無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#69「離反」

 暁月とイアに逃げられてから、木野葉月はあてもなく研究所内をさまよっていた。

 なんとかしてふたりを見つけないといけないのだが、恐らくそれは不可能に近い。暁月は転移能力の持ち主だし、とてもではないが捕捉するのは無理がある。

 かといって探さない訳にもいかず、研究所内をさまよっていたのだが…この様子だと、ふたりは既に研究所を出ているだろう。

 自分も研究所から出てみよう…そう思い、歩き始めた葉月だったが―それから暫くして、思わぬものを見た。

 

 廊下の途中で屑屋憂が死んでいたのだ。

 

 驚いて、葉月は憂に駆け寄った。

 憂は血を撒き散らしながらうつ伏せになっている。調べてみると、全身の骨を砕かれている事が分かった。それだけではなく、首には刃物で斬られたと思わしき傷もあった。恐らくこれが致命傷になったのだろう。

 憂は無銘や逆浪、つばめを追っていた筈だ。無銘や逆浪は徒手空拳だったし、全身の骨を砕く事は不可能ではないだろうが…彼らは刃物を持っていなかった筈。なら、この首の傷はどうやって付けられたのだろう。

 憂の死体を目にした事で身の危険を感じ、葉月はその場から離れた。弔ってあげたい気持ちはあったがそれどころではないし、何より葉月が死んでは元も子もない。葉月は永遠に生き続ける異能を持ってはいたが、それは老衰や病気で死ぬ事がなくなったというだけの事であり、致命傷を負えばその限りではない。というかそもそも、葉月自身はこの異能の事を把握していない。どちらにせよ、死んだら終わりだ。

 葉月は急いで研究所を出た後、森の中に飛び込んだ。

 そのまま暫く歩くと、とある光景を目にした。

 

「夢羽さん!」

「あ…あみ…ちゃん…」

 

 白髪の少女が長身の男に首を掴まれ、持ち上げられている。男と対峙しているのは水色の髪の少女だが、手出しは出来ない様子だった。

 水色の髪の少女は以前螺鈿會が捕らえていた赤坂亜美だ。長身の男は越月翼で、彼に首を掴まれているのは―。

 

(………っ!)

 

 考えるより先に躰が動いていた。

 葉月は越月に肩からぶつかる。いきなりの事で対応し切れなかったのか、越月は少女を放した。

 解放された少女は地面に這いつくばり、ゲホゲホと咳き込む。すぐさま亜美が駆け寄り、彼女を介抱した。

 越月は体勢を整えると憎々しげに葉月を睨みつける。

 

「どういうつもりだ…」

「……私にも、理解出来ません」

 

 葉月は警戒を解かぬまま答える。

 実際、何故自分がふたりを助けたのか、葉月自身もよく分からなかった。

 強いて言うならば…小柄な女の子が背の高い男に首を絞められているというシチュエーションが、過去の自分が体験したものと似ているからかもしれない。

 

 

『い、いや…いたくしないで…』

『何言ってんだ。テメェは死なないんだからいいんだろ?』

『やめて…いたいのはいや…そんな、そんなものをわたしのなかにいれないで!』

『うるせぇなぁ。ほら、とっとと大人しくしろ!』

『やだ!やだぁっ!だれかたすけっ……ぐ、ぎ…』

『ようやく大人しくなったか。ほら、とっととブチ込むぞ』

『ぁ…ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』

 

 

 過去の光景を思い出し、頭痛を覚える。

 それと同時に、背後にいるふたりの女の子を助けないといけないという思いが湧き上がった。

 これは組織への背信になる。だが、葉月が螺鈿會に恩義など感じていないのもまた事実だ。なら、自分がやりたいようにやるしかない。

 以前、源夜月と戦闘した際に、彼が自分の事を認めてくれた事を思い出す。

 もしかしたら、彼の仲間なら、自分の事を認めてくれるかもしれない。

 とにかく、今やる事はひとつだ。

 

