無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#63「世界の仕組みを壊すには」

 亮一の拳を、右腕で防ぐ。

 戦闘開始から僅か数分で、逆浪は劣勢に追い込まれていた。

 

(…ま、無理もないか)

 

 亮一は天帝眼を解放している。それは即ち、常人とは比べ物にならない程の力を持っているという事に他ならない。

 最も、亮一の戦い方は素人のそれだ。武術を習っていたという話はきいた事がないし、ただ力任せに拳を振るっているだけ。下町流喧嘩術と言えば聞こえはいいが、その実ただのステゴロだった。

 だが…それでも、一撃一撃が強力すぎた。何せコンクリートの壁にヒビを入れる程の力の持ち主なのだ。逆浪の躰が粉砕されていない事が奇跡に近いレベルだった。

 

(そんなに力任せにしてたら躰壊れるだろうに…)

 

 要らぬ心配だと分かっていても、逆浪はそう思わずにはいられなかった。

 対する亮一は徹底的に逆浪を追い詰めていく。おかげで能力を発動する暇さえなかった。

 逆浪の能力―経験の投影は、要するに模倣能力である。対象を数秒間想起する事がトリガーであるため、思考を忙しく働かせている現在の様な状況では発動させにくかった。

 

「おっと…ぐっ」

 

 遂に亮一の拳が逆浪の躰を捉え、逆浪は吹き飛ばされて壁に激突した。

 その一撃だけで、逆浪はほぼ戦闘不能に近い状態になっていた。攻撃をガードし続けた右腕はボロボロだし、ダメージが大き過ぎて動く事すらままならない。

 

「クッソ…やっぱりダメか」

 

 逆浪は苛立った様にそう呟く。

 亮一は感情を殺した様な無表情で、右腕を後ろに引き…突き出した。

 シンプル故に破壊力のある一撃は、逆浪の頭を背後にある壁ごと粉砕する…筈だった。

 

「……空間掌握。暁月の能力か」

「正解。マイナス百億点な」

 

 逆浪はふらつきながらも立ち上がる。

 亮一の拳は空中で静止していた。逆浪が暁月の空間掌握を模倣し、亮一の周りの空間を操る事で無理矢理停止させたのだ。

 

「この能力の悪いところは詳しい使い方までは分からないってところなんだよ。だけど…」

 

 逆浪は指鉄砲を作り、亮一に指先を向ける。

 

「…多分、こういう事も出来るんじゃねぇの?」

 

 ―瞬間、亮一の躰が勢いよく後方に吹き飛ばされた。

 空間を掌握し、凝縮し、それをぶつけただけの攻撃。だが、威力はそれなりにあった様で、亮一は壁に叩き付けられた。

 逆浪は亮一をじっと見つめ、それからきいた。

 

「お前は螺鈿會…というか、春風郭公の理念に同調したんだろ?異能のない世界を創るっていう…」

「…ああ、そうだよ」

「やめといた方がいい。多分、春風もドロシィの思惑通りに動いてるんだろうしな。アイツの目的はよく分からんが、お前が目指す世界とは正反対の世界にするってのは確定だろうよ」

 

 逆浪の言葉に、亮一は首を横に振った。

 

「…それでも、俺は戻れない。そう宣言したし、何より…異能のない世界が実現する可能性があるなら、それに掛けてみたいんだ」

 

 お前には分からないだろうよ、と亮一は逆浪を睨み付ける。

 

「俺がこの眼のせいで、どれだけ苦しんだか…!確かにお前らと出会って前向きに捉えられるようにはなったよ。だけど、それでも俺は異能の存在を全面的に肯定する事は出来ない!」

「……」

「お前も覚えているだろ?夢羽の事件の事を…。あの事件の裏には異能主義があった。異能が無かったってだけで夢羽はあんな目に遭ったんだ。異能は万能な力なんかじゃなくて、人生を狂わせるものなんだよ!分かるだろ!螺鈿會にいたお前なら!」

 

 亮一の叫びを受け、それでも逆浪は冷静だった。

 

「…ああ、分かるよ。よく分かる。そりゃ、俺だって異能を全面的に肯定する事は出来ないし、チャンスがあるならそれを逃したくない。だけどな…俺は螺鈿會を信用出来ないんだよ。あれだけ俺たちを苦しめといて、それが異能排除に繋がるなんて言われてもはいそうですかって納得出来る訳がない」

 

 それに…と、逆浪は続ける。

 

「異能があったからこそ、俺はお前と出会えた。いい事ばかりじゃないけど、悪い事ばかりでもないんだよ…。そもそも世界の改変なんて人間が踏み込んでいい領域じゃねぇよ。さっきはイアさんを助ける為に使ったけど、あんなの乱用してたら異能どころの騒ぎじゃなくなっちまう」

