈿會は研究施設という施設柄、研究スタッフが常駐している。この休憩所はそんなスタッフの為に設えられた場所だ。

 ソファとテーブル、その奥には喫煙スペースもある。いつもは喫煙スペースにある程度の人影があるのだが、今はその姿は無い。

 代わりに、ソファでひとりの少女が眠っていた。黒いワンピースを着たその少女は郭公が入ってきても起きる素振りを見せない。

 

「…ドロシィ、客が来ている」

 

 そう言って少女―ドロシィを揺り動かすと、ドロシィはむにゃむにゃと寝言を言ってから薄く目を開けた。

 

「…ああ、春風くん…なに?お客さん?」

「というより、侵入者と呼称した方がいいのかもしれんな」

「誰?人数は?」

「ひとりだ。アリスと名乗っている」

 

 その名前をきいて、ドロシィは目をパッチリと開けた。口元に笑みが浮かび、纏う雰囲気が変化する。

 

「へぇ…何しに来たんだろうね、あの子…あたしに勝てないの分かってるのかな?」

「私が対処しよう。並の警備兵では叶うまい」

「…いや、あたしがやる。多分春風くんじゃ勝てないし、あの子もそれを望んでいるだろうからね」

「…そうか」

 

 郭公は頷くと、要は済んだとばかりに部屋を出ていく。

 ドロシィは伸びをすると、何処かへと歩き始めた。

 

   *   *   *

 

 天咲繭は螺鈿會の薄暗い通路を進んでいた。

 耳に装着した小型無線機からは平太郎の声がきこえてきていて、繭はそれに応答しながら進む。

 既に何度か警備兵に見つかっていたが軽々と蹴散らした。繭は花車で小柄だが、実力はある。

 現在向かっているのは被験者が囚われている牢屋だ。今回は被験者の解放が目的なので、予め把握していた牢屋に真っ直ぐ向かっている。

 ただ、そこで邪魔が入った。

 

「……っ!」

 

 背後から殺気。

 空を切る音と共に飛来してきた鎖が繭の躰に巻き付き、動きを阻害した。

 繭はすぐさま拘束から逃れようと異能を発動しようとしたが…瞬間、後頭部に衝撃を受けて崩れ落ちた。

 意識がゆっくりとブラックアウトする。

 この後どうなるかは分かっていた。

 だが―それでも、繭は小さな笑みを浮かべていた。

 

   *   *   *

 

 …次に目を覚ました時には、牢屋にいた。

 服は剥ぎ取られている。裸体を晒す事に屈辱を覚えたが、その一方で「こうなるだろうな」という諦観も覚えていた。

 腕は上方で拘束されている。引っ張っても抜け出せないし、異能を使おうとしても上手くいかない。恐らく、拘束具に異能無効化が付与されているのだろう。

 前を見ると、そこにはひとりの少女がいた。繭を見るとにっこりと笑い、「久しぶりだね、アリス」と言う。

 

「…今はアリスじゃない。天咲繭だよ」

「へぇ…でも、それは偽名でしょ?アンタはアリスであたしがドロシィ。それはどこに行っても変わらないのに」

「…そうかもしれないね」

 

 答えると、少女―ドロシィは愉快そうに繭の全身を見た。

 

「…無様だね。あたしの半身がこんな醜態を晒しているのは悲しいよ」

「…そう仕組んだのはあなたでしょ?」

「そうだよ。ききたい事もあったしね」

 

 そこでドロシィの表情に一片の真剣さが宿った。

 

「…無題奇譚が何処にあるのか、教えてもらうよ」

「…教えるわけないでしょ。アレをあなたに渡したらろくでもない事になるのは目に見えているし…大体、アレを使って世界を変えても対して変わらないのに」

 

 世界を改変するといえば聞き覚えはいいが、実際は地味なものだ。

 改変の内容にもよるが、例えば人をひとり消したくらいでは大した改変にはならない。辻褄が合うように代わりの出来事が埋め合わされるだけだ。一箇所だけパズルのピースを変えたくらいでは、絵そのものは変化しない。

 それはドロシィも分かっているはず。なのに、彼女は「それでもいいんだよ」と微笑んでみせた。

 

「最終的にあたしが楽しければそれでいい。無題奇譚はその手段でしかないんだから…」

 

 でも、ちょうど良かった―そう言って、ドロシィは繭の頬に手を添えた。

 