「逃げて下さい」

 

 葉月は背後にいる少女たちに、手短にそう告げた。

 ところが、少女たちが答える前に越月が襲いかかってきた。

 

「邪魔をするなよクソアマ!」

 

 単純な実力差で言えば、葉月の方が上だろう。

 だが、越月はその差をひっくり返す事が出来る異能を持っていた。

 

「……!」

 

 越月の目を見た瞬間、躰を奇妙な感覚が襲った。

 ヌメヌメしたナメクジがゆっくりと躰を這い上がるような、そんな気味の悪い感覚。

 このままだと、きっと嫌な事が起きる。

 それが分かっていても、逃れられない。

 

「……ダメっ!」

 

 腰に衝撃。

 葉月はよろめき、越月の視界から逃れた。

 躰を覆っていた感覚は消え去り、解放感が全身に満ちる。

 

「……お願い!」

 

 すかさず亜美が能力を発動する。

 越月が次の行動に出ようとした時には、三人の姿は消えていた。

 

   *   *   *

 

 三人は越月がいる場所からやや離れた場所に転移した。

 

「あ、ありがとうございます。助けてくれて…」

 

 人心地ついた後、白髪の少女が葉月にそう言った。

 

「いえ。大した事はしていません」

 

 葉月はそう言って、少女を観察する。

 白髪に蒼い目の、小柄な少女。隣に立つ亜美と身長は大差ないので、恐らく中学生だろうと思った。

 

「……あなた、螺鈿會の人ですよね?どうして私たちを助けたんですか?」

 

 亜美が僅かばかりの警戒心を纏ってそうきいた。

 確かに、彼女からしてみれば葉月は自分を捕らえた組織の一員だ。先程の行動に納得がいかないのも頷ける。

 

「分かりません。気付いたら助けていました。元々、螺鈿會に尽くしているという訳でもありませんし…このままあなたたちに協力しようと思います」

「そうなんですか…?」

「むしろ、源夜月さんがいるそちら側の方が信用できます。彼女…じゃなくて彼は悪い人間ではないようですし…」

 

 それをきいて、少女が何かを思い出したようにきいた。

 

「夜月さんを知っている…という事は、木野葉月さんですか?」

「はい。その様子からすると、夜月さんから話をきいているみたいですね」

「少し変だけど、悪いヤツではなかった…と言っていました」

「そうですか…」

 

 どうやら、夜月は仲間に葉月の話をしていたらしい。亜美と少女は小声でやり取りをした後、こちらを向いて頭を下げた。

 

「…私たちだけでは、兄さんを倒せません。だから…」

「もちろん、協力はします」

 

 葉月が言葉を遮るように言うと、ふたりの顔が明るくなった。

 

「あ、ありがとうございます!えっと…私、越月夢羽っていいます」

「越月?というと、越月翼さんは…」

「兄です。といっても、私は越月家の失敗作なので絶縁されているのですが…」

 

 それをきいて、葉月は夢羽に親近感を覚えた。

 自分も異能を持たずに生まれた為、螺鈿會に引き渡されたからだ。

 過去をぼんやりと思い出していると、亜美が自己紹介をした為、思考は中断された。

 

「ご存知だとは思いますが…赤坂亜美です」

「夢羽さんもですが…あの時は本当に申し訳ございませんでした」

 

 葉月が言うあの時というのは、喫茶店を襲撃して亜美を誘拐した時の事だ。葉月は逆浪光を気絶させる事しかしなかったが、恨まれても仕方がない事をしたのは事実だ。

 しかし、ふたりは気にする事ないと首を横に振った。

 

「触手使いの人が私をその…穢そうとしていた時、止めてくれましたし、それに…」

「本当に悪い人なら、私たちに謝る事なんてしないと思います。だから…気にしないでください」

 

