薫さんは生産職   作:紅 卍

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花山、異世界で竜亀を戦慄させる

 祝福無き竜亀(アウント・ギラース)

 甲羅に無数の棘を生やした巨大な亀――神竜のなり損ね。

 

 その頭部――

 

 甲羅から出た、それだけでもトラックくらいはありそうな頭部に、花山は思い出すことがあった。

 そんなに遠くない過去の、こんな出来事(エピソード)だ。

 

 G・M(グランドマスター)の日本襲撃を退けた直後。

 

 花山にとっての大親分(おやじ)――五代目藤木組長秋田太郎に、自動車(くるま)をプレゼントしようという企画が持ち上がった。

 音頭を取ったのは、三代目極紋一家総長中村寅将。

 

 自動車(くるま)といっても、ただの自動車(くるま)ではない。

 

 装甲車だ。

 

 メーカーであるD.CO.Ltd.(デマルタ)社のJ.ケレップ会長自ら『バズーカでも地雷を踏んでも大丈夫』な『絶対に壊れない』『疾駆る(はしる)要塞』と謳う『飛びっきりの装甲車』だったのだが……それはさておき。

 

 祝福無き竜亀(アウント・ギラース)の頭部を見て、花山は、その装甲車を思い出したのだった。

 

(なんて名の自動車(くるま)だったか……)

納車時(あのとき)は……J.ケレップ会長(がいじん)が来てたか)

 

 というわけで、花山の中では――

 

装甲車(ガイジン)

 

――祝福無き竜亀(アウント・ギラース)は、そう呼ばれることとなった。

 

 ところで、祝福無き竜亀(アウント・ギラース)もまた。

 

 接近する花山に気付いていた。

 そして彼も、思い出していた。

 

 こちらは、果てしなく遠い過去の出来事だ。

 

●●●●

 

 花山が異世界転移者であるように。

 祝福無き竜亀(アウント・ギラース)もまた、異世界転生者だった。

 

 しかも、花山と同じ世界からの。

 

 祝福無き竜亀(アウント・ギラース)の前世は、人間ではなかった。

 生物ですら無い。

 

 装甲車だ。

 

 メーカー工場内の、彼専用に仕切られた特別な区画で製造され。

 その後、過酷な試験に合格し発注者(おきゃく)の元へと運ばれた。

 

 日本という、遠い国へと。

 

 納車前日、彼を造った者たちの長であるJ.ケレップ会長(おとこ)が言ったものだった。

『バズーカでも地雷でもお前を止めることは出来ない。何人も敵わぬ、お前は疾駆る(はしる)要塞だ』

 彼の鋼鉄の車体を撫でながら、何度も何度も……

 

 そして納車日。

 発注者(おきゃく)からの提案による、テストが行われることになった。

 耐久テストだ。

 メーカーで行われたテストに比べると、それはあまりに容易く思えた。

 

 ある男が、装甲車(かれ)を殴る。

 それに耐えられれば、良し。

 それだけだ。

 

 容易いことだった。

 

 米国の機動強化服装着者(スーツド・バーバリアン)中国、旧ソ連(ひがしがわ)生体強化戦士(ドーピング・ウォリアー)の殴打にも耐えられるよう、装甲車(かれ)は設計されていた。

 

 しかも――やはり、容易い。

 

 しかも装甲車(かれ)を殴る男というのは、ただデカいだけの、一目見て遺伝子操作はおろか薬物や電子装置での強化すら行われてないと分る、要するにただの人間(・・・・・)だった。

 

 既にテストの合格を確信し、装甲車(かれ)は未来に思いを馳せていた。

 これから自分の主となる暴力団組長(マフィアのボス)とは、いったいどんな人物なのだろう?

 歩み寄る男を見ながら、そんなことを考えていた。

 

 しかし――容易いことだったのだ。

 

 その男にとって、装甲車(かれ)を破壊することなど。

 一発殴ればそれで終わる、その程度の、容易いことに過ぎなかったのだ。

 

 ぎゅっと身体を捻じ曲げた男が、その戻る反動を――拳を装甲車(かれ)に叩きつけた。

 装甲車(かれ)の鼻面――フロントグリルに。

 

 その瞬間――

 

 車軸が折れ、タイヤが転がり。

 フロントガラスのフレームが歪んで外れ、ガラスは粉微塵となった。

 サイドミラーが、歪んだ車体から弾丸のように弾かれ。

 ドアは付け根から捩じ切られたように脱落し。

 

『本当に……これか……?』

 

 訊いたのは、その拳で装甲車(かれ)を殴り、破壊しつくした男だった。

 

『ェ? ああ……一応…』

 

 答える声がした――その数秒後。

 

 ボンネットを跳ね上げエンジンが爆発し。

 装甲車(かれ)は、廃車となった(死を迎えた)のだった。

 

 そして――

 

 転生して地竜となり。

 長い時間が経ち。

 神竜になり損ね。

 祝福無き竜亀(アウント・ギラース)に成り果て。

 また長い時間が経ったいま。

 

(あいつだ……)

 

 目の前に、男がいた。

 

(あの時の……あいつだ)

 

 あの時の男だ。

 あの時の男が、あの時のように歩み寄ってくる。

 

(どうして……)

 

 過去の記憶と同時に蘇ったのは、恐怖であり。

 屈辱の思いだった。

 

 あの時――

 

『本当に……これか……?』

 

――そう訊いた男の声は、明らかに戸惑っていた。

 

 弱さに。

 装甲車(かれ)の、あまりの弱さに。

 

 強者として生まれた装甲車(かれ)にとって、それは屈辱でしか無い。

 

 しかし屈辱を振り払おうとすれば恐怖が視界を覆う。

 

 屈辱と恐怖。

 

 その2つを抱えて、装甲車(かれ)は異世界へと転生したのだ。

 

●●●●

 

 そしていま。

 

(殺される!)

 

 祝福無き竜亀(アウント・ギラース)は確信した。

 

(あの拳で殴られたら殺される!)

 

 怯えからではない。

 祝福無き竜亀(アウント・ギラース)は神竜に成り損ねた存在だ。

 成り損ねたとはいえ、成り損ねるところまでは上り詰めた存在なのだ。

 

(また殺される!!!!!)

 

 だから決して怯懦でなく、神に近いところまでは行った、そういう存在が持つ力――未来予知力(よげん)により、祝福無き竜亀(アウント・ギラース)は、あの男――花山に己が撲殺される未来を透視したのだった。

 

 では――どうしたらいい?

 

 ぎちぎちと、音がしそうなほどに。

 花山は、身体を捻じ曲げている。

 背中を、完全にこちらに向けて。

 

 あの背中が、正常な向きに戻った時。

 花山の身体の捻じれは解け。

 その勢いで、拳を叩きつけるのだ。

 

 祝福無き竜亀(じぶん)の鼻面に。

 

 そして、祝福無き竜亀(じぶん)は殺されるのだ。

 

 再び、この世界においても。

 

 では――どうしたらいい?

 

(これしかない)

 

 あの背中が、まだこちらを向いている間に。

 花山の拳が、祝福無き竜亀(じぶん)に放たれる前に。

 

(やるしかない)

 

 そして、祝福無き竜亀(アウント・ギラース)は――

 

 自ら、鼻面を突っ込ませたのだった。

 

 花山でなく。

 花山の立つ、地面に。

 

 そして、放り上げたのだった。

 

 花山を、彼の立つ地面ごと、空へと。

 そうすれば、数秒後には。

 

 落ちてきた花山を、待ってるはずだった。

 

 祝福無き竜亀(アウント・ギラース)の甲羅に生えた、無数の棘が。

 

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