無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#12「私の英雄」

「どうして、ここに……いや、そもそも本物のつばめちゃんなのか?」

 

 言いたい事はたくさんあったし、ききたい事もたくさんあった。

 だが、無銘の口から出たのはそんな疑問だった。

 つばめは少し考える素振りを見せた後、無銘の疑問に答えた。

 

「私は本物です。どうしてここにいるのかは私にも分からなくて、気付いたらここにいたんですが……多分、無銘さんの異能が関係しているんだと思います」

「オレの異能?」

「はい。死因が心臓によるものである場合のみ、傷と死を打ち消す力……それが無銘さんの能力ですよね?」

「どうして、それを……」

 

 無銘は驚いた。

 確かに、無銘の異能は異能無効化だけではなく、自分しか知らない、もうひとつの能力が備わっていた。

 それが「死因が心臓によるものである場合のみ、傷と死を打ち消す能力」である。これまでも何回かこの能力を使用し、窮地を凌いできた。

 だが、どうしてそれをつばめが知っているのだろう。

 

「……ある人が教えてくれたんです」

 

 つばめはそれしか言わなかった。気にはなったが、つばめが話を進めたのでうやむやになってしまった。

 

「その能力があれば、心臓へのダメージで死んでも復活する事ができる……だけど、死んだ事には変わりはない。その能力は、死んだ後に魂を元いた場所に引き戻した上で、傷を打ち消す能力なのではないかと……その人は言っていました」

「つまり……オレは今、魂を引き戻される前って事なのか」

「そうなりますね……あくまでも仮説ではありますが」

 

 何にせよ、死んだつばめと逢う事ができた。

 それは嬉しい事だ、その筈だ。

 だが……無銘の心中には、やり切れない感情が渦巻いていた。

 

「つばめちゃん、オレ……きみを守れなかった。きみの英雄にはなれなかったんだ……」

「………」

 

 つばめは何も言わず、じっと無銘を見つめている。

 一度溢れ出した感情は、もう無銘自身では制御できなかった。

 

「それどころか、つばめちゃんの模造品まで目の前で殺されて……何も救えなくて……だから、オレはもういいんだ。英雄になるなんて、ただの夢物語だったんだ……!」

 

 無銘は壊れたように叫ぶ。

 つばめはそれを見て──そっと、無銘を抱きしめた。

 その温もりに、溢れた感情が宙に溶けて霧散する。

 

「あ………」

「そんな悲しい事、言わないでください……」

 

 つばめは慈愛に満ちた表情をしていた。

 

「ロストアイに適合してから、こうなる事は決まっていたんです。だから、無銘さんのせいじゃないですよ」

「でも……オレは……」

「……私、楽しかったです。幸鳥ちゃんに救われて、無銘さんと出会って、みんなと一緒に過ごして……とても幸せでした。だから、そんな事言わないでください」

「……でも、そんなの悲しすぎる。つばめちゃんにだって人生を全うする権利はあったのに、それを奪ったのはオレだ……!」

 

 尚も叫ぶ無銘を、つばめは強い力で抱きしめる。

 そして、遠くを見るような目をしながらこう言った。

 

「……私、本当はこんなに生きられなかった筈なんです。だけど幸鳥ちゃんがそれを延ばしてくれて、それをさらに無銘さんたちが延ばしてくれた……それだけでも、十分に恵まれていたんです」

 

 それに、私にとっての希望はまだあるんです──つばめはそう言って、無銘を見た。

 

「希望……?」

「はい。お父さんが造った模造品です」

「でも、あれは全て破壊されたはず……」

 

 無銘の目の前で、絶命した。

 しかも、その内のひとりを殺したのは無銘なのだ。

 しかし、つばめは首を横に振った。

 

「お父さんがなんの考えもなくそんな事をする筈がありません。あの部屋には、模造品の素体がある……それを分かっていたから、失敗作を廃棄したんだと思います」

「素体?」

「模造品は、素体に記憶を織り交ぜて造るんです。あの場にあった素体は、まだ私の記憶を入れられていない……だから私と違う人格を宿す可能性があるんです」

 

 つばめは淡々と言う。

 だが、そこには暗い感情は込められていなかった。

 

「……無銘さんは、私を救えなかった事を後悔しているんですよね」

「……ああ」

「……なら、生きてください。素体を……私の子供を連れて、その子と色々なものを見てください。私が見れなかった分まで、たくさん……それで、私は救われるんです」

 

 つばめは躰を離し、無銘を見つめる。

 そして……優しい声で、救いを示した。

 

 

 

「私の英雄になってください、無銘さん」

 

 

 

 暫くの沈黙。

 やがて、無銘がぽつりと呟いた。

 

「……オレで、いいのか?」

「無銘さんがいいんです。身勝手かもしれないけど、それでも無銘さんになってほしいんです」

 

 熱の篭った視線。

 そして……少女は秘めた想いを告白した。

 

 

「だって私は、無銘さんの事が大好きだから……」

 

 

