無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#70「覚醒」

 暗い海の中にいるような、そんな感覚。

 意識だけがぼんやりと残っており、あとは何も分からない。

 ああ、自分は死んだんだな。

 自分でも驚く程あっさりと、その事実を受け入れる事が出来た。

 確か、兄に首を絞められたのだった。それで意識が混濁して、抵抗する力が無くなって…兄の能力により、石になってしまった。

 仕方ないなと思った。犠牲が自分だけで済んだのなら、それでいいじゃないか…。

 もうじきこの意識も消える筈。来世というものがあるのかは分からないけど、もしあるのならまた喫茶店をやってみたいなと思った。まあ、来世にこの記憶は引き継がれていないのだろうけれど。

 そこで思考を終え、消えるのを待っていたその時…何処からか声がきこえた。

 聴覚なんてものはないのに、何故だろう…そう思っている間にも、声はどんどん鮮明になっていく。

 その声はただ一言、こう言っていた。

 

 ―生きて、夢羽ちゃん

 

 この声は…美雪さん?

 なんで、美雪さんが。

 そう思った時、どんどん自分の意識が薄れていき、そして…。

 

   *   *   *

 

 目を開くと、暗闇の中にぼんやりと人の輪郭が見えた。

 

「夢羽さん…!目を覚ましたんですね!」

 

 涙声になりながら抱きついてくるのは赤坂亜美だ。という事は…戻ってきたのか。

 

「あれ…わたし、生きて…」

「無効化の携帯型異能があったおかげで何とかなったみたいです。私たちが発見した時はかなり危ない状態でしたが、蘇生処置を施したら持ち直しました」

 

 この声は葉月のものだ。彼女の声にも、安心感が滲んでいる。

 

「そうだったんですか…おふたりには何とお礼を言ったらいいか…」

「いいんです…本当によかった…!」

 

 とうとう泣いてしまった亜美の背中をさすり、躰を起こそうとした所で異変に気付いた。

 

「……脚が動かない」

 

 動かせるのは上半身だけで、腰から下は全く動かなかった。感覚もない。

 異能無効化で命だけは護られたようだが、犠牲は出たようだった。

 

「そんな…」

 

 亜美が悲痛な声を上げる。

 葉月も無言で俯いた。

 

「…心配しないでください。私は大丈夫ですから…」

 

 下半身不随は確かに大きなダメージとなった。

 だが、命が助かっただけマシといえるだろう。

 異能無効化の携帯型異能が無ければ、夢羽の命はなかったのだから…。

 

「そういえば、兄は…」

「縛ってあります。気絶しているので、(じき)に目を覚ますと思います」

 

 殺されてはいないようだったので安堵した。敵とはいえ、肉親だ。殺したくはなかった。

 人心地ついた所で、「さて…これからどうしますか?」と葉月がきいた。

 

「夢羽さんだけでも冬天市に戻った方がいいと思います」

 

 亜美の言う事は最もだ。

 夢羽は脚が動かないし、ここにいても邪魔になるだけ。それは夢羽自身もよく分かっていた。

 

「そう…ですね。でも、亜美ちゃんたちは…」

「私は残ります。夜月さんが心配なので…」

「私も、他の人たちの助太刀をするつもりです」

 

 亜美と葉月は残るつもりのようだった。

 それをきいて、申し訳なさが込み上げる。

 

「すみません…お役に立てずに…」

「気にする事はないですよ」

「あとは私たちに任せてください!」

「……分かりました。皆さんの事、よろしくお願いします」

 

 …こうして、夢羽は冬天市に戻り、亜美と葉月は再び戦闘に身を投じる事になった。

  

   *   *   *

 

 ―同時刻、茨羽・陽香サイド

 

 夢羽たちの戦闘が終わった、丁度その頃。

 易蟻萌々子と戦う茨羽と陽香の戦闘も、山場を迎えていた。

 屍者の数は際限なく増え続ける。だが、こちらにも味方がふたり増えた。

 泊亮一と高凪ちとせは突如現れ、屍者の大軍と戦い始めた。なぜふたりがこちらに味方しているのか茨羽には分からなかったが、事情は後できけばいい。

 今はそれよりも、誰かを易蟻の元へと向かわせるのが重要だった。

 そしてそれに相応しい人物は、茨羽の中ではひとりしかいなかった。

 

