無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#56「螺鈿事変(前編)」

 平太郎たちは螺鈿會の内部を進んでいた。

 どこに何があるのかは事前に繭からきいていたため、迷う事はなかった。

 この時間帯だと警備兵が巡回しているはずだが、その姿は見えない。繭が蹴散らしたのだろう。

 全員が無言で進む。と、角を曲がった所で警備兵と出くわした。繭にやられなかったのか、やられて復活したかのどちらかだろう。

 警備兵はすぐさま銃を構えた。だがそれが発砲される前に、竜堂が背後に回り、背中に一撃を食らわせた。

 竜堂の異能はテレポートである。移動には精密なイメージが求められる上、長距離移動はある程度の時間を要するが、短距離ならばその限りではない。

 ひとりは沈んだ。だが、もうひとりの警備兵が銃を乱射した。

 しかし、銃弾が平太郎たちに当たる事はなかった。哲也がその全てを弾いたからだ。

 哲也の異能は「速度操作」である。これは触れたものの動きを操るというシンプルなものだが、攻撃・防御共に使える優秀な異能だ。

 哲也は銃弾に触れると同時に自身の反射速度を限界まで上げ、銃弾を弾くという芸当をしてみせた。神業としか言い様がない。

 驚いて反応が遅れた敵の股間に蹴りを食らわせ、悶絶させる。結局三十秒も経たずに戦闘は終了した。

 

「危ねぇなぁ」

 

 蝋坂が敵から銃を奪いながらそうボヤいた。

 

「銃弾に触れるとか、能力持っていてもやりたくねぇよ」

「俺は自分に出来る事をしたまでだ」

 

 哲也は素っ気なく言うと、もう一丁の銃を拾い上げた。

 バケモノめと蝋坂が呟き、やれやれと首を振った。

 

   *   *   *

 

 その後は警備兵に出会う事は無く、四人は牢屋に辿り着いた。

 長い廊下の両側に無数の檻がある。これを全て開けるのには骨が折れるだろう。

 ただし、鍵に関しては問題は無かった。四人はバンプキーと呼ばれる特殊加工したキーを持っており、これがあれば大抵のシリンダー錠は開けられるからだ。

 

「といっても、モタモタしてる暇はないなぁ」

「平太郎くん、やってくれ」

 

 竜堂の言葉に頷いた平太郎は、ジーンズのポケットから結晶を取り出し、呟いた。

 

「携帯型異能『伝播』」

 

 そして手近な檻をバンプキーで開ける。

 するとその他の檻も一斉に開いた。「伝播」の携帯型異能の効果だ。

 

「我々は警察だ!君たちをここから助けに来た!」

 

 竜堂が叫ぶと、少しずつ檻から子供が出てきた。全員が信じられないという表情を浮かべている。

 

「蝋坂!」

「あいよ。ったく、めんどくせぇな」

 

 蝋坂は平太郎と同様にジーンズのポケットから結晶を出し、呟いた。

 

「携帯型異能『防護(プロテクト)』」

 

 すると、子供たちの周りに半透明の膜が形成された。防御の携帯型異能だ。

 

「竜堂、早くしろ!これだけの人数だと余り長くは保たないぞ」

 

 蝋坂が怒鳴る。

 竜堂は頷き、子供たちの数を数えていた哲也にきいた。

 

「全員いるか?」

「何人かいないな。天咲葉月、逆浪光、屑屋憂、日向美雪、冬土幸鳥…そして春風つばめ」

「天咲葉月はネジに引き渡されたからここにはいないはずだ…あとの子たちはどこに行った?検査中という事は?」

「分からない。だが、確認する必要はあるだろうな」

「春風つばめがいないんですか?それはまずいな…」

 

 平太郎が顔を顰める。哲也は少し考えてから、平太郎にきいた。

 

「平太郎くん、彼らの居場所に心当たりは?」

「…分かりません。考えられるのは検査室か、螺鈿の部屋か…」

「螺鈿の部屋…廃棄室か。分かった」

 

 そこで哲也は竜堂を見た。

 

「蝋坂と子供たちを連れて撤退してくれ。俺は平太郎くんともう少し探ってみる」

「…分かった。無理はするなよ」

 

 こういう時、竜堂は哲也に任せる事にしているため、直ぐに彼の提案を受け入れた。

 

「蝋坂、行くぞ」

「へいへい。いざとなった時に肉壁になりゃいいんだろ」

 

 蝋坂は面倒くさそうに言うと、「おらガキども、いくぞ」と子供たちを連れて元来た道を引き返した。

 竜堂もそれに続き、残るは哲也と平太郎だけ。

 

「平太郎くん。俺は螺鈿の部屋に向かう。君は検査室を見た後、繭さんと合流して脱出してくれ」

「…分かりました」

 

 平太郎に螺鈿の部屋の場所を教えて貰い、哲也は行動を開始した。

 

   *   *   *

 

 竜堂と蝋坂が子供たちを連れて螺鈿會から出てきたのを見て、勘助は安堵した。

 

「成功したのか?」

「いや、まだ数人見つかっていない。今は平太郎くんと哲也が捜索している」

 

 神永の質問にそう返してから、竜堂は額の汗を拭った。

 

「天咲は?」

「まだ中にいる。俺はこれからこの子たちを冬天市に連れていくが…お前らはどうする?」

 

 竜堂がきくと、蝋坂が「俺もう帰りたいんだけど」と言った。

 

「…いや、ダメだ。俺と蝋坂がここに残る。神永刑事は竜堂と冬天市に戻ってくれ」

「何故だ?」

「アンタがいなきゃ冬天市警は動かないだろう。いくら公安と(いえど)も、鼻つまみの部署の言う事なんか聞かないさ」

「…一応根回しは済んでいるが、半信半疑だった様だしな。分かったよ」

 

