無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#3「群青色の始まり(前編)」

 仕事を終えた夜宵が茨羽家に到着したのは、作戦終了後から一時間半後の事だった。

 もう手馴れたとはいえ、時間がかかる仕事なのは変わらない。だけど、自分にできる事なんでこのくらいしかない。前線で戦っている小鳥たちに比べれば、遥かに楽な業務だといえるだろう。

 外は暖かかった。あまり外出しないので分からなかったが、季節はいつの間にか春を過ぎていた。自分がここに来てから、はじめての春だったのに何もしなかった事が少し残念だった。

 みんなで桜を見に行きたかったなぁと思いながら呼び鈴を押そうとした、その時──

 

「夜宵?」

 

 背後から声をかけられ、驚いて振り返る。そこにはひとりの少女がいて、「夜宵も今来たところなんだ」と微笑みながら言った。

 

「紗由ちゃん……武器の調整はもういいの?」

「ふっふっふ……無事に仕上がりましたよぉ〜。みんなに見せるのが楽しみでしかたないぜ!」

 

 ニヤリ、と心底嬉しそうに笑みを浮かべるこの少女は名を朝倉紗由という。作戦に参加していた朝倉零導の妹であり、若き武器職人でもあった。

 左が紫、右が金というオッドアイに、薄青色の髪の毛、そして小柄な体躯という外見的特徴からは、凄腕の武器職人という印象は感じ取れない。だが、紗由の武器は異能対でも使用されているもので、高校生でありながら武器の作成で生活できるほどの収入を得ていた。

 武器の調整が忙しかったので作戦には加わっていなかったが、こうして現れたところを見ると、無事に終わったのだろう。

 

「それじゃ、中に入りますか」

 

 紗由が呼び鈴を押すと、ややあってからドアが開き、ひとりの女性が姿を現した。

 

「夜宵ちゃん、紗由ちゃん、こんばんは」

「こんばんは、陽香(ようか)さん」

「お邪魔します!」

「いらっしゃい、みんなはリビングにいるよ」

 

 女性の名は茨羽陽香。和樹と帆紫の母親で、職業は医者である。

 年齢は三十代後半といったところだろう。しかし明らかに二十代前半にしか見えない。下手をすれば大学生でも通ってしまいそうなほど、若々しい見た目をしていた。

 靴を脱いでリビングに向かうと、賑やかな話し声がきこえてきた。茨羽家のリビングは狭い方ではないが、十人以上いるとさすがに狭く感じる。

 

「お、よいちゃんとさよりんだ!おつかれ〜!」

 

 ちょうど席を立っていた小鳥が嬉しそうに手を振ってきた。子犬みたいだなぁと思いながら、空いている箇所に座る。

 ちなみに紗由はちゃっかりと兄の隣に座っていた。みんな気付かないフリをしているが、紗由はブラコン気味である。

 場は既にカオスな状態と化していた。楓、叶、和樹、翔一はテレビゲームに興じているし、その隣にいる零導は麦茶を飲んでいる。小鳥はキッチンに行って料理を手伝おうとしていたが、陽香に言いくるめられて阻止されていた。小鳥の料理は劇薬なので正しい判断ではある。 

 零導の対面にはひとりの少年が座っていた。はね気味の髪に、黒縁の眼鏡。全体的に温和そうな雰囲気を纏う少年だった。

 その隣にはひとりの少女がいて、こちらは零導に話しかけている。黒みがかった紫色の髪に、黄金色と黒のオッドアイ。落ち着いた雰囲気を纏う少女だった。

 少年の名は東爽介で、少女の名は茨羽帆紫。ふたりとも夜宵たちの仲間だったが、先程の作戦には用事があり参加出来ていなかった。

 夜宵は紙コップにジュースを注ぎ、ごくごくと飲む。それからテーブルの上にあった料理を取り、口に運んだ。料理は帆紫が作ったもので、とても美味しかった。

 

「お、みんな揃ったのか」

 

 突然、背後からそんな声がきこえた。振り向くと、ひとりの男性がリビングに入ってきたところだった。

 男性は黒髪に赤メッシュ、赤と灰色のオッドアイという出で立ちをしており、和樹によく似ていた。否、和樹が男性に似たのだろう。

 名を、茨羽巧未(たくみ)という。茨羽家の家長であり、何でも屋を経営していた。

 

「巧未さん、こんばんは。急に来ちゃってすみません」

「いや、大丈夫だ。帆紫も和樹も翔一も、みんながいた方が喜ぶからな」

 

 翔一はとある事情があり、茨羽家に引き取られている。彼らは本当に仲がいいので、夜宵はそれがとても羨ましかった。

 茨羽は冷蔵庫からビールを出すと、それを立ちながら呑んだ。ある程度呑むと満足そうな表情をし、口元を拭った。まさに大人の男といった仕草である。

 

「そういえば夜宵ちゃんがこの町に来てから半年か。随分と早く感じるなぁ」

「親父、ジジくさいこと言うなよ」

 

