無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#66「勝者と敗者」

 轟音が空気を震わす。

 無銘の拳は、憂の防御を突き破っていた。

 仮に、それが躰の何処かに当たっていれば…憂はその時点で死んでいただろう。

 だが、無銘はあえて攻撃をずらした。その結果、憂の真横の壁には大穴が開いていた。

 数秒間の硬直が解け、状況を把握した憂はズルズルとへたり込む。

 負けたとか、そういう感情はない。

 自分は、無銘に命を握られていた…その事実に、心の底から恐怖していたのだ。

 

 元々、屑屋憂という人間は後ろ向きな思考をしながらも心の底では自分に勝てる人間などいないと思い込んでいた。

 彼の「反射(リフレクション)」は殆どの面において無敵の能力であり、それ故に憂は自分が負ける訳ないと慢心していた。

 赤坂亜美奪還作戦の際、裏の世界の連中と戦闘した時も「僕の異能が知られても何も影響はない」と言いながら、無能力者を負かす優越感に浸っていた。

 今回だってそうだ。以前から無銘の噂はきいていたが、自分が負ける筈はないと思っていた。

 しかし、戦意を喪失してへたりこんでいるのは憂の方だ。

 無銘が自分を見下ろす。

 殺される―そう思った。

 しかし、予想に反して無銘はつばめの方を向き、「行こう」と言ってから元来た道を戻り始めた。

 

「なんで、殺さないんですか」

 

 思わず、震え声でそうきいてしまう。

 無銘は振り向かずに「オレは殺しはやらない」と言っただけだった。

 つばめが無銘の後に続く。それを追い掛ける余裕はなく、憂はただ呆然としている事しか出来なかった。

 

 

 無銘が放った一撃は、屑屋憂の戦意を削ぎ、決着へと導いた。

 では、彼の弟子が放った一撃は…どのような結果を齎したのだろうか。

 

   *   *   *

 

 鮮血が地面を汚す。

 苛内の触手が逆浪の躰を貫いていた。

 苛内は焦燥と愉悦が入り交じった複雑な表情を浮かべている。やがて愉悦の割合が多くなり、彼は歓喜の声をあげた。

 

「は…はは…僕の、勝ちだ…」

 

 逆浪は答えない。否、答えられなかった。

 彼が放った一撃は、確かに苛内の躰を粉砕した。普通の人間なら、それで終わるはずだったのだ。

 しかし、苛内は攻撃を喰らう間際に自身の異能を全て回復に回した。その結果、逆浪の攻撃に耐え抜き、復活したという訳だった。

 苛内は腐っても五大名家の人間であり、かつては天咲一族にいた人間でもある。異能の扱いには慣れていたのだろう。

 逆浪は苛内のカウンターを喰らい、瀕死の状態だった。もうじき彼は死ぬだろう。

 苛内は笑みを浮かべていたが、やがて何かを思いついたらしく、ますます笑みを深くした。

 

「ただ殺すんじゃ勿体ないしね…キミには絶望を味わってもらおうか」

 

 苛内は意識を失っている逆浪を地面に横たえ、その躰に触手を伸ばした。

 そして―

 

   *   *   *

 

 日向美雪は森の中をさまよっていた。

 逆浪と別れてから、亮一とちとせを探していたが、思えば彼らも一箇所に留まるような事はしないだろう。暗い森の中を宛もなくさまようが、見つける事は出来なかった。

 逆浪の事が心配だが、彼に任せるしかないのも事実だ。自分は一刻も早く、亮一たちの元に向かわなければ…。

 美雪は歩き続けた。露出した脚が冷たく、身震いする。

 暗い森の中で、明かりもない。不安になり、美雪は着ている上着の袖を顔に近づけ、すんすんと匂いを嗅いだ。完全に無意識の行動である。

 汗の匂いに混じり、何処か懐かしい匂いがした。それを嗅いだ美雪は少しだけ落ち着き、自分を励ますように頷いてからまた歩き出した。

 

 ―その瞬間。

 彼女の背後から忍び寄った触手が、脚に巻き付いた。

 

「え…」

 

 悲鳴をあげるよりも早く、口に野太い触手を突っ込まれる。唸り声すら出せず、美雪は後方へと引っ張りこまれた。

 

「探したよぉ〜」

 

 その声に、躰が強ばるのが分かった。

 何故。

 何故、苛内がここにいる?

