無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#64「幸せな呪い」

 逆浪光らが研究所を脱出し、森の中へと入ってから数分後の事。

 研究所で何が起きているのか、他の仲間たちはどうなったのか…そういった事を一切知らぬまま、日向美雪は苛内植に嬲られ続けていた。

 

 スカートを脱がされ、露出した脚に触手が絡みつく。

 美雪は目を閉じ、ぐったりとしていた。

 苛内に拘束されてから暫くの時間が経過したが、未だ開放される気配はない。それどころか状況はますます悪くなっていた。

 苛内は鼻息を噴き出し、ニタニタと笑いながら美雪の胸を揉んでいる。新しい玩具を手にした子供の様な雰囲気だったが、やっている事は最悪に近い。屑と呼んでも差支えはないだろう。

 美雪が着ていたGジャンはボロボロになって地面に落ちている。今は夜中になるとそれなりに寒くなる時期なのだが、美雪の躰は止めどなく発汗していた。

 苛内の触手が美雪の躰を這いまわり、その度に躰がビクリと跳ね上がる。同時に弱々しい声も漏れるが、その声は湿り気と僅かばかりの熱が籠るもので、それをきいた苛内はますます笑みを深くしていた。

 

「どうだい?僕の触手は…気持ちいいだろう?」

 

 苛内は美雪の耳元で囁くが、反応はない。

 先程から美雪の反応は反射的なもののみとなっていた。それが気に食わないのか、苛内は美雪の胸から手を離し、彼女の頬に手を添える。

 

「つまらないなぁ…もっと反応してくれよ〜。例えば、こんな事されて泣き叫ぶとかねぇッ!」

 

 苛内は躊躇いなく美雪の唇を自分の唇で塞ぐ。

 瞬間、今までぐったりしていた美雪が目を見開き、くぐもった声を上げながら激しく身を捩った。それでも拘束は緩まず、美雪は苛内の唇を受け容れざるを得なかった。

 固く閉じられた歯列をこじ開け、無理矢理舌を入れ、そのまま口内を蹂躙した。

 美雪は涙を零しながら、目を見開いて声を漏らしていたが…やがてその目にはっきりした怒りが現れ―苛内の舌に歯を突き立てた。

 苛内の顔が驚きに染まる。美雪はそのまま渾身の力を込めて舌を噛みちぎり、仰け反った苛内の顔にその舌を吐き捨てた。

 苛内は暫くモゴモゴ言っていたが、軈て舌が再生したのか、元の口調に戻った。

 

「怒らせちゃったかなぁ〜?まさか舌を噛みちぎられるとは思わなかったよ。ま、無意味だけどね」

 

 今どきファーストキスを取っておこうとするなんて、初心な子だね…そう苛内は言って、美雪が着ていたTシャツを触手で引き裂いた。

 水色の下着が露出し、苛内は嬉しそうに顔を綻ばせる。

 

「ま、そんな子を蹂躙するのが楽しいんだけどね…名残惜しいけど、そろそろブチ込んじゃおうか」

 

 苛内は美雪の下着を脱がし、全裸にする。

 次いで脚を拘束していた触手を操作し、無理矢理脚を広げる。

 ズボンを下ろし、胸を揉みしだきながら美雪を徹底的に蹂躙しようとした、その時―

 

「何やってんだテメェ!」

 

 怒鳴り声と共に、美雪を拘束していた触手が切り裂かれる。美雪は地面に倒れ、声の主を見た。

 

「光…くん…」

 

 闇の中から現れたのは逆浪だった。手にはどうやって手に入れたのか、日本刀を持っている。

 

「模倣遣いぃ…邪魔しないで欲しいなぁ?」

 

 先程までの上機嫌は何処にやら、苛内は逆浪を睨み付けた。

 それを意に介さず、逆浪は着ていた上着を美雪の方に投げる。

 

「着てな。ちょっと汗臭いかもしれないけど、何も無いよりかはマシだと思う」

「ありがとう…」

 

 震えながら上着を着た美雪を心配そうに見てから、逆浪は苛内に視線を移す。

 

「今まで色々な人を見てきたけど、その中でも飛び切りのクズだなお前。悪い事は言わないから死んだ方がいいぞ?そうした方が社会の為だ」

 

 逆浪の口調はいつも通りだったが、目が全く笑っていなかった。相当怒っている証拠だ。

 苛内はそれ以上の怒りをありありと顔に出しながら、逆浪に向かって叫ぶ。

 