 和樹がゲームの画面に目を向けたままそうツッコむと、みんな爆笑した。

 夜宵もつられて笑いながら、(もう半年になるんだ……)と思った。確かに、時の流れが早い気がする。

 

「記憶はまだ戻らない?」

 

 キッチンから戻ってきた陽香がそうきいた。その後ろには小鳥がいて、こちらは皿を運んでいる。

 

「はい……まだ、何も思い出せないです」

 

 夜宵が言うと、場が少しトーンダウンした。それに気付き、「でも、毎日が楽しいです!みんなとも出会えたし……」と言うと、場の雰囲気はすぐに戻った。

 

「そっか……でもこればかりは時間に頼るしかないね。原因も分からないし……」

「陽香、医者として何か分からないのか?」

 

 茨羽が陽香にきくと、彼女は腕組みをして、

 

「うーん……私は脳外科じゃないし、詳しい事は分からないけど……でも、異能的なものじゃないね。赤坂くんとか小鳥ちゃんの能力でも治せなかったし」

「そうか……まぁ仕方がないか……夜宵ちゃんがここでの生活に慣れてきたのはよかったよ」

 

 茨羽の言葉に、夜宵は頷く。

 夜宵がこの町に来たのは半年前だが、それ以前の記憶が全くなかった。最初の記憶は雨の中で倒れているというもので、そこを小鳥に救われたのが仲間に加わるきっかけだった。皐月日夜宵という名前も、その時の持ち物に書いてあった名前で、実を言うと本名かどうかも分からない。

 ただ、それに関しては仕方がないと割り切っていた。今の生活は楽しいし、過去を思い出してそれが変わってしまうのが怖かったからだ。

 話が一段落したところで、翔一が茨羽にきいた。

 

「そういえば巧未さん、今まで仕事だったんですか?」

「ああ、異能硏から頼まれていた例の異能(・・・・)について調査をな」

「あの異能、まだ見つかってなかったんだ……」

 

 会話をきいていた帆紫がそう呟いた。

 最近は異能力者の確保で忙しかったので、そちら(・・・)の方は手薄になっていた。メンバーの中で最も時間があるのは自分なので、もう少し調査を進めなきゃな、と反省する。

 いつの間にか小鳥が隣にいた。夜宵が視線を向けると微笑んで「もう半年になるんだね」と呟くように言った。

 

「そうだね……」

 

 夜宵は頷くと、周りをぐるりと見回す。

 仲間たちのバカ騒ぎの中に自分も加わるなんて、当時の自分は思いもしなかっただろう。

 喧騒に包まれて、いつの間にか夜宵は過去を追想していた。

 「HELLO WORLD」に加わり、仲間たちと出会うきっかけとなった時の事を──

 

   *   *   *

 

 夜宵が小鳥に助けられ、無題荘に住み始めてからしばらく経った頃。

 夜宵は車に乗り、異能研を目指していた。といっても、夜宵が運転しているわけではない。

 車を運転しているのはひとりの男だった。赤と黒のオッドアイに犬耳のように立った寝癖が特徴的な男で、名を赤坂蜥蜴(あかさかとかげ)という。最も、彼を知る者はもうひとつの呼び名である無銘(むめい)という呼び名を使用しているので、本名で呼ばれる事はあまりない。赤坂という名字から分かるように、小鳥の父親でもある。

 夜宵は後部座席に座っており、その隣には小鳥が座っている。どうやら夜宵のために車を出してくれたらしく、とても申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 

「そうだよいちゃん、異能研ってどんなところか知ってる?」

 

 窓の外を見ていると、夜宵を気遣ってか、小鳥が話しかけてきた。

 

「えっ?うーん……霧ヶ峰(きりがみね)さんからある程度はきいたよ。なんでも、異能対策室の室長さんがすごい人だとか……」

 

 霧ヶ峰というのは、夜宵の後見人である男……霧ヶ峰勘助(かんすけ)の事である。かつては無題荘の管理人をやっていたが、現在は異能省の長官となっている。東京にいるためあまり会う機会はないが、記憶を失い、戸籍すらも存在しない夜宵に対して、様々な援助をしてくれた人物だった。

 

「すごい人って……ま、間違ってはいないよ」

 

 小鳥はそう言って苦笑する。

 夜宵が首を傾げていると、運転している無銘がその理由を教えてくれた。

 

「対策室の室長は霧ヶ峰の前に異能省の長官をしていたんだけど、現場志向が行き過ぎて任期を終えてからすぐに異能研に出向して対策室の室長になった人なんだ。霧ヶ峰はその後始末を押し付けられたからあちこちで悪口を言いふらしているんだよ」

 

 ま、悪口かどうかは分からねぇけどな──そう言って無銘は薄く笑った。

 

「は、はぁ……すごい人なんですね」

 

 困惑する夜宵を乗せ、車は異能研へと向かっていった。

 

   *   *   *

 

 十分ほど走ったあと、車は異能研へと到着した。

 

