無題奇譚〜Untitled tale〜 作:惰眠
「……美雪ちゃん、助け、に…」
光くんは
「光くん!」
慌てて駆け寄り、彼の身体を抱き起こそうとする…瞬間、手が何かで滑った。彼の身体から出た赤が、私の手を汚している。
「血…なんで、こんな…」
彼の身体は傷だらけだった。刃物で斬られたらしき切り傷や殴られて出来たであろう痣。ひとつだけだが銃創まである。生きている事が、奇跡だった。
私が呆然としていると、開かれたままの扉から何人かの男が入って来て、私達を取り囲んだ。…施設の職員達だった。
手には銃や刃物を持っており、私達を此処で終わらせてしまおうという意図がありありと読み取れる。
私は唇を噛み、それから光くんに覆いかぶさった。私と一緒に、彼まで死なす訳にはいかない。
そして死を覚悟した瞬間―。
「何をしている」
低い声が響き渡った。
見ると、白衣を纏った男が入り口に立っていた。
緑がかった黒髪に青い瞳の、端正な顔立ちをした男。だがその視線は冷たく、私達の周りを取り囲む職員を見ている。
「は、春風主任…」
「検体の破棄については適切な方法を取るべきだ―そう言ったのは貴様らだろう」
「し、然し…そこの少年は脱走者です」
「ほう。では何故脱走者が螺鈿の部屋に居る?」
「それは…」
職員は黙り込む。それを引き継ぐかのように、光くんが掠れ声で言った。
「…美雪ちゃんを…助ける為だ」
「美雪というのはそこの被検体か。ロストアイに適合しなかった屑を何故助ける必要が有る」
「…美雪ちゃんは屑じゃない…それに、ロストアイって…なんなんだよ。なんで僕達をこんな目に遭わせたんだよ…っ」
白衣の男はそれに答えず、光くんを見詰める。
「…答えろよ。どうせ僕達は死ぬんだろ…なら最後に教えてくれたっていいじゃないか」
「…それもそうか。別に隠す事では無いしな」
「主任…!」
職員のうちの一人が抗議の声を上げるが、白衣の男は意に介した風も無く続けた。
「私達が貴様らを此処に集めた理由は『ある眼』に適合する人材を探す為だ」
「…それがロストアイ」
「ああ。過去を視る眼…ロストアイに適合する子供は地球の全人類の中で一人居るかどうかと言われている」
「その為だけにこんな事を…」
光くんが怒りで歯噛みする。私も冷静では居られず、白衣の男に問いかけた。
「どうして、こんな事を…」
「………」
白衣の男は答えない。これで終わりという意思が、ありありと伝わってきた。
「もういいだろう…行くぞ」
白衣の男は職員にそう言うと、部屋を出ていった。その後に職員達が続いていく。
後には、私と光くんだけが残された…。
* * *
…それからの事は、実はよく覚えていない。
酷く苦しくて、自殺する寸前だった事は何となく覚えているが、それだけだ。
「何か」があって螺鈿の部屋から脱出出来たのは確かだが、その「何か」が思い出せない。
光くんが言うには「誰かに助けられた」との事だったが、誰に助けられたのかは分からないらしい。
兎に角、私達は薄暗い檻から出て、明るい空の下を歩く事が出来た。
* * *
「…美雪?どうしたんだ?」
…光くんの声に、私は我に返った。
「ごめんごめん、ちょっとぼーっとしてたよ」
「全く…ぼんやりしてると車に轢かれるぞ?」
光くんは呆れた様に言った。
喫茶店で話し終えた後、私と光くんは家へと帰る為に歩いていた。住んでいる所は違うが、帰り道は一緒だ。
それにしても、と光くんは呟く。
「昔の事を話したのは久しぶりだなぁ…」
「確かにそうだね…
「そういやそうだったな」
ロストアイの事を話す時に、私達の過去も話した。みんなは敵勢力の大きさに驚いていた。螺鈿會を敵と仮定するならの話だけど、つばめちゃんが追われていた事から考えるとその可能性は高い。
一介の高校生じゃ相手にならない程強大な「力」―だけど、私達はやらないといけないのかもしれない。
同じ事は光くんも考えていた様で、前を向いたまま、ぽつりと呟いた。
「…やっぱり、螺鈿會は潰すべきだよな」
「でも、私達はただの高校生だよ?」
「確かにそうだが…それでもやるしかないだろう。つばめは俺達の仲間…傷付けるなら、容赦はしないってな」
まあ、今はその時じゃないと思うよ―そう言って光くんはまた歩き始めた。
夕陽がそうさせたのか、何故かその姿が酷く儚いものに見えた。
…昔の事は殆ど現実味が無く、幻想の様に私の記憶に留まるばかりだった。
だけど―つばめちゃんが現れた事により、また過去が追いかけて来た。
白衣の男の目的―ロストアイを持つ少女が私達の前に現れたなんて、偶然にしては出来すぎている。
つばめちゃんが私達に何を
それを知ったのは、全てが手遅れになってしまった時だった…。
美雪編はこれでおしまいです。