無題奇譚〜Untitled tale〜 作:惰眠
「……理解できないな」
斬りかかってくる無銘を軽くあしらいながら、春風はそう呟いた。
「模造品の、しかも失敗作を処分しただけではないか。それなのに何故そこまで激昂する?」
無銘は春風の疑問には答えず、彼を終わらせるために刀を振るい続ける。室内は広いとはいえないため、春風は直ぐに追い詰められた。
すかさず無銘が突きを放ち、春風の躰を貫こうとする。それを紙一重で躱し、無銘が体勢を整える前に春風はその躰を押し退けた。
しかし、すぐさま葉月が襲いかかってきた。ナイフが複雑な軌跡を描き、春風に迫る。
狭い部屋。前も後ろも敵がいる。
しかし──春風は動じなかった。
拘束の携帯型異能で葉月の動きを止め、その後ろに回り込む。
持続時間は短い。だが、十分だ。
葉月の後頭部に銃を突きつけ、容赦なく発砲する。それと同時に異能の持続時間が終わり、葉月は床に崩れ落ちた。
「木野!」
無銘は葉月が死んだと勘違いしたのか、彼女に駆け寄ろうとする。
だが、春風はその行く手を塞ぎ、銃口を無銘に向けてこう言った。
「気絶しただけだ。殺しても構わなかったが、珍しい異能を持っているからな」
葉月の異能──永遠に生き続ける能力は、かなり珍しい異能力だ。螺鈿會にいた頃の検査では検出されず、一度は別の組織に引き渡したが……そのような異能を持っていたとなると話は別だ。
事前に銃弾をゴム弾へと変えておいたので死んではいない筈だった。もうひとりの侵入者──赤坂蜥蜴の異能も珍しいものだったので、捕らえて研究しようと思っていた。
「……なぜ、こんな事をした」
無銘は葉月が死んでいなかった事にほっとしたのか、少し冷静になってそうきいた。
「こんな事?」
「どうして、つばめちゃんの模造品を造った!どうして死んだ後もあの子を愚弄するんだよ!アンタの娘だろ!」
「私の目的の為にロストアイが必要だった、それだけだ」
「それだけの理由で、つばめちゃんを……!」
「異能のない世界を創るという目的の前には些事でしかない。それに、あれは私の娘だ……私がどう扱うかを他人に指図される筋合いはない」
春風の返答に、無銘は怒りの籠った声で吐き捨てる。
「クソ野郎が……そもそも、異能を消すのに異能が必要なのかよ」
「方法についても、貴様にとやかく言われる筋合いはない。最終的にこの世から異能が消えればいいのだからな」
「……仮に異能が消えたとして、テメェはつばめちゃんをどうするつもりだ」
「不必要になるだろうし、処分するだろうな……そんな事より、もうやめにしないか?私は研究を進めないといけないし、貴様だって好きでこんな事をしている訳ではないだろう」
春風の言葉をきいた無銘は彼を睨みつけた。
「……異能のない世界を創るって目的は理解できる。だけどその為に実の娘を犠牲にするって考えは容認できないな。そもそも、テメェはつばめちゃんを殺してる……その時点でオレがテメェをぶちのめす理由にはなってるんだよ」
「……何を言っている?」
春風は眉を上げ、無銘を見た。
「
「……は?」
無銘も春風と同じ顔になる。最も、こちらは額に青筋を立てていたが。
「私が撃った時点では、まだ微かに生きていたのだよ。最も、直ぐに死んだがな……それを知らずに見殺しにしたのは貴様だ」
「そんな事──」
そんな事ない、と言いかけて、言葉が喉元で霧消する。
オレはつばめちゃんを見殺しにした──その考えを否定する事が出来なかった。
その様子を見て、春風は鼻で笑う。
「どのみち、これから見殺しにする事になるがな」
言って、春風は拳銃を容器に向けた。
無銘は今度こそ静止しようと駆け出したが、それより早く、銃弾が容器を破壊した。
加えて──今度はそれだけでは終わらなかった。
「携帯型異能『伝播』」
