生産職ギルドから冒険者ギルドまでは歩いて5,6分。
その途中にある店で、花山は籠を買った。
藁で編まれた、取っ手付きの大きな籠だ。
これにリュックから取り出した布(竜亀と戦った際に破れたスーツ)を敷き、真ん中に窪みを作ると。
そこに――
神竜の卵
――を置いた。
そして10分後には、冒険者ギルドの酒場にいた。
花山が町に帰ったのを見た誰かが先触れになり、酒場では既に花山のためのテーブルが空けられていた。
席に着くと、まず花山は
琥珀色の液体をがぼがぼと口に流し込んで。
「
ようやく、ぼそりと言った。
それが合図となった。
「カオルさん! 今度も
「亀竜ってマジですか!?」
「聞かせてくださいよぉお。カオルさ~~~ん」
酒場にいる冒険者達が、どっと花山のもとへ押し寄せた。
みな、どこか遠慮がちに花山を見ながら、話しかける機会を窺っていたのだ。
「また、世話をかけちまうことになるが……よろしく頼む」
生産職ギルドで言ったのと同じようなことを、ここでも花山は口にした。
「いや、そんなぁ」
「有り難い限りですよお」
「カオルさんのおかげで俺たち! な!?」
「そうそう! 冒険者ギルドもあんなに大きくなっちまって!」
酒場は、以前よりも広くなっていた。
冒険者ギルドのあった建物が取り壊され、その分の土地を使って建て増しされたからだ。
では、いま冒険者ギルドがどうなっているかというと……
「まさか、あんな立派な
誰かが言った声に合わせるように、皆が視線を移した。
酒場の、向かいの建物へと。
3階建ての、以前は有名な商会の支店があった建物だった。
この一ヶ月間――花山は森で危険に挑み、勝利してきた。
オークやゴブリンといったモンスターの集落。
エルダーリッチの要塞。
トレントの群生地。
そういった森の危険が、花山によって排除されてきた。
つまりその度、森に安全な場所が増え。
冒険者達による採集活動の範囲が大幅に広げられることとなった。
冒険者ギルドに持ち込まれる素材は十数倍にも増加し、それを処理するために中央から人員が派遣され、広い建物に引っ越し、更に人を雇っても、それでもまだ足りない活況だ。
当然、その影響は生産職ギルドや商人ギルドにも及び、いまこの町は未曾有の好景気に沸いていた。
森の危険によって阻害されていたこの町のポテンシャルが、花開いたとも言える。
「ん……」
周囲の声に相槌を打ちながら、花山は新たな
視線は、テーブルの中央に置かれた籠――神竜の卵に向けられていた。
「こ、これが……神竜の卵ですか?」
「ん……」
花山が言ったわけではない。
アルチュでも無いだろう。
神竜の卵に関して、帰りの道中、アルチュは話題にしようとすらしなかった。
こと
ちなみにいま、アルチュは冒険者ギルドで、亀竜の背中から持ち帰った賞金首の提出手続きをしているところだ。
花山はといえば冒険者ギルドに顔を出してすらいない。
花山の所属が、生産職ギルドだからだ。
生産職ギルドのメンバーが、生産職ギルドを通さず直接自分で冒険者ギルドにコンタクトを取るのは、ご法度――ギルド長の面子を潰す行為になる。
もっとも、そんなのはあくまで建前に過ぎず、個々で融通を効かせて諸々回しているのが実際なのだが、花山の存在の大きさ複雑さ厄介さは、そういった建前の厳守無しには軋轢を免れない。そして誰よりもそれ弁えているのが、花山薫という男なのだった。
興奮した声が訊く。
「亀竜を、やっちまったんですよね!?」
「ん……」
頷きながら花山は、あの人もこんな気持ちだっただろうかと考えていた。
刃牙との親子喧嘩の後、道で子供にサインを求められた範馬勇次郎も――
更に興奮した声が、更に訊く。
「一体、どうやって?」
「口を……こう……」
花山が、手を持ち上げる仕草をした。
簡単だが、それだけで皆、察してくれたようだ。
「おお! 亀竜の口の中に入ってしゃがんだところから!」
「一気に立ち上がって!」
「口を裂いてやったんですね!」
「メキメキメキ~っと!!!!」
「すげえ!」
「すげえ!」
「カオルさんすげ~~~~っ!!!!!」
称賛の声に謙遜も無視もせず、ましてや
花山は、ただ
「ん……」
とだけ。
どれだけ持ち上げられようと、花山はそれだけだ。
だが――
「カオルさんに勝てるやつなんて、どこにもいねえよ!」
「そうだそうだ!!」
――そんな声に、初めて。
「いや……」
と。
続けて、
「いるぜ。何人もな――何回も、負けてる」
言った花山に、酒場は静まりかえった。
どれくらい経っただろう?
勇気のある一人が、声を震わせながら訊ねた。
「そ、それは……どんな御仁で?」
ふむ……頬杖をついて、花山が答えた。
「一人目は――地上最強の生物って呼ばれてる男がいるんだが……」
「そ、その人に負けたんですか?」
「……その息子にだ」
「む、息子にですか……」
「その後で……本人にも負けた」
「本人にもですか……なるほど。それが二人目で」
「三人目は――
花山が胸の前に拳を構える。
「拳術ですか」
「その先生の……息子に負けた」
「また息子ですか……」
「四人目は――
今度は、胸の前で何かを掴むような仕草だった。
「組み討ち術ですね……それも、息子ですか?」
「……本人だ」
「息子には?」
「会って無えな……五人目は」
「ちょ、ちょっと待ってください! まだいるんですか!? カオルさんに勝てるような人が、まだまだいるって言うんですか!?」
「これが最後だ……俺の国の歴史で、最強って呼ばれてるお侍――
「剣士ですか」
「ああ……腹と、背中と、それから顔をこう――てことは、目玉も斬られたか。まあ、あちこち斬られてな。降参だ」
再び、酒場が静まり返った。
誰もが思っていた。
花山の言ってることは、本当だと。
誰もが知っていた。
信じ難いほどの、花山の強さを。
誰もが慄いていた。
その花山に勝利する存在がいるという――何人もいるという、花山の故郷に。
そんな恐ろしい場所が存在しているという、事実に。
「でもまだ、見えてるな」
ことも無げに言う声に、応える者はいなかった。
誰もが、思いを馳せていたのだった。
目の前の強く大きく美しい青年の、しかし苛烈極まりなかったであろうこれまでの人生に。