無題奇譚〜Untitled tale〜 作:惰眠
「つばめが何処にいるのかは分かるのか?」
移動しながら、逆浪は暁月にそうきいた。
「把握はしていない。けど見当はついている」
暁月は素っ気なく答える。
じゃあ付いていけばいいやと思い、逆浪は移動に集中した。
* * *
暁月の案内で辿り着いたのは、地下に広がる牢屋だった。長い廊下の両脇に牢屋がズラリと並ぶという形になっている。
螺鈿會にもこんなのあったなと逆浪は思い、顔を顰める。暁月はお構い無しに牢屋を覗いていき…そのうちのひとつの前で足を止めた。
「見つけたのか?」
逆浪はその牢屋に近付き…そして、驚いて声をあげた。
「師匠!?」
牢屋には無銘が囚われていた。逆浪の声に薄く目を開け、「光か…」と掠れた声で呟く。
「無事だったんですね…暁月くん、この鉄格子を破壊出来るか?」
「…そんな事より春風を探すのが先だろう」
「戦力が増えるのはいい事だぞ?」
逆浪の言葉に暁月は溜息をつき、ブレードで鉄格子と無銘を拘束する鎖を斬った。
「助かった。それより、どうしてここに?」
「説明は後です。つばめが何処にいるのか知ってますか?」
「分からない。だけど、ここにいる筈だ」
無銘は立ち上がり、牢屋から出る。
三人は長い廊下を進みながらつばめを探した。
数分後、逆浪が廊下の端に人影を見つけた。
その人影は逆浪たちの方を向くと、にっこりと笑った。
「やっぱりここに来たんだね」
その人影―ドロシィを前に、暁月と無銘が身構える。
逆浪は初対面だったが、目の前の少女からただならぬ雰囲気を感じ取り、警戒のレベルを引き上げながらきいた。
「アンタがドロシィってヤツか」
「そうだよ。逆浪光くん…初めましてになるのかな?」
「そうなるな。ま、俺の人生が狂ったのはアンタのせいみたいだし、面識はなくとも因縁はあるんだよ」
「そうだね…その因縁も、今日で終わりだけど」
ドロシィは自分の左にあった牢屋を見る。
「つばめちゃんはここにいるよ。ま、その前にあたしと戦ってもらうけど…」
ドロシィがそう言った瞬間にはもう、暁月が動いていた。
懐に入り込み、ブレードで首を跳ね飛ばそうとする。
しかし、それは寸前で静止した。不可視の壁による防御だ。
暁月は舌打ちをして、距離をとる。空間転移による入れ替わりも試みたが、拒絶の異能を使用しているドロシィの前では無意味な話だった。
次いで無銘がドロシィに接近し、右手で拒絶の壁を無効化しようとする。
だが、拒絶の出力が上回った為、これも無意味に終わった。
しかし、無銘は諦めない。
「光!」
逆浪は無銘の意図を察し、ドロシィに接近。左腕を振りかぶり、無銘と共にドロシィに殴り掛かった。
拒絶の壁が僅かに揺らぐ。
(異能無効化を模倣したんだ。でも、意味ないよね)
ドロシィは更に出力を上げ、防御を崩さない。
クソッタレと逆浪は呟く。目の前にいる花車な少女がバケモノである事を実感しながら、それでも拳をぶつけていく。
その時、暁月が低い声で呟いた。
「……な」
「なに?もっと大きな声で言わないときこえな―」
「邪魔を、するな…!」
瞬間。
その場にあった全ての異能が強制的に無効化された。
「おっと…痛った」
逆浪と無銘の拳を咄嗟に腕でガードし、ドロシィは痛みに顔を顰めた。
(これ、暁月くんの能力?こんなに強力な無効化も使えるんだ)
厄介だなぁとドロシィは呟く。作者権限が使えないのであれば自分はただの少女に過ぎない。
すぐさま暁月はドロシィの脇をすり抜け、つばめの牢の前まで至った。
つばめは気を失っている。無銘とは違い、拘束はされていないようだった。
