無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#2「HELLO WORLD!」

 松ヶ崎町の郊外に建つ白い教会。

 神の愛を説き、行き場のない者に手を差し伸べるその建物の前に、ふたりの男がいた。無精髭を生やした体格がいい男と、髪を派手な色に染めた男という二人組で、明らかに怪しい動きをしている。

 小鳥が現場に到着した時、既に仲間が男たちを取り囲むように潜み、監視していた。教会の周りは森なので、隠れる場所には事欠かなかった。

 とりあえず手近にいた少年に状況をきいてみる。

 

「やっほー和樹(かずき)、状況は?」

 

 少年は「来るのが遅せぇよ」と呟いてから、手短に状況を報告してくれた。

 

「あそこにいる無精髭と赤い髪のヤツが今回のターゲットだ。赤い髪の方は分身の携帯型持ってて、無精髭のほうは火炎の異能を持ってるみたいだな」

「ありゃ、異能持ちもいるんだ。携帯型の確保だけだと思ってた」

 

 携帯型異能力(インスタント)というのは、文字通り携帯して使う異能力の事である。これを使えば、異能力者ではない一般人でも異能を使う事ができる。

 異能力者が増えた昨今ではほとんど流通していないものの、異能を持たない人間の中にはこれを使用して犯罪に手を染める者もいた。本来なら異能省が管理しているものではあったが、数が多すぎるため、全てを把握しているというわけではなかった。

 

「ま、みんなでかかればすぐに終わるだろ」

 

 少年は最低限の警戒をしたまま、楽観的な事を言う。

 少年の名は茨羽(いばらは)和樹。右が赤、左が黄金色のオッドアイが特徴的な彼は小鳥の幼なじみであり、異能力者でもあった。

 

「油断は禁物だよ……そういえばほむ姉は?姿が見えないけど」

「家事が忙しくて来れなかった。終わったらうちで飯でもどうだって言ってたけど」

「ほんと!?ほむ姉のご飯おいしいし、楽しみだなぁ!」

 

 和樹の言葉に、小鳥は俄然やる気になる。

 ほむ姉というのは、和樹の姉である茨羽帆紫(ほむら)の事だ。彼女も小鳥の幼なじみであり、仲間内では母親のような役割を果たしている。

 

「みんなそれぞれの位置にいるんだよね。一応、メンバーを確認したいなぁ……よいちゃん、お願いしてもいい?」

 

 小鳥が呟くと、耳に装着されていた小型のインカムから夜宵の声がきこえた。

 

『来てるメンバーはこっちゃん、和樹くん、叶ちゃん、楓ちゃん、鮮真(あざま)くん、零導(りんどう)さんだね』

「あれ?爽介は?グループにも連絡なかったけど」

 

 小鳥の疑問に答えたのは楓だった。

 

爽介(そうすけ)は急にバイト入って来れなくなったみたい。さっき喫茶店の前を通ったんだけど、爽介が働いてたから』

「あ、バイトか。なら仕方ないね」

 

 (あずま)爽介はメンバーのひとりで、指揮を担っている少年である。今回は急なバイトが入り、来れなくなったとの事だった。

 メンバーの確認を終えると、夜宵がみんなに助言をした。

 

『ちょうど六人いるし、三組作ってツーマンセルで行動した方がいいと思う』

「そうだね、そうしよっか。みんなもそれでいい?」

 

 小鳥の確認に、インカムから次々に応答の声が返ってきた。

 

『了解〜。叶といるからチーム組むね』

『俺はリンドウ先輩と組むよ』

「って事はあたしは和樹とか。よろしくね!」

「足引っ張んなよ」

 

 全員が準備を終え、身構える。

 今回は爽介が不在だったので、戦場を見渡せる夜宵が指揮をとった。

 

『3……2……1……オペレーション・スタート!』

 

 号令と共に、少年少女は飛び出していき、すぐさま会敵。各自で戦闘を開始した。

 

   *   *   *

 

 ─叶・楓サイド

 

 戦闘開始後、叶と楓は多数の敵に囲まれた。

 

「なんですかこれ!みんな同じ顔ですよ!?」

「話きいてた?分身の携帯型異能だってば」

 

 驚いたように目を白黒とさせる叶に、楓がツッコミを入れる。といっても、赤い髪の男が何人もいるのは異様といえば異様な光景なので、叶の驚きも場違いという訳ではない。

 

「これ、誰が本体か分かりにくいし厄介だなぁ……」

「どうしますか?」

 

 叶と楓は背中合わせになり、敵の出方を伺っている。敵の手にはナイフと拳銃。普段ならそこまで恐ろしい武装というわけではなかったが、分身を併発されると途端に恐ろしさが跳ね上がる。

