無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#3「飛べない鳥の物語(前編)」

 私がいたのは、洞ノ院という児童養護施設だった。

 この施設には十八歳までの子供がいる。環境が劣悪すぎる事を除けば普通の養護施設のように思えたが、その実態は螺鈿會という異能研究組織が保有している施設で、異能力者だけが集められた施設だった。

 施設の職員は異能を持っておらず、そのうえ異能力者の事を酷く嫌っていた。その為、私たちは毎日のように暴力を振るわれていた。

 子供たちの目は光を失い、ただ呼吸をしているだけの肉の塊となっている。施設にいる子供は労働力として使われるが、出来不出来に関わらず食事はまともに与えられない為、みんなが痩せ細っていた。

 その中でも、私は特に嫌われていた。施設……というより、螺鈿會はロストアイを求めていたので殺される事こそなかったものの、死ぬほうがマシと思うような事を何度も体験した。

 爪を剥がされたり、水中に沈められたり、躰を焼かれたり……拷問と言ってもいいほどの暴力を受けていた。今でも思い出すと気が狂いそうになるし、癒えていない傷もある。自分が生き延びてこの日記を書いている事が信じられないくらいだ。

 そんな事が続いて、私の心は壊れてしまっていた。

 明日も、明後日も同じ事の繰り返し。希望なんて何処にもない……そう思って、諦めてしまった。

 幸鳥ちゃんが私の前に現れたのは、そんな時だった。

 

 

「冬土幸鳥です!みんなよろしくね!」

 

短く切った茶髪と、紅色の目を持つ女の子。彼女は施設内に充満する澱みを吹き飛ばすような明るい笑みを浮かべ、そう自己紹介をした。

 その様子を、私は濁った目で見つめていた。

 一ヶ月もすれば、この人も私たちと同じになる。濁った目をした肉の塊となる……そう思っていた。

 しかし、そうはならなかった。

 最年長だった幸鳥ちゃんはみんなのまとめ役となり、積極的に動いていた。彼女はいつも明るく、人当たりもよかったため、多くの子供たちに好かれた。何時(いつ)しか、子供たちの目には光が戻り、笑顔も少しずつではあるが増えていった。

 もちろん、中には幸鳥ちゃんを信用せず、冷たい態度をとる子供や、あまり関わらないようにしている子供もいたけれど……そういった子供たちにも、幸鳥ちゃんは優しく接していた。

 他ならぬ私がそういった子供だった。幸鳥ちゃんのおかげで周りの雰囲気が良くなっている事は分かっていたが、それは私には関係のない事でもあった。相変わらずみんなから嫌われ、職員には暴力を受ける毎日だったからだ。

 どうせ嫌われているからと思い込んで、私は幸鳥ちゃんと積極的に関わる事をしなかった。

 だけど……そんな私にも、幸鳥ちゃんは親身に接してくれた。

 

 

 ある日の深夜。

 私が暴行を受け、よろめきながら大部屋に戻ると、月明かりに照らされた人影が目に入った。

 子供たちは大部屋で雑魚寝をしているため、起こさないように(あしおと)を立てないで移動していたのだけれど、まだ起きている人がいるとは思わなかったから私は驚いて、思わず音を立てそうになった。

 人影……幸鳥ちゃんは私に気付くと近寄ってきた。

心配そうな表情を見る限り、私の躰は酷い事になっているらしい。確かに、痛いを通り越して躰が熱かった。

 

「待っていて。今、救急箱持ってくるから……」

 

 その言葉で、幸鳥ちゃんは私が何をされているのかを知っている事に気付いた。だからこそ、寝ずに待っていたのだろう。

 いや、そんな事より……救急箱なんて、子供たちには与えられていない筈。私がぼんやりと待っていると、幸鳥ちゃんは本当に救急箱を持ってきて、それで傷の処置をしてくれた。

 

「救急箱……」

「ん?どうしたの?」

「救急箱、何処にあったの……?」

 

 お礼より先に、疑問が口をついて出た。

 掠れた声で私がきくと、幸鳥ちゃんは苦笑して、

 

「みんな怪我が耐えないから……許可を貰って置かせてもらったんだ」

 

 そんな事が可能なのかと私は驚いた。

 幸鳥ちゃんは処置を済ませると、「わたしのところで寝て」と言って、彼女がいたスペースに目をやった。

 

「一応、古くて使わないシーツを何枚か床に敷いてるんだけど……それでも、部屋の端っこには届かないし、躰が痛くなっちゃうと思うから……」

「でも、それだとあなたが……」

「わたしは大丈夫。どこでも寝れるのが取り柄だからね」

 

 幸鳥ちゃんはふんすと胸を張った。スタイルがいいので中々迫力がある。

 とはいえ、その迫力に呑まれている場合ではない。少し考えて、私は妥協案を出した。

 

