無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#59「号砲前」

 少し時間を遡る。

 

「きゃっ…」   

 

 L・D研究所のある一室にて、高凪ちとせは壁に押し付けられていた。

 いわゆる壁ドンの体勢ではあったがそこにはなんのときめきもない。むしろ殺意が渦巻いている。

 ちとせを壁に押し付けたのは長身に彫りの深い顔立ちの男―越月翼だった。彼の目はギラギラと輝き、ちとせを逃がすまいとしている。

 

「漸く見つけたぜ…テメェは俺がぶっ殺す」

 

 越月は目を逸らすちとせの頭を掴み、視線を合わせる。

 瞬間、ちとせの躰は機能を停止し―

 

「やめろ!」

 

 ―そんな声と共に、躰が自由になる。

 越月を蹴り飛ばしたのは泊亮一だった。彼は眼帯を外し、ちとせを護るように越月と対峙する。

 

「泊亮一ィ…テメェも殺したかったんだよ。今ここで白黒付けるか?アァッ!?」

「……」

 

 亮一は答えない。

 こうなる事は予測していた。越月翼がこちら側に来れば、必然的に亮一とちとせを狙ってくる―ある意味、一番嫌なパターンではあった。

 しかし、それは仕方ない事なのだろう。亮一とちとせは(結果的に)越月家を没落させ、翼を罪人にしたのだから。

 なんとしてもちとせだけは護らなければ…そう思い、亮一が身構えたその時…

 

「喧嘩はよくありませんよ」

 

 そんな声と共に、ひとりの少女が割り込んできた。

 少女―木野葉月は無表情でナイフを構え、誰にともなく言った。

 

「仲間内での争い事はご法度だとドロシィさんが言っていました。あなたたちの事情を私は知りませんが…それでも、ルールはルールです」

「関係ねぇよ。コイツらはここで…ッ!?」

 

 翼は葉月が取りだしたものを見て目を見開き、それから忌々しげに舌打ちをする。

 葉月の手には携帯端末が握られていた。だがそれはただの携帯端末ではない。葉月が夜月と戦った時に使用した、「  (くねくね)」の異能が内包されたものだ。

 越月もその危険性が分かっているらしい。渋々と引き下がり、部屋を出ていった。

 

「あ、ありがとうございます…」

 

 ちとせが頭を下げると、葉月は「いえ、ルールはルールですから」と携帯端末をしまいながら答えた。

 

「それより、泊さんと高凪さんにききたい事があるのです。あなたたちは以前、源夜月さんたちと一緒にいたのですよね?」

「ええ、そうですけど…」

 

 なら、と葉月は少し身を乗り出し、先程よりもやや早い口調できいた。

 

「夜月さんがどんな人なのかも分かりますか?」

「え?」

 

 予想外の質問に、ちとせは固まった。

 

「私が戦った時は女装していたのですが、もしかしてそういう趣味だったり…」

「いや、そんな事はないと思います…」

 

 ちとせが言うと、葉月は残念そうに「そうですか…」と呟いた。

 

「…良ければ、あなた達が一緒にいた人たちについて、教えてくれませんか?」

「それは…敵としてですか?」

「いえ、純粋に気になるのです」

 

 ちとせは困って亮一を見る。

 亮一は葉月を一瞥したあと、「教えてやってもいいんじゃないか。下心はないみたいだし」と言って、自分は興味がなさそうに顔を背けた。

 ちとせはそれでも迷ったが、暫くして漸く決心がついたので、「なら、話します」といって話し始めた。

 めちゃくちゃ真面目に話をきいている葉月の姿が少しおかしくて、ちとせは思わず笑いそうになった。

 …とても笑えるような状況ではない事はわかっているのだけれど。

 

   *   *   *

 

 同時刻、暁月夜桜はドロシィに呼び出されていた。

 

「何の用だ」

 

 暁月は不機嫌だった。まだ日も昇っていないような時間に起こされたのだから当然といえば当然だろう。

 対するドロシィはにこにこと笑っており、上機嫌な様子だった。つい先程まで激戦の真っ只中に居たはずなのに、疲れた顔ひとつ見せない。

 

「挨拶がまだだったよね。あたしはドロシィ、螺鈿會の創設者だよ」

「…要件はそれだけか?」

 

 暁月はどうでもいいという顔で冷たく返す。ドロシィは「いやいやそんな訳はないよ」と本題に入った。

 

「イアちゃんを元に戻す方法、教えてもいいよ」

「螺鈿會の目的…異能をこの世から消し去ることが出来れば、イアも助かるときいているが」

「そんなの上手くいくか分からないじゃん。つばめちゃんは捕まえたけど無題奇譚が無いとどうにもならないしさ」

「じゃあ、どうしろというんだ…!」

 

