無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#62「より深く」

 凍り付くような空気が満ちる中、初めに動いたのはイアだった。

 彼女は逆浪の首を持ち、胴体とくっつける。

 そして何事かを呟いて手をかざすと、逆浪の傷が完全に塞がり、彼は目を覚ました。

 

「…あ…れ?おれ、どうした…」

 

 逆浪はぼんやりした目で辺りを見回していたが、ドロシィたちを見つけると目を見開き、立ち上がって身構えた。

 

「…そういえば、イアちゃんは治癒の異能力者だったね…それも、飛び切り強力な…」

 

 ドロシィが感心した様な声で言う。

 

「イアと会うことが出来たんだ。ここは通して貰うぞ!」

 

 暁月が叫ぶ。すると現実改変が発動し、全ての異能が無効化された。

 暁月は無意識に現実改変を制御する術を身につけていた。詳しい能力は分からなくとも、自分の意思で発動出来るようになっていたのだ。

 あとは目の前にいる三人を退けて、脱出すればいい…暁月がそう思った瞬間、葉月が動いた。

 

「…ッ!」

 

 葉月のナイフでの一撃は、暁月のブレードに易々と防がれる。

 異能を無効化した事でドロシィと憂は無力化したが、葉月は異能がなくとも戦える。故に、彼女が唯一の障害といってもよかった。

 だが、暁月の前には彼女も赤子に等しい。暁月は異能がなくとも十分に強かった。実際、暁月はがら空きになった葉月の腹部に重い蹴りを入れ、容赦なくブレードで袈裟斬りにしようとした。

 葉月は咄嗟に後退して回避する。少し遅ければ彼女は重傷を負っていただろう。

 暁月は突進し、三人を無理やり押し退ける。

 そのタイミングで逆浪たちも飛び出し、逃走に成功した。

 ドロシィは「あれま」と全く困ってない様子で呟いてから、

 

「憂くん、葉月ちゃん…お願いしていい?」

 

 ふたりは無言で頷き、部屋を飛び出していった。

 ドロシィは腕をぶらぶらさせながらその様子を見ていた。先程、逆浪と無銘の攻撃をガードした時に痛めたのだ。

 

(全く…この躰も不自由だなぁ)

 

 ドロシィはため息をついて、それから手にしていた無題奇譚を見た。

 これで改変すれば、つばめを捕らえる事は容易だろう。だが、ドロシィはあえてそれをしなかった。

 どんどん深まっていくこの混沌を、もう少し見ていたかったからだ。

 

   *   *   *

 

 ―茨羽・陽香サイド

 

 茨羽と陽香の足元には無数の屍者が横たわっている。

 一匹は弱いが、数が多過ぎる。茨羽が視線を向けると、陽香も疲弊しているようだった。

 対して、易蟻は居眠りをする余裕を見せていた。何とか彼女に攻撃しようにも、屍者か多すぎてそこに辿り着くことすら困難だった。

 

「はぁ…っ、あ…」

 

 陽香がぐらりとよろめく。

 ふたつの異能を駆使しているので茨羽よりも消費が激しいのだろう。

 茨羽はそれを支えながら、目の前に迫る屍者の大群を見据えた。

 

(例え殺されようと、陽香だけは守り抜く)

 

 そう思い、茨羽は赤い焔を現出させ、屍者の躰を焼こうとした。

 すると、それに風が混ざり合い、熱風となって屍者の躰を焼いた。同時に周りの木々も焼かれたが、おかげである程度の数を一度に倒す事が出来た。

 茨羽が横を見ると、陽香が疲れの残る顔で微笑んでいた。

 

「私だって、巧未くんの役に立てる。絶対に、ふたりで勝つんだ」

「…そうだな。陽香、サポート頼むぞ!」

 

 再び熱風。易蟻は目を開け、感心したように言った。

 

「へぇ…意外とやるわね」

 

 易蟻の意思ひとつで、屍者はさらに数を増やす。

 それでも、ふたりはお互いを信じて立ち向かっていった。

 

   *   *   *

 

 ―夜月サイド

 

 風を切る音と共に、悪泣輪廻は何度目になるか分からない死を迎えた。

 だが、その躰は直ぐに再生する。悪泣は余裕の笑みを浮かべ、夜月を見据えた。

 夜月は返り血で赤く染まり、大粒の汗を零して肩で息をしながら大鎌を構えている。何度も殺しても死なない悪泣を前に、流石に疲弊しているようだった。

 

「無駄じゃ。もう諦めて死ぬがよいぞ」

「こんな程度でくたばってられるかよ」

 

 夜月は再び大鎌を振るう。

 それは悪泣の躰を両断し、返り血で夜月の躰は更に赤く染まった。

 然し、瞬きをした瞬間には悪泣は再生している。

 おまけに、この空間から出る事も叶わない。

 状況は、夜月だけを苛む永遠の拷問と化していた。

 

   *   *   *

 

  ―夢羽・亜美サイド

 

「ちいっ!ちょこまかと!」

 

 越月の苛立たしげな声が響く。

 夢羽と亜美は亜美の能力を利用し、越月を翻弄していた。

 といっても、亜美の中にいる悪魔は気まぐれだ。いつ協力を拒否されるか分からない。

 その前に、決着を付けなければ。

 

(亜美ちゃん、兄さんの真上に私を飛ばせる?)

(出来ます。だけど、どうやって攻撃するつもりなんですか?)