 

「んー……敵は拳銃撃ってくると思う。あたしならそうするもん」

「それじゃあ仲良くハチの巣になりますか?」

「怖い事言わないでよ……初撃はあたしが何とかするから、叶はひたすらぶった斬って。あ、でも殺しちゃダメだよ?峰打ちね」

「分かりました!斬ればいいんですね!」

 

 ほんとに分かってるのかなぁと苦笑しつつも、楓は目を瞑り、精神を集中させていく。

 

「……叶、あたしの事信じてね」

「もちろん。仲間じゃないですか」

 

 叶はにっと笑うと、背中の竹刀袋から二振りの刀を取り出し、抜刀した。

 一瞬の静寂、そして──

 

「!?」

 

 分身たちは目の前に展開された光景に目を剥いた。

 彼らが撃った銃弾はふたりの少女を貫き、死に至らしめるはずだった。

 だが、銃弾が少女たちに届く事はなかった。突如、空間に謎の穴が現れ、銃弾が吸い込まれていったからだ。

 そして気付くと、銃弾は自分たちを貫いていた。訳も分からないまま分身たちは崩れ落ち……ポンという音を立てて消滅した。

 

 神永楓──異能力名「空間接続(コネクト)

 空間を歪めるワームホールを作成し、人間や物体を指定した別の場所に転送する能力である。先程は銃弾をワームホールに吸い込ませた上でそれを跳ね返していた。

 

「叶!後は頼んだ!」

「任せといてくださいっ!」

 

 大部分は消滅したとはいえ、分身はまだまだ残っている。叶はその中に飛び込むと、二振りの刀を駆使して次々に峰打ちを食らわせていった。

 その動きに何とか対応した分身が銃を撃ったが、叶はナイフを投擲して銃弾の軌道を変える事でこれを回避。敵が驚く暇も与えずに刀の錆にした。

 

 御剣叶──異能力名「剣聖」

 刀剣類を自在に扱える異能力である。扱える本数は無制限だが、現在は四本しか使えない。

 だが、本人の技量も相まって強力な異能だった。実際、分身を一掃するのにさほど時間はかかっていない。

 ひとしきり暴れ回ると、叶は刀を鞘に収め、楓の方を向いた。

 

「お疲れ様でした!」

「お疲れ〜。相変わらず凄い異能だね」

「刀は何本も使った方が強いですから!」

「それができるのは叶だけだと思うけど……」

 

 分身が増える気配はない。とりあえず片付いたかと思い、楓は何気なく叶の背後に目をやった。

 瞬間、その表情が強ばり……

 

「叶!」

 

 楓の叫び声と、背後で分身が銃を撃つのはほぼ同時だった。

 一瞬の後、叶は心臓を貫かれて崩れ落ちる……筈だった。

 

「……ふっ!」

 

 気合いと共に、叶は素早く抜刀。見事、銃弾を叩き斬ってみせた。

 すかさず楓が分身に接近し、その頭に踵落としを食らわせる。分身は嫌というほど地面とキスした後、静かに消滅した。

 

「……いやほんとバケモノだわ。銃弾ぶった斬るって……アニメじゃあるまいし」

「現実はなんとかより奇なりって言いますから!」

「そこまで出たなら正しい答え言おうよ……現実は小説より奇なり、ね」

「そうそれ!」

 

 いつも通りの叶にため息をつき、楓は辺りを見渡す。

 分身は相変わらず現れない。

 という事は──他の仲間も上手くやっているのだろう。

 なら心配する事はないかと思い、楓は警戒を解く。異能を活用した事で疲れていたからだった。

 それは叶も同じなのだろう。静かに息を整えている。 

 

 夜の帳が落ちきった中で、少女たちは束の間の休息に身を任せたのだった。

 

   *   *   *

 

 ──翔一・零導サイド

 

 鮮真翔一(しょういち)と朝倉零導は分身の携帯型異能を持つ男と対峙していた。

 敵は分身を無制限に生み出してくる。先程までは他の場所にも分身を送り出していたのだが、翔一と零導があまりにも強すぎるからか、自分の身を護るために分身を展開していた。

 

「キリがないな……」

 

 翔一は分身を次々に撃破しながらそうボヤいた。元々、彼の異能は長時間の戦闘には向いていない。少しなら根性で何とかできるが、それでもあまり長引くとこちらが不利になってしまう。

 しかし、その分戦闘能力は絶大だった。現に分身は生み出された傍から撃破されていくため、ほとんど活躍せずに終わっていた。

 

