無題奇譚〜Untitled tale〜 作:惰眠
「どうして、ここに……いや、そもそも本物のつばめちゃんなのか?」
言いたい事はたくさんあったし、ききたい事もたくさんあった。
だが、無銘の口から出たのはそんな疑問だった。
つばめは少し考える素振りを見せた後、無銘の疑問に答えた。
「私は本物です。どうしてここにいるのかは私にも分からなくて、気付いたらここにいたんですが……多分、無銘さんの異能が関係しているんだと思います」
「オレの異能?」
「はい。死因が心臓によるものである場合のみ、傷と死を打ち消す力……それが無銘さんの能力ですよね?」
「どうして、それを……」
無銘は驚いた。
確かに、無銘の異能は異能無効化だけではなく、自分しか知らない、もうひとつの能力が備わっていた。
それが「死因が心臓によるものである場合のみ、傷と死を打ち消す能力」である。これまでも何回かこの能力を使用し、窮地を凌いできた。
だが、どうしてそれをつばめが知っているのだろう。
「……ある人が教えてくれたんです」
つばめはそれしか言わなかった。気にはなったが、つばめが話を進めたのでうやむやになってしまった。
「その能力があれば、心臓へのダメージで死んでも復活する事ができる……だけど、死んだ事には変わりはない。その能力は、死んだ後に魂を元いた場所に引き戻した上で、傷を打ち消す能力なのではないかと……その人は言っていました」
「つまり……オレは今、魂を引き戻される前って事なのか」
「そうなりますね……あくまでも仮説ではありますが」
何にせよ、死んだつばめと逢う事ができた。
それは嬉しい事だ、その筈だ。
だが……無銘の心中には、やり切れない感情が渦巻いていた。
「つばめちゃん、オレ……きみを守れなかった。きみの英雄にはなれなかったんだ……」
「………」
つばめは何も言わず、じっと無銘を見つめている。
一度溢れ出した感情は、もう無銘自身では制御できなかった。
「それどころか、つばめちゃんの模造品まで目の前で殺されて……何も救えなくて……だから、オレはもういいんだ。英雄になるなんて、ただの夢物語だったんだ……!」
無銘は壊れたように叫ぶ。
つばめはそれを見て──そっと、無銘を抱きしめた。
その温もりに、溢れた感情が宙に溶けて霧散する。
「あ………」
「そんな悲しい事、言わないでください……」
つばめは慈愛に満ちた表情をしていた。
「ロストアイに適合してから、こうなる事は決まっていたんです。だから、無銘さんのせいじゃないですよ」
「でも……オレは……」
「……私、楽しかったです。幸鳥ちゃんに救われて、無銘さんと出会って、みんなと一緒に過ごして……とても幸せでした。だから、そんな事言わないでください」
「……でも、そんなの悲しすぎる。つばめちゃんにだって人生を全うする権利はあったのに、それを奪ったのはオレだ……!」
尚も叫ぶ無銘を、つばめは強い力で抱きしめる。
そして、遠くを見るような目をしながらこう言った。
「……私、本当はこんなに生きられなかった筈なんです。だけど幸鳥ちゃんがそれを延ばしてくれて、それをさらに無銘さんたちが延ばしてくれた……それだけでも、十分に恵まれていたんです」
それに、私にとっての希望はまだあるんです──つばめはそう言って、無銘を見た。
「希望……?」
「はい。お父さんが造った模造品です」
「でも、あれは全て破壊されたはず……」
無銘の目の前で、絶命した。
しかも、その内のひとりを殺したのは無銘なのだ。
しかし、つばめは首を横に振った。
「お父さんがなんの考えもなくそんな事をする筈がありません。あの部屋には、模造品の素体がある……それを分かっていたから、失敗作を廃棄したんだと思います」
「素体?」
「模造品は、素体に記憶を織り交ぜて造るんです。あの場にあった素体は、まだ私の記憶を入れられていない……だから私と違う人格を宿す可能性があるんです」
つばめは淡々と言う。
だが、そこには暗い感情は込められていなかった。
「……無銘さんは、私を救えなかった事を後悔しているんですよね」
「……ああ」
「……なら、生きてください。素体を……私の子供を連れて、その子と色々なものを見てください。私が見れなかった分まで、たくさん……それで、私は救われるんです」
つばめは躰を離し、無銘を見つめる。
そして……優しい声で、救いを示した。
「私の英雄になってください、無銘さん」
