無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#74「異能夜行の終わり」―第1部最終章、終幕―

「ロストアイを持ってるガキ、いるだろ?アイツの目を抉れ」

 

 森の中で出会った時、神知はみんなの安全を保障する条件として、逆浪にそう言った。

 

「……正気か」

「あ?正気に決まってんだろ。よく考えてみろ。元を辿ればお前の女はソイツのせいで死んだって事になるんだぜ?」

「っ、それは……」

 

 暴論だ。それは理解している。

 にも関わらず、逆浪はその言葉を否定する事が出来なかった。

 螺鈿會と本格的に関わり始めたのは、つばめと出会ってからだ。裏を返せば、つばめが現れなければ平和な生活を送れていたかもしれないという事になる。

 

(違う!それは間違っている!つばめと関わる事を決めたのは自分自身じゃないか!)

 

 逆浪の中で、良心的な人格が叫ぶ。

 それに対抗するように、もうひとつの人格が冷静に返した。

 

(でも、つばめがいなければ美雪は死ななかったかもしれない。オレとつばめ、両方が悪いって認めろよ……)

(黙ってろ!俺が弱かったせいで、美雪は死んだんだよ!つばめは関係ない!)

(どうだか……オレがこう思ってるって時点で、お前の中にはこの考えがあるって事だ。捨て切れないなら認めるしかねぇんだよ)

 

 声がせめぎ合う。

 逆浪は逡巡するように、呟いた。

 

「俺は……どうすればいいんだ」

 

 分からない。

 だが、天秤は片方に傾きつつあった。

 脳裏に美雪の笑顔が浮かび、消えていく。

 

(オレは英雄じゃない。責任転嫁も手段のうちだぜ。お前はよく頑張ったよ……だからもう、諦めろ)

 

 自分の中からきこえてくるその声が、良心的な人格の声を塗り潰す。

 逆浪は顔を上げ、暗い闇を見据えた。

 美雪を死なせた時点でどうせ地獄行きなんだ。つばめだけの犠牲でみんなが助かるなら、オレは……!

 

 逆浪の目の奥に、禍々しい輝きが生まれる。

 模倣能力を駆使して二本のナイフを生み出し、逆浪はよろよろと歩き始めた。

 

   *   *   *

 

 そして、現在。

 

「こうすれば、みんな助かる……オレは地獄に行くから、天国で美雪に謝ってくれ」

 

 逆浪はそう囁き、つばめの目を抉り取った。

 つばめの絶叫が夜空を裂く。引き抜かれたナイフには眼球がこびり付いており、逆浪はそれを地面で拭い、踏み付けた。それから地面に崩れ落ち、虚ろな抜け殻のように俯いた。

 誰も何も言えなかった。ただひとり、神知だけがニヤニヤと笑っている。

 凍り付いたような時間を真っ先に破ったのは春風だった。神知に刺された腹部を押さえながら立ち上がり、「どういうつもりだ」と神知にきく。

 

「どうもこうもねぇよ。無題奇譚を破壊したついでだ」

「なるほど。確かにその選択は間違っていない……が、貴様はひとつ見落としている」

「あ?」

 

 神知が春風を睨む。それを意に介さず、春風は続けた。

 

「ロストアイを扱えるのは春風つばめだけだ。だが、その複製体を造ればその限りではない」

「その複製体がロストアイを扱えるって保証はねぇだろ」

「そういった事も含めて、オリジナルの躰があれば十分なのだよ。計画は遅れるが、些事でしかない」

 

 春風は神知を素通りし、つばめに近付く。何を考えているのか、神知はその様子を静観していた。

 春風の声がきこえたのだろう。つばめは彼の方を向いた。ぽっかりと空いた眼窩から血の涙を流しつつ、つばめは縋るような声で言った。

 

「おとうさ……」

 

 銃声。

 春風郭公はいつの間にか持っていた拳銃で、一切の躊躇なくつばめの心臓を撃ち抜いた。

 つばめは血を撒き散らしながら崩れ落ちる。

 華奢な躰がくるくると回り、虚ろな眼窩が逆浪を、神知を、ドロシィを、茨羽を、そして無銘を捉えていく。

 無銘の方に躰が向けられた時、つばめは血の涙を流しながら、唇を微かに動かした。

 

 

 ごめんなさい

 

 

 そう、動いた気がした。

 つばめは不格好な体勢で崩れ落ち……それきり動かなくなった。

 春風はつばめの死体を抱え、逆浪に目を向ける。

 そこで、無銘や茨羽の硬直していた意識が動き出した。

 しかし、その時にはもう遅かった。

 

