無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

89 / 182
#10「修羅と天使」

 亜美の転移能力を駆使し、敵を翻弄しながらあえて敵の中に飛び込み、大鎌を振るっていく。亜美は夜月に背負われる形になっており、ぎゅっとしがみついている。

 無造作な攻撃。しかし、敵は面白いくらいに首を切断され、絶命していく。

 夜月も亜美も返り血で赤く染まっている。夜月は慣れているので何とも思わないが、亜美は顔を青くしていた。

 無理もないか……と夜月は思う。亜美は一般人だ。夜月のように修羅場に慣れている訳ではない。人が目の前で殺されていくところを、優しい亜美が直視できる訳がない。

 だけど、それでも彼女は夜月の隣にいてくれた。だからこそ、彼女を傷つける訳にはいかない。

 夜月とて、ヒトの形をした生物を殺す事に躊躇する気持ちがない訳ではない。しかも、かつての知り合いに似ているのだから尚更だ。

 だが、殺らなければ殺られる。無意味な生にしてしまった事を心中で詫びつつ、夜月は得物を振るい続けた。

 

   *   *   *

 

 赤い花が咲き乱れる。

 それは地面に落ちた瞬間にその形を失い、元あるべき姿を取り戻した。

 戦闘が始まって十分ほどが経過した時、夜月の周りは真っ赤に染まっていた。

 敵は殆ど撃破した。残りは五人というところだろう。

 もちろん、夜月にもダメージはある。蓄積する疲労が動きを鈍くしていたし、亜美を庇って戦っていたために全身が傷だらけだ。

 そのおかげで、亜美に傷は殆どなかった。かすり傷やちょっとした傷などはあるが、重傷と呼べる傷ではない。事実上、護り切ったといえるだろう。

 背後に気配を感じ、咄嗟に横へと動く。

 一瞬の後、先程までいた所を銃弾が通過した。

 安堵する間もなく、横からナイフを構えた敵が襲いかかってくる。咄嗟に腕で受け、思い切り腹部を蹴り抜いた。

 敵が吹っ飛んでいく。だが、先程銃を撃った個体が近付いてきた。負ぶさっている亜美ごと、ナイフで刺し貫こうとしてくる。

 銀色の輝きが亜美の柔肌を貫かんとしたその瞬間、夜月と亜美の姿は消え、攻撃は不発に終わった。

 夜月は敵の背後に移動し、後頭部を思い切り殴りつける。そしてよろめいたその瞬間、首を跳ね飛ばして絶命させた。

 残りは四人。先程蹴り飛ばしたヤツが愚直に向かってきたので、ナイフでの攻撃を躱しながら後退し、隙ができたところでナイフを蹴り飛ばした。

 くるくると宙を舞うナイフを奪取し、敵の眼を刺し貫く。

 刃は脳に達し、敵は無表情に崩れ落ちた。

 残りは三人。ひとりひとりで掛かるのは不利だという事に気付いたのか、三人で掛かってきた。

 得物は銃とナイフ。統率が取れた動きをしており、夜月は暫く回避に専念する羽目になった。

 よくよく相手を観察すると、転移に備えて警戒している事が分かった。流石に学習したという事だろう。

 最も、それならそれで策はある。

 敵のナイフを捌き、銃弾を紙一重で回避してから、夜月は叫ぶ。

 

「亜美!頭上転移だ!」

 

 亜美は転移能力を発動し、敵の頭上に夜月を転移させた。

 敵は直ぐに対応してきた。ナイフと銃が頭上に向けられ、夜月を貫かんとする。

 その時、夜月はもう一度叫んだ。

 

「さっきの位置にもう一度転移!」

 

 ナイフより先に放たれた銃弾が夜月を貫いた……と思いきや、既にその姿は消えていた。行き場をなくしたナイフが宙を彷徨う。

 夜月は先程までいた位置……敵の前方に転移した。

 連続での転移に、敵の反応が一瞬ではあるが遅れる。その隙を逃さず、夜月は動いた。

 まず、ひとりのナイフを力技で奪い取り、その首を掴んで持ち上げる。

 敵は拘束から逃れようと藻掻くが……後頭部に衝撃が走り、その動きを止めた。もうひとりの敵が撃った銃によるものだった。

 敵を盾にし、その血飛沫を浴びた夜月は掴んでいた首をねじ切り、もうひとりの敵に投げつける。

 それに敵が怯んだ瞬間、夜月は突撃し、敵の懐に入り込んだ。

 足払いで体勢を崩した所に大鎌を振り下ろす。銃身を使ってガードされたが、それは囮に過ぎなかった。

 夜月は一切の躊躇なく急所を蹴りつけた。模造品といっても一応痛覚は存在する為、敵は悶絶してのたうち回る。

 女の子なので罪悪感がない訳でもなかったが、仕方がない。再度大鎌を振り下ろし、悶える敵を苦痛から解放した。

 その背後から三人目が迫る。音もなく突き出されたナイフを見て、亜美は思わず悲鳴をあげた。

 

