薫さんは生産職   作:紅 卍

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花山、異世界でタイマンする

 若い兵士が、解説してくれた。

 

「あいつは鬼人将軍(オーガジェネラル)ですよ! ただの鬼人より三割増しで大きくて、強さは百割増しだって言われてます! 鬼人の強さが兵士五人分なら、鬼人将軍は百人分――いや、百人いたって敵いません。まずは魔術師の遠距離攻撃で削ってから地形効果の高い場所に誘い出し、それから足の早いチームで波状攻撃っていうのが定石で、その段取りを踏まなきゃどうにもならんのですよ!」

 

 まくしたてる声を、花山は不快に思わなかった。

 若い兵士の名は、サリオ。

 兵士たちの中で一番早く花山に話しかけ、いつの間にやら花山の眼鏡やコートも彼が預かっている。

 サリオが言った。

 

「やるんですね!! 旦那っ!!」

「ん……」

 

 ぐにゃり、と。

 

 空気を、歪ませ。

 視線が、引き合うように。

 花山と、鬼人将軍が歩み寄る。

 

 考えるまでもなく、決まっていた。

 いつものように、思い切り力を込めて、ぶん殴る。

 花山がするのは、それだけだ。

 

 対峙する相手からは、花山の背中しか見えない。

 それくらいまでに、身体を捻じ曲げ。

 重く硬い拳を、ぶん投げるようにぶん殴る。

 

 いつも通り。

 花山は、いつも通りにするつもりだったのだが……

 

 この闘いを目撃した、ザツーナ王国貴族、マワリ=デ=ミテッタ男爵は、こう語る。

 

『鬼人将軍とハナヤマ殿がだな、こう向かい合ったわけだよ。いまの君と私より、もうちょっと近い距離でだな、向かい合ったわけだよ。ハナヤマ殿も大きいが、鬼人将軍はもっと大きい。殺されるな、と思ったさ……鬼人将軍がな。鬼人将軍が、ハナヤマ殿に殺される。向かい合う両者を見た、その一瞬で私は確信したのだよ。ハナヤマ殿のことは、もちろんその時点では私は何も知らなかった。だがな……説得力? 信頼感? とでも言うべきなのだろうな――この男は勝利するだろうという、いや、勝ち負けなどは越えた、もっと深い場所での信頼に値する、そういう何かを彼は発しているのだよ――ああ、そうだ。鬼人将軍とハナヤマ殿が向かい合ってだな。まずは鬼人将軍が棍棒を振り上げた。するとだ――』

 

 いつも通りに、花山はするつもりだったのだが。

 

「ゔぃぇらぁっ」

 

 鬼人将軍が棍棒を振り上げた、その瞬間。

 花山は、動揺した。

 鬼人将軍が、棍棒を振り上げ、花山の頭頂に叩き降ろそうとする。

 その動きが。

 軌跡を描く棍棒が。

 あまりに、遅すぎたからだ。

 そればかりか――

 

「「!?」」

 

――花山は、鬼人将軍の持つ棍棒を、掴んでいた。

 

 鬼人将軍の顔が、驚愕に彩られる。

 花山も、そうだった。

 この瞬間(とき)の花山の表情を、ミテッタ男爵はこう語る。

 

『まるで、ちょっと高い場所にある物に手を伸ばすようにな、すっとハナヤマ殿が手を上げた。音はしなかったな――うん、しなかった。ハナヤマ殿が手を上げると、まるで最初からそこに収まってたが如く、鬼人将軍(オーガジェネラル)の棍棒が、ハナヤマ殿の手に握られ、止められていたのだよ。あの瞬間(とき)のハナヤマ殿の表情(かお)は、まさしく――まさしく『やっちまった』って表情(かお)であったな』

 

 その瞬間――

 

「「「「………」」」」

 

――鬼人将軍も、兵士たちも、鬼人たちも、そして花山も無言になった。

 

『あの表情(かお)を見て、私は悟ったのだよ。ハナヤマ殿が、彼の生きてきた場所でどのような存在であったのかを――どのように闘ってきたのかを。生まれついての強者であり、強者である責を自らに任じて生きている――こいつはそういう男だと、私は悟ったのだよ。おそらく彼は、最初に相手の攻撃を受けてやってそれから自分が攻撃する、そういう闘い方をしてきたのだろう。だから鬼人将軍に対しても、そうするつもりだったに違いない――しかしだ。鬼人将軍の棍棒を見て思わず、意図せず、勝手に、身体が反応して、まるで目の前のハエをはらうかの如く、気軽に、容易く(たやすく)、自らのポリシー(禁忌)に諮る間もなく――棍棒を、掴んでしまった。つまり、ハナヤマ殿がそう思わずともハナヤマ殿の本能が『マトモに闘うに値せず』と断じてしまうほど、ハナヤマ殿と鬼人将軍の間には――』

 

 絶望的なまでの、実力差があった。

 

 そして誰より深刻にそれを理解したのは、鬼人将軍だった。

 

 なんなんだこの人間は。

 なんなんだこの雄は。

 

 容易く棍棒を止められた、事実。

 そして一瞬だけ間近で見た、花山の目。

 怯えも驕りも無く、殺意や勝ち気といったものすら見えない、ただただ殺し合いをこちらに強いてくるような、目。

 

 理解(わか)るには、それで十分だった。 

 

 勝てない。

 こいつには、勝てない。

 絶対。

 こいつには、絶対、勝てない。

 

 気付いて、自ら棍棒を手放し――

 

「ゔぉばっ!」

 

――鬼人将軍が、跳び退った。

 

 それに対し、花山は。

 

(けえ)すぜ」

 

 鬼人将軍の足元に、放って返した。

 鬼人将軍の、棍棒を。

 それで、殴りかかりでもすればいいものを。

 返した。

 せっかく奪った、棍棒を返した。

 

「…………っっっ!」

 

 それを、好機と喜ばず。

 侮辱と感じる。

 屈辱に、思う。

 鬼人たちを束ねる鬼人将軍には、そういう悟性があった。

 だが屈辱を晴らすには、闘わなければならない。

 目の前の、この恐ろしい花山(なにか)と。

 

「っっっっっっっっ!」

 

 どうやったら、花山(こいつ)に勝てる?

 

「ゔぃっ、ゔぃっ、ゔぃっ………っ!」

 

 答えの無い問いと花山への怯懦に、落涙失禁脱糞しながら。

 それでも鬼人将軍に叫びをあげさせたのは、プライドだった。

 勝負は、一瞬で終わった。

 

「ゔぃぇらぁああああああっっっ!!!!」

 

 両手を大きく広げ、鬼人将軍が花山にのしかかる。

 ぐにゃり、と。

 花山の身体が、潰れたように曲がった。

 鬼人将軍の巨体に覆われ、花山の姿が見えなくなる。

 すると――音がした。

 ぼこん、と。

 鬼人将軍の背中が爆ぜた。

 ぽぉん、と。

 血しぶきと一緒に、何かが空へと飛び出していった。

 

 誰もが、それを見た。

 それを、目で追った。

 それは、白く円柱(まる)かった。

 

 ミテッタ男爵は語る。

 

『高く高く上がって、一瞬で小さくなった。そして大きくなるのも一瞬でな――分かるだろ? 避けられるわけなんてないのだよ。ほら見たまえ――これがその時の傷だ』

 

 空高くへ上がり、ミテッタ男爵の頭を掠って地面に落ちた。

 大きさは、人間の頭くらい。

 

 背骨だった。

 

 それは、花山の(パンチ)によって鬼人将軍の体内から弾き出された、鬼人将軍の背骨の一節だった。

 

 

 

 


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