薫さんは生産職   作:紅 卍

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花山、異世界でスクワット世界記録を更新する

『出る力進む力が強ぇえほど、横からの力に弱ぇえ』

 

 そう言ったのは、かつての花山だ。

 

 その際に例えとしてあげたのが――ピストルから発射された弾丸が、甚だしい時には観葉植物の葉に触れただけで大きく軌道を逸らされてしまう――そんな事例だった。それに応えてまた烈海王も、ストレートをカシアス・クレイのパーリングに干渉され、しかしなおも直進しようとするパンチの推力によって肩を脱臼するに至ったソニー・リストンの逸話を語ったわけだが。

 

 しかし――別の例え、いや喩えをここにあげよう。

 

 全力疾走する、体重100キロ超のアメフト選手。

 これに、あなたが横から体当りしたとする。

 さて――アメフト選手の直進は妨げられるだろうか?

 

 道路を時速100キロで走るトラック。

 これに、あなたが横から体当りしたとする。

 さて――トラックの直進は妨げられるだろうか?

 

 線路を時速200キロで走る新幹線。

 これに、あなたが横から体当りしたとする。

 さて――新幹線の直進は妨げられるだろうか?

 

 そして、あなたは無事でいられるだろうか?

 

 否と、聞くまでも無いだろう。

 

『出る力進む力が強ぇえほど、横からの力に弱ぇえ』

 

 だからこの言葉には、こう付け加える必要がある。

 

『しかし「ズバ抜けて」強い力なら、そうでも無いこともある』

 

 と。

 

 花山がパンチを放ち。

 

 その手首を竜亀が噛んだ。

 

 上の歯と下の歯で、勢いよく挟み込んだのである。

 

 直進する花山のパンチに『噛み付く』という横からの力で干渉したのだ。

 

 しかし、なおも花山のパンチは直進する――「ズバ抜けて」強い力を以て。

 

 すると、そこに何が起こったか?

 

 逆転したのである。

 

 烈海王風にであれば『裏返った』とでも言うべきだろう。

 

 花山の直進する拳、そしてその根本にある全身のエネルギー。

 

「ズバ抜けて」強い力。

 

 それによって、花山は裏返らせたのである。

 

 直進する己の拳を、竜亀の歯に干渉する、横からの力に。

 それに『噛み付く』横からの力を、花山の手首の中心に向け直進する力に。

 

 こうして、2つの力はその立場を逆転させた。

 

 結果――

 

 竜亀の歯を、根本からへし折り。

 花山の拳は、更に進み。

 これによって、証明したのである。

 

『出る力進む力が強ぇえほど、横からの力に弱ぇえ』

 

 花山のこの言葉は、完全ではないと。

 証明されたのである――他ならぬ、花山自身によって。

 

 べき。

 べき。

 べき。

 べき。

 

 拳は、更に突き進み。

 それに続く花山の全身(からだ)ごと、飛び込んでいた。

 

 竜亀の、口腔(くち)の奥へと。

 花山は、思わず漏らした。

 

「……臭え」

 

 そして狭かった。

 勢いのまま飛び込んでしまったが――いくら巨大な竜亀の口中といえど、流石に奥ともなると狭く、花山もしゃがんだ姿勢にならざるをえない。

 

 とりあえず、外に出ようしたのだが――

 

「ふんももももも……」

 

 歯を折られた痛み――折れた歯の根本から伸びた細長い何かが、びちゃびちゃ音を立てて揺れているのだが、あれは神経なのだろうか?――に悶絶する竜亀。その口中ともなれば、臭くて粘ついた血、体液、唾で溢れ、分厚く巨大な舌が真っ赤な波濤のごとく暴れまわっている。その蠕動は、花山を口腔の更に奥へと押し込み喉へと送り、いまにも呑み下さんとしていた。

 

「………」

 

 花山は、無言となり。

 そして、感じ取っていた。

 

 竜亀の上顎に触れた、背中。

 下顎に触れた、靴の底。

 そこに、硬い感触があった。

 

(これなら……壊れねえ)

 

 心中の呟きの、その意図。

『壊れねえ』とは、どんな行為に対してなのか。

 どんな行為を、竜亀の口腔に対して試そうとしているのか。

 

 いま花山は、しゃがんだ姿勢になっている。

 

 膝はついていない。

 足元――竜亀の下顎に触れているのは、靴の底だけだ。

 同じく上顎に触れているのは、肩と両の手の平だけ。

 

 そして、持ち上げられていく。

 

 顎が。 

 身を屈ませたせいで膝と近い高さだった花山の顎が、少しづつ、位置を高くしていく。

 

 スクワット。

 その姿勢と動作は、まさにスクワットそのものだった。

 

 蹲踞――立ち会い直前の相撲取りにも似た姿勢でバーベルを担ぎ、立ち上がる競技だ。

 競い合うのはバーベルに着けたプレート(おもり)の重さ。

 

 現在の世界記録は、フィンランドのジョナサン・ランタネン氏によって出された、575キログラム。

 

 ばき、ばき。

 

 持ち上がっていく――花山の顎が。

 

 ばき、ばき、ばき。竜亀の上顎が。

 

 持ち上がっていく――花山の背に担がれる、竜亀の上顎も同じくまた。

 

 ばき、ばき、ばき、ばき。

 

 花山が、近付いていく。

 直立に。

 直立に、より近い姿勢へと。

 

「ぶも、ぶ、ぶももももももももももも……」

 

 竜亀の顎が、開いていく。

 限界に。

 可動域の限界に、近い角度へと。

 

 もう一度言おう。 

 

 スクワットの世界記録は、フィンランドのジョナサン・ランタネン氏の575キログラム。

 

 ばき、ぼぐ、みち、べきべき……

 

 頭部だけで自動車ほどの大きさを持つ動物の口を、その咬合力に逆らい無理矢理開かせ、あまつさえ顎の関節を砕いて外して見せる程の力。

 それは、575キログラムに収まるものだろうか?

 

 いや――

 

 測定する(はかる)までも無いだろう。

 比べるまでも無いだろう。

 

 べきべき……ぼごんっ!

 

 最後に、水に大きな石を投げ込んだような音がして、竜亀の顎関節は完全に破壊された。

 いま花山は完全に直立し、その背中に担いでいるのは、竜亀の上顎の重さだけだ。

 とはいえ、それだけでもどれ程の重量となることか。

 

 こうして――

 

 我々の世界のスクワットの最高記録は。

 いま、異世界において更新された。

 

 花山薫によって、更新されたのだった。

 




来週は、コロナワクチン注射(2回目)のためお休みするかも知れません
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