「…人違いだよ、っていうか誰それ、外国人の方?」
一瞬の沈黙の末、考え出した答えはこれだった。
「そう、ですか。すみません」
残念そうに楓は部屋から出て行っ
「あの、なんでそこに座ってるんですか?」
てはくれなかった。雪村は聞いた。そして、予想外の言葉が出た。
「だって、入り口にマテリアルって書いてあるから」
確認すると確かにそう書いてある文字があった。おかしい、さっきまでは雪村聡真とあったはずなのに。
「へぇ、悪戯する子供でもいたんだろうね。」
文字の位置は雪村がギリギリ届く程度、そんなわけがない。犯人は
(あの爺さん、一体どうしろっていうんだよ)
あの老人しかいないだろう。雪村の素性を知ってるのは彼しかいない。
「嘘はもういいよ」
先程までにっこりと笑顔を保っていた楓の雰囲気が変わる。小柄な身体ながらも、何か得体の知れない、これ以上ふざけたことは言えないような雰囲気だ。
「はぁ、お爺さんから話は聞いているんですよね。もう戻れませんよ?」
この場合、雪村が読めていたのは楓が何故入院しているのかまで言われていたということ。不正をしていたらこんなところまでわざわざ来るわけ…楓だったら来るかもしれない。
「うん、今日はマテリ…雪村くんとお話しに来たんだよ」
「そうですか…面白いことは話せませんよ?」
「別にいいよ、私が来たかっただけだもん」
雪村はそれを聞くと、ベットに勢いよく倒れ込む。
「え、大丈夫!?」
「はい、ちょっと疲れたから横になっただけですよ。ギルドの皆さんは息災ですか?」
「うん、みんな元気にしてるよ。マ…雪村君が来れなくて少し残念がっているけど」
「そうですか」と雪村も心なしか残念そうに呟き、軽く目を閉じる。
「昨日ね、第四層が解禁されたんだよ。それでね、三層のボスが本当に大変で…」
〈しばらくして〉
「ユイとマイだったらあっと言う間に「本条さん」な、なに?」
滅多に話を遮ることのない雪村が口を挟んだ。当然だ、楓の脳裏によぎったのは雪村がゲームをできないのに自分たちの楽しそうな様子を述べていること、それは雪村にとっては苦痛なことではないかということだ。
「そこのモンスター、おそらく【暴虐】では突破できないと思うので機械神で着実に攻略した方がいいです。」
「え?」
「あ、もしかして試しましたか?」
「あ…そういう意味じゃなくって。癪に障ったのかと思って」
「別に、そんなことありませんよ。」
「ゲームはもうしたくないの?」
「それはもっとあり得ないです。でも、皆さんが楽しんでいられるなら嬉しいんです。何故か自分のことのように」
以前の雪村だったらそんなことは思わなかった、いや思えなかっただろう。それを変えたのは
「だから、ありがとうございます。日もかなり落ちてきましたし今日のところはお帰りになられた方がよろしいですよ。」
「う、うん」
楓は荷物をまとめて部屋から退出しようとした。別れ際に
「また来るから」
「はい、待ってますよ。」
その一言を聞いて安心したのか、楓はエレベーターに乗って行った。
「…趣味が悪いですよ。」
「あれ、バレてたか。」
病室の花瓶に話しかける。生けている花に小型カメラが設置していたのだ。
「そっちの声は聞こえませんので一方的に話します。人の個人情報勝手に教えちゃダメじゃないですか。いくらギルドマスターにだからってメンバーの個人情報教えていいかとはなりませんよ。それに…」
〈しばらくして〉
「隠しカメラならもっと場所選んでください。光の反射で気付きましたし。けど、わざわざ呼んでくれてありがとうございました。」
最後の言葉は聞こえるか聞こえないかくらいにボソッと呟いた。言い終えると、雪村はカメラを握りつぶした。握力は何故か50kgを超えている。
〈翌日〉
「雪村さん、お見舞いの方ですよ。」
看護師が笑顔でこちらへ呼びかける。また爺さんだろうなと気だるそうにベットから上体を起こした。
「来たよ」
メイプルだった。予想外の2日連続に驚きつつもそれを悟られないように誤魔化す。
「そういえば、ここの病院って親族しか来てはいけないらしいんですけどどうやって?」
「え、普通に通してもらったけど」
ガバガバセキュリティである。しかも、雪村の病室はNWOの運営側の配慮で最上階であった。
もしくは、楓のコミュ力の賜物だろうか?その両方かもしれない。
「そういえば、雪村くんってお金持ちなんだね。こんなところに入院してるなんて驚いたよ。」
「そんなわけないですよ。あのお爺さんに半ば無理矢理入院させられたんです。実はお金持ちだなんてことはないですよ。」
