無題奇譚〜Untitled tale〜 作:惰眠
追いかけてきた憂との鬼ごっこの末、行き止まりに追い込まれた。
無銘と憂が戦っているのは、ただそれだけの理由だった。
無銘の右拳を、憂は首を傾げて回避する。
すかさず右脚での蹴りを見舞うが、それが憂に届く事はなかった。
「ぐあっ…!?」
憂の首に蹴りがヒットする、その寸前。
無銘の右脚に激痛が走り、逆方向に押し戻された。
「…怖いのは右手だけか。なら、大した事ないね」
先程は無銘の攻撃に驚いていた憂も、今は無表情でそう評するのみ。
対する無銘は脚の痛みに顔を顰め、先程の現象を解明しようと頭を働かせていた。
(異能だろうな…右手でブチ破れたのがその証拠だ。問題は、効果の範囲がどこまでなのかだな。多分躰を覆ってるんだろうけど…)
いずれにせよ、状況は良いとはいえない。
右手でしか戦えないというのは不便だし、何より先程の痛みがどういったものなのかわからなかった。
と、その時…無銘の後ろでつばめが動いた。
二色の瞳を煌めかせ、つばめは髪を縛っていたヘアゴムを外す。
そして助走を付け―憂にそれを投げ付けた。
「つばめちゃん!?」
憂も驚いていたが、無銘も驚いていた。つばめが行動に出るとは思っていなかったのだ。
投げつけられたヘアゴムは憂の少し前で止まり…次の瞬間、勢いよく後退してつばめの頭のすぐ横にめり込んだ。
「…!」
ヘアゴムには珠の形をしたアクセサリーが付いていた。それがあったから、壁にめり込んだのだろう。
つばめはそれを意に介さず、能力を発動してこれまでの戦闘を再生する。
何度も何度も、高速で再生する。
それに導かれるように、思考が始まる。
その繰り返し。
断続的な思考を繋ぎ合わせる。
パズルの様に、思考を完成させていく。
やがて出来上がった思考を、脳内で咀嚼する。
思考。
思考。
思考。
多数のつばめが答えを承認する。
迷っているのは、極小数。
無銘の役に立てるか、分からないから。
しかし、つばめは既に答えを確定させていた。
大丈夫…。
私でも、役に立てる。
「…無銘さん」
長い様で短い思考を終え、つばめはそれを口に出した。
「相手の能力は反射能力です。能力の範囲は躰の少し手前くらいで、ちょうどバリアみたいに躰の周りを覆っています。出力は自由に変更出来るみたいです。だけど…無銘さんの右手なら、それを突き破れます」
「…それだけ分かれば十分だよ。ありがとう」
つばめの思考スピードと把握能力に驚きながらも、無銘は笑みを浮かべた。
恐らく、これは正確な情報だ。現に憂は驚きを顔に出している。
一見すると、右手以外では対処不可能に思える。
だが、何か策がある筈だ。
何より…つばめがここまでしてくれたのだ。負ける訳にはいかない。
「…把握されてしまいましたか。これで負けに近付いた…」
憂は悲しそうにそう言うが、どうやらまだ退くつもりはないらしい。
なら、どちらかが倒れるまでやるだけだ。
つばめを背中に庇いつつ、無銘は再び彼に挑んでいった。
* * *
―同時刻、逆浪サイド
無数の触手を回避し、刀で苛内の腕を切り落とす。
しかしそれはすぐに再生し、有効打にはならなかった。
(…厄介だな)
逆浪は忙しく考えを巡らせる。苛内の能力は触手と自己再生。なかなかに厄介な能力だ。
戦闘開始から暫くの時間が経過したが、これといったダメージは与えられていない。むしろ逆浪が傷付き、疲弊するのみとなっていた。
疲弊の理由は無数の触手にもあるが、逆浪自身にもある。
彼は今、泊亮一の異能を模倣して使用している。だが、それがいけなかった。
泊亮一の天帝眼は強力ではあるものの、使用者を選ぶ能力でもある。適合した亮一ならまだしも、模倣しただけの逆浪が使いこなせる能力ではないのだ。
情報がなだれ込み、脳がパンクしそうになる。
その処理に気を取られ、躰は思うように動かない。
