無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

76 / 182
#72「神を騙る少女」

 僅かに時間を遡る。

 研究所内で屑屋憂を倒した無銘とつばめは、研究所から脱出するために歩き回っていた。

 

「……無銘さん」

 

 若干迷いかけてげんなりしている無銘に、つばめがそっと話し掛ける。

 

「ん?どうしたんだ?」

「あの…助けてくださりありがとうございました」

「それは光たちに言うべきだ。オレだって助けられた身なんだから」

「それは……確かにそうかもしれません。でも、無銘さんにも助けられました」

「気にするなよ。オレもさっきの戦いでつばめちゃんに助けられた。だからおあいこだ」

「……はい、分かりました」

 

 つばめが微笑む。

 ただただ歩き回るのも暇なので、周りを警戒しつつもつばめに話し掛ける事にした。

 

「……多分、この戦いが螺鈿會との最終決戦になると思う。だからこの戦いが終わったら、つばめちゃんは自由になるんだ」

「そう、ですよね……」

 

 無銘の言葉をきいたつばめは俯く。

 

「どうしたんだ?」

「この戦いで犠牲になった人もいると思います。私の幸せがその上で成り立つものだとしたら……私は、幸せになるべきではないのではないかと思って……」

「……それは違うよ、つばめちゃん。幸せになってはいけない人間なんていない。幸福を追求する権利は、誰にだってあるとオレは思ってる」

「無銘さん……」

「もしこの事が切っ掛けでつばめちゃんの事を悪く言うヤツがいたら、その時はオレがぶっ飛ばすよ。つばめちゃんは今までたくさんのものを背負ってきた。だけど、その荷物は本来ならひとりで背負うものじゃないんだよ」

 

 無銘はつばめの頭を撫でて、優しい声で言った。

 

「オレも、その荷物を背負う。つばめちゃんが生きてもいい理由を見つけてみせる。だから、幸せになってくれ」

 

 無銘の言葉に、つばめは息を呑むような表情を浮かべる。

 やがて、その顔がゆっくりと笑顔になっていった。

 

「ありがとう……ございます……」

 

 つばめは顔を赤くしながら呟くようにお礼を言う。

 その目には涙が溜まっていて……それがとても綺麗だった。

 

   *   *   *

 

 やがて、迷いながらも研究所を脱出する。

 森の中央……広場のようになっているところにはひとつの人影があった。

 その人影はこちらを視認すると「待っていたよ」と微笑む。

 同時に、広場が明るくなり……ふたりは人影の正体を認識した。

 

「ドロシィ……!」

「遅かったね。迷ったのかな?」

 

 ドロシィはくすくすと笑い、それから「お、他の人たちも来たみたいだね」と辺りを見回した。

 森から陽香を背負った茨羽と亮一を背負ったちとせが出てきた。さらに、そこからやや離れた場所からは見慣れない少女が現れる。

 無事だったのか……無銘が安堵していると、何も無い空間から夜月と亜美、暁月とイアが姿を現した。現れるタイミングが別々だった為、各自で空間転移を使用したらしい。

 

「役者は揃ったみたいだね」

 

 嬉しそうに、ドロシィがそう呟いた。

 

   *   *   *

 

「さて……あたしはドロシィ。この事件の黒幕だよ」

 

 ドロシィは着ていたワンピースの裾を持ち上げ、優雅な動作でお辞儀をした。敵に囲まれているというのに、その様子からは動揺は見られない。

 

「無題奇譚はここにあるから……ロストアイをこちらに引き渡してくれれば悪いようにはしないよ?」

「引き渡すと思うか?」

 

 無銘が言うと、「だよね」とドロシィが微笑んだ。

 その時、葉月がドロシィに言った。

 

「あの……ドロシィさん、ひとつきいてもいいですか」

「なあに?葉月ちゃん」

 

 ドロシィは葉月の方を向く。

 葉月は微かに震える声で言った。

 

「単なる確認です。屑屋さんを殺したのは……あなたですか?」

「どうしてそう思うの?」

「屑屋さんは刃物で斬られていました。彼が相対した人物の中に、刃物を持っている人はいなかったはずです」

「逆浪光なら可能だろうけどね……ま、いいや。憂くんを殺したのはあたしだよ。暇潰しにね」

「仲間を殺したのか……?」

 

 イカれてるなと茨羽が呟いた。

 

「待て、そういえば光と美雪、それに夢羽はどうした?」

「夢羽さんは戦線を離脱しました。でも、無事です」

 

 夢羽の無事に安堵しつつ、夜月は周りを見渡したが、逆浪と美雪の姿はない。

 

「今頃、絶望に打ちひしがれてるんじゃないかな。だって、彼の大切な人は死んじゃったんだから」

 

 ドロシィが楽しそうに言ったその言葉に、一同は衝撃を受けた。

 

「まさか、日向は……!」

「凄かったよぉ。犯されて、死ぬ直前まで逆浪光の事を思っていたんだから」

 

 その言葉をきいて、つばめが崩れ落ちた。

 全員が不快感と怒りを感じ、ドロシィを排除する為に動き出した。

 

「亜美!負傷者とつばめちゃんを連れて戻れ!」

 

 無銘が真剣な顔で叫ぶと、亜美は一瞬だけ躊躇った後に能力を発動。負傷者やつばめと共に冬天市へと転移した。

 

「イア、やっぱり君も戻るんだ」

「でも……」

「いいから!」

 

