無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#68「我が理想の贄と成れ」

「あ……ぐっ」

 

 路地裏に、苦悶の声が響く。

 春風郭公は最後のひとりを打ち倒し、無様に転がっているその躰に足を乗せた。

 霧ヶ峰勘助は神知戦に任せている。今頃はもう決着しているだろう。

 春風が相手していたのは、かつて裏の世界にいたチンピラ共だ。先日の螺鈿會本部襲撃後、風読陽香が風読家との縁を切った事を切っ掛けに彼らも表の世界で生きていた。本来ならばこんな事に巻き込まれる理由など無かった筈なのだ。

 だが、彼らは異能夜行の当事者たち…茨羽巧未や赤坂蜥蜴らの仲間ともいえる存在だった。驚異になるとは思えないし、別に排除する必要はないのだが、勘助と一緒にいてなおかつ螺鈿會の事をある程度知っていたので排除する事にしたのである。 

 いくら裏の世界にいたと言っても、異能を持たない雑魚共だ。排除するのは容易かった。

 一仕事終え、神知に連絡を取ろうとしたその時、足元から掠れた声がきこえた。見ると、自分が踏みつけている男がこちらを睨んでいる。

 

「アンタ…春風郭公だろ…」

「それがどうした」

「お嬢の…春風つばめの…父親なんだろ。なんでこんな事しているんだ…」

 

 男―六場の視線には怒りが篭っている。

 彼は越月夢羽の喫茶店で働いていたが、喫茶店にはつばめがよく来ていた為、自然と親しくなっていた。

 だから、他の連中よりはつばめの事を知っているつもりだった。

 

「お嬢は健気で、いい子だ。だけど、あの子は時々…寂しそうな顔するんだよ…」

 

 六場は喫茶店の買い出しにつばめと行った事がある。

 その時、つばめは楽しそうに食材を選んでいた。

 

 

『お嬢、楽しそうですね』

 

 

 六場がそう声をかけると、つばめは少しだけ寂しそうな顔をしてこう言った。

 

 

『今まで経験した事がなかったから楽しいんです。誰かといるのも…こうして買い物をするのも…』

 

 

「お嬢は今まで、あんな当たり前な事を経験した事がないって言っていた…それがどんなに辛い事なのか、テメェに分かるのか?」

 

 六場の言葉に、春風は理解出来ないといった表情を浮かべ、六場の躰から足を退けた。

 

「分からないな。なぜ、あんな肉の塊に拘る?」

「…今、なんて」

「肉の塊だと言ったんだ。あんな小娘、我が理想の為の道具でしかない。ロストアイがなければ生きている価値すらないのだよ」

「それが、実の娘に対しての言葉なのか…!」

 

 六場は怒りに震え、立ち上がった。

 徹底的にぶちのめされ、躰はボロボロだ。

 だが、怒りが躰を突き動かすエネルギーとなる。

 獣のような咆哮をあげ、六場は春風に飛びかかった。

 しかし、

 

「…携帯型異能『爆破』」

 

 春風の人差し指が六場の右腕に触れた瞬間、それが爆発し、六場は声もあげずに崩れ落ちた。

 六場の腕の欠片を全身に浴びながら、春風はひとり呟く。

 

「あんなものを守ろうとして自らの命を散らすなど愚かの極み。あの娘の所為で散る必要がない命が散っていると、なぜ理解出来ないのだ」

 

 簡単な事だ。

 無題奇譚を差し出し、春風つばめを見捨てれば、全員が助かる。

 そんな簡単な事を、どうして出来ないのだろう。

 春風にはそれが不思議で仕方なかった。

 

「これで全員、か」

 

 元・裏の世界の連中は全員が地面に転がっている。もしかしたら何人かは死んだかもしれない。

 あとは神知が勘助を処理してくれていれば任務は完了する。

 躰にこびり付いた肉片を不快に感じつつ、今度こそ神知に連絡を取ろうとした、その時―

 

「お、終わったんか」

 

 そんな声が聞こえたので振り返る。

 闇の中から神知が現れ、路地裏に転がっている連中を見てニヤニヤと笑った。

 

「コイツら全員、裏の世界の連中か。モブらしいやられ方してんな」

「霧ヶ峰はどうなった?」

「死んだかは知らねぇけど動けねぇようにしといた。ま、口出ししてくる事はねぇよ」

「ご苦労。なら、我々も戻るとしよう」

 

 春風はさっさとその場を立ち去ろうとする。その途中でふと思いついて、神知にきいた。

 

「彼らはなぜ、春風つばめを見捨てるという行動が取れないのだろうか」

「あ?んなの、コイツらが正義ぶってるからに決まってんだろ」

 

 神知は当たり前のように答えた。

 

「くだらねぇ感情に突き動かされただけの馬鹿どもだ。大人しく身を引いておけば死ぬ事もなかったのにな。あーかわいそー」

 

 最後は棒読みだった。明らかに本心ではない。

 

「……そうか」

 

 やはり、よく分からない。

 気にする事でもないかと思い、郭公は今度こそ歩き出した。

 神知はその後ろ姿を眺めながら、愉快な思考を始める。

 この男も異能を消し去ろうとか考えているヤツだ。いずれ自分と対決する事になるだろう。

 ならいっその事、ここで消してしまおうと思ったが…少し考えて、その選択肢を排除した。

 無題奇譚をぶっ壊したらコイツは絶望する。その矛先は誰に向かうのか…自分か、或いは茨羽たちか。そのどちらかだろう。

 どちらでもいい。前者ならそれはそれで楽しめるだろうし、後者ならば自分には関係ない事だ。

 いずれにせよこの戦争は意味を失っている。神知が介入した以上、この戦争をぶっ壊す事になるからだ。

 この戦争でどのくらい犠牲が出るのかは分からない。だが、少なくとも元・裏の世界の連中の何人かは死んでいるだろうし、何より人が死ねば死ぬほど、この戦争の原因のひとつである春風つばめが背負うものは大きくなる。もしかしたら、彼女の人間関係はそれが原因で壊れるかもしれない。

 そうなったらそれはそれで愉快だと思った。

 正義面した茨羽や無銘が寄ってたかってひとりの少女を責める姿はさぞかし見物だろう。勘助の依頼により彼らは殺してはいけない事になっているので、このイベントが起こる可能性は極めて高い。

 勘助がこれを計算して神知に依頼したのかどうかは分からないが…いずれにせよ、この戦争は神知の一人勝ちで終わるだろう。

 つばめの絶望、茨羽たちの絶望、ドロシィの絶望、春風郭公の絶望…その上で勝者の笑みを浮かべるのは、神知戦だ。

 

「面白くなってきたじゃねぇか」

 

 そう呟いてから、神知は暗闇に消えていった。

 後に残されたのは、無意味な戦闘の残滓だけだった。

 

 

 ドロシィの理想。

 春風郭公の理想。

 神知戦の理想。

 理想は違えど、想いは同じ。

 

 ―我が理想の贄と成れ

 

 それが、共通する想い。

 そんな思惑の坩堝に巻き込まれた者たちは、それでもなお抗う。

 この戦争は無意味なもので、後に残されたものは絶望しかないと知らずに、もがき続ける。

 

 異能夜行もいよいよ後半戦。

 ここからはまた研究所周辺に視点を移し、異能夜行の終幕までを詳述するものとする。

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