(兄さんは異能以外は一般人の範疇を超えていない…だからこれで頭を殴れば…)

 

 夢羽の手には拳大の石が握られていた。いつの間にか拾っていた様だ。

 亜美は頷き、夢羽を越月の真上に転移させる。

 越月が上を向いた時にはもう遅い。夢羽は落下の勢いを借り、越月の額を石で殴り割った。

 

「ってぇ…クソ、出来損ないの癖に…!」

 

 越月は無様に倒れ、一瞬だけ意識を飛ばしかけたが、何とか堪えて立ち上がる。

 しかしその時にはもう、夢羽と亜美の姿は消えていた。

 現状は、ふたりのペースに巻き込めている。

 このまま終わってくれれば…夢羽は、それだけを願った。

 

   *   *   *

 

 ―美雪サイド

 

 触手を躱し続けた美雪は疲弊していた。

 元々美雪はこういった場に慣れているような人間ではない。運動能力も同年代より少し良いくらいで、凡人の範疇に収まるものだった。

 加えて、集中しながら能力を発動し続けたせいで、精神的にも疲弊していた。

 対する苛内は、ニタニタと笑みを浮かべながら美雪を追い詰めていく。思念だけで動かせるので動く必要すらない。

 もうそろそろだろう…そう思った苛内は、触手を回避している美雪に向かって言った。

 

「頑張るねぇ〜…だけど、キミはどちらにせよ僕のモノになるんだよ」

 

 美雪は応えず、回避に全力を注いでいる。

 だが…苛内が次に発した言葉で、その動きが一瞬だけ止まった。

 

「キミがまだ小さかった頃、僕がキミに出来なかった事をした後でねぇ〜」

「…ッ!それは、どういう…」

 

 一瞬の隙。

 だが、それで十分だった。

 

「あ…っ!」

 

 触手が美雪を捕らえる。

 脚に、腕に、躰に…触手が巻き付き、拘束し、締め上げた。

 

「ック…ヒヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!捕らえた!捕らえたよォッ!」

 

 苛内は動けない美雪を引き寄せると、その首筋を舐める。

 ビクン、と美雪の躰が跳ねた。

 

「…僕はねぇ、螺鈿會の客員研究員だったんだ。天咲とは繋がりがあったから呼ばれただけだったんだけどね。面倒くさいし、あまり気乗りはしなかったよ」

 

 だけど―と、苛内は続ける。

 

「そこでキミを見た時、僕はここに来てよかったと思った。綺麗な顔立ちの、白髪の女の子…キミを犯す夢をどれだけ見て、どれだけそれで興奮したか!…でもその時のキミはまだ子供だったし、気付いた時にはいなくなっていたからねぇ。とても残念だったよ」

 

 

 でも、今は違う―そう言って、苛内は美雪の頬をべろりと舐めた。

 

「ここは深い森の中で、キミと僕だけしかいない。助けは来ないし、キミは動けない」

 

 美雪のスカートの中に触手が侵入する。

 苛内はニタニタと笑いながら美雪の胸に手を伸ばし…いやらしい手つきで揉みしだいた。

 

「ここでふたりきり、イイコトしようねぇ〜」

 

 美雪は気丈に耐えていた。

 だがその唇は震え、目から一筋の涙が零れ落ちる。

 

(…だれか、たすけて…)

 

 その言葉を、しかし美雪は口にしない。

 自分がこうされている間は、苛内は動けない。

 今はただ、耐えなければ…。

 躰を淫靡な感覚が襲う。

 それに抗いながら、美雪は捕らわれているつばめを…そして、ひとりの少年の事を思った。

 

(……光くん)

 

   *   *   *

 

 誰かに呼ばれたような気がして、逆浪は後ろを振り返った。

 後ろからは少年…屑屋憂が追ってくる。

 暁月とイアは姿を消していた。逃げている途中、葉月を巻き込んで空間把握を使用した…すなわち追っ手を分断したのだ。

 逆浪は無銘やつばめと共に研究所を駆け回っている。道は覚えていたが、憂を振り切るために知らない曲がり角を曲がったため、ここがどこなのかイマイチ把握出来ていない。

 しばらく逃げ回っていると、前方に人影が見えた。

 その人物は逆浪にとって馴染みのあるもので…思わず足を止めた。

 

「…よぉ、光」

「亮一…」

 

 泊亮一は、道を塞ぐようにして立っている。後ろからは憂が追いかけて来ていたので挟み撃ちにされた事になる。

 逆浪は一瞬で思考を終え、無銘に言った。

 

「師匠…つばめを連れて先に行ってください。亮一は俺に任せて欲しいんです」

 

 無銘は弟子の顔をじっと見て、頷いた。

 

「…わかった。任せたぞ。行こう、つばめちゃん」

「逆浪さん…」

 

 つばめは心配そうな目で逆浪を見たが、無銘が促すと決意した様に頷いて走っていった。

 亮一はそれを止めなかった。憂が自分の脇を通り過ぎてふたりを追うのを見てから、口を開く。

 

「久しぶり…だよな」

「そうなるな…」

 

 亮一は眼帯を外し、眼の異能を解放する。

 

「お喋りは不要だろう。俺は今、お前の敵だ」

「…茨羽先輩からきいたよ。お前がそうなら、俺は迎え撃つだけだ」

 

 逆浪もまた、軽く腰を落として身構える。

 言葉は不要だった。茨羽から研究所での話をきいた時点で、覚悟は決めていた。

 それでもまだ…その気持ちは何処かで揺らいでいる。

 

「行くぜ光…」

「来いよ。相手してやる」

 

 ふたり同時に、地面を蹴る。

 

 望まない戦いが、幕を開けた。

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