無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#71「悪魔の介入」

 陽香の苛烈過ぎる攻撃により易蟻が気絶した事により、屍者の大群は姿を消した。

 茨羽巧未は荒い息を整えながら、亮一とちとせの方を見る。ふたりは立ち上がれないようで、地面に倒れていた。

 

「大丈夫か?」

「なんとか……」

「…………」

 

 亮一は気絶しているようで、返答がない。天帝眼の使いすぎだろうと思い、ちとせに話を振る事にした。

 

「高凪さん、なぜ君と泊くんがこちらの味方をしたんだ?」

「それは……」

 

 ちとせは事情を説明した。

 それをきいた茨羽は「なるほど、光がそんな事を……」と呟いた。

 確かに、亮一が異能省の長官になれば異能差別は無くなるかもしれない。自らの異能に苦しめられてきたからこそ、その状況を変える事も出来るのだろう。

 

「……とりあえず、誰かと合流しなきゃな。俺は陽香を見てくるから、少し休んでいてくれ」

 

 言って、茨羽は陽香の元へと駆け寄った。

 陽香も地面に倒れていて、茨羽を見ると「巧未くん…」と微笑んだ。

 

「お疲れ、陽香。ファインプレーだったぞ」

「うん…でも、暫く動けないと思う。異能のリミッターを解除しちゃったから……」

「十分だ。少し揺れるが、我慢しろよ」

 

 茨羽が陽香を背負うと、陽香はぎゅっとしがみついてきた。

 背中に掛かる確かな重みに安堵しながら、茨羽はちとせたちの元に戻った。

 

「さて…高凪さん、歩けるか?」

「私は大丈夫です。でも、泊くんが……あ、こうすればいいのか」

 

 ちとせは何かを思い付いたように声をあげ、暫く集中した後、亮一を軽々と背負った。

 

「凄いな…異能の応用か?」

「はい。完全獣化は十五分が限界ですが、力を引き出すだけなら時間制限はありませんから」

「そうか…とりあえず、森から出てみよう。他のヤツらがいるかもしれない」

「わかりました」

 

 茨羽の焔で辺りを照らしつつ、森から出る為に歩き出す。

 夜は深まり切ったが、事件はまだまだ続きそうだった。

 

   *   *   *

 

 ―夜月サイド

 

「諦めたか?若いの」

 

 悪泣は再生と共にそうきいた。

 彼の視線の先には、今にも崩れ落ちそうなほど疲弊した夜月がいた。大鎌を支えにして辛うじて立っているが、目はどことなく虚ろで、呼吸は荒い。

 周りは黒一色で代わり映えしないし、敵はいくら殺しても再生する。変化が無いというのが一番の拷問だった。

 

「諦める…訳ねぇだろ。そもそも、お前はなんで攻撃してこないんだよ…」

 

 夜月は荒い息を整えながら悪泣に問うた。

 悪泣は薄らと笑みを浮かべ、それに答える。

 

「儂はか弱い老人での。運動は苦手なんじゃよ。だから弱らせとるという訳じゃ。ここには誰も来ない。お主ひとりではどう足掻いても儂には勝てん」

 

 わざと攻撃させる事で体力を削いで、そこを仕留めようという魂胆なのだろう。そこまでは推測できたが、だからといって何にもならない。

 夜月の大鎌に付与されている「首を撥ねた相手を殺す」異能すら超越している。なのでどうやっても殺せない。

 …最も、策が無いわけではない。夜月の技術…「ない」ものを「ある」ものとして斬る力を使えば、悪泣の魂に攻撃する事が出来る。仮に悪泣が魂を核として復活しているのであれば、その瞬間を捉えればいいわけだ。

 永遠などない。絶対に、悪泣の能力にはカラクリがある筈。魂にダメージを受ければ、倒せる可能性はあるのだ。

 問題は、再生の時間が短すぎる事だった。悪泣の再生は一瞬だ。魂が剥き出しになるのはその瞬間しかなく、それを捉えないといけない。難題といえるだろう。

 別に再生の瞬間でなくとも攻撃は可能なのだが、悪泣の魂の在処は変化するらしく、徒労に終わるだろうと思った。数回のチャレンジの末、思い至った事だ。

 チャンスは一瞬。しかし、躰は思うように動かない。

 それに苛立ちながらも悪泣を睨みつけた、その時―

 

「……夜月さん!」

 

 きこえてきたのは第三者の声。

 夜月の目の前に、小柄な少女が立っていた。

 

「亜美…?」

「成程。ラプラスの悪魔か……」

 

 少女…赤坂亜美は夜月に近付くと、「もう大丈夫です」と微笑んだ。

 

「ここは外界から切り離されている筈じゃが…流石はラプラスの悪魔といった所か」

 

 悪泣は感心したように呟いた。

 この空間は携帯型異能により外界とは切り離されており、脱出は不可能となっている。だが、ラプラスの悪魔を宿す亜美にとってはその限りではない。

 

「ラプラスの悪魔……?」

 

 ふと、夜月はとある作戦を思い付いた。

 亜美の手を掴んで悪泣から遠ざかり、それから小声で亜美に話し掛ける。

 

「なあ、赤坂妹……ラプラスの悪魔って、世界に存在する全物質の位置を操れるんだよな?」

「全物質…となると、悪魔が完全に外に出ないと操れませんが……ある程度なら、私だけでも操れると思います」

「なら……こういう事は出来るか?」

 

