ありふれない青年が世界最悪   作:幻想者

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喚ばれ押し付けられ

 

 

 

 ざわざわと騒ぐ無数の気配を感じて閉じていた目をゆっくりと開いた。そして、周囲を呆然と見渡す。

 

 まず目に飛び込んできたのは巨大な壁画だった。縦横十メートルはありそうなその壁画には、後光を背負い長い金髪を靡かせうっすらと微笑む中性的な顔立ちの人物が描かれていた。背景には草原や湖、山々が描かれ、それらを包み込むかのように、その人物は両手を広げていて美しい壁画だが、霞は壁画の真意を悟って吐き捨てるように呟いた。

 

「……〝この世の全ては私のモノ〟か。随分と趣味の悪い壁画なことだな」

 

 そう呟くと、ユカリから京楽に訴えかけるような声が聞こえた。

 

「せ、先輩……その……離してくれない?」

「ん? ……あ、ああ、すまん」

 

 どうやら、少し強めに抱き締めていたらしい。京楽が気まずそうにそう言って、抱き締めていたユカリを開放する。ユカリは京楽から少し距離を取った。顔が赤いのは、少し恥ずかしかったからだろう。自分の顔も少し火照っているのを自覚しながらもあまり気にしないように周囲を見回す。

 

 改めて周囲をよく見てみると、どうやら巨大な広間にいるということが分かる。

 

 素材は大理石だろうか? 美しい光沢を放つ滑らかな白い石造りの建築物のようで、これまた美しい彫刻が彫られた巨大な柱に支えられ、天井はドーム状になっている。大聖堂という言葉が自然と湧き上がるような荘厳な雰囲気の広間だ。

 

 京楽達はその最奥にある台座のような場所の上にいるようだった。周囲より位置が高い。二人以外にもハジメ、香織、雫、光輝、龍太郎、檜山達、愛子と教室にいた生徒と先生も巻き込まれたようだ。

 

 そして、おそらくこの状況を説明できるであろう台座の周囲を取り囲む者達への観察に移った。

 

 人々が京楽達の乗っている台座の前にいたのだ。まるで祈りを捧げるように跪き、両手を胸の前で組んだ格好で。

 

 彼等は一様に白地に金の刺繍がなされた法衣のようなものを纏い、傍らに錫杖のような物を置いている。その錫杖は先端が扇状に広がっており、円環の代わりに円盤が数枚吊り下げられていた。

 

 その内の一人、法衣集団の中でも特に豪奢できらびやかな衣装を纏い、高さ三十センチ位ありそうなこれまた細かい意匠の凝らされた烏帽子のような物を被っている七十代くらいの老人が進み出てきた。

 

 もっとも、老人と表現するには纏う覇気が強すぎる。顔に刻まれた皺や老熟した目がなければ五十代と言っても通るかもしれない。

 

 そんな彼は手に持った錫杖をシャラシャラと鳴らしながら、外見によく合う深みのある落ち着いた声音で話しかけた。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

 そう言って、イシュタルと名乗った老人は、にこやかに微笑を見せた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 場所を移り、十メートル以上ありそうなテーブルが幾つも並んだ大広間に通されていた。

 

 この部屋も例に漏れず煌びやかな作りだ。この世界の素人目にも調度品や飾られた絵、壁紙が職人芸の粋を集めたものなのだろうとわかる。

 

 おそらく、ここは晩餐会などをする場所なのではないだろうか。上座に近い方に畑山愛子先生と光輝達四人組が座り、後はその取り巻き順に適当に座っている。京楽やハジメ、ユカリは最後尾の席に座る。

 

 ここに案内されるまで、誰も大して騒がなかったのは未だ現実に認識が追いついていないからだろう。イシュタルが事情を説明すると告げたことや、恐らく勇者であろう光輝が落ち着かせたことも理由だろうが、一生徒が教師より教師らしく生徒達をまとめていると愛子が涙目だった。

 

 全員が着席すると、絶妙なタイミングでカートを押しながらメイド達が入ってきた。そう、生メイドだ。地球産の某聖地にいるようなエセメイドや外国にいるデップリしたおばさんメイドではない。正真正銘、男子の夢を具現化したような美女・美少女メイド達。

 

 こんな状況でも思春期男子の飽くなき探究心と欲望は健在でクラス男子の大半がメイド達を凝視している。もっとも、それを見た女子達の視線は、氷河期もかくやという冷たさを宿していた。もちろん、京楽も例外なくメイドを見ていた。

 

「……京楽先輩はメイドのほうが好き?」

「……ああ、いや。別に嫌いではないが、好きっと言うわけでもない。ただ、動き、給持の仕方が素人同然と感じただけだ」

「? 文化の違いとかじゃないの?」

「その可能性も充分ある。ただ、情報が少なくてな」

 