 

 逆浪は亮一を強い目で見据え、言った。

 

「現実を見ろ。俺たちには現実しかない。歩き続ける事しか、方法はないんだよ」

「……じゃあ、どうしろってんだよ。世界の仕組みは…どう壊せばいいんだよ」

「お前が変えるんだ。過去は変えられないし現在も変えられないけど、未来なら変えられる…異能省の長官になるとかな」

 

 亮一は逆浪を冷たい目で睨み、吐き捨てる様に言った。

 

「それで世界が変わるのかよ」

「可能性はゼロじゃないだろ。痛みを知っているお前だからこそそれを取り除けるんだろうし」

「……」

「とりあえず螺鈿會に与するのはやめとけ。異能云々の前に死ぬぞ」

「軽く言いやがって…」

 

 亮一は舌打ちをする。実際、毒気が抜かれたというか、逆浪の言葉により戦う気が幾分か失せたのは事実だった。

 と、そこに高凪ちとせが現れた。対峙するふたりを見て目を見開き、慌てて間に割って入る。

 

「ちとせ…」

「駄目だよ、ふたりが戦うなんて…」

 

 ちとせは必死に訴える。それを見て、逆浪が亮一に言った。

 

「高凪はこう言ってるけど、お前はどうするんだ?まだやるつもりならどちらかが倒れるまでやるつもりだけど」

「…はぁ。なんでお前はそう呑気というかなんというか…もういいよ。やる気が失せた」

「助かる。これから螺鈿會の連中を相手しないとだしな」

 

 逆浪はニヤリと笑う。なんでコイツはこんなんなんだよと亮一は思い、ため息をついた。

 

「俺はここを出るが…お前らはどうする?別に遮断されてる訳でもないんだし、この場を離れて冬天市辺りにでも向かうのもありだぞ」

「俺と一緒に戦ってくれとか言わねぇのかよお前…」

「無理強いは出来ないだろ。マジで死ぬかもしれないんだぞ」

「だとしても、ここで起きている事から目を瞑る訳にはいかないよ。サポートくらいしか出来ないかもしれないけど…私は残る」

 

 ちとせがはっきりとした口調で言う。

 逆浪は「そうか…お前はどうする?」と亮一を見た。

 

「ちとせが残るなら、残らない訳にはいかないな…それに、この目で見届けたい気持ちもある。どうするかも…まだはっきりしてないし」

「ま、やりたいようにやればいいんじゃないのか?」

 

 逆浪がそう言った、その時。

 空間が歪む様な感覚がした後、暁月とイアが現れた。

 

「あれ、どうしたの。追っ手は?」

「葉月なら撒いてきた。亮一とちとせは何してるんだ?光を追い詰めているようには見えないけれど」

「ああ…停戦した。というかイアさん、目を覚ましたんだな」

「よかった…」

「ありがとうございます。泊さん、高凪さん」

 

 イアは微笑んでから、暁月にきいた。

 

「これからどうするの?」

「とりあえず、ここを出よう。僕の能力なら簡単に脱出できる」

「あ、イアさん治療頼めるか?流石にこの状況で他のヤツらと戦える自信がなくて…」

「わかりました」

 

 イアは快く引き受け、逆浪と亮一の怪我を治した。亮一は軽傷だったが逆浪はそこそこのダメージを受けていた為、非常に有難いといえる。

 

「師匠とつばめがまだ中にいるけど、大丈夫かな…」

 

 治療が終わった後、逆浪が呟いた。

 

「無銘なら問題ないだろう。いずれにせよ僕は彼らの居場所が分からないから助けに行きようがないしね」

 

 それに、と亮一が付け加えた。

 

「ふたりは屑屋憂に追われてるんだろう?彼の『反射(リフレクション)』に対抗できるのは無銘さんの能力くらいだ」

「そうか…他の連中の事も分からないし、心配だけど…師匠に任せるしかないか」

 

 逆浪は頷き、それから暁月とイアに「ふたりは研究所を出た後、どうするんだ?」ときいた。

 

「僕たちは…」

「私たちも戦います。見過ごす事は出来ないし、それに、私は治癒を使えるから役に立てると思うから…」

 

 暁月は異論を挟もうとイアの方を見たが、彼女に見つめ返されると諦めた様に言った。

 

「僕としてはイアには離れて欲しいんだけど…仕方ないか。全力で守ればいいだけの話だ」

 

 これで、全員が戦い続ける事を決めた。

 五人は暁月の能力で研究所を脱出し、周りを囲む森の中へと入っていった。

 

 

 夜の闇は、まだ完全に深まってはいない。

 そして戦争も、まだ始まったばかりだった。

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