無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#58「螺鈿事変(後編)」

「…随分とサービスがいいな」

 

 竜堂が目を細めながらドロシィを見た。

 

「まあね。アリスも平太郎も在り来りなことしか言わなくてつまらないの。あなたたちに全て教えたらどんなリアクションするか気になったから」

「じゃあ教えてもらおうか。君が螺鈿會の創設者というのは本当なのか?」

「そうだよ。それが質問?」

 

 ドロシィは嘘を言っているようには見えなかった。竜堂と勘助が顔を見合わせると、ドロシィは「と言っても、信じるわけないよね」と肩を竦めた。

 

「じゃあこうしようか。螺鈿會がどうやって成立したかという事や、あたしの目的。アリス…天咲繭や平太郎との関係についても話してあげるよ」

 

 ドロシィはリラックスした様に壁にもたれ掛かり、話を始めた。

 

   *   *   *

 

「…これで大方話したかな。あ、平太郎は元々螺鈿會に居た子供で、アリスがそれを解放して仲間にしたってだけだよ」

 

 話をきき終えたふたりは齎された事実の大きさに言葉を失っていた。

 単なる違法組織の摘発が、無題奇譚という世界を変えるに等しい本を巡っての戦いに繋がっていたとは…。

 

「じゃあ、繭さんと平太郎くんは…」

「負けたって事になるね。平太郎は論外だし、アリスよりはあたしの方が遥かに強い。ちょっと遊んであげた後に殺したよ」

 

 最も、直ぐに復活するだろうけど…ドロシィはそう言って、繭と平太郎の死体を一瞥した。

 

「あ、ちなみにロストアイの確保は無駄だよ。あの子、ここにいないから」

「…なら、力づくで教えてもらおう」

 

 そう言うなり、竜堂は動こうとした。

 然し躰は全く動かない。まるでこの空間に縫い止められたかのようだ。

 ドロシィはクスクスと笑いながら「無駄だって言っているのに」と小馬鹿にした様に言った。

 だが、まだ策はある。

 

「勘助!」

 

 竜堂が叫ぶ。

 それと同時に勘助は異能を発動。

 頭の中にある「異能無効化」のデータを掌握し、発動。拘束から逃れた。

 次いで「伝播」の異能を掌握し竜堂の拘束を解いた。

 竜堂は異能を発動。テレポートでドロシィの後ろに回り込み、その躰を抑えようとした。

 然し、ドロシィに触れる前に不可視の壁に阻まれ、吹き飛ばされてしまう。

 

「だから無駄だって…」

 

 ドロシィは指で鉄砲を模した形を作り、それを勘助に向けた。

 

「バーン」

 

 瞬間、勘助の腹部に衝撃。

 激痛と共に床に崩れ落ちた。

 

「貴様ッ!」

 

 竜堂は何とかドロシィに近付こうとするが、ままならない。

 ドロシィは竜堂を鬱陶しそうに見て、それからニヤリと笑った。

 

「そうだ、こうしちゃえばいいんだ」

 

 ドロシィは勘助に指鉄砲を向け、「バーン」という声と共に発射する。

 勘助は咄嗟に転がって回避したが、続く二発目が左脚に直撃。呻き声と共に動きが鈍った。

 すかさずドロシィは三発目を発射。それは勘助の額を撃ち抜き、彼を殺す弾丸になる筈だった。

 

「勘助っ!」

 

 そんな声と共に、竜堂がその間に割り込む。

 そしてドロシィの攻撃は、竜堂の心臓を正確に撃ち抜いていた。

 血を撒き散らし、竜堂が倒れる。

 

「竜堂…!」

 

 勘助は立ち上がろうとするが、躰は言う事をきかない。

 竜堂の躰からじわじわと血が流れ出していく。

 

「勘助…お前は生き延びろ…生き延びて、子供たちを…守れ…」

 

 竜堂は息も絶え絶えにそう言う。

 ドロシィはそれを面白そうに見て、それから言った。

 

「最後に何かききたい事はある?」

「…春風郭公は…黒幕じゃないのか」

「春風くんはあたしが雇ったの。彼は両親を異能力者に殺されているから、異能が無い世界を創りたいんだって」

「…そう、か…」

 

 竜堂は弱々しくため息をついて、勘助を見る。

 

「後は頼む…」

 

