無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#4「飛べない鳥の物語(中編)」

 幸鳥ちゃんと友達になってから、私は徐々に変わっていった。

 幸鳥ちゃんのサポートもあって子供たちと少しずつ話せるようになっていき、子供たちも私に心を開いてくれるようになっていった。元々、私が暗い性格だったから嫌われていたという側面があったので、こちらから積極的に交流をすれば仲良くなれるのは分かりきっていた事でもあった。

 最初こそ、子供たちは私の見た目を奇異に思っていたようだけれど……幸鳥ちゃんが「きれいな目をしている」とあちこちで言ってくれていたので、それによってみんなも私の目の事を理解してくれたようだった。

 相変わらず職員からは暴力を振るわれていたが、最近はその数も減っていた。暴力を振るわれた後は幸鳥ちゃんが治療してくれたので、以前よりはだいぶマシになっていた。

 

 もちろん、変化があったのは私だけではなかった。

 幸鳥ちゃんが施設の職員に掛け合ってくれたらしく、食事の量が少しではあるが増えた。更には三日に一度だった風呂が毎日になり、古着ではあるが服が支給されるなど、生活環境が徐々に改善されていた。

 幸鳥ちゃんはなぜそんな事が出来るのだろうという疑問はあった。だが、彼女は人当たりがいいし、誰からも好かれるので職員にも好かれているのだろうと、そう思っていた。

 

 施設では一週間に一度、検査という名目で異能力についての事柄を調べられる。

 普段は施設で簡易的な検査が行われていたが、最近はもっと大きな建物で検査されるようになっていた。

 移動の間は手錠で拘束されるし、目隠しをされるので何処に連れて行かれるのかも分からない。だが、検査機械は施設のものよりも高性能だし、何より……そこには異質な部屋があった。

 少しだけだが、その部屋を見た事がある。眩い輝きに満ちた、天国のような部屋……その壁にはキラキラしたものが敷き詰められていて、暫く後にそれが螺鈿だと気付いた。

 その部屋を見た時、本能的に怖気を感じた。直ぐに目隠しをされたため、詳しい事は分からなかったが……その部屋が何か、恐ろしいものを内包しているという事だけは確かだった。

 

 ともかく、そんな感じで生活は変わっていった。

 だが、その時の私はまだ知らなかった。

 この生活の裏で、幸鳥ちゃんが人知れず戦っていた事を……。

 

   *   *   *

 

 

 深夜、私は中々寝付けなかった。

 躰は疲れ切っているのに、どうしても目が冴えてしまう。

 理由は分かっていた。今ここに、幸鳥ちゃんがいないからだ。

 私がこの場所にいないなら、まだ分かる。だけど特に理由もなく幸鳥ちゃんがいなくなるのはおかしいと思った。

 幸鳥ちゃんは中々待っても帰って来ず、その日はいつの間にか眠ってしまっていたのだけれど……それからも、幸鳥ちゃんが深夜にいなくなる事は続いた。

 日中の彼女は全く変わりがない。いつも明るい、みんなの人気者。私と接する時も変わりがなかったし、その姿だけを見れば杞憂だと思えただろう。

 だけど、私は嫌な予感がしていた。誰も気付いていなくて、私だけが気付いている事……それはきっと、特に暴力を振るわれていたからこそ気付けた事だと思う。

 

 