春風が結晶を取り出し、異能を発動させる。
すると、壁際に並んだ容器が次々と破壊され……中に入っていたつばめたちが頭を撃ち抜かれた。
脳漿が噴き出し、無銘はそれをまともに浴びる。
何が起こったのか理解できないといった様子で頬に付着した脳漿を拭い……惨状を知覚した無銘は今までにないほどの素早さで春風に肉薄した。
一瞬の後、春風は胸を貫かれて絶命している筈だった。
しかし、如何せん動きが単調すぎた。怒りにより凄まじいスピードで接近する事は出来たものの、動きを読まれてはどうしようもない。
「携帯型異能『転移』」
──無銘の刀が貫いていたのは春風ではなく、つばめの模造品だった。
つばめも状況を把握できていないのだろう。容器の中では閉じていた目は見開かれ、その口からは血と共にか細い声が漏れた。
「………むめいさん」
信じられない、という表情だけを残して、つばめは絶命した。
それを見て、無銘は呆気なく壊れた。
「あ」
惚けた声と共に、刀から手を放す。
そのままよろよろと後退し、血に塗れた自分の手を見て……無銘は絶叫した。
「ああ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………!」
逆浪の模造品を殺した時から、胸の奥に澱のようなものが溜まってはいた。
だが、あの模造品は言動や行動がオリジナルとかけ離れていた。だから、逆浪ではないと割り切って殺す事ができた。
だが──つばめの模造品は違う。
これは、春風つばめそのものだ。
か細い声も、見開かれた目から流れた涙も、血の温かさも……全てが、春風つばめそのものだった。
それを実感した瞬間、澱は絶望となって噴き出し……無銘を黒く覆った。
──オレが、つばめちゃんを殺した。
その事実に、無銘は再起不能になるほど打ちのめされた。
無銘は魂が抜けたようにその場に崩れ落ちる。その姿を見て、春風は冷たい声で言った。
「……だから言っただろう。春風つばめを殺したのは貴様だと」
春風は無銘に近付き、銃口を突きつける。
その時、微かな呻き声がした。気絶していた葉月が目を覚まし、直ぐに状況を把握して立ち上がる。
しかし、その時には既に全てが終わっていた。
銃声、ひとつ。
そして──無銘の意識は断絶した。
* * *
──眩しい。
何もかもが眩い光に包まれていて、目が開けられない。
だが、いつまでも目を瞑っている訳にはいかない。意を決して目を開けると、視界が白く染まり──
次に視界が開けた時、世界は寂寞に満ちていた。
雪が大地を白く覆う、静謐な世界。自分が毎日見ている夢の光景だった。
降り頻る雪の中、ひとり立ち尽くす。
心は完全に死んでいた。もう、このまま消えてしまいたいと思っていた。
英雄になるなんて馬鹿馬鹿しい。失ってばかりの自分に、そんな資格はない。
濁った瞳で、ぼんやりと雪景色を見つめる。
何もない。その筈だった。
(…………)
遠くに何かが見えた。こちらに近付いてきているようだ。
段々とシルエットが明瞭になり、近づいてくるものの正体が分かってきた。
それは少女だった。二色の瞳と緑色の豊かな髪を持つ少女。髪を解いているからか、記憶にある姿より大人びて見えた。
少女は無銘の近くまでやってくる。その姿を見て、無銘の心が微かに揺れ動いた。
(………なんで、ここにいるんだ)
もう逢えないと思っていた。
逢う資格もないと思っていた。
なのに何故、きみはオレの前に現れて、その綺麗な瞳を向けてくれているのだろう……。
震える声で、少女の名を呼ぶ。
「つばめちゃん……」
微かな声。だが、少女は嬉しそうな表情を見せた。
それは彼女の模造品が最期に見せた表情とは対照的なものだった。
「お久しぶりです、無銘さん」
そう言って、少女──春風つばめは優しく微笑んだ。