薫さんは生産職   作:紅 卍

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先週は、コロナワクチンの副反応が出たためお休みしました。
その分もというわけではないですが、今回はいつもよりちょっと長いです。


花山、異世界で神竜の卵を手に入れる

 花山によって――

 

 顎関節を限界を越えた角度まで開かれ、破壊され。

 竜亀は、いま絶命の直前にあった。

 

 他に負った傷は、前歯全部と甲羅に生えた棘を何本か。

 竜亀の巨体からすれば、数パーセントの損傷に過ぎない。

 

 しかし、その数パーセントが、致命のダメージとなる場合もある。

 

 例えば、自動車であれば。

 車体やエンジン、タイヤが無事であろうとも。

 バッテリーに繋がるコードを一本切断してしまえば、走行不能になる。

 

 例えば、人間であれば。

 脳か心臓に繋がる動脈を一本塞いでしまえば、それで身体の機能の大半が失われる。

 

 つまりだ。

 竜亀にとってのコードや血管にあたるものが、花山に破壊された部位に存在していた。

 だからいま、竜亀は僅か数パーセントの損傷によって、命を終えようとしていたのだった。

 

 竜亀(かれ)は、考えていた。

 いや、悟っていた。

 

 この敗北は、当然のことだったのだと。

 己が神竜に成り損ねた理由も、同じことだったのだと。

 

 屈辱。

 

 花山薫(あの男)によって与えられた屈辱を。

 異世界(この世界)にまで引きずり抱え込んでしまった。

 凡その心の傷と同じく、無意識の奥へと隠して。

 

 それによって生じた精神の歪さが、己が神竜に成ることを自ら阻ませたのだ。

 そして、こんな形での花山薫(あの男)との再会を果たさせたのだ。

 

 と――そんな結論を得て。

 いま、ひとつの想いがあった。

 もしも、生まれ変わることがあったのなら。

 

 花山薫(この人)に勝ちたいなどとは、二度と思うまい。

 

 そして彼は、竜亀としての生命を終えた。

 

●●●●

 

 ふっ、と。

 竜亀から感じられる圧――戦闘の意思が消えた。

 

 花山は、それを喧嘩の終わりと判断する。

 重い石の間にいるような竜亀の口の中から出ると――

 

「うへぇへへ。やっつけちまいましたねえ。旦那ぁ」

 

――酒くさい息(これはいつものことなのだが)のアルチュがやって来た。

 

 彼女が来たということは、ここには既に危険がないということだ。

 花山が振り返ると竜亀の目に生命の光はなく、目を見開いたまま竜亀(かれ)は絶命していた。

 

「あややややや。こいつは大変ですよお。虐殺剣豪のムザンに陸海賊のスパーロ、片腕魔道士のメテロ、他にもグラーヴァ、ストライゲン、ミングス、ズバリコニ、センベーロ……賞金首がいっぱいだあ」

 

 アルチュが声を上げたのは、竜亀の棘に刺さされた死体にだ。

 かなり有名な面々が、竜亀の餌食になってたらしい。

 

「竜亀なんかが出るような森の奥に、これだけの有名所がいたということは……これは『政治的問題(ポリティカルインシデント)』ってやつになってしまうかもしれないですねえ……まあいいか。ヒック。旦那ぁ。これ(・・)、貰っちゃっていいですか?」

 

「……好きにしろ」

「うへへへへへ。あざ~~~っす」

 

 花山が放ってよこした酒瓶(ターキー)を受け取ると、アルチュは竜亀の甲羅に飛び乗り、賞金首の文字通り『首』をナイフで刈り始めた。

 切ってるモノがモノだが、その手際は流れるように速やかだ。

 

 それを見ながら、花山は焚き火を炊き始める。

 燃やす木の枝は、アルチュがここに来た時、既に抱えて持ってきていた。

 花山が戦ってる間に集めたものだ。

 こういった段取りで、アルチュに抜かりは無い。

 

 酒癖の問題さえ無ければ、彼女は優秀な冒険者なのだ。 

 

 いつものことだが、花山はサリオの顔を思い出す。

 アルチュと組むことになったのは、彼女の危機察知能力が理由だ。

 しかしそれ以外に、現場での彼女のソツの無さも、サリオが彼女と組むよう勧めた理由にあるのだろう。

 

 焚き火から、煙が上がっていく。

 それを見つけて、あと数時間もすれば、冒険者に護られた生産者ギルドの職員がやってくるだろう。

 これも、いつものことだった。

 