 ある日、私はいてもたってもいられなくて行動を起こした。

 深夜に部屋を抜け出し、施設中を徘徊した。見張りはいるが、巡回のパターンはだいたい把握していたし、跫で直ぐ分かるので問題はなかった。

 施設内は明かりがなく、私は怯えながら進んでいた。裸足なので、床に湿ったような感覚があった。

 抜け出したのはいいが、何処にいるのかは検討がつかない。何となく、いつも暴行を受けている部屋に行ってみた。

 その部屋は懲罰室と呼ばれており、職員が暴力を振るう時は懲罰室を使う事が多かった。もっと砕けた呼び方をするならばリンチ部屋だ。

 部屋の中は真っ暗で、人がいる気配はなかった。だが、引き返そうとした時、微かに人が笑うような声がきこえてきたので、私は驚いて部屋の中を見た。

 そこには誰もいない……筈なのに、部屋の中から微かに声がきこえる気がする。

 明かりをつける訳にはいかないので、闇の中を手探りで調べてみると……床に微かな出っ張りを見つけた。

 それを引いてみると、床のタイルが外れて鉄の梯子が姿を現した。下に続いており、微かな明かりで照らされている。

 声の出処はこの下だろう。怖かったが、幸鳥ちゃんの事が心配でもあった。私は震えながら下へと降りた。

 梯子を降り切ると、短い廊下の先に鉄製の扉があった。上の方には格子が付いており、そこから中を覗く事が出来た。

 そしてそこには……信じ難い光景が広がっていた。

 

 

 部屋の中には、数人の男がいた。

 半透明の触手がうねうねと蠢いていて、それは何かを拘束しているようだった。

 そして、触手が拘束しているものは……全裸になった、幸鳥ちゃんだった。

 

「…………!」

 

 悲鳴を飲み込もうとするが、堪えきれなかった。

 か弱い、だけど確かな悲鳴に部屋の中の男たちが反応し、扉を開ける。

 

「あ?このガキ……覗いていやがったのか!」

 

 本能的に、私は逃げようとした。

 だが、それより早く男たちが私の後ろ襟を掴み、部屋の中に引き摺り込んだ。

 施錠される音に、逃げ場を失ったと悟る。

 

「つ、つばめちゃん……」

 

 幸鳥ちゃんが掠れた声で私の名前を呼んだ。そこにはいつもの元気は微塵もなく、瞳からは大粒の涙が零れている。

 

「あれぇ?その子は……」

 

 汚れた白衣を纏った男が不思議そうに私を見た。彼が触手を操作しており、幸鳥ちゃんを拘束していた。

 

「ここの被検体だ。気持ち悪い見た目してるくせにロストアイ持ってるから廃棄することも出来ねぇし、邪魔っけなガキだぜ」

「ふうん……これがロストアイか。興味はあるけど、弄ると天咲(あまさき)くんに怒られるからなぁ〜」

「つっても見ちまったからにはほっとけねぇな……あ、そうだ。暴力なら許可されてるし、待ってるヤツはコイツで遊んでろよ」

「ナイスアイデア!苛内(いらない)、テメェもどうだ?」

「僕にそんな趣味はないよ。キミたちこそ、その子をヤらないのかい?」

「こんな気持ち悪いヤツにんな事しねぇよ。それより早く始めようぜ」

「苛内、ちゃんと抑えてろよ?」

「わかったわかった。僕の分も取っておいてよ?」

「それは大丈夫だろ。コイツは中々の名器だからなぁ……」

 

 男たちが舌なめずりをして、幸鳥ちゃんに近付く。怖気が走り、私は叫んだ。

 

「や、やめて!幸鳥ちゃんに近付かないで!」

「うるせぇな……おい苛内、メス寄越せ」

「は、はいどうぞ。何するのぉ〜?」

「どうせ叫ぶなら、もっといい声で鳴いてもらおうと思ってなぁ……!」

 

 そう言うなり、ひとりの男が私の躰にメスを突き刺した。

 激痛が襲い掛かり、私は泣き叫ぶ。

 

「あ……ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「つばめちゃん!この……放してっ!」

 

 幸鳥ちゃんが藻掻くが、拘束は緩まない。

 それどころか、息を荒げた男たちに取り囲まれ、弄ばれた。

 

「テメェはこれでも咥えてりゃいいんだよ!」

「クソ野郎の悲鳴をBGMにしながらヤるのは気持ちいいなぁ!これからはコイツも呼ぼうぜ!」

「悲鳴係?ハッ、いい趣味してんなぁ!」

「オラもっと鳴きやがれ!」

 