 暁月が怒気を孕んだ声でそうきくと、ドロシィはニヤリと笑って「方法はある」と言った。

 

「あたしなら強力な異能無効化でイアちゃんに掛けられている異能を解除出来るかもしれない。必ず上手くいくっていう確証はないけど、まあ大丈夫」

 

 あたし、かみさまだから―ドロシィは自信に満ち溢れた声でそう言った。

 

「…なら、早く解除しろ!」

「まあ待ってよ。交換条件があるんだからさ」

 

 ドロシィはにこやかな顔のまま、交換条件を提示する。

 

「もうすぐ源夜月や茨羽巧未たちとぶつかる事になるんだけど、その時に誰でもいいからひとり殺して欲しいんだよね」

「それが交換条件か?」

「そう。おすすめは逆浪光かなぁ。アイツ、模倣遣いの人間未満だから弱いと思うし」

 

 それとも、かつての仲間を殺すのは嫌かな?―ドロシィは意地が悪い声でそう問い掛ける。

 

「…僕はイアのために何でもすると決めている。イアが助かるなら人殺しくらい安いものさ」

「いい答えだね。じゃあ、そういう事でよろしく」

 

 そう言って、ドロシィは部屋を出ていこうとする。

 

「何処へ行く?」

「会議。どうせ誰も寝てないだろうしね。君も来る?」

「断る」

「あそう…」

 

 ドロシィはクスクスと笑い、今度こそ部屋を出ていった。

 残された暁月は拳を握り締め、その場に立ち尽くしていた。

 

(…もうすぐだ。もうすぐでイアを救える)

 

 待っていてね。

 必ず僕が救い出すから。

 暁月は決意した様に、そう呟いた。

 

   *   *   *

 

 ドロシィの号令により、螺鈿會の面々は会議室に集まっていた。

 最も、メンバーは所々欠けている。五大名家の面々は苛内植と易蟻萌々子、越月翼が居なかったし、神知戦も不在だった。

 

「こんな早くから集まってくれてありがとうね。といっても、簡単な伝達事項だけなんだけど」

「何があったんですか?」

 

 眠そうな顔をしている屑屋憂がきいた。ラプラスの悪魔を巡る事件の際、裏の世界の連中に吹き飛ばされたが…あの程度、憂にとっては何でもない。傷一つない状態で会議に出席していた。

 

「ええと、今の時刻は四時ちょい過ぎか…今から約二十時間後、つまり明日の零時丁度に茨羽巧未とかとぶつかるから」

「急じゃな」

 

 悪泣輪廻が少し驚いたように呟く。

 

「攻めてくるのが分かっているのか?」

 

 鬱櫛鎺がドロシィにそうきくと、ドロシィは首を横に振って、

 

「テレポートの異能あるでしょ。アレを使ってこっちに飛ばす。本当はこっちから出向いてもいいんだけどね…めんどくさいし」

「成程」

「ま、好きにやっていいよ。あたしは無題奇譚だけ確保出来ればそれでいいんだからさ」

「苛内が喜びそうじゃな」

 

 悪泣が呆れた様に呟く。

 ドロシィは席を立ち、「じゃあよろしくねー」と呟いて部屋を出ていった。

 自室に戻る道すがら、ドロシィは歪んだ笑みを浮かべていた。

 もう少しだ。

 もう少しで、何かが始まる。

 

   *   *   *

 

 地下牢。

 温かみを感じないその場所に、神知戦の姿はあった。

 彼は楽しそうな笑みをうかべ、囚われている人物に話し掛ける。

 

「そろそろ茨羽たちがここに来るだろうよ。お前達を助ける為に戦う、お涙頂戴の友情物語のはじまりはじまりって訳だ」

 

 牢の中にいる人物は答えない。神知は笑みを深くして、話し続ける。

 

「春風のガキはこっちにいる。ドロシィはお前がアイツを助けた事を知っているから、殺す時はお前の前でやるだろうな。さぞかし愉快な見世物になるだろうよ」

 

 ―なあ、赤坂蜥蜴。

 

 神知の言葉に、赤坂蜥蜴―無銘は彼を睨み付ける。

 

「もうすぐ全部終わる。それまで大人しくしてんだな」

 

 神知はカラカラと笑い、歩き去っていった。

 残された無銘は自分を縛る鎖を鳴らし…目を瞑る。

 …行動を起こす、その時を待つかのように。

 

 

 

 

 そして時間は過ぎていき、午前零時。

 ―今までの事件全てを総括する最後の戦いが、始まった。

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