サリオが言った。
「旦那……もし旦那にお困りのことがあるんなら、その酒で、とりあえずの解決ってやつが出来るかと思うんですが……どうでしょう? 失礼があったら許して欲しいんですが――察するに、旦那はこの国のお人じゃない。そして来年来月来週は判らないが、今日明日どうするかについては、まるで
そう言って、サリオは花山の目を見る。
そして、頭の中で用意した説明の大半を捨てることにした。
花山相手には意味が無いと判断され、省かれることとなった説明とは、次のようなものだった。
●●●●
『ここはザツーナ王国といいまして、ご存知かもしれませんが、南東側で『大森林』と接しています。
今回は『大森林』から鬼人が溢れてきたってことで、討伐隊が組まれましてね。
いくつかに分かれて鬼人を迎え撃った、
今日勝てたのは、旦那のおかげ。
少なくとも、旦那がいなければこんな大勝は出来なかったでしょう。
大殊勲もいいところだ。
褒美が与えられて然るべきなんでしょうが……
しかし、誰も、旦那のことを知らない。
ミルカラ=ニ=ムーノ伯爵。
ここにいる兵の殆どが――二百人以上があの方の領地から来ています。
そして実際に兵を指揮してるのが、あの方だ。
マワリ=デ=ミテッタ男爵。
あそこで怪我を手当されてる、あの方です。
あの方の領地から来てるのは、三十人ちょっとってところですかね。
本当なら、まずはミテッタ男爵のお付きの方から声がかけられて、男爵に挨拶して。
それからムーノ伯爵にも紹介されてってなるはずなんですが――
しかし、ミテッタ男爵は
それでも、お付きの人に呼ばれて
『
ってなってていいようなもんなんですが……
これは、ミテッタ男爵が止めてるのかもしれませんね。
おそらくは、ミテッタ男爵ご自身が――
●●●●
以上の説明を省き、サリオは続けた。
「ほら、ごらんなさい旦那。あそこでこっちを見てる御仁がいるでしょう?
ミテッタ男爵っていって、今日の指揮を執ってた方です。
旦那に声をかけたいんですよ。
お付きの人に声をかけさせても良いんだが、出来ればご自身で声をかけたい。
でも見ての通り、怪我の治療中だ。
だから、旦那のことをじぃっと見てるんです」
サリオの言ったとおり、談笑する兵士の輪をいくつか越えた向こうから、花山を見てる男がいた。
がっしりした体つきの、中年男だ。
気が強い、というよりは意志の強そうな顔に口髭を生やしている。
頭髪は豊かだが、今は、その三分の一近くが失われていた。
理由は――男爵は、白くて
何か――鬼人将軍の背骨だ。
花山のパンチによって鬼人将軍の体内から弾き出された背骨の一節が、天高く打ち上げられたあと落下し、ミテッタ男爵の頭の左側を掠って地面に落ちたのだった。幸い頭皮が抉られた以外の外傷はなく、軽い脳震盪になったが部下に抱き起こされてすぐ回復した――頭皮と、そこに生えてた毛髪は失われたが。それを治療すべく、床机に座ったミテッタ男爵の両側から、魔導師が回復魔法をかけている。
「「アンゴラエンベラメンヘラデンデラ、アンゴラエンベラメンヘラデンデラ、アンゴラエンベラメンヘラデンデラ……」」
繰り返される呪文は古代エルフ語によるもので、一般的な魔導師は意味を知らない。
ただ、これを唱えて魔力を込めれば治癒魔法が発動すると教えられてるだけだ。
この世界の魔法は、ほとんどがそういう形で伝承されている。
「「アンゴラエンベラメンヘラデンデラ、アンゴラエンベラメンヘラデンデラ、アンゴラエンベラメンヘラデンデラ……」」
もちろん効果はちゃんと出ていて、うっすら膜がはったように、失われた頭皮が再生し始めている。
しかし魔導師もミテッタ男爵も、後々で何らかの障害が出るのを覚悟していた。
怪我をした後、男爵は頭に布を巻いて闘っていた。
そしてその後、患部を水で洗ってから治療を始めた。
井戸から汲んで煮沸して、それから一日以上経った水だ。
魔導師は教養から。ミテッタ男爵は経験から、この水が危ないと感じていた。
しかも、怪我をしたのが頭だ。
何もしないよりはマシだが――この世界にはまだ無い言葉だが――何らかの感染症にかかる可能性、そして重篤な症状に陥り回復後も障害が残る可能性は否めなかった。
そんな状態で、ミテッタ男爵は花山を見つめ。
そんな状態のミテッタ男爵に、サリオと花山が近付いていく。
「旦那。
「ん……」
「旦那は、俺が何を言っても後ろで頷いてくれてるだけでいいですから」
「ん……」
「ところで旦那、お名前は?」
「……薫」
花山がフルネームで答えなかったのは『名字があるということは、異国の貴族!?』という展開が予想できたからだった。