 私は躰中にメスを突き立てられ、幸鳥ちゃんは男たちに弄ばれる。

 私の悲鳴と異様な臭気が部屋に充満していた。

 

「もうやめてぇっ!」

 

 その時、幸鳥ちゃんが絶叫した。

 

「あ?やめる訳ねぇだろ」

「わたしはどうなってもいいから……つばめちゃんには手を出さないで……」

「んな事言える立場かよ。奴隷がご主人様に口答えすんな!」

 

 いきり立った男が、幸鳥ちゃんを殴り付けるが……幸鳥ちゃんが彼を睨み付けると、その動きが止まった。

 

「お、おい、どうした?」

「やられた……コイツ、記憶操作の異能持ちだよな……厄介だぜ」

「それ以上異能を使ってみろ!このガキぶっ殺すぞ!」

 

 その恫喝に、幸鳥ちゃんは「……なら、つばめちゃんを解放して」と静かな声で答えた。

 

「……チッ、まあいい。おいガキ、いい事を教えてやるよ」

 

 メスで私を刺していた男がニヤニヤと笑いながら、私に言った。

 

「コイツがここで股開いてるのはな、テメェらを守る為だよ」

「え……」

「コイツはガキ共の生活を変える為に様々な要求をしてきた。今やってる事はその対価だよ」

 

 じゃあ……生活環境が改善されたのも、私が暴力を振るわれなくなったのも……幸鳥ちゃんがこの人たちの言いなりになっていたからって事?

 

「そんな……」

「絶望したか?なら、もっといいものを見せてやるよ」

 

 男が苛内と呼ばれた男に合図をすると、音もなく忍び寄ってきた触手が私の躰を拘束した。

 

「……!つばめちゃんには手を出さないって……」

「手は出さねぇよ。ただ、絶望してもらうだけだ……俺は最後でいい。苛内、お前もやっていいぞ」

「了解〜」

 

 男たちは再び幸鳥ちゃんを取り囲む。

 そして……私が見ている前で、幸鳥ちゃんは蹂躙された。

 幸鳥ちゃんの絶叫を耳にしても、私の躰は動かない。

 地獄のような光景を気が遠くなるほど見せつけられて……いつしか私は発狂し、気を失っていた……。

 

   *   *   *

 

 目を開けると、辺りはまだ薄暗かった。

 私と幸鳥ちゃんは大部屋で横たわっていた。一瞬、あの地獄が夢だったと錯覚するが、躰の痛みがそれを否定した。

 私が目を覚ました事に気付いたらしく、横たわっていた幸鳥ちゃんが顔をこちらに向けた。

 

「つばめちゃん……ごめんね、あんな事に巻き込んじゃって……」

「幸鳥、ちゃん……」

 

 あんな事があった後でも、彼女は優しかった。

 その優しさがどうしようもなく辛くて……私は涙を零していた。

 

「幸鳥ちゃん……助けられなくて……ごめん……っ」

「……大丈夫だよ、つばめちゃん。わたしは大丈夫……」

 

 幸鳥ちゃんは手を伸ばし、私の涙を拭った。

 

「異能で記憶は消せるから……大丈夫だよ。わたし、辛くないよ……」

「そんな事ないよ……あんな事されて、辛くないわけがないよ……」

 

 私の言葉をきいた幸鳥ちゃんは困ったように微笑んで、「つばめちゃんは優しいね……」と呟いた。

 

「……それじゃあ、さ。少しだけ、甘えてもいいかな?」

「うん……」

 

 私が頷くと、幸鳥ちゃんはそっと抱き着いてきた。私の胸に顔を押し付け、嗚咽を漏らす。

 私はその背中に手を回した。この華奢な躰にどれだけのものを背負わせていたのかを思うとやり切れなくなり、また涙を零していた。

 散々泣いて、泣き疲れて……それから私たちは、再び微睡みの中へと落ちていった。

 希望なんて、どこにもない。

 ただ、お互いを抱き締める腕と、その温もりだけが……私たちをこの世界に繋ぎ止めていた。

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