無題奇譚〜Untitled tale〜 作:惰眠
―数ヶ月後。
異能夜行で重傷を負った者は全員が回復し、社会復帰を果たす事が出来た。
彼ら彼女らは躰の他に、心の傷も負っていたが……それを受け入れ、前を向いて歩いていく事が出来ている。
異能夜行に関わった者や組織はどうなったのかという事を、以下に詳述する。
* * *
まず、螺鈿會について。
螺鈿會はこの事件により壊滅した。事件の後、螺鈿會に与していた五大名家の人間が警察に逮捕された事で組織の存在が公になったのだ。九年前の『零』の捜査の際には事件の揉み消しが効いたものの、今回は螺鈿會のトップであり、同時に異能省の長官である春風郭公が行方不明になっている事もあって、揉み消すまでには至らなかったようだ。
この事により異能省もダメージを受け、春風は解任された。異能省は事件の後始末に飛び回っているとの事だ。
鬱櫛鎺や易蟻萌々子ら五大名家の人間は前述の通り逮捕された。だが、悪泣輪廻は拒絶結界の中に取り残されて神知に殺された為、世間では行方不明という扱いとなっている。また、苛内植は事件の中で殺害した日向美雪の遺体を持ち去り、現在も逃走を続けている。
春風郭公も前述の通り行方不明となっている。現場にいた者の証言により、春風の娘である春風つばめは死亡した事が明らかになっているが、遺体は春風郭公が持ち去った為に見つかっていない。
また、この事件の主犯格であるドロシィや、螺鈿會に与していた神知戦も行方不明とされているが、このふたりは現在も拒絶結界の中で戦闘を続けている事が判明した。
警察は春風と苛内の行方を追っているが、現在も発見には至っていない。
* * *
次に、螺鈿會に抗った者たちについて。
暁月夜桜とイアは事件の後、冬天市から出て行った。街から遠く離れた集落に知り合いがいるらしく、今後はそこで過ごすつもりらしい。
「これからは集落の人の手伝いをしつつ、ふたりでゆっくり過ごすよ」
そう言い残し、ふたりは街を出て行った。現在は、離れ離れになった時間を埋めつつ、ふたりで幸せに暮らしている。
* * *
源夜月も、回復後に街を出て行った。
元々、社会には馴染みにくい気質だったようで、今後は山の中でゆっくり過ごすらしい。ただ、収入がないと困るので、時々戻ってきては裏の世界の依頼を受け、大暴れする事で収入を得ている。
「何かあったら、いつでも呼べよ」
街を出る前、夜月は仲間たちにそう言った。その言葉通り、夜月は今でも仲間たちと会っており、特に赤坂亜美と親しくしている。
* * *
泊亮一と高凪ちとせは、螺鈿會に入る前の日常に戻る事が出来た。
ふたりは高校一年生の時に螺鈿會に与す事になり、そこから約二年行方不明扱いとなっていた。その為、高校に戻る事は叶わなかったものの、変化といえばそれだけだった。
友人である逆浪光と日向美雪の死を知った時、亮一は泣き崩れた。ちとせは逆浪の死こそ知らなかったものの、最終決戦の場にいた為に美雪の死は知っていた。だから亮一より衝撃は少なかったが、それでも逆浪の最期をきいて絶句していた。
亮一はそこから二ヶ月程引きこもり、一時期は自殺を考える程まで追い詰められたが、ちとせが彼を支えた事で何とか持ち直した。
その後、亮一は目標が出来た事を切っ掛けに勉強に励み、ちとせも彼を支える為に勉強に力を入れた。
現在は高等学校卒業程度認定試験(高認)を取得し、大学に行く為に努力を続けている。
「この世界を変える……螺鈿會に入ってまで成し遂げたかった目標への道標を、アイツは残してくれた。だから、頑張らないとな」
亮一も、そしてちとせも……亡くなった友人が残した道標を頼りに進んでいる。
いつか、この世界を変えるために。
* * *
茨羽巧未と風読陽香は、事件の前と後で殆ど変化がなかった。唯一の変化といえば裏の世界の連中が何人か死んでしまった事により、何でも屋の従業員が減った事くらいだ。それはかなりのダメージとなったものの、何とか乗り越える事が出来ている。
茨羽はつばめと逆浪を救えなかった事をずっと悔やんでいた。こんな自分がヒーローでいていいのかと悩み、一時期は何でも屋を廃業する事まで頭に浮かんだが、そんな彼を支えたのは陽香の存在だった。
「ふたりを救えなかった事が辛いのは分かる。だけど、それで諦めたら巧未くんが救える筈の人まで救えなくなっちゃうよ」
「陽香……」
「ヒーローになる事を諦めないで。その悔しさと辛さを抱えて、前に進もう。私も巧未くんが背負ったもの、一緒に背負うから……」
陽香は茨羽を抱きしめ、そう言った。
その言葉に、茨羽は救われて……誰にも見せなかった涙を流した。
その後、ふたりは正式に籍を入れ……新たなスタートを切る事になる。
今度こそ、目の前で誰かを失う事がないように。
ヒーローは、前へと進み続ける。
* * *
