無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#57「螺鈿事変(中編)」

 哲也は速度操作を利用し、郭公に接近する。

 そのまま顔面に向けて拳を打ち込んだが、腕でガードされた。

 だが、それは哲也の思い通りだった。

 空いている脇腹に蹴りを入れる。かなり強めに放ったそれは狙い通りの場所にヒットし、郭公の顔が少し歪んだ。

 おや、と哲也は思う。普通の人間ならばもっとダメージを受けるはずなのだが。

 

「インテリの癖に荒事慣れしてるのか?」

「それは偏見だよ逆浪君。異能が跋扈するこのご時世、知力だけではやっていけないのでね」

「そりゃそうか」

 

 哲也は続けて拳を打ち込む。もちろん尽くガードされるのだが、狙いは腕を破壊する事だった。

 速度操作の異能を併用し、どんどん攻撃の速度を上げていく。哲也は警察官として鍛えているが、それでもこの方法だと自分にもダメージが来る。

 だが、そんな事はどうでもいい。

 今は、コイツを打ち倒せれば―!

 

「くらいやがれ!」

 

 そのうちに郭公のガードを掻い潜り、哲也の拳が腹に打ち込まれた。

 常人ならばゲロを撒き散らしながら気絶する程の威力。しかし、郭公は倒れなかった。

 大きくよろめきながらも膝を着くことはなく、直ぐに体制を整え直す。

 

「今のは効いた」

「それでくたばってくれれば良かったんだけどな…」

 

 郭公は口の端から流れる血を拭うと、冷たい笑みを浮かべる。

 

「次はこちらからいかせて貰おう」

 

 郭公は走り出す体勢になり、深く息を吸い込む。

 瞬間、哲也に向けて駆け出し…その勢いのまま拳を打ち込もうとした。

 紙一重で回避し、ガラ空きの背中に蹴りを入れようとする。

 しかし、その攻撃を郭公は屈む事で回避し、まだ宙にあった哲也の脚を掴み、鮮やかな動きで投げ飛ばした。

 哲也はごろごろと地面を転がり、直ぐに起き上がるが…その時にはもう、郭公は次の攻撃の準備を終えていた。

 

「携帯型異能『停止』」

 

 先程と同じく一瞬で動いた郭公は哲也の肩を友人にするように叩く。

 瞬間、哲也の動きが停止した。

 

(動けない…が、俺の能力があれば…)

 

 哲也は能力をフル活用し、異能の束縛を解除する。

 しかし、郭公にとっては十分すぎる程の時間だった。

 一瞬の隙さえ作る事が出来ればよかったのだ。

 彼の狙いは…逆浪と美雪だった。

 郭公は意識を失っているふたりの首を掴み、持ち上げる。

 

「しまった…」

「さて選択の時間だ。このまま死ぬか、ふたりを見殺しにして私と戦うか」

 

 哲也は迷わずに両手を上げた。

 

「降参だ。早くその子たちを解放して俺を殺せよ」

 

 郭公は鼻を鳴らすと、ふたりの首を掴む手に力を込めた。

 

「ああ、殺すとも…だがまずはこのふたりだ。どうせ廃棄するつもりだし、丁度いいだろう」

「お前…!」

 

 哲也は僅かばかり、逡巡した。

 ここで自分が突撃すればふたりを助けられるかもしれない。だが、郭公はその手を読んでいるだろう。

 かと言って抵抗しなくてもふたりは殺される。

 ここで、終わりなのか…。

 いや、警察官たるもの、諦める訳にはいかない。

 一瞬だけ、ヤツの気をひくことが出来れば…!

 

 その時、郭公が僅かによろけた。

 哲也はそれを見逃さなかった。能力を発動し、高速で郭公に接近。彼の躰に触れて動きを遅くし、美雪を掴んでいる方の腕を思いっきり蹴り上げた。

 衝撃で、郭公は美雪を離した。しかし徐々に対応し始めているのか、動きが戻りつつある。

 すかさず哲也は自身の速度を限界まで強化し、もう一方の腕を殴りつける。

 想像していた程のダメージにはならなかったようだが、郭公は逆浪を離した。

 ふたりを抱え、彼から距離をとる。

 すると郭公は振り向き、後ろにいた人物に蹴りを放った。それをまともに喰らったのは、蝋坂生槻だった。

 蝋坂はごろごろと床を転がり、痛そうに顔をしかめる。

 

「ってえな…」

「蝋坂…どうしてここに?」

 

 哲也がきくと、蝋坂は顔を顰めながら、

 

「霧ヶ峰の代打。アイツ足悪いし役に立たねぇから俺様が再び潜入してやったって訳よ」

「そうか…助かった」

 

 蝋坂はフンと鼻を鳴らし、「で、コイツ誰だ?」と郭公に視線を向けた。

 

「春風郭公。異能省の長官だよ」

「異能省の長官様がガキ人質にとって警察官脅してんのかよ。ひでー世の中だぜ全く」

 

 蝋坂はやれやれと首を振り、郭公に言った。

 

「なあ長官殿。とっとと逮捕されて楽になっちまえよ。こんな施設まで作って何がしてぇのか知らねぇけどさ」

「…悪いがそれには従えない。私にはまだ、やるべき事があるのでね…」

 

 郭公はクリスタルを取り出し、叫んだ。

 

「携帯型異能…『爆破』」

 

 郭公はクリスタルを蝋坂の躰に押し付ける。

 

「…!蝋坂、逃げろ!」

 

 哲也が叫ぶが、時すでに遅し。

 爆破の異能が発動し、蝋坂の躰は木っ端微塵になった。

 

「蝋坂―!」

 

