無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#6「夢想」

 光くんと仲良くなってから数日後の事。

 私は職員の後に付いて、長い廊下を歩いていた。

 いつもなら検査が行われる時間に、何故か私だけが別行動をとっている。理由を聞いても教えて貰えず、私は不安に押し潰されそうだった。

 暫く歩くと、ひとつの扉の前に辿り着く。石造りの、無骨な扉だった。鍵穴は無い。

 職員が扉を開け、私に入れと促す。

 抵抗のしようがないので大人しく入り―瞬間、私は言葉を失った。

 部屋の中は、眩い輝きに満ちていた。光源は天井から垂れ下がるちっぽけな電灯だけだが、その光が壁に反射し、輝きを増幅させている。壁には沢山のキラキラしたものが敷き詰められていた。

 

「こ、ここは…」

 

 私が立ち尽くしていると、職員が低い声で言った。

 

「ここは、螺鈿の部屋だ」

 

 螺鈿の部屋。その部屋の話は、どこかできいた事があった。

 子供達のうちのほんの一部が入れる部屋。そこはとても美しく、天国の様な場所なのだという。

 そして、その部屋に入った子供達は二度と戻ってこれない―そんな噂を、きいた事があった。

 その時の私はただの噂だと思っていたのだが―どうやら、実在していた様だ。

 ここに入れられたら、もう戻ってこれない―その話を思い出して、私はぞっとした。

 美しい部屋。だけどその美しさはおぞましいもので、私を飲み込もうとしている。

 

「い、嫌!」

 

 私は部屋から出ようとして出口に突進した。然し職員が私を正面から受け止め、鳩尾に打撃を入れる。

 私は嘔吐(えず)き、その場にしゃがみこんだ。

 職員はそれを見ると部屋から出ていき、静かに扉を閉める。苦しい中身体を起こし、扉に駆け寄るが、扉は固く閉ざされたままだった。鍵は無いのに、どうして…!

 

 …周りには何も無く、螺鈿の輝きだけが広がっている。

 私は煌びやかな地獄に、取り残された。

 

 嫌だ。

 厭だ。

 私は、まだ…!

 

「…助けておかあさん!おとうさん!いやだ!いやだよ!ここから出してええええええええええええええええええええええええッ!」

 

 只管(ひたすら)に叫ぶが、その声は届かない。

 光が眩しすぎて、思考能力まで奪われていく様に感じた。

 

 軈て、叫び疲れた私はふらふらと地面に倒れ込み、螺鈿の輝きから逃れる様に目を閉じた。

 意識を失う直前、脳裏に一人の少年の顔が浮かんだ。

 

 ―助けて、光くん…。

 

   *   *   *

 

 逆浪光は検査を受ける中、美雪の声を聞いた気がした。

 直ぐに錯覚だろうと思い直す。検査は痛みを伴うものだ。泣き叫ぶ声など珍しく無い。

 なのに…何故か違和感を覚えた。

 

(そういえば…美雪ちゃんの姿が無かった)

 

 検査に向かう途中、美雪は檻から姿を現さなかった。それどころか檻の中にもいなかったので、どうしたのだろうと思ったのだが…。

 

(…まさか、ね…)

 

 最悪の想像が浮かび、頭を振ってそれを追い出す。然し違和感は消えないどころか、益々増大している。

 

(…きくしかないか)

 

 そう思い、自分を検査している職員に美雪の事をきく。今日担当していた職員はおしゃべりで、先程から(うるさ)いくらいに話しかけてきていた。もしかしたら何か知っているかもしれないと思ったのだが、

 

「日向美雪ぃ?そういや、そんな名前のガキが破棄されるって聞いたなぁ」

 

 その言葉を聞いて、目を見開く。

 美雪が、破棄される?

 内心は穏やかでは無かったが、落ち着いたふりをしてなおも職員にきいた。

 

「廃棄って、何処でされるんですか」

「そりゃお前、螺鈿の部屋だよ…ってこれ言ったらダメだったわ」

 

 螺鈿の部屋。

 噂はきいた事があるが、実在していたとは。

 何とか気を鎮める。

 直ぐに思考が一番早い人格が立ち上がり、計算を始めた。

 美雪の為に、自分が出来る事。

 それは…。

 

(…僕が美雪ちゃんを助けて、どうにか脱出する)

 

 後先考えている暇は無い。最悪の場合自分が盾になればいい話だ。

 そう考え、静かに覚悟を決めた。

 

   *   *   *

 

 夢を見ていた。

 お父さんが居て、お母さんが居て、光くんが居る。

 幸せで楽しい夢…いや、夢じゃない。これは現実だ。

 あたたかい布団の様な、気持ちのいい夢…なのに、何処かおかしいと思った。

 少し考えると、その違和感は直ぐに分かった。

 皆、つくりものなんだ。

 浮かべている笑顔も、その存在さえもつくりもの。

 …だって、両親と光くんが一緒にいるはずが無い。

 私が両親と居るはずが無い。

 だって、ここは…。

 

   *   *   *

 

「……っ!」

 

 重々しい音がした。

 私は目を覚まして辺りを見回す。相変わらず螺鈿の部屋に閉じ込められている。

 だが―その部屋には先程とは違う変化があった。

 石造りの扉が開いていて、そこにひとつの人影があったのだ。

 その人影の正体は―。

 

「光…くん?」

 

 …血に塗れた、光くんだった。

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