ありふれない青年が世界最悪 作:幻想者
連続投稿するので、許してください
響き渡り消えゆくベヒモスの断末魔。ガラガラと騒音を立てながら崩れ落ちてゆく石橋。
そして……
瓦礫と共に奈落へと吸い込まれるように消えてゆくハジメとユカリ。
その光景を、まるでスローモーションのように緩やかになった時間の中で、ただ見ていることしかできない京楽は自分に絶望した。
二人との思い出が走馬灯の様に頭を過る。
中学の頃にはじめて知り合い、何かとトラブルに巻き込まれるハジメを放っておけなくて京楽から話しかけ、意外と本の趣味が被ったりすることも多く、気が付けば仲良くなっていた。
それから、ハジメにゲームや漫画、アニメなどを進められ、自分の孤独感を埋めてくれる存在に出会えたことが嬉しかった。コミケに連れていかれたり、ハジメの家に招待されて朝までゲームをしたりアニメを見て感想を語り合ったりした。
自分以外の人間にも優しく、知らない誰かのために怖くても勇気を振り絞って立ち向かえる勇敢さや、類を見ない天性の観察眼、精神の強さ。痛みを知るからこそ、誰かを傷つけたくないと自分を犠牲にして立ち向かえる意思の強さ。ハジメは京楽の自慢の親友であり、憧れだったとも言える。
ユカリはハジメの妹で、いじめの解決を切っ掛けになついてきた。京楽の恐怖症を克服させるから、自分の恐怖症の克服を手伝ってほしいと言われてそれを手伝い。彼女は可愛い後輩であり、ハジメ以外の拠り所でもあった。
時にはハジメを巻き込んで京楽を振り回し、いろんな所に連れ回された。ハジメと出会って学生らしい生活が送れるようになり、ユカリが本格的に京楽の見える世界に色をくれた。今まで人の悪性や害意にまみれた中で生きていた京楽にはそれがたまらなく嬉しかった。
幼い頃から異常なほど頭が良く、人間が嫌いだった犯罪者予備軍の京楽に、〝人間も捨てたものじゃない〟と言わせるほどに、京楽に影響を与えた二人が目の前で消えた。
誰がやった。誰がハジメ達に魔法を打ち込んだ。京楽の頭の中にそんな言葉が駆け巡る。誰かが二人を殺した。誰かが故意的に二人に魔法を打ち込んだ。
二人がいないこんな場所に価値はない。
ならどうすべきか。
壊れてしまえ。
狂ってしまえ。穢れた醜い存在に価値などない。壊れてしまえ、全部、壊す。
「─────ッ!」
京楽の全身を暗いナニかが覆い始めた。組みついていたメルドは咄嗟に離れ、京楽は声にならない叫び声をあげた。悲しみ、悲痛さを叫ぶ声に乗せ叫ぶ髪の毛がジワジワと黒く変色していく。しかし、その変色はピタリと止まり、黒いナニかもスゥッと消えてなくなった。
京楽は息を荒げながら、斜め後ろにいる悲痛の叫びをあげる人物を見やる。
「離して! 南雲くんの所に行かないと! 約束したのに! 私がぁ、私が守るって! 離してぇ!」
飛び出そうとする香織を雫と光輝が必死に羽交い締めにする。香織は、細い体のどこにそんな力があるのかと疑問に思うほど尋常ではない力で引き剥がそうとする。
このままでは香織の体の方が壊れるかもしれない。しかし、だからといって、断じて離すわけにはいかない。今の香織を離せば、そのまま崖を飛び降りるだろう。それくらい、普段の穏やかさが見る影もないほど必死の形相だった。いや、悲痛というべきかもしれない。香織も京楽と同様に辛いのだ。
「香織っ、ダメよ! 香織!」
雫は香織の気持ちが分かっているからこそ、かけるべき言葉が見つからない。ただ必死に名前を呼ぶことしかできない。
「香織! 君まで死ぬ気か! 南雲はもう無理だ! 落ち着くんだ! このままじゃ、体が壊れてしまう!」
それは、光輝なりに精一杯、香織を気遣った言葉。しかし、今この場で錯乱する香織には言うべきでない、言ってはいけない言葉。
「無理って何!? 南雲くんは死んでない! 行かないと、きっと助けを求めてる!」