 そう呟いて、目を閉じた。

 それから竜堂が目を開ける事は二度と無かった。

 

   *   *   *

 

「…あっけないよね。人ってこんな簡単に死んじゃうんだ」

 

 ドロシィはつまらなさそうにそう言って、床に這いつくばっている勘助に視線を向ける。

 

「次はあなただけど…何か言い残す事はある?」

「………」

 

 勘助はそれに答えず、ドロシィを睨みつける。

 するとドロシィはやる気を無くしたように力を抜いて、それから言った。

 

「…めんどくさいし、見逃してあげる」

「…どういう風の吹き回しだ?」

「よくよく考えたら処理が面倒くさいし、それにあなたひとり見逃した所でどうにもならないから」

 

 どっちにしろ、この世界はあたしのおもちゃになる訳だしね…そうドロシィは言って、牢屋の方に視線を向けた。

 

「…でも、あなたはダメだよ」

 

 ドロシィの視線の先には傷が治り、復活しかけている繭の姿があった。小さな呻き声がきこえるあたり、意識も戻りかけているらしい。

 

「アリスと平太郎はダメ。あなたたちは物語から追放しなくちゃだから…」

 

 そう言うと、ドロシィは繭に掌を向ける。

 

「バイバイ、アリス…」

 

 …瞬間、眩い光と共に繭が消滅した。

 

「…何をした」

「物語から追放したの。不要な駒を盤上から排除したとか、そんな感じ」

 

 ドロシィは平太郎にも同じ事をする。

 勘助はそれをただ見ている事しか出来なかった。

 

「ま、そのうち妨害してくるでしょ。無題奇譚についても口を割らなかったし…探すの面倒だなぁ」

 

 ドロシィはそうボヤいてから、すたすたと歩き出す。

 

「バイバイ、霧ヶ峰勘助くん…生きていたら、また会おうね」

 

 ドロシィの姿が消えていく。

 勘助にはただ、自分の無力を悔いる事しか出来なかった…。

 

   *   *   *

 

 ―現代、陽ヶ鳴総合病院

 

「…その後、爺は異能を使って螺鈿會から脱出。無題荘の大家になると同時に俺の後見人になって、今に至るという訳です」

 

 病室にいたメンバーは逆浪光が語る過去の話を静かにきいていた。

 

「そんな事があったのか…」

「つまりドロシィが全ての黒幕って事だろ?」

 

 源夜月の言葉に、逆浪は頷く。

 

「つばめは攫われてしまったけれど、無題奇譚は俺が持っています。このままじゃ膠着状態だし、どの道戦争は避けられないけど…」

「無銘さんの事だって気掛かりだよ。無事なのかどうか…」

 

 日向美雪がそう呟くと、赤坂亜美が首を横に振った。

 

「お兄ちゃんは無事です。絶対に…」

「ああ。アイツはそう簡単にくたばるタマじゃない」

 

 茨羽巧未もそれに同意し、それから悩ましげな顔になった。

 

「暁月や泊くんも向こうについている。という事は即ち…螺鈿會の理念に同調したという事になる」

「それでもやるしかないですよ…負けたらどちらにせよゲームオーバーだし、それに…アイツらが螺鈿會に同調したのだってなにか理由がある筈なんです」

 

 なら、ぶつかるしかない…そう逆浪は言った。

 

「…とりあえず、今日はもう解散しよう。今から動く訳にもいかないしな」

 

 夜月と茨羽、そして亜美は研究所から帰還したばかりだ。疲労も溜まっているし、今すぐに行動開始という訳にもいかない。

 茨羽が時計を見てみると午前四時だった。いつまでも病院にいるのは悪いだろう。

 逆浪たちも怪我が治りきっておらず、万全という訳では無かった。少し前まで意識を失っていた者もいる為、とてもでは無いが動ける状況では無い。

 茨羽のその言葉で、この日は解散となった。

 

 事態は一刻を争うが、先ずは戦力を整える事が大切だろう…誰もがそう思っていた。

 だが、一日も経たないうちに再び螺鈿會と対峙する事になるとは、現時点での彼らにも予想出来ていなかった。

 

 

 約二十時間後―翌日の午前零時。

 螺鈿會とそれに抗う者たちの戦争…「異能夜行」が、幕を開ける。




次回から新展開です。
話が進むのに2ヶ月近く掛かってましたね…。
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