「ふぁーあ、よく寝た。今は…」
マテリアルが起きたのは5日目夕方。ほとんど丸一日を睡眠に費やしてしまった。これも【天邪鬼】の反動で使用時間に比例して疲労も増していく。その上、今回は【絶対防御】の他にも反転させたものがあったがために余計に疲労したのであった。
「なんだか頭がぼーっとする。4日目の夕方までなら記憶にあるんだけど」
ペインと戦った後から記憶がないようだ。これは新作の【身体装甲】闇を使ったのが原因だろう。みんなの様子を見ようと【探知】で合流すると
メイプルは、全身を完全に包む羊毛の塊からニョキニョキと兵器を生やして、ユイとマイに担がれながら拠点を歩き回っているという状況だった。
何をやってるんだろうという考えは当の既に置いてきた。受け入れるしかあるまい、これがメイプルなんだということを。
「あ、起きたんだ。よく眠れた?」
サリーが話しかける。
「はい、でもちょっと体調が優れないですね。昨日はあの後いったい何があったんですか?」
「マテリアル、昨日戦った後に突然倒れちゃったんだよ」
あの合流後、マテリアルは【身体装甲】を解除したと同時に倒れてしまったのだ。
「そう、ですか。すみません。運んできてもらったんですよね。」
「あー、うん。まあシロップに乗せてもらったから後でシロップに感謝したらいいと思うよ」
「はい、メイプルさんにもお礼を言わないといけませんね。」
「うん、すぐに言っておいた方がいいよ。」
サリーに急かされ、マテリアルはメイプルの元へ向かう。
「あ、サリーさん」
何かを思い出したかのようにサリーの元へと戻る。
「どうしたの?」
「ありがとう」
何気に今作、初めてまともにマテリアルが笑顔を見せた場面だった。
そうしてランキングも特に変動することなく五日目を終えたメイプル達は通常フィールドへと転移した。
転移してから数秒後、各プレイヤーの目の前に青色のパネルが浮かび上がり今回の最終順位を表示する。
「今回も三位だ!」
ちなみに一位は【集う聖剣】、散々振り回された【炎帝ノ国】は八位という結果であった。
「そう言えばメイプルは最初のイベントも三位だったね」
十位までならば報酬は変わらないためより上位を目指そうとはしていなかったが、大規模ギルドのオーブのポイントをまとめて手に入れることが出来たことが大きかったのだ。
そうしている内に最高ランクの報酬がパネルに表示される。
銀のメダルが五枚に木製の札が一枚。ギルドマスターであるメイプルには全ステータスを5%上昇させるギルド設置アイテムも贈られた。
~~~
メイプルの無事十位内に入ることが出来たことを祝ってパーティーでもしようという案に全員が賛成したため、数日後に【楓の木】で打ち上げを行うこととなった。
イズは【料理】スキルも最大まで上げてあるため料理も絶品らしい。
〈パーティー当日〉
しかし、メイプルが食材を買ってくると言ったきり帰ってこないのだ。
「おかしい、こうなることも見越してマテリアルも一緒に連れて行かせたっていうのに」
サリーが不安がるのも仕方ないが結局はいつものことで済まされるのだろう。そんなことを考えているとちょうどメイプルが帰ってきた。
「おかえり、メイプル。で、後ろのみんなは?」
後ろに立っているのは【集う聖剣】と【炎帝ノ国】の人たちが4人ずついた。連れてきた原因はと言うと成り行きだそうだ。マテリアルもこのコミュ力見習って欲しい。
イズがそれに対応して8人前の料理を追加で作り始める。【楓の木】メンバーが少なくて助かった珍しい場面だろう。
「あれ?そういえばマテリアルは?」
お守り係として連れて行かされたマテリアルの姿が見当たらない。
「え、そこにいない?」
メイプルは後ろを向くがいたのはミィだった。流石のマテリアルもそこまで身長は低くない。
「私達がメイプルと会った頃にはいなかったが」
ミィが答える。となると結構前になる。
「え、もしかして迷子になっちゃった!」
「いや、メイプルが迷子になったんじゃないの」
サリーが呆れた顔で言い放つ。
「いや、彼は【探知】が使えるからそんなことはないだろう」
ミィのご明察。さすがはカリスマリーダーというところだ。
サリーの推測によると、マテリアルは自らメイプルと別れた、もしくは【探知】が使えなくなって帰れなくなった、もしくはその両方だった。
マテリアルは極度の方向音痴にもなり得るので街中ではほぼ常に【探知】を使用している。故意的にいなくならなければどうやってでもギルドへ着けないわけがない。
さて、サリーの予想だったがどうやら両方とも違ったようだ。
〈現実世界にて〉
「いらっしゃい、雪村君。」
