若い兵士が、解説してくれた。
「あいつは
まくしたてる声を、花山は不快に思わなかった。
若い兵士の名は、サリオ。
兵士たちの中で一番早く花山に話しかけ、いつの間にやら花山の眼鏡やコートも彼が預かっている。
サリオが言った。
「やるんですね!! 旦那っ!!」
「ん……」
ぐにゃり、と。
空気を、歪ませ。
視線が、引き合うように。
花山と、鬼人将軍が歩み寄る。
考えるまでもなく、決まっていた。
いつものように、思い切り力を込めて、ぶん殴る。
花山がするのは、それだけだ。
対峙する相手からは、花山の背中しか見えない。
それくらいまでに、身体を捻じ曲げ。
重く硬い拳を、ぶん投げるようにぶん殴る。
いつも通り。
花山は、いつも通りにするつもりだったのだが……
この闘いを目撃した、ザツーナ王国貴族、マワリ=デ=ミテッタ男爵は、こう語る。
『鬼人将軍とハナヤマ殿がだな、こう向かい合ったわけだよ。いまの君と私より、もうちょっと近い距離でだな、向かい合ったわけだよ。ハナヤマ殿も大きいが、鬼人将軍はもっと大きい。殺されるな、と思ったさ……鬼人将軍がな。鬼人将軍が、ハナヤマ殿に殺される。向かい合う両者を見た、その一瞬で私は確信したのだよ。ハナヤマ殿のことは、もちろんその時点では私は何も知らなかった。だがな……説得力? 信頼感? とでも言うべきなのだろうな――この男は勝利するだろうという、いや、勝ち負けなどは越えた、もっと深い場所での信頼に値する、そういう何かを彼は発しているのだよ――ああ、そうだ。鬼人将軍とハナヤマ殿が向かい合ってだな。まずは鬼人将軍が棍棒を振り上げた。するとだ――』
いつも通りに、花山はするつもりだったのだが。
「ゔぃぇらぁっ」
鬼人将軍が棍棒を振り上げた、その瞬間。
花山は、動揺した。
鬼人将軍が、棍棒を振り上げ、花山の頭頂に叩き降ろそうとする。
その動きが。
軌跡を描く棍棒が。
あまりに、遅すぎたからだ。
そればかりか――
「「!?」」
――花山は、鬼人将軍の持つ棍棒を、掴んでいた。
鬼人将軍の顔が、驚愕に彩られる。
花山も、そうだった。
この
『まるで、ちょっと高い場所にある物に手を伸ばすようにな、すっとハナヤマ殿が手を上げた。音はしなかったな――うん、しなかった。ハナヤマ殿が手を上げると、まるで最初からそこに収まってたが如く、
その瞬間――
「「「「………」」」」
――鬼人将軍も、兵士たちも、鬼人たちも、そして花山も無言になった。
『あの
絶望的なまでの、実力差があった。
そして誰より深刻にそれを理解したのは、鬼人将軍だった。
なんなんだこの人間は。
なんなんだこの雄は。
容易く棍棒を止められた、事実。
そして一瞬だけ間近で見た、花山の目。
怯えも驕りも無く、殺意や勝ち気といったものすら見えない、ただただ殺し合いをこちらに強いてくるような、目。
勝てない。
こいつには、勝てない。
絶対。
こいつには、絶対、勝てない。
気付いて、自ら棍棒を手放し――
「ゔぉばっ!」
――鬼人将軍が、跳び退った。
それに対し、花山は。
「
鬼人将軍の足元に、放って返した。
鬼人将軍の、棍棒を。
それで、殴りかかりでもすればいいものを。
返した。
せっかく奪った、棍棒を返した。
「…………っっっ!」
それを、好機と喜ばず。
侮辱と感じる。
屈辱に、思う。
鬼人たちを束ねる鬼人将軍には、そういう悟性があった。
だが屈辱を晴らすには、闘わなければならない。
目の前の、この恐ろしい
「っっっっっっっっ!」
どうやったら、
「ゔぃっ、ゔぃっ、ゔぃっ………っ!」
答えの無い問いと花山への怯懦に、落涙失禁脱糞しながら。
それでも鬼人将軍に叫びをあげさせたのは、プライドだった。
勝負は、一瞬で終わった。
「ゔぃぇらぁああああああっっっ!!!!」
両手を大きく広げ、鬼人将軍が花山にのしかかる。
ぐにゃり、と。
花山の身体が、潰れたように曲がった。
鬼人将軍の巨体に覆われ、花山の姿が見えなくなる。
すると――音がした。
ぼこん、と。
鬼人将軍の背中が爆ぜた。
ぽぉん、と。
血しぶきと一緒に、何かが空へと飛び出していった。
誰もが、それを見た。
それを、目で追った。
それは、白く
ミテッタ男爵は語る。
『高く高く上がって、一瞬で小さくなった。そして大きくなるのも一瞬でな――分かるだろ? 避けられるわけなんてないのだよ。ほら見たまえ――これがその時の傷だ』
空高くへ上がり、ミテッタ男爵の頭を掠って地面に落ちた。
大きさは、人間の頭くらい。
背骨だった。
それは、花山の