やはり俺が部の長になるのはまちがっている。   作:金木桂

4 / 4
取り敢えずこれしかかけてません。


由比ヶ浜結衣は入部していた

 

 

「やっはろー! ヒッキー!」

 

 由比ヶ浜のクッキーをどうにかこうにか試行錯誤して駄目だった二日後、今日も今日とて何だかんだと居心地の良い場所である奉仕部で勉強していると、ガラガラという嫌な音が鳴り響いた。……なんで由比ヶ浜?

 

「お、おう……」

 

 微妙な顔で相槌すると、由比ヶ浜は視線を上にして彷徨わせながら。

 

「いやー、なんて言うの放課後暇でさ。だからちょっと来ちゃった、みたいな……」

「御用が無い方はあちらの出口からご退出ください」

「ドライ過ぎない!?」

 

 俺いま忙しいんだよ、勉強したりラノベ読んだりラノベ読んだり……。思ったけどこれ部室いる意味ある? 俺帰って良くないですかね。

 

「まあ、別に良いぞ。俺の部活の邪魔しない分には何も言わん」

「そういえば、あたしの前にも他に誰か依頼者来たりしたの?」

「一人も、てかお前がおかしいんだよ」

「へ?」

「何で俺が部活入った日の放課後に狙いすましたかのように来れるんだよ」

 

 初日の夕方の帰ろうかな、と思った瞬間に来やがって。俺がもし忍者なら窓からエスケープしてたからな。アイエエエエ! ニンジャ!? ニンジャナンデ!?

 

「てか由比ヶ浜、さっきから気になってはいたがヒッキーって何だ」

 

 この間までは比企谷君呼ばわりだったよな? アレはアレでかなり呼ばれるたびに心臓のドキドキがバクバクだったんだが、ヒッキーになってからは常にクールな俺でいられるようになった。完全に誹謗中傷の呼び名だもんな、普通なら傷つくかもしれないが俺クラスになると最早実家感すらある。一周回って落ち着くんだよなこれが。だからと言って嫌なのには変わりないけどな。勘違いされたくないから一応言っておくとこれは「あ、俺他人から誹謗中傷とかdisられるの慣れてるから全然効かないんすよね~まじっべーわw」とかイキってるわけでは決してない。決してだ。幾ら罵倒されても構わないがこれだけは譲れない。

 

 由比ヶ浜は不思議そうに首を傾げた後に、思い出したかのように声を上げた。

 

「え、だってヒッキーはヒッキーじゃん」

「いやあのな、俺が引き籠りみたいじゃん。違うからね? 俺は家に居るのが好きなだけで社会不適合者じゃないから」

「社会ふてきごーしゃ?」

 

 きょとんと無垢な瞳を瞬かせて由比ヶ浜は聞き慣れない単語を耳にした幼児みたいに繰り返した。しゃあねえ解説してやるかと思った俺の口先が寸で止まる。何だろう、何故か罪悪感が湧いてきたんだが……。

 

「まあんなことはどうでもいい。だがな由比ヶ浜、奉仕部はこんななりでも部活動なんだからな?」

「自分でこんななりとか言っちゃうんだ……」

「そりゃ部員俺だけだしな。けどな、基本的にここに来るのを認めてるのは部員か顧問か依頼人だけだ。断じて言おう、それ以外は俺の部屋に入る資格なんてない!」

「ここヒッキーの部屋じゃないでしょ! それにそれなら問題ないじゃん! 私入るし!」

 

 ただでさえ大きい胸を強調するように張って自信気に口を開いた。

 ……は?

 

「入るって、どこに」

「ヒッキーの部活」

「ええと、何でですかね由比ヶ浜さん」

「え? えと、その……部活動って凄い青春だし、高校で帰宅部は勿体ないかなぁーって」

 

 あはは……と由比ヶ浜ははにかむみたいに笑う。え、待て待て。つまりこの部屋はこれから俺だけのものではなくなっちゃうってことだよな。

 

「それは駄目だ。俺のプライベートルームが無くなっちゃうだろ」

「だからここヒッキーの部屋じゃないでしょ! 良いじゃん減るもんじゃないんだから!」

「ばっか、確実に減るだろ俺の安寧とか恒常的な世界平和とか」

「む、難しい言葉使って誤魔化しても無駄だからね! もう平塚先生には入部届出してるんだから!」

「……えっ」

 

 間抜けた声が口から零れた。マジ? ってことはもう平塚先生も了承済みってことか?