「……陽香!ここは俺たちに任せて、お前はあの女を倒してくれ!」

 

 陽香はふたつの異能を持っており、実力もある。なによりここは森の中で、半ば陽香の領域といってもいいくらいだった。敵の異能を把握し切れていない以上、切り札である陽香をこんな雑魚共と戦わせるのは惜しい。

 陽香は頷いたが、屍者の数が多いので先に進めない。陽香の異能―植物を操る異能を使えば一網打尽に出来るが、その分体力を消費してしまう。

 だが、ここで他の三人が活路を切り開いた。

 

 火事場の馬鹿力という言葉がある。

 これは切迫した状況に置かれると、普段は想像できないような力を無意識に出す事のたとえだが、今の茨羽たちはまさにこの状況だった。

 特に戦闘の経験が殆ど無い亮一とちとせにとってはこの状況は極限そのものであり、故に自らの力を遥かに超えた力を出す事になった。

 ちとせは熊に変身していたが、長期戦になるのでエネルギー消費を抑え、機動性の高い姿に変化していた。

 腕と脚、更には生身のままで熊の防御力をある程度引き出した姿…部分獣化を成し遂げたのだ。

 ちとせの「獣使い(ビーストテイマー)」は完全獣化しか出来ない能力だったが、窮地に陥った事で異能を完全に制御する術を身に付けたのだろう。無意識だったので、どのように変化させたのかは分からないが…。

 

 そして同様の事が、泊亮一にも起こっていた。

 

「……なんだ?これは…」

 

 能力を使い続けるうちに、未来の光景が見えるようになったのだ。

 未来といっても三秒先までが限界だが、それでも有利にはなる。亮一はこの力を使い、最小限のダメージだけでこの戦闘を切り抜けていた。

 最も、代償はある。先程から脳が蕩けそうなほど熱いのだ。この戦いが終わったら、自分は壊れてしまうのではないかと思うほど。

 だけど…それでも、亮一は戦闘を止めない。

 この戦争の行方を見届け、自分の在り方を決める為に…亮一は戦い続けた。

 

 ふたりの覚醒に続き、茨羽にも変化が起きていた。

 先程まで彼の周りに渦巻いていたのは焔だった。しかし今は、氷と冷気が辺りを支配している。

 最も、茨羽の能力が変化したという訳ではない。焔の温度をどんどん下げていき、強力な冷気に変換させたのだ。なぜこんな事が出来るのかは分からないが…ひとつの壁を超えたのは間違いないだろう。

 熱いだけでは、戦闘には勝てない。

 時には氷のように冷たい思考を以て臨む事も重要なのだ。

 焔では止められない屍者たちも、氷漬けにしてしまえば止まる。

 激しい攻撃に晒され、自分が傷付いても尚、茨羽は冷静な判断で屍者を氷漬けにしていった。

 全ては、陽香を易蟻の元へ向かわせる為に…。

 

   *   *   *

 

 仲間たちの援護を受け、陽香は易蟻の元へと辿り着いた。

 

「あら、来ちゃったのね」

 

 易蟻は感心したような口振りで呟いた。

 

「観念してください。大人しくすれば痛い目にはあわせません」

「そう言われて、大人しくすると思ってる?おバカさんなのね」

 

 くっくっと笑う易蟻。

 なら―容赦はしない。陽香は風の刃を放ち、それは易蟻の腕を切り落とす…筈だった。

 

「な…」

 

 腕を切り落とされたのは易蟻ではなく、屍者だった。

 陽香は続けざまに風の刃を放ち、それと同時に植物を操る異能を用いて易蟻に攻撃を仕掛けたが…その全てを、屍者が受けた。

 陽香の体力も限界に近かった。本来の能力である植物を操る異能は特徴を把握した植物を自在に操る能力だが、強力である故に負担も大きい。精密な操作が要求されるので、脳のリソースの大半をこの能力に割かれる事になる。さらに風を操る異能も並行して使用している為、その能力の負担もかかる。風読家で英才教育を受けてきた陽香だからこそ制御できていたといえるだろう。