誰がどう考えても南雲ハジメは助からない。奈落の底と思しき崖に落ちていったのだから。
しかし、その現実を受け止められる心の余裕は、今の香織にはない。言ってしまえば反発して、更に無理を重ねるだけだ。龍太郎や周りの生徒もどうすればいいか分からず、オロオロとするばかり。
その時、すぐ近くにいて、狂気に陥りかけていた京楽が立ち上がり、問答無用で香織の首筋に手刀を落とした。
そして、二、三度ビクンッ、ビクンッと痙攣すると、香織は気を失った。
ぐったりする香織を労るように頭を撫で、抱き抱えた京楽を、光輝がキッと睨む。文句を言おうとした矢先、雫が遮るように機先を制し、京楽に頭を下げた。
「ごめんなさい。あなたも辛いはずなのに」
「……ああ、だが、関係ない」
京楽はそう言って、一瞬ふらつくと、痛みに呻くように声をあげる。
「……辛くても、親友達の頼みぐらい聞かせろ。迷宮を離脱するぞ。メルド……全員を率いてくれ。八重樫は白崎を……頼む……」
「……ああ、わかった」
「言われるまでもなく」
香織を雫に任せ、ふらつきながらも離れていく京楽を見つめながら、口を挟めず憮然とした表情の光輝に雫は、光輝に告げる。
「私達が止められないから八雲君が止めてくれたのよ。わかるでしょ? 今は時間がないの。香織の叫びが皆の心にもダメージを与えてしまう前に、何より香織が壊れる前に誰かが止める必要があった……ほら、あんたが道を切り開くのよ。全員が脱出するまで……南雲君も言っていたでしょう?」
雫の言葉に、光輝は頷いた。
「そうだな、早く出よう」
目の前でクラスメイトが一人居なくなったのだ。クラスメイト達の精神にも多大なダメージが刻まれている。誰もが茫然自失といった表情で石橋のあった方をボーと眺めていた。中には「もう嫌!」と言って座り込んでしまう子もいる。
今の彼等にはリーダーが必要なのだ。
光輝がクラスメイト達に向けて声を張り上げる。
「皆! 今は、生き残ることだけ考えるんだ! 撤退するぞ!」
その言葉に、クラスメイト達はノロノロと動き出す。トラウムソルジャーの魔法陣は壊してあるが、別の魔物が出現しない可能性がないわけではない。今の精神状態で戦うことは無謀であるし、戦う必要もない。
光輝は必死に声を張り上げ、クラスメイト達に脱出を促した。メルドや騎士団員達も生徒達を鼓舞する。
そして全員が階段への脱出を果たした。
上階への階段は長かった。
先が暗闇で見えない程ずっと上方へ続いており、感覚では既に三十階以上、上っているはずだ。魔法による身体強化をしていても、そろそろ疲労を感じる頃である。先の戦いでのダメージもある。薄暗く長い階段はそれだけで気が滅入るものだ。
そろそろ小休止を挟むべきかとメルドが考え始めたとき、ついに上方に魔法陣が描かれた大きな壁が現れた。
生徒達の顔に生気が戻り始める。メルド団長は扉に駆け寄り詳しく調べ始めた。フェアスコープを使うのも忘れない。
その結果、どうやらトラップの可能性はなさそうであることがわかった。魔法陣に刻まれた式は、目の前の壁を動かすためのもののようだ。
メルドは魔法陣に刻まれた式通りに一言の詠唱をして魔力を流し込む。すると、まるで忍者屋敷の隠し扉のように扉がクルリと回転し奥の部屋へと道を開いた。
扉を潜ると、そこは元の二十階層の部屋だった。
「帰ってきたの?」
「戻ったのか!」
「帰れた……帰れたよぉ……」
生徒達が次々と安堵の吐息を漏らす。中には泣き出す子やへたり込む生徒もいた。光輝達ですら壁にもたれかかり今にも座り込んでしまいそうだ。
しかし、ここはまだ迷宮の中。低レベルとは言え、いつどこから魔物が現れるかわからない。完全に緊張の糸が切れてしまう前に、迷宮からの脱出を果たさなければならない。
メルドは休ませてやりたいという気持ちを抑え、心を鬼にして生徒達を立ち上がらせた。
「お前達! 座り込むな! ここで気が抜けたら帰れなくなるぞ! 魔物との戦闘はなるべく避けて最短距離で脱出する! ほら、もう少しだ、踏ん張れ!」