 呆然自失となった脳内を他所にタイミングよくガラガラと扉が開いた。音がした方に目をやればそこには何故か白衣に両手を突っ込んだ平塚先生が。

 

「そういうことだ比企谷、これからは由比ヶ浜と頑張りたまえ」

「……外で盗み聞きしてたんですか? それは趣味が悪くないですか平塚先生」

「なに、用事があって偶々奉仕部前の廊下を通りがかったら偶然聞こえてきたものでね」

 

 んな訳あるか。

 不服申し立てをする意味で視線を送るが平塚先生は全く気にせず白衣から手を出した。そこには綺麗に折りたたまれた紙が握られている。すぐに気付いた、それ由比ヶ浜の入部届だろ。しかも既に朱印の後が滲んで見える。

 

「このように由比ヶ浜からは既に届け出はされている。顧問としての立場から言うが私としても今回の入部は大歓迎だ。由比ヶ浜は比企谷、君には無いものを持った同級生だ。然るに彼女から学ぶことは多いだろう。勿論それは由比ヶ浜にも言える。まあ仲良くしたまえ、心配はしてないがな」

「ちょ、俺部長ですよね!? 俺の了解とか同意とかは」

「確かに君は部長だが人事権に関しては顧問の裁量次第だろう。それに普通、部活動というのは来るもの拒まず去るもの追わずだ。強豪校の運動部じゃあるまい、入部申請を蹴るなんて出来んさ」

 

 平塚先生はそう言って再び紙をポケットへと戻した。……まあ道理だ。これはもう、腹をくくるしかないのだろう。さらば俺の学園スローライフ。

 俺から目を外すと、平塚先生は息をついて次に由比ヶ浜の方へ身体を向けた。

 

「さて。一応聞いておくが由比ヶ浜、入部で良いんだな? この書類を提出すれば総武高校を卒業するまで金輪際退部できない……なんてことは当然ないが、人の悩みを取り扱う以上それ相応の態度と責任が求められる」

「あたしは大丈夫です。入ると決めたので」

 

 由比ヶ浜の力強い言葉に平塚先生は満足そうに微笑んだ。

 

「そうか、なら良かった。───だそうだ比企谷。どうせ君のことだ。一人部屋が無くなるどうこう考えていたのだろうが部活動とは本来他者と関わり合って為されるものだ。諦めることだな」

 

 その通りだった。俺はつい一人部屋なんて条件に釣られて部長になることを快諾してしまったが、本来部活動とは一つの社会だ。クラスとはまた独立した、学年にもクラスにも文系理系にも囚われない、だが同じ目的のために手を取り合うため集まった組織だ。俺は甘く見過ぎていたのだろう。まさか奉仕部なんて部活に興味を持って門戸を叩いてくる奴が、部活勧誘期間を過ぎたこの時期にいるだなんて到底考えていない事だった。

 

 だからと言って自身の発言を撤回し責任を虚空へと回帰させるのも俺らしくない。だからそう。ここからが本当の、俺の部活が開始した瞬間なのだ。それにほら、一人くらいならまだ俺の手でも何とかなるはずだ。なんせ長男として家では小町の面倒を見ているし、それが校内では由比ヶ浜に置き換わっただけと考えたら何も問題なんて無いようにも感じる。でも家事とか全部小町任せだし……アレ、もしかして面倒見られてるのは俺の方? 考えないようにしよう。

 

「分かってますよ。今日から由比ヶ浜は俺の部員です、ちゃんと面倒は見ますよ」

「ちょっとヒッキー! 私子どもじゃないんだけど!」

 

 そんな会話がおかしかったのか、それとも平塚先生個人の何かに触れたのか、大きく笑い声を立てながら。

 

「そうだな。君ならば出来ると私は確信している。少々その捻くれた性根が心配だがな」

「それに関しては諦めてください。俺はこれを変える気はないんで」

「筋金入りに厄介だな君は。まあ良い。私は職員室に戻るが、くれぐれも由比ヶ浜と喧嘩しないように」

 