 鮮真翔一──異能力名「血風刃」

 この異能はふたつの機能に分かれている。ひとつめは血を操る力で、ふたつめは躰や神経のスピードを引き上げる力である。

 翔一は爪で自分の躰に傷を付け、そこから溢れる血を剣に加工して戦うというスタイルを取っていた。血の量が多ければ多いほど剣の破壊力は増すが、その分だけ負担も大きくなる。それをスピードで補いながら戦うというのがいつものやり方だった。

 ただし、躰の内外から負担がかかるため、長期戦には向いていない。反面、超スピードを生かした戦闘方法により、雑魚狩りには多大なる効果を発揮する。

 

「リンドウ先輩!分身は俺がやります!本体の方をよろしくお願いします!」

 

 次々と分身を切り捨てながら、翔一はそう叫ぶ。

 その叫びを受け、分身の壁を無理やりぶち破って本体に接近する影があった。朝倉零導だった。

 

 朝倉零導──異能力不明

 零導は異能を使わない。持っていないのか、あるいは敢えて使わないのかは判然としていないが、異能力者揃いの仲間内の中では異質だった。

 その代わり、妹である朝倉紗由が開発した武器を所持していた。戦闘能力は極めて高く、武器の性能も手伝って並の異能力者程度なら楽々と撃破できる実力を持っている。

 

 零導は手に持ったブレードを本体の肩目掛けて振り下ろす。

 それはナイフであっさりと防御され、男はしてやったりとばかりににやりと笑った。

 

「おいおいそんなもんか?ガキはどこまで行ってもガキだなぁ!」

 

 安い挑発。しかし、零導は動じず、代わりに一言呟いた。

 

「……馬鹿だな」

「あ?テメェ、今なんて──」

 

 その言葉を言い終わらないうちに、ナイフの刃が半ばから折れ、ブレードは男の肩を深く切り裂いた。

 

「ぎ……ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「防御をしなければ、簡単に傷をつけるだけで済んだのに。勢い余って斬ってしまった」

 

 男の肩からは血が吹き出し、骨も砕けている。先程までの威勢はどこへやら、男は肩を抑えながら地面を転がり回った。

 零導が持っているブレードは「粒子加速型高周波振動刀」という。これを作った紗由曰く、高周波を発する事で振動を発生させ、切断性能を向上させる機能を備えているとの事だった。明らかにオーバーテクノロジー気味だが、紗由が作るものはこんなものばかりなのでそれを指摘する人間はいない。

 零導はブレードに付着した血を払うと、男を見下ろした。男は泡を吹いており、完全に戦意を喪失している。

 

 ──ただし、それは本体に限った話だった。

 

 男の分身は本体がやられているのを見ていきり立ち、零導に襲いかかった。ナイフと銃弾に狙われた零導は無防備で、分身たちは勝利を確信した。

 だが、

 

「させねぇよ」

 

 その間に翔一が割り込み、血の剣を無造作に振って銃弾やナイフを受け止める。

 それに加えて分身たちの首は一瞬にして切断されていた。彼らが自分の死に気づいたのは翔一が異能を解除した後の事で、それほどまでに翔一の攻撃は素早かった。

 

「お疲れ様です」

「ああ。怪我はないか?」

「大丈夫です。これで神永や御剣の所にいた分身たちも消えただろうし」

「そうだな」

 

 翔一は男の手から携帯型異能を奪い取り、着ていた上着のポケットにそれを収める。あとはこれと男を回収班に引き渡せば、自分たちの任務は終了する。

 

「後は……赤坂と和樹か。助太刀した方がいいかな」

「いや、問題ないだろう。恐らく、もう決着はついているだろうからな」

 

 翔一の呟きにそう答えて、零導は空を見上げた。今日は快晴だったので、星が瞬いている。

 とりあえず男を監視する事にして、ふたりはその場で待機した。

 

 そして、小鳥と和樹は──

 

   *   *   *

 

 ──小鳥・和樹サイド

 

 小鳥と和樹は火炎の異能を持った男と対峙していた。

 男の異能は炎を操るというシンプルなものだったが、それを活かして炎の壁を張り、接近戦になるのを防いでいる。加えて炎の弾丸を連射してきているため、ふたりは防戦一方となっていた。

 

「バカスカ撃ちやがって」

 

 和樹は弾丸を相殺しながら舌打ちをした。教会からは少し離れているので、建物に直撃する恐れはないものの、辺りが森なので燃えたら大惨事になる。仕方がないので異能を活用し、相殺しながら戦っていた。

 

 茨羽和樹──異能力名「アクセルボルト」

 異能力名からも分かるように、雷を操る能力である。人体に備わる生体電気を増幅させたり、脳からの電気信号の速度を引きあげたりと、汎用性が高い異能力となっている。とはいえ、炎とぶつかって爆発したら大変なので異能の使用は最小限に留めている。

