周囲の地面ごと、宙に放り上げられ――
(あいつも……こんな気分だったかもな)
――花山は、ある男のことを思い出していた。
男というよりは、雄と呼ぶべきか。
雄とは――例えば、ピクル。
白亜紀の氷の中から蘇った、原始の
花山の想った『あいつ』とは、ピクルではない。
そのピクルを敗北寸前まで追い込んだ、こちらも雄の中の雄――範馬刃牙だ。
東京ドーム、地下闘技場。
ピクルとの死闘において、刃牙はピクルに
地上の格闘技であれば極まった瞬間に勝敗が決してたであろうレベルの強さと精度で。
しかしピクルは、頸動脈を圧迫されながら。
泡を吹き、白目を剥きながら。
ダン! ダン! ダン!
闘技場の客席を駆け上がると、そのまま刃牙もろともに宙へと身を投げ出したのであった。
20メートル――いや、30メートル?
(ヤバイッッ高すぎだッッ)
観戦していた花山が、慄いた程の高さからの空中落下。
あの時の刃牙もこんな気分だっただろうかと、花山は想ったのである。
いま花山の投げ出された空中も、あの時刃牙が落ちたのと高さは変わらないだろう。
しかし――
(まあ……見てるだけよりは気が楽だ)
――刃牙が落ちるのを見ていた時のような、戦慄は無かった。
何故なら、落ちるのが自分自身であるなら。
(自分で……どうにかすりゃあいい)
既に花山は、落下を始めている。
ちょうど真下に竜亀《アウント・ギラース》の甲羅があり、棘の先端があった。
『よお』と友達に手をふるような姿勢になると。
串刺しになる、直前。
花山が、殴った。
棘の先端を、あたかも横からビンタするみたいに。
ばちん、と。
もし誰かが計測して、平均をとったのなら。
竜亀の甲羅に生える棘の――
直径は根本で60センチ、直径で2センチ。
長さは6メートル。
――それが、おおよその平均となるだろう。
そして、花山を串刺しにするはずだった棘。
すなわち花山がいま殴った棘は、太さも長さも平均を大きく上回っていた。
しかし、その太く長い棘に。
びし、とヒビが入る。
『出る力進む力が強ぇえほど、横からの力に弱ぇえ』
やはり刃牙✕ピクル戦を観戦した際に、花山が放った言葉である。
竜亀《アウント・ギラース》の棘を、真っ直ぐに進む強い力と考えるなら。
花山が、それを横から殴ってヒビを入れさせたのは、彼自身の言葉を証明したと言えるだろう。
さて、竜亀の棘にヒビが入り。
殴った花山の方はといえば――
くるり。
棘を殴った反動で宙返りすると、串刺しを免れた。
そしてまた落ちた先で棘を殴り。
くるり。
また宙返りして、また次の棘へと。
くるり。
くるり。
くるり。
パンチと宙返りの繰り返しで移動していく。
普段は行わないが、このような
そして――
「
――ついには竜亀の頭を踏んで飛び。
「…………」
息を乱しもせず、竜亀と対峙した最初の場所へと戻ったのだった。
あのまま棘と棘の間に着地し、全ての棘を叩き折ることも可能であったのだが。
あえて、そうしなかったのは。
(仏さんに……無体は出来ねえ)
棘に串刺しとなった、無数の死体を慮ってのことだった。
一方、竜亀《アウント・ギラース》はといえば――打つ手が無くなった。
甲羅から伸びる巨大な魔力の羽。
そこから魔素の強風を花山に叩きつけても。
「まだ……やるってことだよな」
花山には、戦意のアピール程度にしか受け取られない。
つまり攻撃としては、まったく効いていない。
人間であろうと何であろうと、
だからいま竜亀が放ったレベルの魔素の強風を浴びたなら、体内の魔素を乱され運が悪ければ死に、良くても人事不省に陥るのが通常だ。
それなのに、平然としている。
もとより対峙した時点で、竜亀は己が敗北の未来を知っていた。
『未来予知』の能力で見た
だからここまでの攻撃は、それを無視した上での、あがきに過ぎなかった。
やはりだから、これも無駄に終わるとは分かっていたのだが。
もはや竜亀には、絶望する余地すら無い。
竜亀の目の前に、花山の背中があった。
背中が見えるほど、花山が身体を捻じ曲げているのである。
あの身体が元に戻った時、その勢いで拳がふるわれ。
それが当たって、
装甲車であった、前世と同じように。
だから。
最後に竜亀がとった行動は、彼の考えに因るものでは無かった。
花山の身体が、捻れの極限から戻り。
拳を放つ。
ぶおん。
竜亀の鼻頭に向けて放たれた
ぱかり。
竜亀が、口を開いた。
そして拳が、僅かに進んだタイミングで。
ぱくり。
口を閉じた。
結果――花山の手首を、竜亀の歯と歯が挟む形になった。
つまり。
花山の手首を、竜亀が噛んだ。
その、屋根瓦みたいに巨大な歯で。
このまま噛みちぎるのが当然といえる力と勢いで。
ああ――しかし。
花山の腕を噛みちぎり勝利する
つまり、そんな未来は絶対に来ないということだった。
次回、「花山、異世界でスクワット世界記録を更新する」をお楽しみに!