 喧嘩って…………それこそ余計な心配だろ。

 何かを言い返す前に「ではな」と言い残して、白衣を翻すと再び出てきた扉から姿を消した。

 再び空間に静けさが流れ込む。残された俺と由比ヶ浜は平塚先生が去って行った方向を惰性で見ること数秒、それから互いの視線が合った。

 ……やべえ。目が合っても俺、やっぱり由比ヶ浜と話すことなんてないぞ。この前のプリキュアの話とかする? キュアグレースの話でもしちゃいますか? ドン引かれそうだから止めますか……。

 

 互いに互いが話そうという意思はあるように感じられるのに一向に静寂は打ち破られない。由比ヶ浜に関しては唇を動かしたかと思えば前髪を触って誤魔化している。何なのこれ、中学生の時の告白する数秒前の俺じゃん。傍から見て分かるが男がやってもこんなの気持ち悪いだけだな、うん。ちょっと凹んだ。

 

 先に言葉を紡いだのはやはり俺ではなく由比ヶ浜だった。「あ、あー」と気まずそうに声を発すると、捨てられたネコみたいに瞳を潤わせながら肩を揺らした。

 

「ねえヒッキー…………」

「なんだ?」

「もしかして、入部するのって迷惑だった?」

 

 緊張して今にも目を背けそうな面持ちで由比ヶ浜は言った。

 迷惑かと問われれば、俺は頷ずかざるを得ない。これまでも、これからも一人で生きてきたのは自分で言うもんじゃないが伊達じゃないのだ。何時だって俺は、困ったときも困難に陥った時も、誰かに頼ることはせず一人で切り抜けてきた。それが一般的な生き方かと言われたら違うんだろう。でも誰かに頼って集団に群れて埋もれて、なあなあで生きていくのが正しいかと言えば、俺はそうは思わない。誰だって最後には一人で生きていかなくてはならない。進学すれば仲の良い友達とは離れ離れになるし、社会に出ればその関係性は更に希薄となるだろう。その時一人で何が出来るか、それが重要な事なのではないだろうか。

 

 だからこれも俺のアイデンティティーだ。俺は一人で生きるために、由比ヶ浜を部員として暖かく迎えよう。奉仕部部長という座に思い入れがあるわけじゃないが、就任した以上責任は果たすべきだ。

 

「そんなことはないぞ由比ヶ浜、お前が入ることで生じるメリットだってある」

「メリット?」

「えーと、例えばアレだ。俺が休んでも由比ヶ浜がいれば対応できるし、それに喉が渇いたら購買で飲みもん買ってきてくれる」

「あーなるほどってパシリじゃん!? ヒッキーに言われても絶対買ってこないからね!」

「良いのか俺は部長だぞ? 部長の言うことは絶対ってよく言うし、それだそれ。おら買ってこい由比ヶ浜、マッカンな」

「王様ゲーム!? しかも無駄に偉そうだし!?」

 

 あ、王様ゲームか。何か自分の言葉に既視感あると思ったら、懐かしいな。俺も小学生の頃は割りばしに数字書いて、一本だけ先っちょを赤く塗ってやったものだ。それを一人で引いて戻してを繰り返して一分で飽きたまである。今から考えれば完全に数学の確率の問題だよなこれ。

 

 そういや、一つ忘れていた。

 

「そうだ由比ヶ浜、奉仕部がどんな部活かってのは知ってるよな?」

 

 由比ヶ浜にとっては唐突な質問だったんだろう、間抜けた顔をしながらカーディガンの皺を気にしながら目をきょとんとさせた。

 

「え? 一応知ってるよ、困ってる人を助けるんだよね?」

「半分だな。奉仕部ってのはそのだな、悩むをただ解決するだけじゃない。例えば空腹で飢えた人間に対して食料を与えるのは簡単な事だが何も解決になっていない。その場凌ぎの解決方法だ。だから俺たちがやるのは飢えた人間に魚を釣るための竿を与えたり、金銭を得るために職業を紹介したり、根本的な解決を目指す。いわゆるソリューションを提供するわけだ」