「………亜美は傷つけさせねぇよ」

 

 ナイフが亜美を貫く事はなかった。

 夜月は後ろを見ずに大鎌を振るい、無造作に首を切断した。

 頭を失った躰が地面に崩れ落ち、戦闘は終了した。

 

「……亜美、大丈夫か?」

 

 警戒を緩めず、夜月は亜美にきいた。

 亜美は顔を青くしながらも頷いた。実際、大した傷は負っていない。

 夜月は安堵したように息をつくと、その場に座り込む。慌てて駆け寄る亜美に、夜月は苦笑しながら言った。

 

「少し疲れただけだ」

 

 流石の夜月も疲弊したのだろう。今回は異能力──冥獄を使用していなかった為、体力が尽きる程ではなかったが、それでも暫くは立てなさそうだった。

 

「……少し休んだら、相棒の元に行こう。多分、敵はもう来ないだろうからな」

 

 夜月がそう言うと、亜美は自分の膝の上に夜月の頭をそっと乗せた。

 

「亜美……?」

「警戒は私がします。夜月さんは休んでください」

「いいのか?」

「私に出来る事はこのくらいなので……」

 

 少し恥ずかしそうにしながらも、亜美は微笑む。

 夜月は少し考えたあと、彼女の申し出に甘える事にした。

 目を閉じると、疲れもあってか浅い眠りに落ちていく。

 亜美は周囲を警戒しながらも、その寝顔を見つめていた。

 戦闘の時とは異なり、彼の寝顔は安らかなもので、まるで天使のようだった。

 

 

 夜月と亜美が戦闘を繰り広げていたのと時を同じくして、無銘と葉月は洞ノ院内部に潜入した。

 夜月が暴れたからか、内部はあちこちが壊れている。といっても、春風がいる場所は把握していたので迷わず進む事ができた。

 暫く進み、つばめの記憶にあった懲罰室へと辿り着いた。室内は薄暗く、がらんとしている。

 無銘はつばめがやっていたように床を手探りで調べ、微かな出っ張りを見つけた。

 それを引くと、床のタイルが外れて鉄の梯子が姿を現した。降りた先にあるのは短い廊下と鉄製の扉。上部に格子が付いており、日記の記述と一致した。

 

「……この先に春風郭公が?」

 

 葉月が声を潜めてそうきいた。

 無銘が頷くと、その顔が険しいものに変わる。

 どうしたときくと、葉月は低い声で、

 

「私も、螺鈿會にいた身です。だから、彼に言いたい事は色々とあるので…」

 

 と言った。

 

「なら、それも含めてぶつけなきゃな」

 

 無銘と葉月は扉に近付く。中からは物音ひとつしない。

 ふたりは目配せをして頷くと、扉を蹴破って中に侵入した。

 そして──視界に映る光景に、絶句して硬直した。

 無数のモニターが淡い光を放ち、部屋の雰囲気を陰鬱なものにしている。

 モニターの前には春風郭公が座っていた。ふたりを見ても眉一つ動かさず「来たか……」と静かに言う。

 いや、そんな事よりも……。

 

「なんだ……何だよこれ!」

 

 部屋の両側にズラリと並ぶ、大きな容器。

 淡い液体に満たされたソレには裸の少女が入っていた。

 少女の目は閉じられている。だが、緑色の豊かな髪と綺麗な顔立ちでそれが誰なのか分かった。

 

 覚悟はしていた。

 逆浪の模造品が現れた時から、予想していた事だ。

 だが、実際に見ると、その光景は……地獄でしかなかった。

 

「なんで、つばめちゃんの模造品を造ったんだよ!」

 

 無銘は怒りのあまり、そう叫んだ。

 容器に入っているのは、その全てが春風つばめの模造品だった。

 意味のない生を過ごし、死して尚その存在を愚弄される少女──それを造った張本人は無銘の言葉など気にもとめず、ゆっくりと立ち上がった。

 

「貴様に話す事など何もない」

 

 いつの間にかその手に握られた拳銃が、ひとつの容器に向けられる。

 

「……!何を……」

 

 無銘は咄嗟に静止しようとする。

 それより早く、春風は発砲した。

 容器が破壊され、頭を撃ち抜かれた模造品が崩れ落ちる。

 脳漿が飛び散るさまを呆然と見つめていた無銘の脳裏に、とある光景がフラッシュバックする。

 異能夜行の終盤、自分の前で命を落としたつばめの顔だった。

 それを知覚した瞬間、無銘は激昂して春風に飛びかかった。

 春風はそれを無表情に見つめる。

 そして──

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。