少しくらい休ませてくれよ、という生徒達の無言の訴えをギンッと目を吊り上げて封殺し、光輝も「あと少しだ。踏ん張れ」と、鼓舞する。
渋々、フラフラしながら立ち上がる生徒達。光輝が疲れを隠して率先して先をゆく。道中の敵を、騎士団員達が中心となって最小限だけ倒しながら一気に地上へ向けて突き進んだ。
そして遂に、一階の正面門となんだか懐かしい気さえする受付が見えた。迷宮に入って一日も立っていないはずなのに、ここを通ったのがもう随分昔のような気がしているのは、きっと少数ではないだろう。
今度こそ本当に安堵の表情で外に出て行く生徒達。正面門の広場で大の字になって倒れ込む生徒もいる。一様に生き残ったことを喜び合っているようだ。
だが、一部の生徒──未だ目を覚まさない香織。香織を背負う雫や光輝、その様子を見る龍太郎、恵里、鈴。京楽とハジメに助けられた女子生徒などは暗い表情だ。
そんな生徒達を横目に気にしつつ、受付に報告に行くメルド。
二十階層で発見した新たなトラップは危険すぎる。石橋が崩れてしまったので罠として未だ機能するかはわからないが報告は必要だ。
そして、ハジメの死亡報告と京楽の纏っていた謎のオーラについて言及し、場合によっては報告もしなければならない。
憂鬱な気持ちを顔に出さないように苦労しながら、それでも溜息を吐かずにはいられないメルドだった。
◇◆◇
京楽はベッドの上に座っていた。眠る気にもならない。ただただ自分の左手の小指を見つめる。
『もしかしたら、私と先輩が出会うのは、運命だったのかもしれませんよ?』
あの時、京楽を正気に戻したのはユカリの言葉だった。
京楽が変わるためにユカリやハジメと出会ったと言うならば、二人が変えてくれた自分を壊すわけにはいかない。それ故に正気に戻れた。
京楽がボーッとしていると、部屋の扉を開けてメルドが入ってきた。
「調子はどうだ?」
「……最悪だ。友人二人が目の前でいなくなったんだからな。危うく狂気に侵されるところだったよ」
京楽はそう返して、メルドを見やる。ナニか話があってきているようだ。用件を聞くと、メルドは京楽に質問した。
「……京楽。お前の纏ったあの黒いオーラはなんなんだ。お前は何を隠している」
「……何も、といえば嘘になる。質問には答えよう。あれは、私の負の感情が目に見える形で限界したものだ。まぁ、私もついさっきわかったことだからな。何も言えないが、あの黒い障気に呑まれれば、私は〝反転化〟して敵味方構わずに大暴れするだろうな」
京楽の言った反転化とは、京楽がステータスプレートを確認した際に新しく追加されていた技能だ。技能は増えないんじゃなかったのか? と疑問にはなったが、増えたんだから増えた。それだけだ。詳細を読んだ際に、反転化については記されており、反転化した場合は破壊衝動や殺戮衝動のままに動き、敵味方構わずに破壊の限りを尽くすと言う状態異常だ。
しかし、反転化すると通常のステータスの五、六倍は上がるので、強くはなるようだ。
それらをメルドに話して、メルドは唸った。
「まぁ、なんだ……あんまり抱え込むなよ」
「……ああ」
メルドとしばらく話をしてからメルドは出ていき、京楽はまた一人になった。
京楽はベッドに倒れて、腕で目を隠す。そして、意識を暗い闇の中に落としていった。
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八雲京楽 17歳 男 レベル:15
天職:賢者
筋力:125
体力:125
耐性:125
敏捷:250
魔力:375
魔耐:375
技能:剣術・弓術・槍術・体術・格闘術・高速魔力回復・並列思考・幻術・縮地・先読・言語理解・反転化
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