「携帯型異能『爆破』」

 

 逆浪に手を翳し、そう呟く。

 瞬間、逆浪の躰は四散し、血肉が辺りに飛び散った。

 

 誰かが叫んでいた。

 喉が酷く痛かった。

 それが自分の声だという事に……無銘も茨羽も気付かなかった。 

 

   *   *   *

 

 春風はドロシィの方を向き、「私はここで退散させてもらおう」と言った。

 

「な……どうして!無題奇譚はどうするつもり!?」

「そんなもの、私が創ればいいだけの事だ。もう、貴様の存在は必要ない」

「そんな……」

 

 ドロシィは絶望し、絶句した。

 春風はそれを冷たい眼差しで一瞥すると、つばめの死体を抱えたまま何処かへと転移した。

 

「これで粗方片付いたなー」

 

 神知が伸びをしながら言う。

 それから無銘たちの方へと顔を向け、「あ、忘れてた」と補足した。

 

「お前らは殺さねぇから。あとは勝手にしろ」

「………」

 

 誰も、何も言わない。どうして神知が自分たちを殺さないのかなんてどうでもいい事だったし、なにより―先程の惨劇のせいで心が麻痺していた。

 

「んじゃ、あばよ。霧ヶ峰に『役目は果たしたから金寄越せ』って伝言しておけよ〜」

 

 神知はひらひらと手を振り、ドロシィに近付く。

 ドロシィは拘束から抜け出そうと藻掻いていたが、異能が使えないらしくままならないようだった。

 神知はニヤリと笑うと指を鳴らし……ドロシィと共に何処かへと転移した。

 後に残されたのは、戦闘の残滓……全てが無意味に終わった事に打ちひしがれた、少年少女だけだった。

 

   *   *   *

 

 神知とドロシィが転移したのは、悪泣が使用した携帯型異能―外界から切り離された空間だった。

 神知は指を鳴らし、ドロシィの拘束を解除する。ドロシィは神知を睨み付けながら怒気を前面に出した声で「……こんな所に連れてきて、あたしをどうしようというの?」と叫んだ。

 

「決まってんだろ。殺し合いだよ。俺が負けたらここから出られるし、勝ったらそれで終わり。簡単なルールだろ?」

「あたしにメリットがない。早くここから出してよ……春風を殺して、つばめの死体を回収しないとなのに……!」

「話きいてたか?俺に勝てば出してやるって言ってんだよ」

 

 転移は使用出来ない。神知がそのように細工したのだろう。勝てば脱出する事が出来るといっても、自分が神知に勝てる確率はゼロに近い。

 つまり……今から自分は、この悪魔の玩具にされるのだ。

 急に恐怖が込み上げてきた。ドロシィは怯えた表情を浮かべ、後ずさる。

 

「どうした?早く掛かってこいよ。それともなんだ、こっちから始めた方がいいか?」

「ひ……ち、ちょっと待ってよ、だいたいなんであたしがアンタと……!」

 

 混乱したドロシィは、しかし喉元に刃を突き付けられると声を無理矢理呑み込んだ。

 

「うるせぇなぁ。自分は好き勝手やってんのに、いざ立場が逆転すると喚く事しか出来ねぇのか?」

 

 神知の気迫に、ドロシィは気圧される。

 だが、彼の言葉が癪に障った。

 

「そんな事はない……!あたし、かみさまだから……だから、アンタなんか余裕で殺れるよ!」

「ほぉ、じゃあ、やってみろよ。俺の退屈を紛らわしてみろ」

 

 神知は侮蔑の笑みを浮かべ、ドロシィを挑発した。

 

「テメェが神を名乗る愚者だって事、思い知らせてやるよ」

「……っ!うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 神を名乗る少女が自らを鼓舞する為にあげた叫びは、数多の敗北と共に絶叫に変わり、やがて苦痛を訴えるだけの喘ぎと化した。

 神知はその声が消えるまで彼女を殺し続け……軈て、壊れた玩具をゴミ箱に捨てるかのように物語から追放する事になる。

 

 神を名乗り、様々な事件の黒幕として好き勝手に行動してきた少女。その末路は、語るにも値しない、惨めなものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 軈て、夜が明ける。

 異能夜行と呼ばれる事件は終わりを告げた。

 その瞬間を、誰もが待ち望んだ筈だった。

 しかし、結果としてその瞬間は、誰も望まぬものとなった。

 意味を残さぬまま終わったこの夜を生き延びた者たちが、これからどんな道を歩んでいくのか……それはまだ、誰にも分からない。




次回、第1部最終話です。
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