 京楽はメイドの動きや給持の仕方、仕草や淹れられた飲み物を観察していた。

 

 全員に飲み物が行き渡るのを確認するとイシュタルが話し始めた。

 

「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」

 

 そう言って始めたイシュタルの話は実にファンタジーでテンプレで、どうしようもないくらい勝手なものだった。

 

 まず、京楽達を召還したこの世界はトータスと呼ばれている。そして、トータスには大きく分けて三つの種族がある。人間族、魔人族、亜人族である。

 

 人間族は北一帯、魔人族は南一帯を支配しており、亜人族は東の巨大な樹海の中でひっそりと生きているらしい。

 

 この内、人間族と魔人族が何百年も戦争を続けているのだが、魔人族は、数は人間に及ばないものの個人の持つ力が大きいらしく、その力の差に人間族は数で対抗していたそうだ。戦力は拮抗し大規模な戦争はここ数十年起きていないらしいが、最近、異常事態が多発しているという。

 

 それが、魔人族による魔物の使役だ。

 

 魔物とは、通常の野生動物が魔力を取り入れ変質した異形のことだ、と言われている。この世界の人々も正確な魔物の生体は分かっていないらしい。それぞれ強力な種族固有の魔法が使えるらしく強力で凶悪な害獣とのことだ。

 

 今まで本能のままに活動する彼等を使役できる者はほとんど居なかった。使役できても、せいぜい一、二匹程度だという。その常識が覆されたのである。

 

 これの意味するところは、人間族側の〝数〟というアドバンテージが崩れたということ。つまり、人間族は滅びの危機を迎えているのだ。

 

「あなた方を召喚したのは〝エヒト様〟です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という〝救い〟を送ると。あなた方には是非その力を発揮し、〝エヒト様〟の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」

 

 イシュタルはどこか恍惚とした表情を浮かべている。おそらく神託を聞いた時のことでも思い出しているのかその顔は恍惚としている。イシュタルによれば人間族の九割以上が創世神エヒトを崇める聖教教会の信徒らしく、度々降りる神託を聞いた者は例外なく聖教教会の高位の地位につくらしい。〝神の意思〟を疑いなく、それどころか嬉々として従うのであろうこの世界の歪さに言い知れぬ危機感を覚えていると、突然立ち上がり猛然と抗議する人が現れた。

 

「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」

 

 マスコットみたいな教員、愛子先生だ。

 

 彼女は今年二十五歳になる社会科の教師で非常に人気がある。百五十センチ程の低身長に童顔、ボブカットの髪を跳ねさせながら、生徒のためにとあくせく走り回る姿はなんとも微笑ましく、そのいつでも一生懸命な姿と大抵空回ってしまう残念さのギャップに庇護欲を掻き立てられる生徒は少なくない。ちなみに、ユカリの担任だ。

 

 〝愛ちゃん〟と愛称で呼ばれ親しまれているのだが、本人はそう呼ばれると直ぐに怒る。なんでも威厳ある教師を目指しているのだとか。今回も理不尽な召喚理由に怒り、ウガーと立ち上がったのだ。「ああ、また愛ちゃんが頑張ってる……」と、ほんわかした気持ちでイシュタルに食ってかかる愛子先生を眺めていた生徒達だったが、次のイシュタルの言葉に凍りついた。

 

「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

 場に静寂が満ち、解いていた警戒心が一気に最高潮に高まっていく。重く冷たい空気が全身に押しかかっているようだ。誰もが何を言われたのか分からないという表情でイシュタルを見やり、京楽は至って平然と座っている。ある程度の予想はしていたので驚くこと無い。

 

「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!?喚べたのなら帰せるでしょう!?」

「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」

「そんな……」

 

 愛子が脱力したようにストンと椅子に腰を落とす。周りの生徒達も口々に騒ぎ始めた。

 

「うそだろ? 帰れないってなんだよ!」

「いやよ!なんでもいいから帰してよ!」

「戦争なんて冗談じゃねぇ!ふざけんなよ!」

「なんで、なんで、なんで……」

 

 パニックになる生徒達のなか京楽は比較的に冷静で顎に指を宛ながら思案する。

 

(神の信託に盲信するあたり、確実に正気を失っている。いや、単に狂信的なのか……。はぁ、めんどくさい)

 

 京楽は神という存在には異常なほど警戒心を抱いていた。

 

 京楽にとって〝神〟とは、人型の頂上であり、化物を指す。身勝手で傍迷惑な存在だ。京楽にとっては神に善性も悪性もない。人間と神はわかりあえないのだ。

 