その隙を突かれ、触手が襲来。逆浪の脚と腹部を貫いた。
「が…ぁ」
「ヒヒッ、やっと当たったぁ〜」
苛内はニタニタと笑い、崩れ落ちた逆浪を見下す。
動こうにも躰が動かない。元々、戦闘向きとは言い難い躰なのだ。
「動けないみたいだね。キミには興味ないし、殺すけど…その前にひとつだけきかせてくれる?」
「なんだよ…」
「キミさぁ、どうして美雪ちゃんと一緒にいるの?キミみたいな人間未満の屑とあの子じゃ釣り合わないと思うけれど」
苛内は本当に不思議そうな様子だった。
逆浪は立ち上がろうと踏ん張りながら、掠れた声で答える。
「…分からねぇよ。俺がアイツと釣り合わない事くらい、百も承知だ。だけど…なんでかアイツと一緒にいたいんだよ」
それを知るために、
俺は、美雪の傍にいるんだ。
「…あそう。ま、いいや。死んで」
一本の触手が、逆浪の心臓を貫こうと伸ばされる。
瞬間、逆浪の目が青に染まり…彼は最低限の動きでそれを回避した。
「ま、まだ動けるのぉ〜!?」
苛内は唾を撒き散らしながらそう叫ぶ。
逆浪は立ち上がり、苛内の動きを観察した。
―呪いになっちゃうかもしれない。だけど私も君と一緒に戦いたいから、だから…この感覚を連れて行って。
美雪の言葉が蘇る。
そして、幼い口づけの感触も。
(そうだ、俺はこの能力があればいいんだ)
今までは、便利だからという理由で天帝眼を使っていた。
だけど、この戦いはそれでは勝てない。
自分はあの感覚を連れていくと約束した。
なら、美雪の能力で戦うべきなのだ。
「あーもう、早く死んで!」
伸ばされる触手を、美雪の異能が捕捉する。
逆浪は最低限の動きでそれを回避し、苛内に接近する。
そして…最後の触手を回避した瞬間、逆浪は静から動へと、その動きを切り替えた。
「口伝反撃術『渡鳥』」
…逆浪の反撃が、苛内の心臓を切り裂いた。
* * *
無銘と逆浪。
師弟は同時に戦闘を繰り広げ、その中で一筋の光明を見出した。
だが…敵はあまりにも強すぎた。
右手以外の攻撃が通用しない屑屋憂。
いくら攻撃されても再生する苛内植。
いつしかふたりは疲弊し、追い詰められていた。
何度目かになるか分からない痛みが躰を襲う。
無銘は肩で息をしながら、歯を食いしばってそれに耐えた。
相手もそれなりに疲弊している。だが、倒すまでには至っていない。
一方で、自分はボロボロだ。
だが、ここで諦めたらつばめはまた牢屋に戻る事になる。
後ろを向くと、不安そうに自分を励ますひとりの少女。
これ以上、彼女を苦しめる訳にはいかない。
触手が躰を貫く。
もう何度目だろう。一時期は優勢だったはずの自分は、今や死の淵にいる。
対する苛内は再生能力を用いている為、まだまだ余裕そうだ。
ここで倒れたら、美雪がコイツの玩具になる。
弱々しく縋り付いてきた、
もう二度と、あんな顔はさせたくない。
―オレが、ここで立ち向かわなければ。
―俺のせいで、大切なものまで失う訳にはいかない。
手段は、ひとつだけ残されている。
諸刃の剣だ。もしかしたら、共倒れになるかもしれない。
正真正銘、最後の一撃になるだろう。
だけど、それで大切なものが護れるなら…!
無銘の右手が赤い光に覆われ、
逆浪の左手が青い光を纏う。
それは無慈悲な一撃。
自身が受けたダメージを腕に蓄積し、数倍にして放つ、反撃の技法。
それと同時に、自らをも傷付ける可能性を秘めた、諸刃の剣でもある。
最悪の犠牲を以て、最高の一撃を放つ。
たとえ、自分の躰が壊れようとも。
護りたいものだけは―この手で護り通す。
地面を蹴り、飛び出す。
拳を後ろに引き、呼吸を整える。
そして…蓄積したエネルギーを、気合いと共に放つ。
―同じ想いを持つふたつの声が、距離を超えて同調した。
『カウンターフェイク!』
偽りの反撃。
それは、未来へと繋がる一撃となるか、あるいは―