無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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ちょっとした番外編です。
前半の時系列は「はつこい」(第1部番外編)の後で、後半の時系列は第1.5部の少し前を想定しています。


#0「想いの指輪と浅い夢」

「わぁ……!」

 

 昔ながらの駄菓子屋。

 街がどんどん変化していく中で、ひとつだけ取り残されたようなその場所の中に、つばめと無銘の姿はあった。

 眼前に広がるのは、子供の夢を凝縮したようなお菓子の楽園。無銘にとっては見慣れた光景だったが、つばめにとっては初めて見るものだったようで、物珍しそうに辺りを眺めていた。

 ふたりは出先でたまたま遭遇し、一緒に行動していた。といっても無銘もつばめも用は済ませていたので、後は帰るだけだったのだが……その途中で駄菓子屋に立ち寄ったという訳だ。

 駄菓子屋には客はおらず、店の奥では老婆がひとりいるだけだった。その老婆も居眠りをしているので、実質ふたりだけの空間になっているといえる。

 はしゃぐつばめを微笑ましく眺めると同時に、最近はご無沙汰していた女性恐怖症(の片鱗)が顔を出し始め、無銘は複雑な状況に置かれていた。

 以前、遊園地に行った時はこんな事はなかった。だが、あの時以来ふたりの距離がほんのちょっとではあるが縮まり、結果として長らく離れていた女性恐怖症が舞い戻ってきやがった、という訳だ。

 それは過去の経験に基づいたものではあったが、同時に自分が心の奥底で思っている事の具現化でもあるのだろうと無銘は思う。

 要は、怖いのだ。つばめを護れず、喪ってしまう事が。

 自分が「無銘」になった切っ掛けを思い出す。

 もう二度と、あんな思いはしたくない。

 そんな事を考えていると、つばめが心配そうにこちらを見ている事に気付いた。

 

「無銘さん……大丈夫ですか?なんだかぼんやりしていたみたいですけど……」

「あ、ああ。オレは大丈夫。それより何かいいものはあったか?」

「どれも素敵なものでした……!私、駄菓子って食べた事ないので全部気になるといえば気になるんですけど……でも、一番はあれですね」

 

 そう言ってつばめが指したのは、おもちゃの指輪だった。

 エメラルドをイメージした緑色の宝石が中央に嵌め込まれている。ただ、よく見かけるものとは違い、宝石は小さかった。

 といってもそれが悪く作用している訳ではない。むしろ、子供向けだとわかる無駄に大きな宝石がついたものよりは上品な感じがした。光沢なども、大人向けのそれに近い。

 今はこんなものがあるんだな、と感心しつつ、値段を見てみる。この店にあるものにしては少し高いが、それでも200円程度だった。

 

「じゃあ、オレが買うよ。ちょうど懐も温かいし」

 

 無銘が財布を取り出そうとすると、つばめは慌てて「そ、そんなつもりじゃ……!」とそれを静止した。

 

「いや、払わせてくれ。オレも駄菓子食べたかったし、ちょうどいいからさ」

 

 無銘は駄菓子をいくつか手に取り、「これでワンコインだし」とつばめに見せた。

 財布の中には500円玉が入っていたので、ちょうどいいといえるだろう。

 

「でも……」

 

 つばめは申し訳なさそうに呟く。なら、と無銘は代案を出すことにした。

 

「なら、今度何か作ってくれよ。光がつばめちゃんの料理は美味しいって言ってたから、1度食べてみたくてさ」

「………無銘さんがそれでいいなら」

 

 つばめは何故か顔を赤くして呟いた。無銘は首を傾げたが、「じゃあ、決まりだな」と老婆の前に代金を置いた。それから近くにあったメモ帳に買ったものを書いておく。この店ではこれが常態化しているのだ。

 つばめに指輪を渡し、駄菓子を抱えて店を出る。天気がよかったので、どこか屋外で食べる事にした。

 

   *   *   *

 

 ふたりがやってきたのは、駄菓子屋から程よく近い公園だった。

 公園といっても、滑り台とブランコがあるだけの貧相なものではあったが、広さだけはそこそこある。きっと、遊ぶものを持ち込んでの利用が想定されているのだろう。

 ふたりはベンチに腰掛け、無銘が買った駄菓子を食べた。最初、つばめは「自分が買ったものではないから」と固辞したが、無銘が「駄菓子はひとりで食うより誰かと食べた方がうまい」というあながち間違いではない独自理論を出すと、おずおずとではあるが食べ始めた。