 

「んっ…!」

 

 じたばたと藻掻くが、腕も絡め取られ、固定される。それどころか脚の間にも触手が触れ、出したくもない声が出た。

 闇の中から現れた苛内はニヤニヤと笑っている。それを見て、美雪の心中に絶望が湧き上がった。

 

「さて、もう言葉は要らないよね。さっさと始めようかぁ〜」

 

 満面の笑みでそう言った苛内は、美雪を引き寄せ、衣服を破り捨てる。

 瞬間、体内に異物が侵入し、激痛と共に意識が遠くなった。

 

「もう邪魔者はいないし、たくさんイイコトしようねぇ〜!」

 

 最後にきこえたのは、そんな声だった。

 涙を流しながら、せめてもの防衛として美雪は意識を閉ざす。

 

 そして…それが戻る事は、二度となかった。

 

   *   *   *

 

 逆浪の意識が戻った時、苛内は周りにいなかった。

 ハッとなり、躰を起こす。誰がやったのか、傷はある程度治療されていた。

 逆浪は立ち上がり、苛内が向かったであろう方向…美雪がいる方向へと走り出した。

 

 

 美雪の異能を模倣し、暗い闇を見通す。

 苛内の痕跡があちこちで見つかった。もしも、美雪が亮一らと合流する前に苛内に見つかったら…その答えは、あまり考えたくなかった。

 軈て、美雪がいたであろう場所に辿り着く。

 彼女がいたと分かったのは、顔を顰めるような匂いが漂っていたからだ。

 その匂いの濃密さからして、苛内がこの場所で美雪にどんな事をしたのか想像する事が出来た。

 逆浪は震えながら、地面に視線を移す。

 そこには…逆浪に宛てたと思われるメッセージが書かれていた。暗闇なので分かりにくいが、美雪の能力を発動していた逆浪にはそれが見えた。見えてしまった。

 そこには赤い文字で、こう書かれていた。

 

 

 美雪ちゃんは僕のモノだ。彼女はとても健気だったけれど、最後には僕の言いなりになってくれた。 素敵なプレゼントをありがとう。

 

 

 

「………あ」

 

 視界が真っ赤に染まる。

 躰から力が抜け、その場にへたり込んだ。

 それと同時に、目覚めた時に傷が治療されていた理由が分かった。

 やったのは、苛内だ。

 彼は逆浪がこれを見る事を予期して傷を治したのだ。

 

「あああああ…………!」

 

 美雪は、もういない。

 俺のせいで、美雪が…!

 その事実を受け入れた時…逆浪の精神は容易く崩壊した。

 

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 無力な模倣遣いは、涙すら流せずに叫び続ける。

 脳裏に美雪の笑顔が浮かび、消えていく。

 逆浪は叫び、自分の心を壊し続けた。

 そしてそれが終わった時…彼は物言わぬ廃人と化していた。

 

「…………」

 

 もう、いきているりゆうなんてない。

 おれなんて、しんでしまえばいいんだ。

 

 逆浪はふらふらと立ち上がり、森の中をさまよい始める。

 彼の前には、もはや希望など残されてはいなかった。

 

 

 

 

 ふたつの戦いは、対照的な結果に終わった。

 異能夜行は続き、研究所の周辺で続いている戦闘も終わる気配はない。

 だが、ここで一度、研究所周辺から冬天市へと視点を移す事にする。

 実は、異能夜行が始まってから少し経った午前1時頃に、冬天市の無題荘周辺でも事件が起きていたのだ。

 そして、ほとんどの人間は知らないその事件が、結果的に異能夜行の結末を左右する事となる。

 

 その事件とは、神知戦と春風郭公が霧ヶ峰勘助を襲撃したというものだった…。

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