雪村の入院する前の所持金は3桁。これでどうやって生活費を賄えというのか…
「そうだ、昨日言われたことを試してみたら上手くいったよ。」
「それは良かった。あ、みんなに言ってないですよね?」
雪村の事情を知っているのは楓だけだ。そして、他言はしないようにと警告されている。
「う、うん」
この表情はクロだ。完全にやっている。
「はぁ、約束の守れない人ばかりだ」
「で、でもみんな嬉しそうだったよ」
「そういう問題じゃないですよ。で、早速来ている人が1名」
雪村が病室の入り口を見つめると何かの音がした。
「サリーさん…いや、名前は聞いてませんでしたね。バレてますから出てきてください。」
「マ…雪村、久しぶり。私、白峯理沙っていうの。」
「そうですか、お元気そうでなによりです。」
「雪村も結構元気そうだね。いつ退院できるの?」
「健康状態ならもう問題ないですよ。でも、お医者さんがまだダメって仰っておりまして」
「へぇ、それにしてもこんなにお金持ちだったんだね」
「その下りはもうやりましたし、聞いてましたよね」
「気づかれてたか、流石だね」
「ちょっと、私だけ置いていかないでよ」
「「あ、ごめん/ごめんなさい」」
二人が息をぴったり合わせて言う。楓はまだ不機嫌そうに二人を見つめていた。
「…で、お聞きしたいことがあるのですが」
「どしたの?」
「私たちに話せることならなんでも言うよ」
「もしかして、ギルドメンバー全員にこのこと教えました?」
「うん、でもお見舞いには来られないって。住んでる場所が遠いから。」
どんなに遠くに居てもすぐ近くにいるように感じられるゲームの世界の凄さを改めて実感する。少し残念そうな表情になったのだが
「その代わりに手紙を書いてもらってきたんだよ」
ゲーム内で書いたものを現実世界で印刷してきたようだ。全く便利なものである。
「……長いですね。」
「雪村にみんなこれだけ感謝してるってことだよ。」
「そう、ですか。ありがとうございます。」
二人は手紙を渡して少し話したら退出した。
「お友達、お見舞いに来てよかったですね。」
看護師が雪村に話しかける。
「はい。」
雪村の虚ろな目が少し輝いていたように見えた。
~~~~~
「やっぱり、外の空気は美味しい。」
あれから数日後、雪村は医者からの退院の許可が降りた。医者曰く、精神状態が急激に回復していったらしい。本人は何故かわからなかったそうだったのだが。
雪村に残ったのは後遺症として月に一回の検査と普通に生活していたら死ぬまで有り余るであろう莫大なお金だった。
出口で鈍った身体を伸ばす。深呼吸したたき、心地よい風がちょうど吹いて気持ちがより安らいだ。
「待ってたよ。」
そこにいたのは楓だった。
「白峯さんはどこに?」
「先にダンジョンに潜ってるって。私たちも早く行こう。」
少し歩いて二人がついたのはいかにも家賃が高そうなタワーマンションだった。
「まさか、こんなところに住むところになるなんて」
雪村はマンションを見ながらそう言う。
「ほ、本当にお邪魔していいの?」
「はい、荷解きもちょっと手伝って欲しいですし。」
雪村の身体はゲームを始める前とは随分と変わってしまった。疲労が溜まりやすくなり、長距離を歩くことが苦しくなった。階段を数回登るだけでも息切れをしてしまう。
「やっぱり最上階になんてするんじゃなかった。」
雪村はゲームはともかく、現実では高いところが苦手だ。そのため、出来るだけ一階に近いところにしようと決めていたのだが例の老人よりそれは阻まれた。どうやら親切心で(勝手に)部屋を決めていていたようで元々のアパートに戻ろうとしていた雪村は度肝を抜かれた。
「でも憧れるな、最上階って」
「本当に?」
楓の言った言葉には今までで1番の疑問が込められていた。人間には時折、人の考えが理解できない時がある。それが今のことである。
そんなことを話しているとあっという間に最上階に着く。部屋に入るとやけに広い空間に不相応な段ボールが一つ、真ん中に置いてあった。
「良かった、所有物は全部ある。」
段ボールの中にあったのは少しの衣服と父の形見のパソコン、他には小物がいくつかあった。
「雪村くんって学生だったよね?」
以前、学生という話を聞いていたのだが教科書類が一切ない。
「はい、でもこの身体じゃどうしようもないから。それに、就職先も見つけたし。」
「え!?」
その一言でいつもは人を驚かせる側の楓が驚く。
「そんなに驚く?」
「だって、ずっと病院に居たのに」