 公園には何人かの子供がいて、ボール遊びをしていた。穏やかな時間はゆっくりと流れていき、その間に無銘とつばめは色々な話をした。

 それは好きな本の事だったり、共通する友人の事だったり、無銘の経験談だったりした。

 そうこうしているうちに駄菓子は全てなくなり、無銘はゴミをまとめて立ち上がる。

 そこで何となくつばめの方に目をやって……それに気付いた無銘はフリーズした。

 

「無銘さん?どうしました?」

 

 心配したつばめがこちらを覗き込んでくる。潤んだような瞳が、無銘を捉える。

 それから無理やり視線を逸らすと、つばめの手が視界に映り込む。ちいさな手に光る、銀色の輝きが無銘の網膜に焼き付いた。

 つばめは指輪を左手の薬指にしていた。本当にきょとんとしているのて、おそらく無意識にやっていたのだろう。つばめは割と顔に出やすいので、意図してやっているなら何らかの感情が見えるはずだった。あるいは、そこに指輪を付ける事の意味を知らないとも考えられる。

 女の子に指輪を贈り、それが左手の薬指に付いているなんて……これではまるで、プロポーズしたみたいではないか。

 と、そのうちに無銘の視線に気付いたのだろう。つばめは自分の手に目をやり……それから赤面した。

 

「ご、ごめんなさいっ!」

 

 慌てて指輪を外し、ポケットに入れる。

 それからその勢いのままに走り去って行ってしまった。

 無銘はそれを呆然と見ていたが、やがて頭をがりがりと掻きながら歩き始めた。

 

 

 この時、無銘はマジで嫌われたと思っていたらしいが、つばめが彼を嫌う事はなかった。

 その指輪は、今も彼女の部屋に大切に保管されている。

 

 

   *   *   *

 

 浅い夢から目覚めた。

 自分は今、どこにもいない。正確には存在はしているが、自分の大切な人たちがいる世界には存在していない。

 その事実に寂しさを感じ、涙を流す。

 もう少しだけでも、一緒にいたかった。

 そんな想いを抱く事自体、罪深い事なのに……。

 

「大丈夫だよ、つばめちゃん」

 

 後ろからそんな声がして、振り返る。

 白髪にエプロンドレスといった出で立ちの少女が優しく微笑んでいた。

 この世界で出会った、不思議な少女。彼女は自分に歩み寄ると、涙を指で掬った。

 

「きっと、もうすぐ会えるよ。彼の異能は、一時的にこちら側に接続できる異能だから」

 

 彼女が言うなら、そうなのだろう。

 なぜなら彼女は──かみさまなのだから。

 

「だから、泣かないで?彼は──無銘さんは、いまも戦ってる。それを見守って、彼が負けそうになった時になったら……つばめちゃんが支えてあげればいい」

「……私に、それができるのかな……」

「できるよ。つばめちゃんは、ずっと無銘さんの事を想っていたんだから」

 

 少女は微笑んで、それからつばめの手を取る。

 

「さ、行こ?向こうで幸鳥ちゃんが待ってるよ。あと──あの子もね」

 

 あの子──水色の髪の、大人びた女の子。

 無銘の初恋の相手で、「赤坂蜥蜴」が「無銘」になる切っ掛けとなった女の子だった。

 彼女はここに来た自分を受け入れてくれたが、それはその子だけではない。幸鳥も、ここに来た自分を優しく受け入れてくれた。

 自分は幸せに包まれていた──それを実感して、また涙が零れる。先程のものとは違う涙だった。

 それを拭い、泣き笑いの表情で少女に頷く。

 

「……ごめんなさい、もう大丈夫です」

 

 ──行きましょう、アリスさん。

 つばめがそう言うと、少女──アリスは頷いた。

 次の瞬間、ふたりの姿は最初からそこになかったかのように消えていた。

 

 

 今、つばめの指には指輪はない。

 だけど、自分の想いは消えていない。

 いつかまた、彼に逢えるとしたら、その時は──

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