異世界。
その言葉は、花山にとって、決して馴染みの無いものではなかった。
花山に勉強を教えた同級生たちが、国語力の基礎作りとしてライトノベルを読ませたのだ。薦められたのは、ライトノベルの中でも特にリーダビリティの高い、いわゆる「なろう系」の異世界ジャンルの作品群で、これを花山は二週間に一冊のペースで読破した。一般的には遅いかもしれないが、花山にとっては驚異的に速いペースだった。そしてそこに若頭の木崎がビジネスの匂いを嗅ぎつけ、結果として現在、花山組は複数のネット小説サイトの大株主となり、最近では企業舎弟に立ち上げさせたレーベルからアニメ化作品も出始めている。
(異世界転生……いや、これは転移か)
同級生の指導により、そこの違いだけはしっかりさせる花山だった。
(しかし…………弱った)
どうやら自分は、
そう認識した――そこまではいい。
問題は、次だ。
(どっちに……味方したもんか)
闘いの場に出くわし、おまけにこんなに注目を浴びてしまったら、素通りは出来ないだろう。
では兵士と鬼人、どちらに加勢するべきか。
人間である兵士に味方するのが無難なのだろうが、しかし実は兵士の方が悪者で、むしろ鬼人の方が迫害される被害者、正当防衛で闘ってるというパターンの話も読んだことがあった。
(両方とも……ぶん殴っちまうか)
そんな考えも浮かんだが。
(悪目立ちは……上手くねえ)
そういう理由で却下された。
(弱った……弱った)
そんな感じで、困る花山だったが。
実は困っているのは、彼だけではなかった。
花山を挟んで対峙する、兵士と鬼人。
彼らもまた、困っていたのである。
突然現れた、馬鹿でかい、正体不明の男。
兵士からすれば、花山は一見人間のように見えるが、その巨体から鬼人の変種である可能性も捨てきれず。
鬼人にしても、花山の纏う禍々しさは明らかに自分たちの同類で、しかしその肌の色艶は人間のものでしかなく。
敵か、味方か。
兵士も鬼人も逡巡し、だが行動はすでに始めていた。
兵士たちは剣を。
鬼人は拳を。
花山に向ける動きを、身体の裡で始めていた。
不幸だったのは鬼人だ。
兵士たちより早く、それを表に出してしまったのである。
それとは攻撃の意志であり、具体的には叫びとともに拳を振り上げる行為。
「ふしゅらぁあああああっっっ!!」
どちらを敵にするか迷っていた花山にとっては、好都合すぎた。
鬼人の拳が届くより早く。
「ん……」
花山の手の甲が、鬼人の頬にぶち当てられていた。
「ぼしぇええええええっっっ!!」
鬼人が吹っ飛ばされる。
もしこの場に範馬刃牙がいたなら、こう呟いていたことだろう。
『花山さんの、裏拳かあ~~~』
と。
「鬼人が……一発で?」
どよめく兵士たち。
「うあう……うぁう……うぁう」
十数メートルも転がった先で痙攣する鬼人を、ちらりと見て花山は歩きだす。
鬼人の拳を受けることなく、力を溜めることもなく裏拳であっさり片付けたのは、花山らしくもない。だが決して、鬼人の腕力を恐れたからではない。なんとなくだが、手短に済ませたい――そんな気持ちが、理由にあってのことだった。
花山が転移したのは、丘を下ったところに開けた、広い場所だったらしい。
鬼人一体に兵士が四、五人。
そんな組み合わせの闘いの輪が、ざっと二十組以上は見て取れた。
花山が割って入ったのも、そのうちの一つだったというわけだ。
歩く花山に、従うように後を追い、兵士たちも歩いた。
花山的には、すっ……と静かに。
だが兵士たちから見れば、ずかずかと。
一番近い闘いの輪に近付くと。
「ん……」
「ぽぎぇらぁっ」
鬼人を殴り倒し、花山は次の輪へ。
兵士たちも、数を加えて後に続く。
そうして一つ、二つ、三つ、四つ。
花山が鬼人を殴り、闘いの輪を終わらせる。
兵士たちも兵士たちで花山を追うだけでなく、苦戦してる仲間に加勢し数の有利を作って鬼人を斃し。
花山を起点として人間側が鬼人を圧倒するかに思えたが……
「底堅ぇ……」
花山が呟く通り、戦局は拮抗していた。
自らの周辺から発する圧が、どこかで押し返されているのを、花山は感じていた。
どこか――「あそこだ!」と声がした。
闘いを続けるうちに、兵士たちの中でも特に若くて気安そうな一人が「次は、あそこにしましょう!」「あっちが押されてますよ!」と花山に話しかけるようになっていたのだが――そいつが言った。
「あいつです! あいつにヤられちまってるんですよ!」
花山の活躍にもかかわらず、何故に戦局が拮抗しているのか?
簡単なことだった。
鬼人の側にも、花山と同じことをしてるやつがいたのだった。
手近な闘いに割って入ると。
「ゔぉぐらぁっ!」
人の背丈ほどもある棍棒で兵士たちをなぎ倒し、次の闘いを探して視線を巡らす。
右へ。
左へ。
また右へ――止まった。
鬼人版の花山とでも呼ぶべき、そいつの視線が、花山を捉えていた。
それを受け止め花山も、そいつを見る。
花山は大きい。
周囲にいる兵士たちよりも、頭ひとつ抜けて大きい。
だが鬼人たちは、その花山を見下ろす程に大きい。
そして鬼人版の花山は、他の鬼人たちより、更に頭ひとつ抜けて大きかったのだった。