敗北を、ことも無げに語った花山に。
しん……
と、酒場は静まり返った。
(((((また、盛り上がって騒ぐのも!)))))
(((((静かなままなのも!)))))
(((((絶対、間違いな気がする!!)))))
酒場にいる誰もが、どうしたら良いものかと目を泳がせた。
と、その時だ。
高く澄んだ、声がした。
「亀竜の討伐と、この町のさらなる発展を祝って――乾杯!」
あまりに空気が読めてないとも言える、その声に。
しかし、誰もが救われた気がしていた。
花山の口の端が、僅かに持ち上がったのを見た――気がしたからだった。
そして、杯を掲げた。
「「「「「「「乾杯!!!!!!」」」」」」」
こうして、酒場はいつもの賑やかさを取り戻し。
花山も、
「どうぞ旦那。近くの村で作ってるワインです。なんでも『大森林』で採ったブドウを使ってるんだとかで」
「ん……」
新たに注がれた酒に口をつけた。
と――すっ、と。
その横に、顔を近付ける人がいた。
先程、乾杯の音頭をとった人物だ。
彼は言った。
「カオルさん。お疲れ様です」
サリオだった。
「ん……」
「後ほど、お部屋に伺います。
それから10分も経たず、二人は酒場を出た。
●●●●
向かった先は、宿だ。
花山は、この町に来てからずっと、同じ宿の同じ部屋に泊まっている。
「カオルさん――候補の物件の、図面を集めました。どれも町の中央から程よく離れてます」
しかし、いつまでもという訳にもいかない。
酒場でくつろぐ花山を見る度、サリオは思うのだった。
この男のあり方は、孤高ではあるが孤独ではないと。
人に囲まれてる姿が、一番似合っている。
人とは、すなわち町だ。
だから仮住まいの宿でなく、自分の家を持つべきなのだと。
この町を、
そんなサリオの提案に花山は、
「ん……」
いつもの様に頷き、そして今日、サリオは候補の物件の案内に来たというわけなのだった。
「見て下さい。どの図面にも矢印が書いてありますが、これは陽の動く方向です。『朝は明るく、昼は明るすぎず』っていうのが理想ですが、その観点ですと、この物件が良いですね。間取りの面でも、カオルさんの
「ん……」
サリオの説明に、頷く花山だったが――
「………ん?」
「何かありましたか?」
「それなら……こっちも良かねえか?」
花山が指した図面を見て、サリオが「ほお」という顔になる。
花山の言う通り、その図面に描かれた建物は間取りも日当たりも、サリオの第一候補に劣っていない。
しかし、図面が置かれているのはテーブルの端。
どう見ても、候補としては最下位の扱いだ。
サリオが言った。
「ああ、ここは……では明日、この物件も見に行くことにしましょう。見てもらえば、分かります」
●●●●
翌日。
花山とサリオは、まず第1候補と第2候補の物件を内見した。
どちらの物件も、どうやら花山は気に入ったらしい。
建物に施された職人の工夫に気付いて、
「ほお……?」
と何度か声を漏らしてたのにサリオは気付いていた。
その後、第3候補に向かう途中で、件の最下位候補に立ち寄ったわけだが。
その建物――正確には、その建物の隣の建物を見て、花山が呟いた。
「なるほどな……」
その声に、表情に。
サリオは、顔を引きつらせていた。
(ですよね~~~。そうなりますよね~~~~)
そして、確信していた。
花山は、この物件を選ぶに違いないと。
この物件の
教会への寄進――より多くの寄進を、ある商会が断った。
正確には、教会内部の
『特定の誰か』は怒った。
それに対し、商会も引くことは無かった。
そしてこの衝突の影響が、この町にも影響を及ぼすこととなった。
この町に、商会の支店が置かれる際。
その隣に、教会もとある施設を置くことにした。
誰の命によるものかは、言うまでも無いだろう。
教会の置いた施設とは、孤児院だった。
通常なら、貧民街に作られる施設だ。
間違っても、商会の支店が置かれるような場所には作られない。
逆に、孤児院の隣に商会の支店が置かれることも無い。
だから、この二つが隣り合うことは、まず有り得ない。
なんらかの、意図によるものでない限り。
嫌がらせという、意図が働かない限り。
結果として、商談に訪れる者も少なく。
商会は、半年と経たずこの町の別の場所へと支店を移すこととなった。
最初に要求された賄賂より、ずっと沢山の金を無駄にして。
そしていま花山達の目の前に、二つの建物がある。
いまでも商会により手入れされている、瀟洒な建物と。
その横に経つ、僅か数年でボロボロの、屋根も剥がれかけてる様な安普請。
安普請の窓から、花山達に向けられる視線があった。
稚いものも、大人びたものもある。
しかしそのどれもが不安気で、遡れば主はみな痩せていた。
花山が言った。
「ここで、いいんじゃねえか?」
「了解です。では、なる早で手続きを進めますね」
それに応えながら、サリオは。
(ですよね~~~~)
内心で大苦笑する。
しかし、同時にこうも思っていたのだった。
(しかし、カオルさんがこの物件を選んで――)
(それで、どんな問題があるというのか――)
(いや、むしろ――何故、この物件を候補に入れた?)
(つまり――)
そして、気付いたのだった。
(自分は、カオルさんがこの物件を選ぶことを――心のどこかで望んでいた?)
ということに。