「邪魔を…するなあああああああッ!」

 

 無数の触手が逆浪に襲い掛かる。

 だが、それは逆浪から伸びた触手に妨害された。

 

「コイツ…僕の異能を…!」

「念じるだけで動かせるのなこれ。クトゥルフ神話ごっこが出来るな」

 

 冗談とも真面目ともつかない口調で言ってから、逆浪は触手を操作する。

 

「…ひとりで自慰行為でもしてろ。人様に迷惑かけてんじゃねぇよクソ野郎!」

 

 逆浪がそう叫ぶと、地面で暴れ回った触手が勢い良く砂埃を立て、苛内の視界を阻害した。

 苛内が目を開けた時にはもう、逆浪と美雪の姿は無かった。

 

   *   *   *

 

 逆浪は美雪の手を引いて走り続けた。

 敵が近くにいないかどうか把握するために、探知の異能を発動している。こんな事が出来るのは予め霧ヶ峰勘助を模倣し、使用出来る異能の幅を増やしていたからで、逆浪が持っている刀も勘助の異能を応用して創り出したものだ。

 かなりの距離を走って、ようやく足を止めた。

 人心地ついてから美雪の様子を見る。何かに耐えるように口を結び、頬には涙の跡があった。スカートは履いていないが、逆浪の上着を引き伸ばしているので下着はギリギリ見えていない。それでも太腿が露出しているので目のやり場に困るところではある。

 

「大丈夫か?」

 

 逆浪が声を掛けると、美雪は一瞬だけ縋るような表情を見せた後、無理矢理笑みを浮かべて言った。

 

「大丈夫だよ…敵の異能は把握出来たから…それに、少しは時間を稼げたからね…光くんは?はぐれたあとどうしたの?」

 

 逆浪が今までの事を説明すると、美雪は「つばめちゃんもイアさんも、泊くんたちも無事なんだね…よかった…」と安心した様に呟いた。

 その様子を見ていた逆浪は暫く美雪の顔を見つめた後、おもむろにきいた。

 

「なあ、美雪」

「なに?」

「…本当に大丈夫か?」

「大丈夫だよ。さっきも言ったけど、時間は稼げたし…」

「違うよ」

 

 ききたい事はそんなことじゃない。

 

「…お前自身は大丈夫なのかってきいてるんだ」

「…………」

 

 美雪は黙り込む。

 先程から明るく振舞っているが、大丈夫な筈がないのだ。

 

「あんな事されて大丈夫な訳がない。だから、全部吐き出しちまえよ」

 

 逆浪の言葉を受けて、美雪の表情が変わった。

 目に涙が浮かび、弱々しく逆浪の躰に縋り付く。

 

「…かった」

「………」

「こわかった…こわかったよ…」

「…ああ」

「螺鈿會にいた時の事も思い出して…つらかったし、こわかった…!ファーストキスも…っく、うばわれて…わたし…もう…!」

 

 黒。

 とても黒くて禍々しい感情が、逆浪の中に生まれていた。

 それに呑まれないように自分を制御しつつ、逆浪は美雪の痛みをじっと受け止める。

 暫くの間、そうしていた。 

 

   *   *   *

 

「ごめんね…」

「大丈夫。こっちこそごめん、遅くなって…」

 

 爆発した感情を逆浪にぶつけ切った美雪は、それでもまだ逆浪から離れようとはしなかった。

 

「…美雪」

「なに?」

「お前だけでも、冬天市に戻るか?こんな事に巻き込まれて…あんな事されて…もう十分すぎるくらい辛さを味わった筈だ」

 

 亜美の異能を模倣すれば、美雪だけでも逃がす事は出来る。ただ、本来なら模倣不可能なものなので体力の消費はかなり激しくなり、動く事は出来なくなるが…。

 美雪もそれを分かっていたのだろう。首を横に振った。

 

「ここで体力を消費するのは勿体ないよ」

「だけど…」

「私がここにいても役立たずになる事は分かってる。だけど、光くんが動けなくなるのはリスクが大きすぎるよ」

 

 こうなると、美雪は絶対に意見を変えようとしない。

 逆浪は少し考えた後、代案を出した。

 

「…なら、逃げてくれ。俺は今からあの触手野郎と一戦交じえてくるからさ」

 