「なるほどー……あ! だからあたしの時もクッキーを美味しく作る方向性じゃなくて貰い手のことを考えてみろって言ってたんだね」

「それはただお前のクッキーが絶望的だっただけだ」

 

 だってお前、アレが上手くなるとかあるんですかね。炭よりも炭だったぞ。まさに塵は塵に、灰は灰にって感じ。別にアダムでもイブでも紅十字でもないけど。

 率直な俺の感想は嫌だったのか由比ヶ浜は口先を尖らせる。

 

「むー。昨日だって練習したんだよ?」

「……大丈夫だったか? 手とか切ってないか?」

「だから子供じゃないってば! ヒッキーとは一度真剣に話をしなきゃならないかもだね……」

 

 真剣って…………別にチャラけて言ったわけじゃないんだけどな。見てて危なっかしい動作多かったし良い過ぎとも言えないだろこれは。俺は悪くない。

 むくれたように由比ヶ浜は自分の懐を弄ると「あった、これこれ」と言って何かを取り出した。無色透明のビニール袋に桜色のリボンが蝶々結びであしらわれていて、中にはクッキーが入っている。

 

「はいコレ、ヒッキーに」

「……俺何もしてないぞ?」

「さぶ……じゃなかった、えーと、そう! あたしの悩み解決してくれたじゃん! だからそのお礼」

「は、はぁ……」

 

 何もしてない、というか仕事だ。対価を求めてやった行為ではない。だがしかし、女子からの手作りクッキーが嬉しくないかと言われれば、この間俺が由比ヶ浜に言った通り。にやけそうになるのを一生懸命に抑える俺がいた。勘違いするなよ比企谷八幡、その先は地獄だ……!

 

「まあ、サンキュな。おう、確かに色だけは大丈夫そうだな」

「安心して! 食べれる! 食べれるから!」

「なんかそう推されると不安になるんだが……」

「ええっ!? だ、大丈夫だよ! だって後味とか特徴的な味とか何も無いし!」

 

 それはどうなんですかね……。まあ焦げて嫌な苦みしかないアレよりかはマシだけども、絶対人に保証するような味じゃないはずだろ。

 俺は由比ヶ浜からクッキーを受け取ると、丁寧にバックへと仕舞う。不安は増すばかりだがまあ、見た目的には前回のそれよりは味は多分良いはずだ。でも多分としか言いようが無いのが由比ヶ浜の恐ろしいところだよなぁ……まさか隠し味にハバネロとか使ってないよな? よね? そこんとこどうなんでしょうかね由比ヶ浜さん。

 

 ともあれだ。

 やはり俺は信じ切ることは出来ないようで、未だに由比ヶ浜の云為を疑っている。断じて言おう。俺は確実にクッキーをもらうのと釣り合うほどの行為をした覚えがない。真実は由比ヶ浜にしか分からないからきっとこの猜疑心など無意味なのだろう。ましや今日からは同じ部活のメンバーとなる人間だ。

 それでも俺は不信感を拭えない。それは思えば以前からそうだ。俺と由比ヶ浜は会ってから一週間ほどしかた経っていないのに、妙に由比ヶ浜は俺との距離感を縮めようとプライベートゾーンへの介入を試みてくる。

 

 然れば、必ず目的がある。俺と接触を試みて果たそうとする目的が。例えば人間関係トラブルを解決してほしいとか。……いやそれならぜってえ人間チョイスミスってるって。対人関係G-の俺にできる事なんてマジで無いもん。八幡、孤独大好き!

 

 まあそうやって疑えば疑うほど自分が馬鹿のように思えてくるのも事実である。由比ヶ浜にそこまで権謀術数を捏ね繰り回せるかと言われると首が360度回転して扇風機に早変わりしそうだ。裏表が無いとまでは言わないが、それでも由比ヶ浜は相当に善人のカテゴリに入る。打算込みでここまで自然体なら女優の才能があるとかしか言えない。いや知らないけど……、テレビとか殆ど見ないから。

 

 それとも別の何かを期待している? いやいやまさかな……。

 

 細い目で俺は由比ヶ浜を見つめる。由比ヶ浜はただ、純粋に笑みを浮かべるのみだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。