「アンタの存在は邪魔なんだよね。『追放』の異能で世界から排除できるけど…でもそれじゃ面白くない」

 

 ドロシィはなぞる様な手つきで手を下げていく。

 頬を撫で、首筋を辿り、鎖骨に触れ、更にその下―充分に膨らんでいない胸に手を這わす。

 

「………っ」

 

 刺激。

 繭の躰が震えた。

 ドロシィはそれを楽しそうに見ると、今度は繭の脚に手を添える。

 

「屈服させてあげるよ、アリス。這いつくばらせて、絶望させて、物語から追放させてあげる」

 

 脚をなぞり、その内側に移動し、敏感な部分に触れる。

 繭の口から弱々しい声が漏れた。真っ赤になり、涙目になりながらもドロシィを睨み付ける。

 分かってるよ。

 アンタがこの位で屈服する訳ないものね。

 分かるよ、あたしとアンタはひとつなんだから。

 

「なら、もっと気持ちよくさせてあげる」

 

 そう言って、ドロシィは躊躇いなく繭と唇を重ねた。

 抵抗を抑え、歯列をこじ開け、舌を入れる。

 そのまま口内で舌を這い回す。

 脳が蕩ける様な感覚。

 おそらく、繭も同じ感覚を味わっているだろう。手は止めていないので、あちらの方が味わう感覚は強いだろうけれど。

 唇を離す。

 銀色の糸に結ばれ、濡れた唇がいやに扇情的だった。

 赤くなった顔、潤んだ瞳。

 いつ堕ちるのか、楽しみで仕方がない。

 

「な、なにを……っぁ……!」

「お喋りしてる暇は無いの」

 

 少し手を動かすと、躰が跳ねる。

 まさかこんな目に遭うとは思っていなかったのだろう。繭は混乱している様だった。

 善の心(アリス)に、悪の心(ドロシィ)は理解出来ない…そんな事を考えて、思わず笑みを漏らしそうになる。

 項垂れた繭の顎を上げる。心無しか、少しぐったりしている様にも思えた。

 意味なんてない。ただ、隷属させる為にやっているだけ。

 繭は折れない。それは把握している。

 だからこそ徹底的に犯しつくすのだ。

 それが終わった時、涎を垂らしながら自分の前で這い蹲る繭の姿はさぞ見物だろう。

 

「まだまだ、終わらせないよ?アリス」

 

 耳に顔を近づけ、()む様にしてそう囁いてから再度唇を重ね、手を動かす。

 繭は抵抗する術を失い、ただされるがまま、じっと耐える事しか出来なかった。

 だが―同時にこの状況は狙い通りだったともいえる。

 ドロシィを、繭だけに集中させておけば、後は―他のメンバーがやってくれるはずなのだから。

 

   *   *   *

 

「…繭の通信が切れました」

 

 耳に装着した小型無線機を確認していた碓氷平太郎がそう言うと、闇の中に潜んでいた男達が動いた。

 竜堂圭一と逆浪哲也、そして霧ヶ峰勘助に加え、あとふたり…冬天市警の神永刑事と、「零」の協力者である蝋坂生槻が準備を始める。

 

「繭がドロシィを引き付けているすきに、子供達を助け出す…そうですよね?」

 

 先行した繭はドロシィを見つけたら通信を切る手筈になっている。今回はたまたま通信が切れたのだが、ドロシィと繭が鉢合わせたのは事実だったので問題は無い。

 螺鈿會屈指の実力者であるドロシィを繭に任せ、その隙に子供達を救出する…それが今回の作戦だった。

 勘助と神永はバックアップとして待機し、後の四名で突入する手筈になっていた。いつもなら面倒くさがる筈の蝋坂はやけに大人しいので、問題は無さそうだ。

 

「準備はいいか?」

 

 竜堂が突入班に声を掛ける。

 全員が黙って頷いたのを見ると、勘助は三秒程経ってからゴーサインを出した。

 それを合図に、四人がその場から一瞬にして消えた。竜堂の異能であるテレポートで直接螺鈿會の内部へと突入したのだろう。

 後は、作戦が成功するのを祈るばかりだ。

 神永は持参した拳銃を握り締めている。

 勘助も万が一の為に持ってきた刀を携え、前方をじっと見据えた。

 そこには螺鈿會の本部があるばかりで―希望の光は見つかりそうもなかったのだけれど。

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