無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#67「機械仕掛けの神に成れ」

 ―冬天市某所

 

 深夜になり、町が少しずつ眠りへと向かっている中、神知戦は高揚感を味わっていた。

 目の前には眼帯を付けた男がいる。彼の右足―義足はへし折られ、持っていた杖も使い物になっていなかったものの、目にはまだ戦う意思が浮かんでいた。

 妙な男だと思う。戦闘開始から暫くの時間が経過していたが、先程から複数の異能を使用しているし、動きこそ鈍いもののよく耐える。常人ならば数十回ほど死んでいるはずなのだが。

 

「……いいねぇ。壊れないオモチャは嫌いじゃないぜ」

 

 神知は自然と口元に笑みを浮かべていた。

 作者権限を手に入れてから、彼は退屈していた。元々敵無しだったのに、作者権限によって更に万能になってしまった…その事に虚無感を覚えていたのだ。

 思えば、自分が最後に全力を出したのはいつだったか。螺鈿會の本部でゴミカス共を相手にした時は隕石こそ落としたものの、本気とは程遠かったし、作者権限の持ち主と戦った時も本気を出せなかった。

 その前となると、茨羽と何度かやり合った時になるが、アレも暇つぶしでしかない。あんなヤツ、本気を出せば直ぐに殺れる。

 さらに前…ああ、そういえばひとりだけいた。

 螺鈿會に協力する前、神色の螺旋という妙ちくりんな組織に所属していた時の事。

 あの時にある男と戦った時に、初めて本気を出した気がする。死を意識したのも、あの時が初めてだったかもしれない。

 だが、その男はもういない。つまり、自分に本気を出させるようなヤツは、この世にいないのだ。

 だが、この男…霧ヶ峰勘助は他の有象無象とは違う。少しは頑丈なようだ。

 研究所で茨羽たちと戦うのではなく、冬天市に行って勘助を殺せとドロシィに言われた時は腹が立ったが、結果的にはこれでよかったらしい。

 じっくりと…時間を掛けて壊さなければ。

 

「……ちったぁ耐えろよ」

 

 言って、神知は飛び出した。

 体内を弄り回して金属を取り出し、それを剣の形にして適当にぶん回す。勘助はろくに動けないくせしてそれを的確に捌いて見せた。いつの間にか日本刀なんか持っていやがるし、まだやる気らしい。

 そのうち、勘助の動きが激しくなった。なんで片足もがれてるのに動けてるんだと思ったら、いつの間にか光る右足が生えていて、動きを補っていた。何かの異能だろう。

 神知の動きは荒々しい。時折風の刃で攻撃を加えたり、銃を召喚してぶっ放したりもしているのだが、勘助はことごとくそれを避けていた。動体視力でも強化しているのだろう。

 

「おっ?」

 

 神知の攻撃パターンを読んだのか、勘助は迫り来る刃を回避し、神知の懐に潜り込んできた。

 そして―

 

「居合抜刀―『乱吹雪』」

 

 殆ど言葉を発さなかった勘助が、初めてまともな言葉を発した。

 瞬間、彼の姿は神知の後ろにあった。

 いや、そんな事よりも…勘助が駆け抜けた後に散った、赤い色が気になる。

 細かく散ったそれは、まるで雪のよう。

 だが、この季節に雪は降らない。そもそも、雪は赤くない。

 なら、これは…

 

「……俺の、血か」

 

 認識した瞬間、傷口から血が溢れた。

 それはオートで発動した治癒の異能により、直ぐに治療される。

 だが、それが無ければとうに死んでいた。そのくらい深い傷だった。

 ここまで深い傷を負ったのは久しぶりだ。

 

「……本当は、これを光に教えるべきだった」

 

 こちらを振り返らないまま、勘助は呟いた。

 

「螺鈿會との決戦にアイツは巻き込まれる。その前に教えるべきだった。だけど、オレは出来なかった」

 

 アイツが化け物になるのを恐れていたんだ―静かな声で、勘助はそう言った。

 

「お前らは何も言わずに襲ってきたが、どうせ光たちも厄介事に巻き込まれてるんだろう?」

「あー、なんかそうらしいな。知らねぇけど」

「……なあ、神知戦」

 

