無題奇譚〜Untitled tale〜 作:惰眠
数日後。
古いボロアパート…「
ここは逆浪のねぐらであり、彼は螺鈿會から開放された後、この場所で一人暮らしをしていた。ちなみに美雪は家族と一緒に暮らしており、逆浪と同棲しているという訳では無い。
「本当に大丈夫でしょうか…」
つばめが心配そうに言う。今日は、彼女を無題荘に入れる為に大家と交渉しに来たのである。
つばめもまた、螺鈿會―正確には螺鈿會が経営する養護施設から逃げ出してきた身だ。帰るべき家などあるはずも無く、今までは無銘の家に泊まっていた。だがいつまでもいる訳にはいかないと思ったつばめが逆浪に相談し、今に至るという訳だ。
「ん、大丈夫だよ。家賃は安いし、大家はちょっとばかし変だけど悪い人じゃないし」
そう言って逆浪が大家の部屋をノックする。
「
するとドアが開き、杖をついた眼帯の男が姿を現した。爺というには若々しい見た目をしている。
「んなバカでかい声を出さなくても聞こえているわい。あと爺って呼ぶな。オレはまだ二十二だ」
「いいじゃん別に…それよりこの子が例の螺鈿會から逃げ出してきた子だよ」
すると彼はつばめをジロジロと見つめ、「成程」と呟くとにこやかな表情になり言った。
「取り敢えず中に入れ。話はそれからだ」
* * *
部屋は三人も入れば狭いという程度の広さだった。部屋に入ると、直ぐにお茶と煎餅が出される。
「あ、ありがとうございます」
「何、構わんよ…光、この子がロストアイの保有者か?」
「そうだよ」
ふむ、と頷いて男はつばめをじろじろと見る。それからまた頷いて、逆浪に言った。
「部屋を貸すのは良いが、金はあるのかにゃー?」
いきなり語尾を猫にした男に、つばめは固まる。なんというか、彼の人格が把握し切れない。
「あるわけねーだろ。この子は施設に居たんだぜ」
「ならダメだ」
「そこをなんとか頼むよ…可哀想とか思わないのか?」
「同情で飯が食えるのか?お前は人をひとり抱え込む事の大変さを知らないからそう言えるんだ。それに、その子はロストアイを持っている…あの組織とかかわり合いになるのは もうコリゴリなんだよ」
「それは…」
逆浪は黙り込む。その時つばめがおずおずと口を開いた。
「あ、あの…私、なんでもやります。お金はないけれど…」
「つばめ…」
男は腕組みをして目を閉じ、暫し考え込む素振りを見せた。それから目を開き、つばめに言う。
「なら…バイトをして生活費を稼げ。家賃は一ヶ月につき二万円だ。払えなかったら追い出すぞ」
「じ、じゃあ…!」
「自分の事を自分でやるなら歓迎しよう」
男はフッと笑みを浮かべ、名乗った。
「オレは
「後見人?」
「ああ、俺と美雪を螺鈿會から助けてくれたのはこの人らしいんだよ。まあ俺はその時の事をあまり覚えてないんだけどな」
「オレとコイツの親類が旧知の中でな…何かあったら助けてやれって言われてたんだ」
「親類?」
「
「爺と会うまでは俺に叔父が居たなんて知らなかったよ。ずっと天涯孤独だと思ってた」
まあその話はどうでもいいんだと言って逆浪は茶を飲んだ。
「このアパートの本当の大家は妖怪じみた
「へえ…」
確かに勘助は眼帯に鋭い目(なお普段は猫目の為迫力は皆無)という、ヤが着くお仕事の人(それもかなりのお偉いさん)の様な出で立ちをしている。だがつばめは未だに彼のキャラが掴めていなかった。
「そういえば名前を聞いていなかったな」
「あ、そうだった…私は春風つばめです」
つばめが名乗った途端、勘助の視線がより鋭くなった様に感じた。だがそれは一瞬の事で、直ぐに元の猫目に戻る。
「爺、どうしたんだ?」
「なんでもないにゃー。それより…春風って言ったよな、今から時間あるか?」
「あ、はい。大丈夫です」
ならば、と勘助は笑みを浮かべた。
「空き部屋の掃除を頼めるか?それで今月分の家賃はチャラにするから」
「は、はい!」
つばめの目はやる気に満ちたものへと変わる。それを見て、逆浪は呆れた様に言った。
「爺、女の子には甘いのな」
「…お前は早く家賃払え。追い出すぞ」
へいへいわかりましたよと逆浪は言って、それから「家賃を工面してくる」と部屋を飛び出して行った。
「全くアイツは…じゃあ、頼むぞ」
「はいっ!」
つばめは勘助から掃除道具を借りると、部屋から出て行った。
その様子を眺め、勘助は物憂げに口を開く。
「
* * *
外に飛び出して行くつばめを、遠くから観察する人影があった。
「アレがターゲットか?」
「ああ」
青づくめの少年―神知戦の問いに、白衣の男が答える。
「あんなガキ、俺がさらえば一発だぞ?」
「今は無理だ。霧ヶ峰の保護下に入ってしまえば、幾らお前と
「…じゃあ、どーすんだよ」
「…手は既に打ってある」
「あっそ。仕事が無いなら俺は自由行動させてもらうぜ」
「どこへ行くつもりだ?」
「風俗」
男は黙り込む。それを見た神知は愉快そうに口角を吊り上げた。
「最近は女も抱いてねぇし、溜まっているからな…
独り言の様に言うと、神知は歩き出す。
「…貴様の雇い主は私だ。忘れるな」
「へいへい」
神知が去っていく。
次の瞬間、突風が吹いたかと思うと…男の姿も消え去っていた。
…つばめを巡る物語は、まだ始まったばかりだ。