目の前にいたのは落ち着いた声をした初老の男性だった。
「…あなたは誰ですか」
どこからどう見ても嫌そうな顔をしている。それもそうだ、ゲームから突然強制ログアウトされた上に知らない場所に移動させられていたのだ。夜景の綺麗そうな一室である。まあ、男同士で見ても1ミリも嬉しくはないだろうが
「まあまあ、そう怒らないでくれ。急に連れてきたことは謝ろう。すまない」
「いや、謝罪を要求しているわけではありません。ここにいる理由を知りたいんですが」
「君も薄々気づいているんではないのかな?私はNWOの制作責任者だ。」
雪村は落ち着きながら次の言葉を発する。
「…そんな人が何の用事があるっていうんですか」
「さて、雪村君。ここで質問だ。人々は何故能力を手に入れることができる?」
「…能力、ですか?」
唐突な話に雪村は理解が追いつかない。
「ああ、人間は歩き、自転車に乗り、ときに難しい数学の問題を解く。何故そんなことができると思う?」
雪村はしばらく口を閉ざした後、ボソッと呟いた。
「…努力したからではないでしょうか」
それを聞いた老人はにっこりと微笑み
「おおよそ正解だ。私はね、能力は個人が時間と労力を割いて、努力してできるものだと思っているのだよ。ここで、だ。時間も労力も使わずに得た能力はあると思うかな?」
「ないと思います。」
即答で、はっきりと言い切った。
「まあ、そうだね。何もせずに得られる能力なんてないんだ。呼吸ができるのだって赤ちゃんのときにたくさん泣いたお陰だからね。」
ゆっくりと老人は話し続ける。
「だから結局、何が言いたいんですか」
いまいち話の焦点が掴み切れない雪村は口調を強めた。
「まあまあ、そう早まらないで。老人の話に付き合ってくれよ」
それ対して全く声色の変わることのない老人。
「ここからが本題さ。人間が本来、10の時間と労力を使って得る能力があるとしよう。しかし、君は5だけでそれを得た。何が起こると思う?」
「……………」
雪村は答えることができなかった。思いついた答えがあまりにも口には言い出せなかったことだったから。
「ツケが回ってくるんだ。その分の5が更に大きな負担となってね。思い当たる節はあるかね?」
「……はい」
しばらく考え、頷く。それは自分の身に何か良くないことが起こっているのを認めることであった。
「君は本当に物分かりが良いね、だから君はここで知らなければならない。何で君がここに連れてこられたのかを。」
老人の口から出た言葉は雪村にはあまりにも衝撃的だった。
「NWOをもう辞めてくれ」
落ち着いた、しかし悲しげな声だった。ゲームを楽しんでいた雪村に言うのは酷だったのだろう。
「…どうして」
珍しく声が震えていた。
「だからどうして君はそんなにも確認したがるのかね?」
「まだ、まだ始まったばかりなのに」
「君がNWOで行ったこと、それは危険を重ね過ぎたんだ。」
「違う」
「自己創作スキル、本来は誰の手にも渡るはずのなかったスキル。これは危険だ。」
「違う、あれは運営からのスキル。危険なわけない。」
「それだけならまだ良かった、【天邪鬼】これも良くない。元々あったものを反転させる、これは対モンスター用に作られたスキルだった。もし、自分に使いでもしたら使用者に大きな負担がかかる。」
「違う、使い方が間違っていたなんてことは」
「最後に、トドメとなったのが第三回イベントの4日目、12時39分。【天邪鬼】による運営からのステータス降下の反転。4回分の降下を一瞬で捻じ曲げた。川の流れに逆らうことは流れに乗るよりも断然負担がかかるんだ。」
「違う、そんなわけ」
「現状、君の脳には多大な負担がかかり、疲労しきっている。ゲームをやめさせようと間接的に頑張ったけど全部無駄だったしね。」
不死鳥の出現、装備の大破、【天邪鬼】を使用すればするほど増えていった急激な疲労。この全ては偶然を装って雪村をゲーム離れされるための運営の仕業だ。直接言ったとしても雪村には気づかれなかっただろうし、気付いたとしても無視していただろう。
「あれはただ運が悪かっただけで」
「こんなに上手くいかないプレイヤーがいたと思うかい?いや、そんなわけない。ゲームの世界だとしても現実と同様に確率は収束する。」
現実を突きつけられた雪村、口が固く閉ざされた。そのまま沈黙が続き、脳内の処理が落ち着いたのか声を発した。
「どうしろって言うんですか」
結局、話をまとめ切れなかったのだろう。これも、脳の負担による影響なのだろうか。
「さっきも言った通りだ。2度とVRの世界に潜ってはいけない。これが私からの警告だ。破ったら、わかっているね?君の健康に支障が出る。最悪の場合、死ぬよ?」