 隣の方に目をやればハジメが思案し、ユカリは少しおどおとしながらも必死に何かを考えている。そんなユカリの手に手伸ばす。重なる寸前に、一瞬躊躇ったが、ゆっくりと手を重ねて、軽く握る。

 

「先輩?」

「……少しは楽になったか?」

「いや、手……」

「……嫌なら今すぐにでも離すが?」

「そんなことない……だから……もう少し、握っててください」

 

 京楽はユカリの手を少し強めに握る。ユカリの不安もわからなくもないのだ。

 

 自分の気分次第で地球から召還した人達を帰すかどうか決めるエヒトとかいう神は確実にロクデナシだ。

 

 その証拠にクラスメイトの誰もが狼狽える中、イシュタルは特に口を挟むでもなく静かにその様子を眺めている。その目には侮蔑が込められていて「エヒト様に選ばれておいてなぜ喜べないのか」とでも思っているだろう。要約すれば、〝エヒト様の為に戦って死ね〟と言われているのだ。喜べるわけがない。それも、戦いを知らない高校生にだ。軍人や軍隊を呼べば良かったものを……。未熟な高校生を呼び出している辺り悪意すら感じる。京楽が平然としているのは、修羅場慣れしているからに過ぎない。

 

 未だ生徒達のパニックが収まらない中、光輝が立ち上がりテーブルをバンッと叩いた。その音にビクッとなり注目する生徒達。光輝は全員の注目が集まったのを確認するとおもむろに話し始めた。

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだよ。俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」

「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

 ギュッと握り拳を作りそう宣言する光輝。無駄に歯がキラリと光る。

 

(……アホだな。何が〝大丈夫〟なんだ? 〝大丈夫〟な分けないだろ? 殺し合いで〝大丈夫〟はないんだよ)

 

 なにが大丈夫なのだ? 戦う覚悟があるという意味か? それとも魔人族を滅ぼしたら家に帰れるという意味か? 仮にエヒトが根源の悪であるとして戦うつもりでいるのか?

 

 歪んだ正義感を持つ光輝は、人が困ってる。助けなきゃ。程度にしか考えていないだろう。戦争の意味も理解せず、ただ残虐な魔人族を倒すのだと。普通ならだいぶおかしな考えだが、なまじそれを可能とするカリスマのせいでまかり通ってしまう。

 

「……ねぇ、京楽。嫌な予感がするんだけど……」

「奇遇だな、ハジメ。実は私もだ」

 

 ハジメと京楽の予想通り、最悪な形で彼のカリスマは遺憾なく効果を発揮した。絶望の表情だった生徒達が活気と冷静さを取り戻し始めたのだ。光輝を見る目はキラキラと輝いており、まさに希望を見つけたという表情だ。女子生徒の半数以上は熱っぽい視線を送っている。

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」

「龍太郎……」

「今のところ、それしかないわよね。……気に食わないけど……私もやるわ」

「雫……」

「えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」

「香織……」

 

 いつものメンバーが光輝に賛同する。後は当然の流れというようにクラスメイト達が賛同していく。愛子先生はオロオロと涙目で訴えているが光輝の作った流れの前では無力だった。ハジメやユカリが光輝の作った流れに反そうとしたが、京楽がそれを止めたため、反論することは叶わなかった。

 

 結局、全員で戦争に参加することになってしまった。おそらく、クラスメイト達は本当の意味で戦争をするということがどういうことか理解してはいないだろう。崩れそうな精神を守るための一種の現実逃避とも言えるのかもしれない。

 

 京楽はイシュタルを観察していた。今の彼は実に満足そうな笑みを浮かべている。

 

 イシュタルが事情説明をする間、それとなく光輝を観察し、どの言葉に、どんな話に反応するのか確かめていたことを。

 

 正義感の強い光輝が人間族の悲劇を語られた時の反応は実に分かりやすかった。その後は、ことさら魔人族の冷酷非情さ、残酷さを強調するように話していた。おそらく、この集団の中で誰が一番影響力を持っているのか見抜いていただろう。

 

 ユカリの不安そうな声を聴きながら、京楽はハジメを横目に見る、ハジメは京楽の視線に気が付くと小声で、「京楽はどうするの?」と聞いてきた。京楽はもちろん反対だ。日本に帰るためには必要かもしれないが、諸悪の根元であるであろう神が逃がそうとするわけがない。となると、戦争には参加せずに自力で解決策を見付けなければならない。そして、何よりも好きで人殺しになるつもりは更々ない。

 

「……京楽、無茶はしないでよ?」

「……ああ、無茶をするつもりは端からない」

 

 ハジメから釘を刺されて、京楽は溜息を吐く。まぁ、出来ると判断したならやるが。

 

 京楽はこの世界での立ち回りについて考え始めた。

 

 




続くかな?
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