無題奇譚〜Untitled tale〜 作:惰眠
亜美の転移能力を駆使し、敵を翻弄しながらあえて敵の中に飛び込み、大鎌を振るっていく。亜美は夜月に背負われる形になっており、ぎゅっとしがみついている。
無造作な攻撃。しかし、敵は面白いくらいに首を切断され、絶命していく。
夜月も亜美も返り血で赤く染まっている。夜月は慣れているので何とも思わないが、亜美は顔を青くしていた。
無理もないか……と夜月は思う。亜美は一般人だ。夜月のように修羅場に慣れている訳ではない。人が目の前で殺されていくところを、優しい亜美が直視できる訳がない。
だけど、それでも彼女は夜月の隣にいてくれた。だからこそ、彼女を傷つける訳にはいかない。
夜月とて、ヒトの形をした生物を殺す事に躊躇する気持ちがない訳ではない。しかも、かつての知り合いに似ているのだから尚更だ。
だが、殺らなければ殺られる。無意味な生にしてしまった事を心中で詫びつつ、夜月は得物を振るい続けた。
* * *
赤い花が咲き乱れる。
それは地面に落ちた瞬間にその形を失い、元あるべき姿を取り戻した。
戦闘が始まって十分ほどが経過した時、夜月の周りは真っ赤に染まっていた。
敵は殆ど撃破した。残りは五人というところだろう。
もちろん、夜月にもダメージはある。蓄積する疲労が動きを鈍くしていたし、亜美を庇って戦っていたために全身が傷だらけだ。
そのおかげで、亜美に傷は殆どなかった。かすり傷やちょっとした傷などはあるが、重傷と呼べる傷ではない。事実上、護り切ったといえるだろう。
背後に気配を感じ、咄嗟に横へと動く。
一瞬の後、先程までいた所を銃弾が通過した。
安堵する間もなく、横からナイフを構えた敵が襲いかかってくる。咄嗟に腕で受け、思い切り腹部を蹴り抜いた。
敵が吹っ飛んでいく。だが、先程銃を撃った個体が近付いてきた。負ぶさっている亜美ごと、ナイフで刺し貫こうとしてくる。
銀色の輝きが亜美の柔肌を貫かんとしたその瞬間、夜月と亜美の姿は消え、攻撃は不発に終わった。
夜月は敵の背後に移動し、後頭部を思い切り殴りつける。そしてよろめいたその瞬間、首を跳ね飛ばして絶命させた。
残りは四人。先程蹴り飛ばしたヤツが愚直に向かってきたので、ナイフでの攻撃を躱しながら後退し、隙ができたところでナイフを蹴り飛ばした。
くるくると宙を舞うナイフを奪取し、敵の眼を刺し貫く。
刃は脳に達し、敵は無表情に崩れ落ちた。
残りは三人。ひとりひとりで掛かるのは不利だという事に気付いたのか、三人で掛かってきた。
得物は銃とナイフ。統率が取れた動きをしており、夜月は暫く回避に専念する羽目になった。
よくよく相手を観察すると、転移に備えて警戒している事が分かった。流石に学習したという事だろう。
最も、それならそれで策はある。
敵のナイフを捌き、銃弾を紙一重で回避してから、夜月は叫ぶ。
「亜美!頭上転移だ!」
亜美は転移能力を発動し、敵の頭上に夜月を転移させた。
敵は直ぐに対応してきた。ナイフと銃が頭上に向けられ、夜月を貫かんとする。
その時、夜月はもう一度叫んだ。
「さっきの位置にもう一度転移!」
ナイフより先に放たれた銃弾が夜月を貫いた……と思いきや、既にその姿は消えていた。行き場をなくしたナイフが宙を彷徨う。
夜月は先程までいた位置……敵の前方に転移した。
連続での転移に、敵の反応が一瞬ではあるが遅れる。その隙を逃さず、夜月は動いた。
まず、ひとりのナイフを力技で奪い取り、その首を掴んで持ち上げる。
敵は拘束から逃れようと藻掻くが……後頭部に衝撃が走り、その動きを止めた。もうひとりの敵が撃った銃によるものだった。
敵を盾にし、その血飛沫を浴びた夜月は掴んでいた首をねじ切り、もうひとりの敵に投げつける。
それに敵が怯んだ瞬間、夜月は突撃し、敵の懐に入り込んだ。
足払いで体勢を崩した所に大鎌を振り下ろす。銃身を使ってガードされたが、それは囮に過ぎなかった。
夜月は一切の躊躇なく急所を蹴りつけた。模造品といっても一応痛覚は存在する為、敵は悶絶してのたうち回る。