 神永は頷く。蝋坂はチッと舌打ちをした後、そっぽを向いた。

 

「では、頼んだぞ。俺たちも用が済んだら戻ってくるから」

「ああ、そっちも上手くやれよ」

 

 竜堂と神永は子供たちを連れてテレポートで戻り、勘助と蝋坂はその場で待機した。

 目の前では相変わらず、螺鈿會の本部が静かな威容を湛えて存在していた。

 

   *   *   *

 

 哲也と別れた平太郎は検査室に向かった。そこには白衣を着た研究者たちがいて、子供たちが連れ去られた事で慌てふためいていた。

 

「な、なんだね君は!」

 

 そのうちのひとりが平太郎を見つけ、大声をあげる。それで他の研究者も平太郎に気付き、あっと声をあげた。

 

「その顔…碓氷平太郎か!」

「………」

 

 平太郎は背負っていたケースから一振りの刀を取り出し、静かな声で言った。

 

「…僕の質問に正直に答えて下さい。さもないと…痛い目に遭いますよ」

「だ、誰が答えるか!」

「…そうですか。では…」

 

 平太郎は刀を構え、次の瞬間にはひとりの研究者を斬り殺していた。

 飛び散る鮮血に、それを見慣れている筈の研究者たちは悲鳴をあげる。

 

「…もう一度ききます。質問に答える気はありますか?」

「だ、誰がお前なんかに…」

 

 言い終わらないうちに、その研究者は首を切断された。

 平太郎はもう確認せず、次々と研究者を殺害していった。

 かつては呪った事もある相手だが、斬り殺したところでなんの感慨も湧かない。復讐の道に進まなくて良かったなと思う。

 そうこうしているうちに研究者は残りひとりだけとなった。平太郎はその首に刃を這わせ、静かな声できいた。

 

「質問に答える気はありますか?」

「こ、答える!だから殺すな!」

「…分かりました。では、逆浪光、屑屋憂、日向美雪、冬土幸鳥、春風つばめ…これらの子供たちは何処にいますか?」

「…ひ、日向美雪は螺鈿の部屋だ。逆浪もそこにいるはず。後は知らない。本当だよ…!」

 

 平太郎は相手をじっと観察し、嘘をついていないなと判断すると刀を仕舞った。

 床にへたり込む研究者には目もくれず、平太郎は検査室を後にした。

 螺鈿の部屋は哲也が向かっている。なら、自分がやるべき事は繭の救出だ。

 そう判断し、平太郎は繭を探し始めた。

 

   *   *   *

 

 平太郎と別れた後、哲也は迷わずに螺鈿の部屋に辿り着く事が出来た。

 石造りの無骨な扉を開ける。かなり重かったが、何とか開ける事が出来た。

 瞬間―眩い光に思わず目を瞑った。

 壁に敷き詰められた螺鈿が電灯の光を反射し、キラキラと光っている。天国というものがあったらこういう所だろうと思わせる様な場所だった。

 そして、その部屋には少年と少女がいた。少年の方は血塗れで、意識を失っている。少女は目が虚ろで、哲也が入ってきた事にも気付いていない様子だった。

 写真で見たから分かる。この子たちは―逆浪光と日向美雪だ。

 哲也はすぐさま逆浪と美雪を脇に抱え、部屋を出ようとした。逆浪は意識を失っており、美雪もされるがままだった。

 逆浪は早く治療をしないと手遅れになるし、美雪も放ってはおけない。哲也は部屋を飛び出し、元来た道を引き返そうとしたが、それは出来なかった。

 

「……!」

 

 部屋の前に、男が立っていた。白衣を着て、冷たい瞳をこちらに向けている。その顔には見覚えがあった。

 

「異能省の長官…春風郭公か!」

「…そういう貴様は、『零』の逆浪哲也だな。そんな屑共に何の用だ」

「ここから助け出す…ついでに、アンタも逮捕した方が良さそうだな」

 

 犯罪だろうこれは―哲也がそう言うと、郭公は薄く笑んだ。

 

「私を捕らえようなど、愚行も甚だしい」

「愚行だろうがなんだろうがやらないといけないんだよ。こっちは警察なんでね」

 

 哲也はそう返すと、精神を集中させた。

 

(後ろから回り込んで制圧してやる!)

 

 郭公は動かない。

 哲也は異能を発動し、自身の速度を強化した。

 すぐさま郭公の後ろに回り込み、彼の股間を蹴り上げる―そうするつもりだった。

 しかし、郭公はそれに対応してきた。

 即座に後ろを向くと、哲也の腹に掌底を打ち込む。

 なんとか後ろに下がり、回避する事が出来たが…どうやら只者ではないようだ。

 

「両手が塞がっている状態で私を逮捕しようとする…それが愚行だと言っているのだよ、逆浪君」

「…確かに、分が悪いな…なら、逃げるまでだ!」

 

 言うが早いか、哲也は全速力で駆け出した。

 しかし、気付いた時には郭公が目の前にいた。慌てて急停止すると、彼はフンと鼻を鳴らし、呟いた。

 

「間抜けが。その程度の速度で逃げられる訳がなかろう」

 

 私に殺されるか、その荷物を捨てて立ち向かうか、その二択なのだよ―そう郭公は言った。

 考える間もなく、哲也は抱えていたふたりを床にそっと横たえた。

 

「少し待っていてくれ…アイツは、俺が逮捕する…!」

 

 哲也の言葉に、郭公は笑みを浮かべた。

 酷く冷たく、残酷な笑みだった。

 

「…それでは始めようか。逆浪哲也君」

 

 石造りの扉の前で。

 逆浪哲也と春風郭公が、激突した。

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