越月夢羽と赤坂亜美、そして木野葉月は、もしかしたら事件の前と後で一番変化があったかもしれない。
事件後、夢羽は喫茶店を休業してしばらく引きこもっていた。友人や喫茶店の店員が次々に死んだ事により、心を病んでしまったのだ。
遺品として受け取ったつばめの日記を読んでは泣く毎日。それを支え、日常へと回帰させたのは葉月や亜美、六場だった。
事件後、葉月は夢羽と一緒に住む事になった。行く宛てがないため、当初は無題荘にいたのだが、夢羽の元に通ううち、いつの間にか同居する事になっていた。亜美や六場も夢羽を必死に励ました。
その後、彼女らのおかげで夢羽は何とか立ち直ったが、車椅子での生活になった彼女は喫茶店の経営が難しくなると考え、店を畳もうとした。
だが、それを惜しむ声が多かった為、経営は葉月や六場に任せ、自分は補助に回る事にして喫茶店を再開させた。
再開後は亜美も度々手伝いに来るようになった為、経営は幾分か持ち直す事が出来ている。
葉月や六場はそのまま喫茶店で働き続けたが、亜美は学業や手伝いの傍ら、夜月に会いに行ったりと忙しない毎日を送っている。
「いつでもみんなが帰ってこれるように……私は、この場所で待ってるからね」
叶わない願いだと分かっていても、夢羽はみんなが帰る場所を守り続けている。
* * *
元・裏の世界の連中や霧ヶ峰勘助は、事件前と殆ど変わらない日常を過ごしている。
彼らも仲間を多く失ったが、それを受け入れて過ごす事が出来ている。裏の世界は人の死が比較的多い場所だった為、慣れてしまったという事もあるのだろう。
勘助は逆浪や美雪、つばめの死を知らされた時には悲しそうな顔をしていたものの、すんなりと受け入れ、今も無題荘の管理人をしている。
彼らも、前に進む事が出来ているのだ。
* * *
そして、無銘こと赤坂蜥蜴は……事件の前と全く変化がなかった。
弟子である逆浪や親しくしていたつばめを目の前で失ったが、その悲しみを乗り越えて日々を過ごしている。恐らく、一番立ち直るのが早かっただろう。
夜月が街を出た為、高校卒業後は単独で探偵事務所を開くつもりでいるようだった。
亜美や仲間たちに何度も心配されたが、無銘は「オレは大丈夫だよ」と笑うだけ。
彼は今日も誰かを助ける為に街を駆け回っている。
……だが、それは偽りだった。
一部の人々は、無銘の変化に気付いていた。
「赤坂くんが浮かべる笑顔……私が昔浮かべていたものと同じだ」
陽香は無銘を見て、そう言った。
「お兄ちゃん……最近はずっと誰かの為に動いています。寝る時間さえ惜しんで、自分を壊すみたいに……」
亜美は無銘の様子について、そう言った。
「いつも寂しそうなんだよ。なのに俺たちには何も言わないし、問い詰めてもはぐらかす……絶対に、何か抱えているのに」
茨羽は無銘の様子について、そう言った。
「多分……アイツは、もう壊れてる。いや、元々壊れてたのが更に酷くなって……取り返しのつかない事になったんだ。もう、俺たちには修復不可能なくらいに……」
夜月は無銘を見て、そう言った。
異能夜行を経て、無銘は変わった。
人としてではなく、英雄を目指すロボットとして立ち上がってしまった。
彼がどうなるのかは誰も分からなかったし、昔の彼を取り戻せる者もいなかった。あらゆる手を尽くしたが、無銘は壊れたままだった。
このままだと無銘はバッドエンドを迎えると分かっていても……それを、受け入れるしかなかったのだ。
そんな彼が、唯一心を動かした場面があった。
夢羽が喫茶店を再開した時、客として訪れた無銘は、そこで夢羽からとある写真を見せてもらった。
それは仲間たちが写った写真だった。夢羽が撮ったものもあれば、そうでないものもあった。
その写真を見た時、無銘はとても辛そうな顔をして……こう呟いた。
「ごめん、守れなくて……」
その言葉が誰に向けたものなのかは分からなかったが、それが無銘が自分の感情を出した、唯一の場面となった。
今も、無銘は前に進んでいる。
英雄を目指す、歪なロボットとして……。
異能力という力を持ち、運命に翻弄された者たちは、傷つき、苦しみ、壊れ、それでも前に進む事を決めた。
この物語はここで一区切りとなるが、彼ら彼女らの人生が終わった訳ではない。
物語を記述して世界を改変する事が出来る本にも描かれていない、まっさらな未来に向かって……彼ら彼女らの物語は、これからも続いていく。
【第1部 完】
【挿絵表示】
桜餅氏に頂いたファンアートです。作中で無銘が見ていた写真はこれをイメージしています。
素晴らしい絵をありがとうございました。
構想では、無題奇譚という物語はまだ続きがある予定でした。
しかし、それを出せるかどうかはまだ未定の為、こういった終わり方になりました。
終始駄文だった為、続きが投稿されても読んでくださいとは言えませんが……またこの作品でお会いできたら幸いです。
ありがとうございました。