「舐めないで欲しいな、これでも何年も一人で生きてきた身なんだよ。自立なんかとっくにできてるよ。」
雪村の両親が亡くなったのは彼が小学生だったとき。それが原因で誰とも自ら関わろうとせず日々を孤独に過ごしてきた。
「で、なんで私のハードがあるの?」
「ゲームをしてもらうために決まってるじゃないでしょ?ほら、早く着けて」
「ちょ、そんなに急かさないでよ。」
雪村に半ば強引にゲームを開始された楓はそのままNWOの世界へ潜り込む。
「そういえば、マテリアルからサプライズがあるって言ってたけど何だったんだろう?」
「…これでいいんだ」
~~~
メイプルは雪村に言われた通りにギルドホームへ行く。7人のギルドメンバーはそれぞれ探索に出ているとの連絡だ。しかし、ギルドホームでくつろぐプレイヤーが若干1名。
「!?」
それは本来、メイプルが二度と見ることのないはずだった。しかし、それは目の前にいた。
「マテリアル、どういうつもりなの」
「…………」
口を閉ざしたままのマテリアル、何かを話すつもりはないようだ。
「今すぐログアウトして。そうじゃないと…」
メイプルは知っていた、医者の助言を。そして、老人からも頼まれていた。雪村を見守って欲しいということを。
「こんなこともあると思ってお願いしておいてよかった。【毒竜】!」
メイプルが老人からもらったのはもしマテリアルが現れたときに強制的にログアウトさせる術。条件はマテリアルを戦闘不能にさせることだ。
三本の首を持ち全身劇毒で出来た毒竜が、マテリアルに襲いかかる。それを知っていたのか
「【身体装甲】毒」
毒に覆われたその装甲はいかなる毒も通さない。マテリアルへのダメージはゼロだ。しかし、メイプルは負けじと
「【全武装展開】!」
ガチャガチャと音を立てて現れたのは全身を機械で纏ったメイプル。銃口は全てマテリアルの方を向き、一斉放射された。
「【身体装甲】光」
いくらたくさん打ったとしても、必ずしも当たるとは限らない。メイプルの攻撃を全て避けてギルドホームから出た。
「逃がさない」
メイプルも自爆してマテリアルを襲う。不意に背中に付かれたマテリアルはなす術もなく
「捕食者」
捕食者によって光が喰われ、赤いエフェクトが響く。マテリアルは地上へと急降下するが間一髪のところで着地した。
「【身体装甲】鋼」
「【暴虐】」
「硬化」
化物メイプルの攻撃を防ぐがために硬化を発動させたのだがそれがダメだった。爪が鋼を侵食し、マテリアルにダメージを与える。
「………」
何も言わぬまま、マテリアルは倒れた。
「これで強制ログアウトできたはず…様子を見に行かなきゃ」
メイプルもログアウトし、雪村の様子を見に行くようだ。
「雪村くん!」
「酷いじゃないか、いきなり攻撃してくるなんて。」
そこには雪村が元々設置してあった椅子に座っていた。何事もなかったのような表情で。
「そんなこと言ってないで、今すぐ病院に」
楓が病院に連絡しようとするも、雪村に止められた。
「落ち着いて。ここにハードはいくつある?」
楓は辺りを見回して確認するも自分の分しかない。
「じゃあどうやって」
「これを使ったんだ。」
机に置いてあったパソコンを見せながら言う。画面にはNWOの鮮やかな文字が書いてあった。
「まさか、パソコンで」
「そう、まさかVR MMOのゲームをパソコンでやることになるとはね。でも、これくらいなら問題はないみたい。」
開発者側に連絡し、特別にパソコンでもプレイできるようにしてもらったようだ。
「まあ、まだ音声が安定していないらしいんだけど」
先程のマテリアルの声は運営が以前録画で保存しておいたものを利用したそうだ。そのため、普通の会話はまだできない。
「それも少ししたらできるらしいけどね。」
「そう、だったんだ」
「それより、いきなり攻撃してくるなんて酷いよ。いくらサプライズにしたからってそこまでする必要ないよね」
「だって、取り返しがつかないことなんだよ」
楓は声を震わせて言った。これは雪村に非があるとしか言いようがない。
「でも、これでまた一緒にゲームができるんだね。」
楓は先程とは打って変わって目を輝かせながら言う。
「はい、これからもよろしくお願いします。」
ここまでお読みいただきありがとうございました。展開が速い上に、話の作り方がわかりにくい中、ここまで読み切ってくださった方には感謝以外に言い換えられる言葉がありません。本当にありがとうございました。
では、また会う機会がありましたらそのときも暇潰しがてらお願いします。