「ここが異能研……」

 

 最初に抱いた印象は、監獄だった。

 研究所というと清潔で明るいイメージがあったが、目の前に聳え立つ建物からはそのような印象は感じ取れない。むしろ、建物を前にするだけで威圧されるような雰囲気を纏っている。

 

「当時のお偉いさんが予算をケチってな……元々あった建物を改修したものなんだよ」

 

 車から降りた無銘がそう言って、建物を見上げる。

 その瞳には怒りにも似た感情が浮かんでいたが、その理由はきけなかった。

 建物の中に入ると、予想に反して明るい雰囲気が満ちていた。受付らしきカウンターでは男性が暇そうに端末を弄っているし、白衣を着た研究者がひっきりなしに行き来している。

 夜宵が辺りを見回していると、スーツを着た女性がこちらに近づいてきた。長い黒髪に紫色の目の女性で、かなりの美人だった。

 

「こんにちは、無銘さん」

「ああ、桜井(さくらい)か。久しぶりだな」

「依頼についての要件ですか?所長は現在外出中でして、もうしばらくお待ちいただく事になりますが……」

「ああいや、今日は付き添いだ。霧ヶ峰が後見人になったっていう例の子を連れてきた」

 

 無銘の言葉をきいて、女性の視線がこちらに向く。綺麗な瞳に見つめられ、夜宵はどぎまぎとした。

 

「あ、えっと……皐月日夜宵といいます」

「あなたが霧ヶ峰さんの……初めまして、桜井(めぐみ)といいます」

 

 女性──桜井恵はそう言ってお辞儀をした。つられて夜宵もお辞儀をする。

 

「あ、恵さんだ。久しぶり〜」

「小鳥ちゃんも来てたんですね。お久しぶりです」

 

 着いてすぐ姿をくらませていた小鳥が戻ってきて恵に挨拶をした。どうやらお手洗いに行っていたらしい。

 

「……まぁ、そういう訳だ。室長はいるか?」

「部屋にいます。ご案内いたしますね」

 

 恵はそう言って歩き始める。夜宵と小鳥はそれについていったが、無銘はロビーに留まったままだった。

 

「あれ、お父さんは行かないの?」

「オレは付き添いだからここまでだ。桜井、真中(まなか)はいるか?」

「真中は作戦行動中なので不在です」

「そうか……あ、そうだ。なら海月(くらげ)はいるか?」

転寝(うたたね)さんですね、彼女ならいつもみたいに資料室にいますよ」

「なら、資料室に行くかな……小鳥、終わったら連絡よろしく」

「おーきーどーきー!」

 

 小鳥が敬礼すると、無銘はひらひらと手を振って歩き去っていった。

 

「私たちも行きましょうか」

 

 恵にそう言われ、夜宵と小鳥は彼女の後について歩き始めた。

 

   *   *   *

 

「……ねぇ、こっちゃん」

「ん?」

「今日呼ばれたのって……」

「あー、行けばわかるよ」

 

 そんな会話を交わしながら廊下を歩く。夜宵はなぜ自分が呼び出されたのかが分からなかったため、少しばかり不安だった。

 やがて、「異能対策室」というプレートが貼ってある部屋の前に到着する。恵はドアをノックして「桜井です。入ります」と言ってからドアを開けた。

 室内にはいくつかの事務机が並んでおり、隅には休憩用のスペースと思われるソファとテーブルが置いてあった。机はほとんどが空席だったが、ひとつだけ人が座っていた。

 その人物は見ていた書類から顔を上げ、夜宵たちの方に視線を向けた。少しはね気味の黒髪と着ているスーツが釣り合っていないように思える男性で、メガネをかけている。

 

「桜井くんか……ご苦労さま。適当に休憩をとってくれ」

「了解しました」

 

 恵は自分のデスクに座り、背もたれに躰を預けて少しばかり弛緩する。夜宵と小鳥はどうしたらいいか分からなかったのでその場に立っていた。

 

「ああ、そこのソファにでも座ってくれ。応接セットがなくてごめんね」

 

 男性は温和な口調でそう促した。ふたりが休憩スペースのソファに座ると、男性はその対面に座った。

 

「君が皐月日夜宵さんか。霧ヶ峰さんから話はきいているよ」

「は、はい……初めまして」

「赤坂さんも久しぶり。活動は順調かい?」

「はい!ばっちりです!」

 

 男性の言葉に対して、夜宵はおずおずと、小鳥は元気に返答する。

 男性は微笑んでから、思い出したように名刺入れを取り出し、夜宵に名刺を差し出した。

 

「申し遅れたね。僕は泊亮一(とまりりょういち)。異能対策室の室長をやっている者だ」

「よ、よろしくお願いします……」

 

 夜宵が名刺を受け取ると、亮一は「それで、早速本題に入るんだけど……」と前置きして、こう言った。

 

「皐月日さん、きみに異能対策室の補助組織……“HELLO WORLD”に加わってほしいんだ」




後編に続く。
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