暫くの沈黙。
やがて、無銘がぽつりと呟いた。
「……オレで、いいのか?」
「無銘さんがいいんです。身勝手かもしれないけど、それでも無銘さんになってほしいんです」
熱の篭った視線。
そして……少女は秘めた想いを告白した。
「だって私は、無銘さんの事が大好きだから……」
つばめは思い切ったようにそう言うと、背伸びをし、無銘にキスをした。
幼い口付け。だが、それは凍り付いた無銘の心に、熱を灯した。
つばめは顔を離すと、赤くなって俯く。
無銘はどうするか迷うように立ち尽くしていたが、そのうちにぎこちない手つきでつばめの頭を撫で、「ありがとう」と呟いた。
「オレは弱い人間だ。手を伸ばしても誰も救えない、英雄もどきの愚者だ。だけど、つばめちゃんはそんなオレを好きだと言ってくれた」
無銘は微笑む。
自分の中で凍り付いていた部分が溶け、本来の自分が帰ってきたような、そんな感覚を覚えた。
「……だから、もう一度立ち上がる。今度は何も失わないように、強くなるよ。この先の未来に、つばめちゃんを連れていけるように……」
その言葉に、つばめは顔を上げる。
その目から涙が零れ落ちた。
「無銘さん……」
「だから、見守っていてくれ。今度こそ、オレはつばめちゃんの英雄になる」
無銘がつばめの涙を拭うと、つばめは泣きじゃくりながら抱きついてきた。
無銘はつばめの背に手を回し、互いに抱き合う格好になる。
しばらく、そのままでいた。
軈て、無銘は躰を離し、決意を込めた声で言った。
「……それじゃ、行ってくる」
つばめは泣き腫らした目をしていたが、それでも微笑み、無銘を送り出した。
「いってらっしゃいです、無銘さん」
それと同時に、視界が白く染まる。
天秤が傾き、魂が現実世界に帰還する。
ここに来た時とは異なり、無銘の心中にはあたたかい決意が宿っていた。
希望は掴んだ。
離さずに、前へ進め。
* * *
「あぐっ……」
苦悶の声をあげ、木野葉月は吹き飛ばされた。
ごろごろと床を転がり、壁に激突。すぐさま立ち上がろうとするが、頭に足が乗せられ、強い力で踏み潰された。
ミシミシと頭蓋骨が悲鳴をあげる。
「ぐぁ……」
「愚かだな。もう赤坂蜥蜴は目覚めないというのに」
葉月は無銘を守るために戦っていた。
自分の力では春風は倒せない。無銘がもう一度起き上がってくれる事を信じて、時間稼ぎをしていたのだ。
葉月は一般人よりは強いものの、春風の実力には遠く及ばず、太刀打ちはできそうになかった。
だが、それでも葉月は諦めなかった。
「無銘さんはきっと立ち上がる……だから、私が諦める訳にはいかないんです!」
言って、スカートのポケットから携帯端末を取り出す。
恐怖を実体化させる携帯型異能。切り札となるそれを掲げ、葉月は叫んだ。
「携帯型異能『
携帯端末が光を放ち、世界がその形を変えていく──直前で、春風が携帯端末を蹴り飛ばした事により異能がキャンセルされた。
「無駄だ」
春風は葉月の手を勢いよく踏みつける。
骨が砕ける音と、葉月の絶叫が部屋に充満した。
「殺しはしない。だが、折角だからドロシィが創ったこの異能を試しておこう」
春風は携帯端末を拾い上げ、葉月の髪を掴んで無理やり立ち上がらせる。
そして、携帯端末を近づけて、こう言った。
「携帯型異能『
携帯端末から長い木箱が現れ、ひとりでに蓋が開いていく。
その中に入っていたものを見て、葉月は──
「──
その時、待ち望んでいた声がして、木箱が粉砕された。
春風は葉月を離し、後ろを向く。
その顔が忌々しげなものに変わり、小さく吐き捨てた。
「まだ生きていたか」
春風の視線の先。
そこには、無銘が立っていた。
「……まだ、終わってねぇよ」
「……どうやら、徹底的に潰す必要があるようだな」
春風は無銘に歩み寄る。
「無銘さん……」
「ありがとうな、木野……あとはオレに任せてくれ」
座り込んた葉月に優しくそう言うと、無銘は春風を見据え、身構えた。
春風も身構え、緊張感が充満する。
(……つばめちゃん、見ていてくれ)
ほぼ同時のタイミングで、ふたりは地を蹴って飛び出した。
一瞬の交差。受けたダメージのせいで、無銘はまともに動けない筈だった。
しかし──春風の一撃は空を切り、無銘の拳は春風を捉えていた。
春風は吹っ飛び、理解できないといった表情で無銘を見る。
無銘は拳を握り直し、春風を見下ろした。
「──決着をつけるぞ、春風郭公」