 厳密に言えば、蝋坂は死んでいない。

 彼の異能は「生き替わり死に替わり(リバース)」というもので、いくら死んでも瞬時に同一人格の肉体として転生する能力である。

 だが、転生する肉体がどこで目覚めるのかは蝋坂にも分からず、死亡したポイントから遥か遠くで目覚めるケースが多いという。

 事実上、彼は戦闘不能になったといえるだろう。

 

「…さてどうする。まだ戦うか?」

 

 郭公は悠然とした様子できいた。

 

「やるしかないだろ」

 

 哲也は彼を見据えると、再び彼に挑んでいった。

 

   *   *   *

 

 蝋坂が螺鈿會に潜入してから三十分ほどが経過した。

 まさか、迷っている訳ではあるまい。となると、戦闘中だろうか。

 勘助はため息をついた。自分の脚さえ動けば、どうにかなるのだが…。

 未だに哲也も平太郎も戻ってきていない。ただ待つ事しかできない自分の身を呪った。

 その時、どこからともなく竜堂と神永が現れた。勘助を見ると、「蝋坂はどうした」ときいてくる。

 

「オレの代わりに螺鈿會に潜入した。哲也も平太郎もまだ戻ってきていないんだ」

「そうか…子供たちは冬天市警で保護してもらっている。あとは…残りの子供たちが保護出来れば…」

 

 そう言って、竜堂は悩ましげな顔になった。

 

「もう一回螺鈿會に潜入するのか?」

「そのつもりだ。アイツらがまだ戻ってきていないし、待機しているよりかはマシだろうからな」

「…なあ竜堂、オレも連れて行ってくれないか?」

 

 その言葉に、竜堂と神永が驚いた表情を浮かべた。

 

「お前が…大丈夫なのか?」

「いつまでもここでうじうじしている訳にはいかないだろう。オレだって異能力者だ。自衛くらいできる」

「…そうか、分かったよ」

 

 竜堂は頷く。

 三人はテレポートで再び螺鈿會内部へと潜入した。

 

   *   *   *

 

「螺鈿の部屋を探すか、繭さんを探すか…」

「螺鈿の部屋だな。繭がどこに居るか分からないし」

「分かった」

 

 内部に移動した三人は螺鈿の部屋を探していた。

 死体が転がる中をひたすらに進んでいく。残りの子供たちはおろか、平太郎たちも見つからなかった。

 螺鈿の部屋の場所だけは繭も把握していなかったらしく、事前情報がない中での行動だったが…それでも、暫く歩くとそれらしき扉を見つける事が出来た。

 …そして、その前で血溜まりを作り倒れている哲也の姿も。

 

「哲也!」

 

 三人が駆け寄ると、哲也は薄く目を開けた。

 

「…すみません、ドジりました」

「しっかりしろ。何があった?」

「春風郭公と戦闘になりましたが…取り逃しました…だけど、子供は見つけました」

 

 哲也の近くで、子供が二人倒れている。リストで見た姿だった。

 

「俺はもうダメです……早く平太郎くんたちと合流して、脱出を…」

「馬鹿!早く手当すればまだ助かる!」

「霧ヶ峰、お前の力で何とかならないか?」

 

 神永が勘助にきく。

 勘助は異能―「人の中に人は在るか?」を発動し、自身が掌握している治癒異能を使用した。

 しかし、異能は無効化されてしまった。

 

「どういう事だ…」

「異能無効化を付与した…銃弾を食らったんだ…俺はもうダメだ。だから勘助…」

 

 哲也は勘助を見て、掠れた声で呟いた。

 

「この子たちを救ってやってくれ…頼む」

「…ああ、分かった」

 

 勘助もまた、掠れた声でそう約束する。

 それを見た哲也は安心した様にフッと笑みを浮かべ、目を閉じた。

 

「…哲也」

 

 涙は流れない。

 だが、心中には確かに怒りがあった。

 それは他の連中も同じだった。竜堂は固く目を瞑り、何かに耐える様な表情を浮かべており、神永は上を向いてじっと黙っている。

 長い様で短い時間の後、勘助が呟く様に言った。

 

「平太郎たちと合流してから他の子供を見つけて、ここから脱出するぞ」

「…ああ」

 

 竜堂と神永は頷き、逆浪と美雪を背負う。

 そして、三人はその場を後にした。

 

   *   *   *

 

 結論から言うと、ふたりは直ぐに見つかった。

 逆浪と美雪を背負ったまま行動する訳にもいかないので神永にふたりを任せ、勘助と竜堂は再び螺鈿會の中を動き回った。

 注意深く探索すると、とある物を見つけた。

 子供たちが拘束されていた牢屋のひとつに地下へと続く階段があったのだ。そこを下りると更に牢屋が広がっていた。後に陽香が拘束される事になったのもこの牢屋だ。

 そして、ひとつの牢屋の前で平太郎を見つけた。心臓を貫かれ、四肢は落とされている。

 牢屋の中には全裸の繭が拘束されていて、こちらは上半身と下半身が分断されていた。零れ落ちた臓器の生々しい色がいやに目について、勘助は顔を顰める。

 

「あれ、もう来たの?」

 

 背後からそんな声がして、ふたりは振り返る。

 黒いワンピースを着た少女がこちらを見つめていた。

 

「お前は…」

「あたしはドロシィ。螺鈿會の創設者だよ」

 

 少女―ドロシィの言葉にふたりは驚く。

 そのリアクションを飽きた様に見てから、ドロシィはにっこりと微笑んでこう言った。

 

「せっかくここまで来たんだもの。知りたい事、なんでも教えてあげる」

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