 止めようとしても無駄な事は分かっていたので、美雪は頷いた。

 

「…左にまっすぐ進めば亮一と高凪がいるはずだ。絶対、俺の所には来るなよ」

「うん、わかった…」

 

 美雪は素直に頷き、それから何かを決意したように逆浪の顔を見る。

 

「…もうひとつだけ、いい?」

「なんだ?」

 

 これをやってしまうと呪いになってしまうし、美雪の自己満足かもしれない。

 だけど…。

 

「ファーストキス、奪われちゃったけど…本当はこうしたかったんだ」

 

 美雪は逆浪の首に腕をまわす。

 顔が近づき、驚いた表情が視界いっぱいに映り込む。

 目を瞑って、そのまま唇を重ねる。

 とても幼いキスだった。

 鼓動と鼓動が混ざり合う。

 時間が溶けるような感覚。

 しばらく、そうしていた。

 

 

 …軈て、顔を離す。

 驚いた顔の逆浪に向かって、美雪は言った。

 

「呪いになっちゃうかもしれない。だけど私も君と一緒に戦いたいから、だから…」

 

 ―だから、この感覚を連れて行って。

 

「美雪…」

「お守り…なんてものじゃないけど、でも…」

 

 こんな事、自己満足に過ぎない。

 戦い、傷つき、苦しむのは逆浪なのだ。自分じゃない。

 身勝手だ。

 そもそも、逆浪が自分を受け入れてくれる筈はない。

 だからこれは…呪いだ。 

 私の為に戦ってという、身勝手な呪いなのだ。

 

「…ああ、わかった」

 

 だから、逆浪がそう返事をした時は驚いた。

 

「お前だって、アイツに一泡吹かせたいもんな」

「光くん…」

「それに、嬉しいよ。お前の力になれるのは…俺は螺鈿會にいた時、捨て鉢になってたけど美雪のおかげで変われた。だから美雪の為に戦えるのは嬉しいんだ」

 

 それは、逆浪の嘘偽り無い本心だった。

 

『それで、さ…僕で良ければ、力になるよ』

『…どういうこと?』

『話を聞いてあげる事くらいしか出来ないけれど…でも、君の力になりたいんだ』

 

 螺鈿會にいた時、逆浪は美雪と出会った事で救われた。

 その後も、ずっと一緒にいてくれた。

 

『…護りたいものがあるんですよ。弱いままじゃいられないんです』

 

 無銘に弟子入りしたのも、美雪を護る力が欲しかったからだった。

 どれだけ強くなれたのかは分からないけど…それでも、美雪だけは護ろうと、そう決めていた。

 

「…でも、私の身勝手で、呪いみたいなものなのに…」

 

 美雪は震え声で呟く。

 逆浪はにっこりと笑い、優しく言った。

 

「呪いだとしても、これは幸せな呪いだよ。だから、美雪の想いも一緒に連れていく」

 

 ありがとな…そう言って、逆浪は美雪の頭を撫でた。

 

「…じゃあ、行ってくる」

「…うん」

 

 逆浪は踵を返し、闇の中に消えていった。

 美雪はその背中を暫く見つめ、声にならない声で何かを呟いたが…逆浪の姿が消えると、決意したように反対方向へと走り出した。

 

 

 無力な模倣遣いは、護るべきものの為に戦う。

 そしてそれは、彼の師匠も―。

 

   *   *   *

 

「…どうして、なんで僕の能力が通用しない!?」

 

 地面に自分の血が零れ落ちる。

 それをやったのは、目の前にいる少年の右手だった。

 

「行き止まりだし、流石にこれ以上逃げる訳にはいかないよな…」

 

 少年の後ろには二色の瞳を不安げに細める少女が居て、更にその後ろには無機質な壁があった。

 

「無銘さん…」

「大丈夫、つばめちゃんはオレが護る」

 

 逃げ場はない。

 それでも、諦める訳にはいかない。

 道を塞ぐ少年は血走った目をこちらに向け、憂鬱そうに呟いた。

 

「やっぱりついてない…だけど、殺さなきゃ…ドロシィに怒られる…」

「悪いが、通してもらうぞ」

 

 そう言って拳を構え、目の前の敵へと殴りかかった。

 

 

 逆浪光が苛内植の元へと向かったのと、ほぼ同時刻。

 無銘と屑屋憂の戦いもまた、幕を開けた。

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