暁月は鉄格子を切断し、つばめを肩に担いで牢屋から出た。
暁月自身は現実改変の事は把握していなかったが、この状態がどのくらい続くかを無意識に把握していた。
「走れ!」
逆浪と無銘にそう叫び、暁月はドロシィの横をすり抜けて廊下を疾走する。
ドロシィは去っていく三人を追わなかったが、その口元には笑みが浮かんでいた。
* * *
つばめを救出した三人は、暁月が自室としていた部屋に入った。
机とベッド、そして部屋の中央に棺桶があるだけで、白い壁紙だけの殺風景な部屋に、逆浪が顔を顰める。
「俺、こんな所で過ごしたら発狂しそう」
「お前の部屋も似たようなものだろ」
無銘のツッコミに、「流石にこんなんじゃないっすよ」と反論する逆浪。
暁月はふたりの会話を意に介さず、棺桶の蓋を開けた。
中には、イアが眠っていた。暁月は彼女を愛おしそうに見ると、肩に担いでいたつばめを下ろし、躰を揺すって起こした。
つばめがぼんやりと目を開け、「ここは…?」と呟く。
「つばめちゃん、大丈夫か?」
「無銘さん…逆浪さんも、どうしてここに…」
「説明は後だ。いきなりで悪いが、能力を使ってくれないか?」
逆浪が手短に事情を説明する。
きいているうちに意識がはっきりしてきたのか、つばめは「わかりました」と頷いた。
「イアさんをロストアイで見て、その光景を思い浮かべればいいんですね?」
「ああ。その後に『こういう風に改変したい』って思えば大丈夫な筈だ」
つばめは頷き、無題奇譚を受け取ってからイアを見て、能力を発動する。
瞬間、つばめの脳内にある光景が映し出された。
永遠に空から落ち続けている、イアの姿だった。
つばめはそれを見て思わず叫びそうになったが、それを堪え、脳内で強く思った。
『イアさんがこうなった事を、無かった事にしたい』
本につばめの願いが書き込まれる。
無題奇譚は光り出し、そして……。
* * *
暁月夜桜は閉じていた目を開ける。
目の前には、ずっと焦がれていた存在がいた。
「…暁月くん」
「…イア」
暁月はイアに近付き、その頬に触れる。
あたたかい。本物のイアだ。
「ごめん…遅くなって、本当にごめん…」
「大丈夫だよ…私は大丈夫」
抱き合うふたりを他所に、逆浪が「あれ?」と声を上げる。
「無かった事になってるのに、記憶があるのか」
「はい…何だか変な気分です」
イアは涙を零す暁月を、優しく抱きしめる。
「イアさん…オレたちからも謝らせてくれ。すまなかった」
無銘が頭を下げる。イアは「気にしないで下さい…」と優しく微笑み、それからきいた。
「ところで、ここは…?」
「ああ、その事なんだが…」
逆浪が言いかけた、その瞬間の事だった。
―風切り音と共に、逆浪の首が切断された。
「……え?」
信じられないという表情を浮かべたまま、逆浪の首が転がる。次いで、躰が血溜まりの中に崩れ落ちた。
それを見たつばめとイアが悲鳴を上げた。
「逆浪さん!」
「光…って、まさか!」
無銘が部屋の入口に目を向けると、そこにはドロシィとあとふたり…屑屋憂と木野葉月が立っていた。ドロシィは作者権限により霧風才斗の能力を使用し、逆浪の首を風の刃で切り落としたのだ。
「完全に気配消してたから気付かなかったでしょ。これでおあいこだね」
ドロシィはつばめに目を向ける。空間把握と転移により、つばめと無題奇譚を回収しようとしたのだ。
しかし、それと同時に暁月も能力を発動。つばめは暁月の元に移動し、無題奇譚はドロシィの手に渡っていた。
「ありゃ。まあいいか…ここで全員殺すし」
ドロシィの目が妖しく光る。
それを見て、無銘と暁月が身構えた。
「…さあ、第二ラウンドの始まりだよ?」