 唐突に名前を呼ばれた。

 というか先程から襲いかかろうとしているのに上手くいかない。ドロシィと会った時のように躰が動かないのだ。恐らく、機能停止の異能だろう。

 動かせるのは口だけで、異能を使う事さえも出来ない。めんどくせぇなと思いつつ、神知は「んだよ。ってか名前知ってんのか」と返した。

 

「お前は有名人だからな…それは置いておいて、ひとつききたい事がある」

「あ゙?」

「お前、何の為にこんな事しているんだ?オレが見たところ、お前は螺鈿會に従うような人間には見えないが」

「どーでもいいだろ、そんな事。つうかこれ解けよ」

 

 神知の抗議をガン無視して、勘助は続ける。

 

「退屈していたんじゃないのか?」

「だとしたらなんだ。テメェが紛らわしてくれんのか?」

「ああ……オレではないが、お前の退屈を紛らわせる事が出来るヤツを知っている」

「誰だよソイツ」

「ドロシィだよ」

「あ?頭沸いてんのかお前」

 

 勘助の意図を測り損ねた神知は首を傾げる。

 だが、勘助の声は真剣そのものだった。

 

「真剣だよ。お前もドロシィも作者権限を持ってるんだろ。なら、退屈はしない筈だ」

「お前だって同じようなもんだろ。さっきから複数の異能使ってんじゃねえか」

「オレのはそんなに万能じゃない。お前の動きを少しばかり止めるのがせいぜいだし、それにオレはお前に勝てん」

「あそう。つうか俺をあのガキにぶつけて、お前にメリットがあんのかよ」

「光たちを救える。オレじゃ無理だが、お前なら出来るだろう」

「俺に正義の味方になれってのか?お前の思考回路どうなってんだよ。クソでも詰まってんのか?」

 

 神知がそう吐き捨てると、勘助は呆れたようにため息をついた。

 

「んな事言ってねぇよ。オレが言いたいのは、ドロシィをボコボコにしてお前の欲求を満たせって事だ。光たちを助けるのは結果に過ぎん。そもそもお前は何の為にアイツらに協力しているんだ?」

「金だよアホ。それ以外にあんな妙ちくりんなのに協力する理由があるか」

「金ならオレが出そう。どうだ?やる気になったか?」

「買収しようってのか…漫画のやられ役みたいな思考してんなお前」

「最善手はこれしかないんだよ。オレがどう思われようがどうでもいい。それにドロシィは無題奇譚を手に入れたらお前が邪魔になるだろうし、どのみち戦わないといけなくなるぞ」

 

 その言葉をきいて、神知は少しばかり考え込んだ。

 正直に言ってドロシィの意図は分からない。だが、無題奇譚を手に入れたら好き勝手するだろうし、そうなると神知は邪魔になるだろう。

 言いなりになるのは癪ではあったが、勘助の誘いに乗ったほうが良さそうだ。金も出すと言っているし、何よりドロシィは作者権限の持ち主だ。もしかしたら、本気を出せるかもしれない。

 そこまで考えてから、神知は勘助に言った。

 

「……テメェの誘いに乗ってやるよ。その変わり、金は言い値で出せよ」

「ああ、分かっている」

「つうか早くこれ解けよ」

「それも分かっている」

 

 勘助が言った瞬間、躰が自由になった。

 

「で、どうすんだよ」

「今から重石沢に向かってくれ。目的はドロシィと…無題奇譚の排除だ」

「無題奇譚もぶっ壊すのかよ。勿体ねぇな」

「あんなもの、存在しない方がいいんだ」

 

 勘助はそう言ってから膝を着く。どうやらかなり疲弊していたようだ。

 

「オレは休む。後はお前次第だ」

「やりたいようにやっていいんだろ」

「任せる」

「へいへい」

 

 神知は勘助を一瞥もせず、歩き出す。

 その後ろから、微かな呟きが聞こえてきた。

 

 ―機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)に成れ、神知戦。

 

 

 こうして、神知戦は霧ヶ峰勘助の依頼により、ドロシィを裏切って異能夜行の真っ只中へと飛び込んでいく事になる。

 そして彼の介入が異能夜行の結末に大きな影響を与えるのだが…それは、もう少し後の話だ。

 今は冬天市で起きているもうひとつの戦闘に視点を移す事にする。

 

 神知と勘助の戦闘が終了したのと、ほぼ同時刻。

 元・裏の世界の連中と春風郭公の戦闘も、佳境を迎えていた―。

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