 夜月が作戦を伝えると、亜美は僅かに考えた後、こくんと頷き、精神を集中させた。

 亜美の中でこの空間が情報として把握され、空間に存在する者の位置を掌握する。

 やや離れた所にいる悪泣をこちらに引き寄せるようなイメージを展開。

 瞬間、悪泣が目の前に現れた。

 驚いた顔をしている。

 すかさず夜月が首を跳ね飛ばし、殺害した。

 だが、直ぐに復活する。

 その、筈だった。

 

 風切り音。

 振り切った筈の夜月の鎌が、悪泣の魂を両断していた。

 

(何故……だ)

 

 悪泣は驚きのあまり、そう言葉を漏らした。といっても発声器官はないので、夜月にはきこえていないのだが。

 夜月の作戦は単純だった。ラプラスの悪魔の「物質の位置を操る能力」で悪泣の魂を固定し、そこを仕留めたというだけだ。

 

「……確かに、俺一人では勝てなかったかもしれないな」

 

 夜月は独り言を呟く。

 

「だけど、亜美のおかげで勝てた。アンタの敗因は慢心した事だよ」

 

 最も、もうきこえてないかもしれないがな……そう言って、夜月は地面に腰を下ろした。

 一応、出力は制限してあるので死ぬ事はないだろうが、動く事も出来ないだろう。

 だが、それはこちらも同じだ。流石に疲れて、目を瞑る。

 そんな夜月を見て、亜美は心配そうにこう言った。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 額の汗が、ハンカチで拭われる。

 自分なんかを助ける為に、こんな所まで来てくれたのか…。

 

「ああ…済まなかったな。手間をかけた」

「大丈夫ですよ。夜月さんが無事で良かったです」

 

 亜美は微笑んだ。

 夜月はよろよろと立ち上がり、それから亜美に言った。

 

「とりあえず、他の連中と合流するか。その後に、無銘とつばめを救出しに行こう」

「はい!」

 

 亜美の顔が輝く。

 この笑顔を曇らせてはいけないな…そう思った。

 

 

 ─ 俺が…俺たちが、無銘をお前の元に連れ戻す。約束だ。

 

 

 それに、自分は亜美と約束をした。

 それを果たす為にも、まずはみんなと合流しなければ。

 亜美が差し出した手をとる。

 確かな温かさが伝わってきた。

 そして、亜美は能力を発動し……ふたりの姿は暗闇から消えたのだった。

 

 

 鬱櫛鎺は森の中を歩いていた。

 恐らく、今はドロシィ側の人間とそれに抗う者たちの戦争が起きているだろう。断定しないのは、鬱櫛が敵と遭遇していないからである。

 以前、赤坂蜥蜴に敗北し、死にかけたもののドロシィによって復活させられ、今回の戦争に参加する事となった。だが、運がいいのか悪いのか、未だに誰とも遭遇していない。

 五大名家の人間とはいえ、ドロシィ側の人間は金で雇われているだけに過ぎない。要はちょっと高額なバイトみたいなものだ。その為、役目は果たさないといけない。

 こんな事になるなら研究所にいれば良かったと鬱櫛は思ったが、そんな事を考えていても仕方ないので探索に集中する。

 すると、暗闇の中に人影が見えた。夜目がきくのが幸いしたのだろう。シルエットからみて味方ではないと判断した。

 とりあえず接近して攻撃しようとした、その時……。

 

「が………っ」

 

 衝撃と共に、心臓を貫かれた。

 背後からの奇襲だ。

 反応する間もなく、今度は側頭部に大きな衝撃を感じる。

 鬱櫛は吹き飛ばされ、襲撃者の姿を見ることなく気を失う事となった。

 

 神知戦は鬱櫛鎺を倒した後、鬱櫛が狙っていた人影に近付いた。

 

「よぉ、生きてっか?」

 

 声を掛けても無反応。すると後ろにいた春風郭公が「逆浪光か」と呟いた。

 

「知り合いか?」

「螺鈿にいた。霧ヶ峰の保護下にある少年だ。茨羽巧未の仲間で…確か、赤坂蜥蜴の弟子を名乗っていた筈だ」

「あそう」

 

 じゃあ殺す訳にはいかねぇかと思った。金の為だ。仕方あるまい。

 見ると、逆浪は絶望に打ちひしがれた表情を浮かべていた。顔には生気がなく、ぶつぶつと譫言を呟いている。

 

「んだよ、女でも寝盗られたんか?」

 

 神知がきくと、ようやく逆浪がこちらを向いた。

 

「……ああ、そうだよ。俺のせいで、美雪が……」

「へーかわいそー」

 

 神知は棒読みで言ってから、ふとある事を思い付いた。

 

「逆浪だっけか。お前、これ以上何も失いたくないか?」

「………何でそんな事をきく。そもそもお前は誰なんだ……」

「んな事どうでもいいだろ。いいから答えろ」

「……俺は、もう何も……失いたくない」

 

 ニヤリ、と神知は笑みを浮かべた。

 

「なら、俺の言う事に従え。そうすればお前のお仲間さんの安全は保証してやるよ」

「……何をさせる気だ」

 

 神知は逆浪に近付き、それを伝えた。春風にはきかれたくなかったからだ。

 逆浪は微かに眉を上げ、神知を見た。

 

「……正気か」

「あ?正気に決まってんだろ。よく考えてみろ。元を辿ればお前の女は()()()のせいで死んだって事になるんだぜ?」

「っ、それは……」

 

 逆浪は黙り込む。

 

「ま、好きにすりゃいい。お前がやらなかったら俺が全員殺すだけだしな」

 

 そう言って、神知は逆浪に背を向けて歩き出した。

 春風も逆浪を一瞥したが声を掛ける事はなく、闇に消えていく。

 残された逆浪は逡巡するように呟いた。

 

「俺は……どうすればいいんだ」

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