 

「小鳥、どうするよ?」

 

 同じく防御に専念していた小鳥にそう叫ぶと、ややあってから返事があった。

 

「このままだとキリがないし、あたしが活路を開くから和樹は無力化して」

「まあそれしかねぇよな……というかなんでもっと早くやらなかったんだ?」

「相手の動きを確認してたんだよ。奥の手で大爆発とかされたら嫌だし」

「まぁ、気持ちは分からなくもねぇな」

 

 小鳥はにっと笑うと、「……んじゃ、行くよっ!」と叫び、愚直にも突撃していった。

 当然、炎の弾丸が迎撃する。しかし小鳥はそれをひょいひょいと躱していき、あっという間に炎の壁の前へと至った。

 

「へっ!その壁に突っ込んだら燃えて死ぬぞ!昔みたいに薄くねぇからな!」

 

 過去に異能を破られた経験でもあるのか、男はそんな事を言った。

 確かに炎の壁は分厚い。通り抜ける事は不可能だろう。

 しかし、

 

「残念、あたしに異能は効かないよ!」

 

 小鳥は左手を前に突き出す。

 その手が炎の壁に触れた瞬間、壁の一部が破られた。

 

「………へっ?」

 

 呆気に取られている男に構わず、小鳥は左手を無造作に振る。壁は裂いたように破られていき、人がひとり通れるほどの隙間が完成した。

 その様子を見て、男が冷や汗をダラダラながしながら、震える声で呟く。

 

「ま、まさか……異能無効化(・・・・・)か?」

「正解!」

 

 あっけらかんとした小鳥の答えをきいた男は顔を真っ青にして、「う、うわあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」と叫びながら炎の弾丸を連射してきた。何かのトラウマを刺激されたかのようにも見える反応だった。

 対する小鳥は左手を無造作に振り、防御していく。だが、弾丸の数は多かった。そのうちに防御が追いつかなくなり、炎の弾丸が小鳥を焼き付くさんと襲いかかってくる。

 

「や、やれっ!やっちまえぇぇえええええっ!」

 

 発狂する男に対し、小鳥はにっこりと笑い──

 

「だから、当たらないってば」

 

 超至近距離から放たれた弾丸をやすやすと回避してみせた。

 

「和樹、後は頼むよ」

「あいよ」

 

 そんな声と共に、小鳥の後ろで移動していた和樹が前に出た。

 放心した様子の男の首元に指を当て、能力を発動。バチンという音と共に、男の意識を刈り取った。

 

「制圧完了したよー」

『こっちも終わりましたー』

『こちらも終わった。お疲れ様』

 

 これで、全員が無事に敵勢力の制圧を完了した。

 小鳥は伸びをすると、戦闘の様子を監視していた夜宵にこう言った。

 

「よいちゃん、終わったよ。みんな怪我もないし、周りにも被害はないよ」

『うん、お疲れ様。回収班はあと二分くらいで来るから、引き継ぎして解散してね』

「あ、それなんだけどさ。この後和樹の家でご飯食べる事になったんだ。みんなはどうする?」

 

 インカムからは「行くー!」とか「おなかすいたー!」とか、様々な声がきこえてきている。どうやら、全員が茨羽家で夕食を食べるようだった。

 

「……って感じだけど、よいちゃんは?」

『わたしもいていいの?あまり役に立ってないけど……』

「よいちゃんはいつも後始末してくれてるし、反対する人はいないよ」

『……分かった。仕事を終わらせてから行くから、少し遅くなるけど大丈夫?』

「了解ー!じゃあ、先に行ってるね」

 

 夜宵にとっては、これからが戦場となる。

 回収班への指示や、報告書の作成、戦闘記録を異能研に送付するなど、雑用が山のようにあるからだ。それをひとりでこなすのは大変だが、夜宵は「わたしにできるのはこのくらいだから」と言って業務をこなしていた。

 本来ならメンバーの後方支援も行う筈だったが、今回は支援は全く必要なかった。それほどまでに各員が実力をつけていたのだ。

 「HELLO WORLD」──新世代の防人の活躍は、街に確かな安寧を齎していた。

 

 

 その後、やってきた回収班に引き継ぎを済ませ、小鳥たちは和樹の家へと向かった。

 戦いを終えて夜道を歩く少年少女たちを、夜空に浮かぶ月が優しく見守っていた。

ぶっちゃけ、いまの無題って……

  • 面白い
  • 面白くないから打ち切りにしろ
  • 無題に面白さとか求めてないから続けろ

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