女の子なので罪悪感がない訳でもなかったが、仕方がない。再度大鎌を振り下ろし、悶える敵を苦痛から解放した。
その背後から三人目が迫る。音もなく突き出されたナイフを見て、亜美は思わず悲鳴をあげた。
「………亜美は傷つけさせねぇよ」
ナイフが亜美を貫く事はなかった。
夜月は後ろを見ずに大鎌を振るい、無造作に首を切断した。
頭を失った躰が地面に崩れ落ち、戦闘は終了した。
「……亜美、大丈夫か?」
警戒を緩めず、夜月は亜美にきいた。
亜美は顔を青くしながらも頷いた。実際、大した傷は負っていない。
夜月は安堵したように息をつくと、その場に座り込む。慌てて駆け寄る亜美に、夜月は苦笑しながら言った。
「少し疲れただけだ」
流石の夜月も疲弊したのだろう。今回は異能力──冥獄を使用していなかった為、体力が尽きる程ではなかったが、それでも暫くは立てなさそうだった。
「……少し休んだら、相棒の元に行こう。多分、敵はもう来ないだろうからな」
夜月がそう言うと、亜美は自分の膝の上に夜月の頭をそっと乗せた。
「亜美……?」
「警戒は私がします。夜月さんは休んでください」
「いいのか?」
「私に出来る事はこのくらいなので……」
少し恥ずかしそうにしながらも、亜美は微笑む。
夜月は少し考えたあと、彼女の申し出に甘える事にした。
目を閉じると、疲れもあってか浅い眠りに落ちていく。
亜美は周囲を警戒しながらも、その寝顔を見つめていた。
戦闘の時とは異なり、彼の寝顔は安らかなもので、まるで天使のようだった。
*
夜月と亜美が戦闘を繰り広げていたのと時を同じくして、無銘と葉月は洞ノ院内部に潜入した。
夜月が暴れたからか、内部はあちこちが壊れている。といっても、春風がいる場所は把握していたので迷わず進む事ができた。
暫く進み、つばめの記憶にあった懲罰室へと辿り着いた。室内は薄暗く、がらんとしている。
無銘はつばめがやっていたように床を手探りで調べ、微かな出っ張りを見つけた。
それを引くと、床のタイルが外れて鉄の梯子が姿を現した。降りた先にあるのは短い廊下と鉄製の扉。上部に格子が付いており、日記の記述と一致した。
「……この先に春風郭公が?」
葉月が声を潜めてそうきいた。
無銘が頷くと、その顔が険しいものに変わる。
どうしたときくと、葉月は低い声で、
「私も、螺鈿會にいた身です。だから、彼に言いたい事は色々とあるので…」
と言った。
「なら、それも含めてぶつけなきゃな」
無銘と葉月は扉に近付く。中からは物音ひとつしない。
ふたりは目配せをして頷くと、扉を蹴破って中に侵入した。
そして──視界に映る光景に、絶句して硬直した。
無数のモニターが淡い光を放ち、部屋の雰囲気を陰鬱なものにしている。
モニターの前には春風郭公が座っていた。ふたりを見ても眉一つ動かさず「来たか……」と静かに言う。
いや、そんな事よりも……。
「なんだ……何だよこれ!」
部屋の両側にズラリと並ぶ、大きな容器。
淡い液体に満たされたソレには裸の少女が入っていた。
少女の目は閉じられている。だが、緑色の豊かな髪と綺麗な顔立ちでそれが誰なのか分かった。
覚悟はしていた。
逆浪の模造品が現れた時から、予想していた事だ。
だが、実際に見ると、その光景は……地獄でしかなかった。
「なんで、つばめちゃんの模造品を造ったんだよ!」
無銘は怒りのあまり、そう叫んだ。
容器に入っているのは、その全てが春風つばめの模造品だった。
意味のない生を過ごし、死して尚その存在を愚弄される少女──それを造った張本人は無銘の言葉など気にもとめず、ゆっくりと立ち上がった。
「貴様に話す事など何もない」
いつの間にかその手に握られた拳銃が、ひとつの容器に向けられる。
「……!何を……」
無銘は咄嗟に静止しようとする。
それより早く、春風は発砲した。
容器が破壊され、頭を撃ち抜かれた模造品が崩れ落ちる。
脳漿が飛び散るさまを呆然と見つめていた無銘の脳裏に、とある光景がフラッシュバックする。
異能夜行の終盤、自分の前で命を落としたつばめの顔だった。
それを知覚した瞬間、無銘は激昂して春風に飛びかかった。
春風はそれを無表情に見つめる。
そして──