「えっと……それじゃあ、こうするのはどうかな」

 

 

 数分後。

 私は幸鳥ちゃんの隣で横になっていた。

 元々幸鳥ちゃんがいたスペースの隣が僅かに空いていたため、少々窮屈にはなるがそこに潜り込んだのだ。もちろん、子供たちがシーツから落ちないように工夫はしている。

 吐息が顔に掛かるくらいの距離に幸鳥ちゃんの顔があった。それが何となく落ち着かず、躰の痛みも手伝って眠れずにいると、幸鳥ちゃんが話しかけてきた。

 

「寝れないの?」

「……うん」

「……じゃあさ、眠くなるまでお話しない?キミの事、知りたいから……」

「……わかった」

 

 どうせ眠れないし、他にすることもないので、私はその提案を受けいれた。

 

「えっと……春風ちゃんだっけ?下の名前は?」

「……ない」

「えっ?」

「名前、ない……」

 

 こんな施設にいる子供にも、きちんとした名前はある。

 だけど、私はそれすらもなかった。名字が春風だったのでそう呼ばれてはいたが、親に名前をつけられた記録はない。

 すると、幸鳥ちゃんは「そっか……」と呟いた後、思いもよらぬ事を口にした。

 

「……なら、わたしがつけてもいいかな?」

「えっ……」

「名前。センスがあるかどうかは分からないけれど……」

「いいの?」

「キミがそれでよければだけど……」

「えっと……じゃあ、お願いします」

 

 幸鳥ちゃんは微笑むと、うんうんと小さく唸りながら考え始める。

 そのうちに思いついたらしく、目を輝かせてこちらを見た。

 

「じゃあさ……つばめはどうかな?」

「つばめって……鳥の?」

「うん。つばめって渡り鳥でしょ?特定の時期になると他の地域に移動する鳥……それってもちろん生きるためではあるけど、幸せを求めるためでもあるんじゃないかなって思うの」

「幸せを……?」

「生きて幸せになるために、他の地域に移動するの。だから、キミにもそうなってほしいなって。ここじゃなくてもいい……生きて幸せを掴むために飛ぶ渡り鳥になってほしいって思ったんだ」

 

 春風つばめ。

 確かに、自分に馴染む名前だと思った。

 

「分かった……今日から私は、春風つばめだね」

「うんうん。自分で言うのも何だけど、いい名前だと思ってる!」

「自画自賛……」

「た、確かにそうだけど!でも、気に入ってるんだもん。自画自賛したっていいじゃんか」

 

 幸鳥ちゃんは可愛らしく頬を膨らませた。

 その様子がおかしくて、私は思わず笑ってしまった。

 

「わ、笑わないでよぅ……」

「ごめん……でも、私もこの名前、好きだな」

「ほんと?やったぁ!」

 

 幸鳥ちゃんは幼い子供のようにはしゃいだ。最も、みんなを起こさないようにはしていたが。

 

「こ、幸鳥ちゃん……」

「ん?」

「その……ありがとう」

 

 私が小さな声でお礼を言うと、幸鳥ちゃんは微笑んで、そっと私を抱きしめた。

 

「あ……」

「辛い事があったら、いつでも相談してね。わたしはつばめちゃんを見捨てないし、ずっとそばにいるから……」

 

 やわらかくて、あたたかい。

 そのぬくもりは、私が心の何処かで求めていたものだった。

 だけど……。

 

「でも、私……オッドアイだし、異能力者だよ……」

「目の色が違うなんて理由で嫌いになんかならないよ。つばめちゃんの目、わたしは好きだよ?きれいな宝石みたいで……」

 

 そんな事を言われたのは初めてだった。

 ずっと化け物扱いをされていた。子供たちや職員は、私の持つ異能よりその見た目を忌避していたからだ。

 

「それに、ここにいる子たちはみんな異能力者で、それはわたしも同じ……だから、大丈夫。わたしは絶対につばめちゃんの事を嫌いにはならないよ」

 

 幸鳥ちゃんはそっと手を伸ばし、頭を撫でてくれた。

 そうされているうちに、安堵の気持ちがどんどん溢れてきて……いつの間にか、私は泣いていた。

 静かに、全てを吐き出していた。

 それは汚いものばかりで、受け止めるべきではないものだったと思う。

 だけど、幸鳥ちゃんは全てを受け止めてくれた。

 幸鳥ちゃんの胸の中で泣くだけ泣いて……疲れ果てた私は、そのまま眠りに落ちていった。

 意識を失う直前、幸鳥ちゃんは私の額に唇をつけてから、優しい声で囁いた。

 

「おやすみ、つばめちゃん……」

 

 

 こうして、私は春風つばめとなり、幸鳥ちゃんと友達になった。

 そしてこの日から、私の運命は徐々に変わっていく事になる。

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