「そんなこと言われたって、納得いきません。」
雪村の意見もごもっともだ。しかし、
「利用規約に書いてあるんだ、第6章5節今作において健康に害を及ぼすと判断された場合、プレイを中止して貰います。どちらにしろ、君はこのゲームでできることはないんだ。」
「うぅ」
利用者に害が出た場合、止めるのは運営の役割だ。雪村にNWOへログインする術はもうなかった。
「これは、運営としての私の責任でもある。君がNWOで稼いでいた分の示談金はもちろん払おう。今後、君が生活に困らない程度に給付もするつもりだ。」
雪村は独自にNWOの攻略法を書き記した記事を投稿していた。その広告料で少なからず生活の足しにしようとしていたのだ。
「お金が、欲しいわけじゃないんです。」
声が震えている、目には涙が溢れんばかりだ。
「…私達が君にしてあげられることはこれだけしかない。本当に申し訳ない。」
最後に渡されたのは病院の紹介状と必要な治療費だった。しかし、その額は日本の治療では有り余るほどある。慰謝料も追加されているのであろう。そのまま雪村は手術のため、病院に搬送された。
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この知らせが【楓の木】に届いたのはマテリアルが失踪してから1週間経った頃だった。しかし、文面には本人の意向で『規約違反を犯した』ということになっている。心配させないがために起こした行動だった。
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手術は無事成功した。その1週間後に雪村は目覚めた。
1週間眠っていたとはいっても、大したものではない。日頃の疲労が放出されていたのだ。それよりも、メンタルケアの方が重要とされている。本人は『大丈夫』と言っているが明らかに目が虚ろである。生きているものを見ているようには見えない。まるでゲームを没収されたときの子供のようだ。…いや、今がその状況だ。他に例えるなら、糖尿病患者に甘いものを食べることが許されない甘党である。
「雪村さん、食事の時間ですよ。」
看護師が昼食を持ってきた。さすが病院食と言ったような、雰囲気が既に薄味の食事である。
「すみません、食欲がないので」
出された食事を拒否する。それに対して
「3日も何も食べていないと危険です、いくら点滴をつけているからって」
点滴での栄養補給、これがあれば最悪死ぬことはないだろう。しかし、身体は維持できても精神は維持することができなかった。
「すみません、そこに置いておいてください。後で食べますから。」
その言葉を聞くと、看護師はその通りにして病室から去っていった。
「はぁ…」
ため息をこぼす雪村、虚ろな目で窓の外を眺める。大樹が1つ、季節相応に葉を落としていた。
「最後の葉っぱが落ちた時、僕の命はもうない」
「…またあなたですか。これで3回目ですよ。」
入り口から入ってきたのは病院に搬送した張本人の老人だった。雪村は残念そうに入り口を見る。
「まあまあ、いいじゃないか。それより、ここの病院親族から入れないから内緒だぞ?」
「それ、昨日も聞きました。」
「今にでも追い出そうとしそうだから言っているんだよ。」
雪村はナースコールをしようと手にリモコンを握っていた。雪村に見舞いに来るような親族はいない。田舎には祖父母がいるが心配をかけたくがないために内密にしていた。
「今日は何の話をするんですか、また経済とか」
老人はどうやら雪村の暇潰しにといつも話をしてくれる。まあ、本人がどう思っているかは知らないのだけれど。
「えっと、確か株の話はしたかな?」
「それ、昨日しました。仮想通貨で例えたやつですよね」
「おやおや、嫌そうな顔して覚えているんだね」
「それ以外やることないですから」
前回同様、雪村は老人の話を流し聞きした。老人は「また来るよ」と言って部屋から退出した。
「くだらない投資の話だった…」
今日もまた1つ、無駄な知識が増えてしまった。結局は株の話である。
そんなことを考えていると部屋の前に誰かの気配を察知する。部屋を見渡すと老人の帽子が掛けてあった。最初も忘れていたなと思い、珍しくベットから立ち上がり帽子を渡しに行こうとした。
「お爺さん、また忘れも…!?」
違った、そこにいたのは老人でもなく看護師でも医師でもなかった。
「良かった、やっと会えたね。マテリアル」
メイプルこと、本条楓だった。
本当に急展開で申し訳ありません。けど、伏線みたいなのは撒いておいたのでご勘弁を。次で本当に最終回です。