 ふたりにそう言われて、葉月は安堵した。

 それと同時に、何としてもふたりを守り抜かなければと思った。

 

「木野葉月です…この命、おふたりの為に捧げます」

 

 葉月は深々と頭を下げてそう言った。

 それから頭を上げ、ふたりにきいた。

 

「…それで、作戦はどうしましょうか?」

「ひとつ、考えていた作戦があります」

 

 そう言った夢羽が話した作戦というのは、次のようなものだった。

 まず、越月翼の異能は「目を合わせた者の活動を停止させる」というものだが、完全に活動を停止させるには数秒間見つめ続けないといけないらしい。先程葉月が逃れたのは、バランスを崩した事により視界から逃れたからとの事だった。

 越月は夢羽を恨んでいる為、優先的に狙うのは夢羽の筈。それを活かして夢羽が囮になり、タイミングを見て葉月が亜美の能力を用いて奇襲をかけるというのが、夢羽が考えた作戦だった。

 チャンスは一度きりの為、一撃で倒す必要がある。だが、越月は異能以外は常人と変わらないし、異能発動時には隙が出来るのである程度の技量があれば一撃で倒す事も可能だろうと夢羽は推測した。

 

「……でも、それじゃ夢羽さんが危険な目に遭う事になるよ!」

 

 作戦をきいた亜美がそう言った。

 葉月もそれに同意する。彼女を護ると誓った手前、危険に晒す訳にはいかない。

 だが、夢羽は「大丈夫」と言った。

 

「どのみちこれは私が決着をつけなきゃいけない事だし…それに亜美ちゃんと葉月さんを巻き込んじゃった以上、私がリスクを負うのは当然の事だよ」

「でも…」

「この作戦が一番手っ取り早いし、私にはこれしか思いつかない…だから、お願い。私にも戦わせて」

 

 夢羽は真摯な目をしていた。

 恐らく、彼女はどうあっても折れない…そう思った葉月は、「夢羽さんがそれでいいなら」と頷いた。

 次いで、亜美も渋々とではあるが頷いた。

 

「葉月さん、亜美ちゃん…ありがとうございます」

「ただ…ひとつ保険を掛けさせてください」

 

 そう言って葉月がスカートのポケットから取り出したのは、無色透明の結晶だった。彼女はそれを夢羽に手渡す。

 

「これは?」

「無効化の異能が付与されている携帯型異能です。赤坂蜥蜴さんのものよりは遥かに弱いですが…気休めくらいにはなると思います」

「いいんですか?こんな貴重なもの…」

「今は夢羽さんが使うべきです」

 

 無効化の異能はその特異性ゆえに所有者が少なく、それは携帯型異能も同様だった。葉月がそんな貴重なものを所有していた理由は、彼女にそれを手渡したドロシィが携帯型異能の製作者だったからだ。

 夢羽はありがとうございますと言って結晶を受け取った。

 

「では…始めましょう」

 

 夢羽の言葉に、ふたりは頷いた。

 三人は行動を開始した。

 

   *   *   *

 

 ―結論から言うと、作戦は成功した。

 葉月と亜美は越月の隙を突き、彼に強烈な一撃を食らわせて倒す事に成功した。

 だが、同時にこの作戦は犠牲も産んだ。

 

「夢羽さん!」

 

 ふたりが越月を倒すまで、夢羽は首を絞められていた。

 それだけではなく、彼女は越月と長い間目を合わせてしまっていた。

 葉月と亜美が倒れている夢羽に駆け寄った時、彼女は息をしていなかった。

 さらに体温もなくなり、どんどん躰が冷たくなっていく。まるで、石になってしまったかのようだった。

 夢羽の目は見開かれ、口は半開きになっている。

 目から一筋の涙が零れ落ちたが…彼女がそれを拭う事はなかった。

 葉月も亜美も何も言えなかった。

 静寂だけが、辺りを包み込んでいた。

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