 暁月も能力を発動し、イアを冬天市まで飛ばした。自分はブレードを構え、ドロシィへと突っ込んでいく。

 夜月や茨羽、ちとせや葉月、そして無銘もそれに続いた。

 対するドロシィは空間掌握を使用し、強烈な空気砲で全員を吹き飛ばそうとしたが、能力が発動する寸前に暁月が現実改変を発動し、それを防いだ……と思いきやドロシィは未来視でそれを予知し、現実改変をぶつけて改変を無効化した。

 

「危ない危ない」

「バケモノめ……」

 

 暁月は舌打ちをしてから空間転移を発動。ドロシィの後ろに回り込むが拒絶の壁に防がれた。

 無銘の右手でも、壁は揺るがない。

 ならば、と暁月は再び現実改変を発動しようとする。

 それを感じ取ったのか、ドロシィは壁を一瞬だけ解いた。

 その隙を逃さず、夜月、茨羽、ちとせ、葉月が連撃を仕掛ける。

 ドロシィはすかさず空間把握を使用した上で四人の動きを止めたが、それは無銘と暁月には通用しない。

 拳と刃が襲い掛かる。

 舌打ちをして、ドロシィは苛内の触手を展開して暴れ回させた。

 暁月の刃はそれで防いだが、無銘の拳は防げない。

 しかし、ドロシィは速度操作の異能で加速し、無銘の拳を回避した。

 

「やっぱり拒絶だけじゃダメだね」

 

 速度操作を駆使し、六人の攻撃を的確に捌きながらドロシィは呟いた。

 いくら全ての異能を扱えるといっても、六人相手は大変ではある。転移してつばめを捕えればいい話なのだが、攻撃がしつこいのでそれを捌くので手一杯になる。

 だが、相手には玄人と素人が混じっている。そして素人の動きには、簡単に対応する事が出来る。

 ドロシィはちとせに狙いを定めた。

 ちとせの攻撃を回避し、次の攻撃が来る、その僅かな間に反撃する。

 

「速度操作―『偽・音世界(サウンドワールド・イミテーション)』」

 

 一時的に音速で動き、その勢いでちとせの腹部を貫いた。

 自分の腕も壊れるが、それは直ぐに再生する。ちとせは吹き飛ばされ、木をいくつか薙ぎ倒して停止した。獣化能力を発動していた為、普通の人間よりは丈夫ではあるが……それでも、命に関わるレベルの重傷を追ったのは間違いないだろう。

 そして……これが切っ掛けで、全員に隙が生じた。

 ドロシィはそれを逃さず、反撃に転じる。

 まず、触手を顕現させ、葉月を拘束。そのまま締め上げ、全身の骨を砕いた。

 次いで、爆破の異能と伝播の異能を発動。無銘の攻撃を辛うじて回避し、無銘の顔に手をかざす。

 

連鎖爆破(チェインブラスト)

「……っ!しまった!」

 

 瞬間、無銘の顔の前で爆破の異能が発動。それは咄嗟に翳した右手により防がれたが、爆破は伝播し、右手の範囲外―躰全体が爆破された。

 無銘は崩れ落ち、それを見た夜月が殺気を漲らせながら襲いかかってくる。まるで野獣だ。

 しかし、ドロシィは焦らない。茨羽の能力を発動し、それを冷気に変換させる。

 ギリギリまで引き付けたのが功を奏した。夜月の刃はドロシィの首を撥ねる直前で停止しており……彼は氷漬けになっていた。

 茨羽はそれを見てドロシィから離れ、黒焔を操って背後から攻撃しようとした。だが、それを発動する前に茨羽の躰を何かが貫いた。

 それは、周りの森にある木の枝だった。ドロシィは陽香の能力を使用して木を操り、背後から茨羽を貫いたのだった。

 

「が……はぁ……」

 

 茨羽が吐血する。ドロシィはそのまま無数の蔓で茨羽を拘束し、枝で串刺しにした。

 これで後は暁月だけ。だが、直前の戦闘により疲労していた五人とは異なり、暁月は体力が有り余っているようだった。

 現実改変同士が何度もぶつかり合う。このままだと双方とも異能が使用できないが、その場合に有利なのは素の戦闘能力が高い暁月だ。

 だが、ドロシィには秘策があった。

 わざとバランスを崩し、無防備になる。

 暁月はそこを突いてきた。ご丁寧に現実改変をしてきたので、相殺する。

 しかし、首に迫るブレードは回避出来ない。このまま首を斬られる……と見せかけて、ドロシィは異能を発動した。

 現実改変同士がぶつかり、相殺され、また現実改変を発動する、その一瞬の間さえあれば十分だったのだ。

 

「増幅反射」

 

 屑屋憂の「反射(リフレクション)」と、増幅の異能を組み合わせた技。

 それでドロシィが受けるはずだったダメージを千倍くらいに増幅して反射したのだ。

 結果、そのダメージは暁月に向かう事になり……彼は血を撒き散らしながら地面に崩れ落ちた。

 これで全滅。数で勝るからといって、異能を自在に使いこなす(ドロシィ)には敵わない。

 茨羽や無銘などはまだ意識があるようだったが、ダメージが大き過ぎて動けないようだった。

 加えて、彼らにさらなる絶望が襲いかかった。

 

「お、やってんなぁ」

 

 そんな声と共に、神知戦と春風郭公が現れる。

 しかも、神知は何処で回収したのか、意識を失っている春風つばめを抱えていた。

 

「これで、あたしの勝ちだね」

 

 ドロシィは勝利を確信し、邪悪な笑みを浮かべたのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。