 つばめは思い切ったようにそう言うと、背伸びをし、無銘にキスをした。

 幼い口付け。だが、それは凍り付いた無銘の心に、熱を灯した。

 つばめは顔を離すと、赤くなって俯く。

 無銘はどうするか迷うように立ち尽くしていたが、そのうちにぎこちない手つきでつばめの頭を撫で、「ありがとう」と呟いた。

 

「オレは弱い人間だ。手を伸ばしても誰も救えない、英雄もどきの愚者だ。だけど、つばめちゃんはそんなオレを好きだと言ってくれた」

 

 無銘は微笑む。

 自分の中で凍り付いていた部分が溶け、本来の自分が帰ってきたような、そんな感覚を覚えた。

 

「……だから、もう一度立ち上がる。今度は何も失わないように、強くなるよ。この先の未来に、つばめちゃんを連れていけるように……」

 

 その言葉に、つばめは顔を上げる。

 その目から涙が零れ落ちた。

 

「無銘さん……」

「だから、見守っていてくれ。今度こそ、オレはつばめちゃんの英雄になる」

 

 無銘がつばめの涙を拭うと、つばめは泣きじゃくりながら抱きついてきた。

 無銘はつばめの背に手を回し、互いに抱き合う格好になる。

 しばらく、そのままでいた。

 

 軈て、無銘は躰を離し、決意を込めた声で言った。

 

「……それじゃ、行ってくる」

 

 つばめは泣き腫らした目をしていたが、それでも微笑み、無銘を送り出した。

 

「いってらっしゃいです、無銘さん」

 

 それと同時に、視界が白く染まる。

 天秤が傾き、魂が現実世界に帰還する。

 ここに来た時とは異なり、無銘の心中にはあたたかい決意が宿っていた。

 

 

 希望は掴んだ。

 離さずに、前へ進め。

 

   *   *   *

 

「あぐっ……」

 

 苦悶の声をあげ、木野葉月は吹き飛ばされた。

 ごろごろと床を転がり、壁に激突。すぐさま立ち上がろうとするが、頭に足が乗せられ、強い力で踏み潰された。

 ミシミシと頭蓋骨が悲鳴をあげる。

 

「ぐぁ……」

「愚かだな。もう赤坂蜥蜴は目覚めないというのに」

 

 葉月は無銘を守るために戦っていた。

 自分の力では春風は倒せない。無銘がもう一度起き上がってくれる事を信じて、時間稼ぎをしていたのだ。

 葉月は一般人よりは強いものの、春風の実力には遠く及ばず、太刀打ちはできそうになかった。

 だが、それでも葉月は諦めなかった。

 

「無銘さんはきっと立ち上がる……だから、私が諦める訳にはいかないんです!」

 

 言って、スカートのポケットから携帯端末を取り出す。

 恐怖を実体化させる携帯型異能。切り札となるそれを掲げ、葉月は叫んだ。

 

「携帯型異能『鬼駅(きさらぎえき)』──」

 

 携帯端末が光を放ち、世界がその形を変えていく──直前で、春風が携帯端末を蹴り飛ばした事により異能がキャンセルされた。

 

「無駄だ」

 

 春風は葉月の手を勢いよく踏みつける。

 骨が砕ける音と、葉月の絶叫が部屋に充満した。

 

「殺しはしない。だが、折角だからドロシィが創ったこの異能を試しておこう」

 

 春風は携帯端末を拾い上げ、葉月の髪を掴んで無理やり立ち上がらせる。

 そして、携帯端末を近づけて、こう言った。

 

「携帯型異能『両面宿儺(リョウメンスクナ)』」

 

 携帯端末から長い木箱が現れ、ひとりでに蓋が開いていく。

 その中に入っていたものを見て、葉月は──

 

 

「──掴んで離すな(スタンド・バイ・ミー)

 

 その時、待ち望んでいた声がして、木箱が粉砕された。

 春風は葉月を離し、後ろを向く。

 その顔が忌々しげなものに変わり、小さく吐き捨てた。

 

「まだ生きていたか」

 

 

 春風の視線の先。

 そこには、無銘が立っていた。

 

「……まだ、終わってねぇよ」

「……どうやら、徹底的に潰す必要があるようだな」

 

 春風は無銘に歩み寄る。

 

「無銘さん……」

「ありがとうな、木野……あとはオレに任せてくれ」

 

 座り込んた葉月に優しくそう言うと、無銘は春風を見据え、身構えた。

 春風も身構え、緊張感が充満する。

 

(……つばめちゃん、見ていてくれ)

 

 ほぼ同時のタイミングで、ふたりは地を蹴って飛び出した。

 一瞬の交差。受けたダメージのせいで、無銘はまともに動けない筈だった。

 しかし──春風の一撃は空を切り、無銘の拳は春風を捉えていた。

 春風は吹っ飛び、理解できないといった表情で無銘を見る。

 無銘は拳を握り直し、春風を見下ろした。

 

「──決着をつけるぞ、春風郭公」

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