 冒険者が冒険者ギルドに所属するのと同様、生産職に就く者は生産職ギルドに所属している。

 そして皆、仕事で必要な素材をギルドから調達している。

 

 では生産職ギルドがどこから素材を仕入れてるかというと、冒険者ギルドからだ。

 それ以外の、例えば商人ギルドなどから仕入れることは、協定で禁じられている――調達依頼の孫請ひ孫請けが各ギルド間で発生した結果、複雑怪奇な経路から売価上昇の無限ループが発生したり、はたまた皆が誰かに金を払ったのに肝心の品物は誰の手にも無いといったトラブルが、過去に多々あったからだ。

 

 だから仕入れのルートとしては、まず生産職ギルドが冒険者ギルドに調達依頼をし、そこから冒険者に仕事が回ってくるわけなのだが。

 

 問題は採取依頼がいろんな意味で安い(・・)ということだった。

 報酬も安ければ、実績としての評価も安いし、仲間内の評判も安い。

 だから採取任務なんて、初心者しかやらない。

 だが初心者が入れない危険な場所でしか手に入らない素材もある。

 

 しかし、そこに行けるような高ランクの冒険者は採取依頼なんて請けてくれない――報酬ではなく、評価や評判の安さを嫌って。

 

 だが、護衛なら別だ。

 

 採取ではなく危険な森の奥への護衛依頼なら、高ランク冒険者の名誉も傷つかず報酬も満足なものとなる。

 そうして高ランク冒険者(かれら)に護られやって来た生産者ギルドの職員は、花山が暴れた現場に残された素材を査定し、必要であれば劣化遅延の魔法などをかけて、それから素材の輸送の手配に取り掛かる。

 これも冒険者に護られた荷方の列(コンボイ)が、遅くとも翌日の昼には現場に着き、全ての素材が街へと到着するのが数日後。

 

 更に数日後になって、生産者ギルドから花山に素材の代金が支払われる。

 

 本来、生産者ギルドが冒険者ギルド以外から素材を調達するのは禁じられているのだが、これには裏道がある。

 生産者ギルドには、生産者が余らせた素材をギルドで買い上げる仕組があり、花山の場合も、この仕組を使って素材を売却していた。

 

 焚き火から、煙が上がっていく。

 それを見ながら酒を飲む花山は、褌一丁の姿になっていた。

 その脇には、スーツの残骸――竜亀の口の中でスクワットした時、膨らんだ筋肉に破り裂かれてしまっていた。

 

 焚き火を挟んだ反対側では、アルチュが酒を飲んでいた。

 

 その視線は、花山の股間を注視している。

 何回か前の仕事の際、やはり褌一丁になった花山と、やはり向かい合って酒を飲みながらアルチュが訊いた。

 

『酒のつまみに、旦那がお持ちの、その立派な――長くて太くて美味しそうな――その立派な棒飴(アメちゃん)を舐めさせてはいただけませんかねえ?』

 

 応えは――怖い目で睨まれた。

 アルチュは失禁した(ちびった)

 そしてそれ以来、そのようなことは口にしていない。

 ただ、見つめるだけだ。

 じっとりねっとりした視線を花山の股間に固定し、うへうへ言いながら酒を飲むだけだ。

 

 それに対して花山は、いまのところ何の苦言も呈していない。

 

「…………」

 

 無言で、ただ酒を飲むだけだ。

 

 ところで、残骸となったスーツ。

 その上に、置かれているものがあった。

 

 丸くて、大きさはバレーボールくらい。

 竜亀の死体から、アルチュが見つけてきたものだ。

 彼女の目の前で、竜亀の尻あたりから押し出されてきたのだという。

 

 おそらくというか、ほぼ確実に竜亀の卵なのだろう。

 

 花山の股間から目を上げ、アルチュが言った。

 

「それ、大事にして下さい――後々、旦那の助けになるはずです」

 

 花山は――

 

「ん………」

 

 頷くと、新しい酒瓶(ターキー)をアルチュに渡した。

 

 花山は知らない。

 

 卵の中の生命が、ついさっき彼が屠った竜亀の生まれ変わりであることを。

 まだ形すら整ってないその生命が、花山への絶対的な服従を誓っていることを。

 この時点で、既に神竜となっていることを。

 

 花山との戦闘が、竜亀(かれ)が神竜となるための最後の課題であったことを。

 

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