 だが、その分周りへの注意が疎かになった。背後から忍び寄る屍者に気付けず、強い拘束を受ける。

 

「はい、捕まえた」

 

 陽香は藻掻くが、拘束は緩まない。

 それを見た易蟻は笑みを浮かべ、動けない陽香に顔を近付けて囁いた。

 

「苛内ならお楽しみといくところなんだけど、私はそんな趣味ないからね…でも、やりたい事はやろうかな」

 

 言って、易蟻は陽香の服を捲り上げた。

 綺麗な躰が露出し、易蟻はうっとりとそれを見つめる。

 

「ほんと、モデルさんみたいな躰してるのね…でもその中身はどうなのかしらね?」

 

 易蟻は陽香の腹部にメスを当てる。

 血が一筋流れ落ち、白い肌を汚した。

 

「茨羽巧未…彼はあなたの臓物を見ても尚、あなたを愛せるのかしらね?汚い中身を撒き散らしたあなたの死体を見ても尚、愛してるって言えるのかしらね?」

「…………」

「ま、男なんて躰目当てだろうし、それは茨羽巧未も変わらないと思うけど。あなたが茨羽とヤッたのかは知らないけど…彼、落ち込むでしょうね。こんな上物を目の前で失うんだから…」

「…………」

 

 易蟻はくすくすと笑う。

 陽香は答えず、行動を起こした。

 

「………んっ!?」

 

 陽香は易蟻の唇を自らの唇で塞いた。

 欲情したのではない。口移しで、とあるものを飲ませる為だった。

 舌で歯列をこじ開け、「それ」を易蟻の喉へと押し込む。そして能力を発動した。

 易蟻は胃の中に、何かが入る感覚を覚えた。顔を離し、少し赤くなりながら「何を飲ませたの!?」と叫ぶ。

 瞬間、意識が薄れていき、易蟻はその場に崩れ落ちた。それと同時に能力のコントロールを一瞬だけ失い、陽香を拘束していた屍者が消滅する。

 陽香は易蟻を見下ろし、淡々とした口調で言った。

 

「貴女に飲ませたのはエンジェル・トランペット…毒性がある植物です。私の異能で成長を促進したのですぐに効いたと思います」

「ま…さか、わざと…つかまって…」

 

 易蟻の言う通りだった。

 易蟻に攻撃しようとしても屍者が身代わりになる。それが易蟻の能力によるものだと推測した陽香は、易蟻が一番無防備になる時に、予想もしない方法で罠を仕掛ける必要があった。その方法が口移しだったという訳だ。

 

「それと、先程の質問の答えですけど…巧未くんは私の全てを愛しています。そこに否定の余地はないし、私の驕りでもありません。巧未くんは私の全てを愛しているし、私は巧未くんの全てを愛している…これがたった一つの真実です」

 

 易蟻は陽香の目を見て恐怖を覚えた。

 静かな怒りが、陽香の目に宿っていた。

 

「先程の発言は、巧未くんへの侮辱にあたります…私の事はどれだけ辱めても構いませんが、巧未くんへの辱めは赦しません」

 

 陽香は一言、呟いた。

 

 ―美しい花には棘がある

 

 その言葉は陽香の異能のリミッターを外すものであり…陽香がこれを口にした時は、彼女が本気で怒っている事を表している。

 陽香が念じると、近くにあった木から葉っぱが次々と落ち…易蟻の躰を切り刻んだ。

 

「いぎっ…ちょっ…やめっ…!」

 

 悲鳴をあげる易蟻。

 それに対し、陽香は優しく微笑んだ。

 

 

絶 対 に 赦 し ま せ ん

 

 

 易蟻の一際大きな悲鳴が夜空に響いたのは、それからすぐの事だった…。

 

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