「勝利! 勝利! 勝利! へへ……討伐成功おめでとうございます、男爵様。勝利! 勝利! 勝利! オセワの小隊におります、サリオと申します。へへへへ……」
へらへらへこへことした様子で、男爵に近付くサリオ。
それを見て、周囲の者が前に出ようとするのを、
「…………!」
ミテッタ男爵が、無言で制した。
咎められるべきことだった。
一兵卒が指揮官に――それ以前に平民が貴族に直接話しかけるなど、許されるべきことではなかった。
「………」
しかし、男爵は咎めず。
鼻を鳴らすと、サリオが言った。
「ここにおります御仁なんですが、名を『カオル』というそうで、お察しかと思いますが異国の人間でございます。聞けば仲間の商人と旅をしていたところ、盗賊に襲われ、これを退けたは良いが、今度は森に迷い込んで魔物の群れに襲われた。爪やら牙やら毒液やらを浴びせられ、それでもなんとかこいつも追っ払って、宿場町も近い街道へと仲間を逃した――とこまでは良かったんですが、このカオルさん本人は崖から落ちて川を流され、滝から落ちたと思ったらまた川を流され、裸同然のこんな
こちらを振り向きもせず同意を求めるサリオの、表情は花山から見えない。
それでも約束通り、花山は頷く。
「ん……」
サリオが続けた。
「恐ろしい鬼人の群れに異国の軍――あっしには関わりねえことでござんすと素通りか、それとも闘いが終わるまで隠れて様子を見るか。どちらか選ぶのが利口というものでしょうが、どちらも選ばないのがこのカオルという男です。魔物と人間が闘ってる。しかし、異国の軍隊だ。助太刀してやる義理はない。しかしそれでは義に悖る。というわけで、一番近い
と、軽薄に笑うサリオに。
どこか苦いものを飲み込んだ様な表情で、
「……うむ」
と、ミテッタ男爵が頷いた。
それを見て、サリオが仕上げに入った――そういう、声の調子で言った。
「ところでこれは、是非是非、男爵様にと――」
「これは……酒か?」
差し出されたワイルドターキーの瓶を、ミテッタ男爵がそう理解できたのは奇跡に近かった。
この世界に透明なグラスなど無く、普段飲んでいる酒がどんな色をしているか、正確に知る者すら少ない。
ぺきり。
新たに取り出した瓶の首を折って、花山が言った。
「そいつで……傷を洗うといい」
「酒で? 傷を?」
「ん……」
アルコールの殺菌作用についても、やはりこの世界の人間には知識が無かった。
「そこそこ強い酒だ……バイ菌も死ぬだろう」
「バイ菌? 死ぬ? ぬぬぬぬぬ……?」
困惑する男爵に囁いたのは、彼を治療する魔導師だった。
青白い顔を、男爵の耳元に近付けて。
「最近、東方のイガーイ国で、酒の酒精を強くする技術が発見されたと聞きます。強い酒精には病を遠ざける効果があるのだそうで……」
「確かに酒――ワインは水より傷みにくいが? それと同じか」
「酒精を強くすることによって、その効果も高まったのでしょう」
「そして病を遠ざけるに至ったと。なるほど……なるほどな」
うなずき合う男爵と魔導師。
そこへ――
「じゃあ、やっちゃいますか? 傷口、洗っちゃいますか?」
――サリオが言いながら、瓶を傾ける手付きをしてみせた。
「お、おお――そうで……そうだな」
「はい。『そうだな』いただきました~。ではカオルさん、お願いします!」
「ん……」
花山が、男爵の患部にワイルドターキーをかけながら言った。
気遣うような、心配するような声で。
「……染みるぜ?」
男爵が応えた。
「構わん!」
酒で傷口の汚れを洗い流し、それをサリオがどこからか取り出した清潔そうな布で拭い、また酒で洗って布で拭う。
「まだ
「もっとだ!」
「まだ
「もっともっとだ!」
「まだ
「もっともっともっとだ!」
それを繰り返すうち……
「酔って……る? 酒……飲んでないのに……わし……酔って…………りゅ?」
……傷口からのアルコール摂取で、男爵が酔いつぶれた。
サリオは傷口の様子を確認すると、やはりどこからか取り出した真新しい布を男爵の頭に巻き。
「これ、内緒だから」
そう言って、片目をつぶって見せた。
言われた側――男爵のお付きや魔導師たちは、それに黙って頷くだけだった。
そして、そこからどういう風に話が進んだのかは分からないのだが。
花山はミテッタ男爵の領地に行き、そこで当面の生活を援助されることとなったのだった。
男爵の領地までは、歩いて3日。
人口数百人の町に到着した時、花山は――
ワニ革の靴。
紫色のシャツ。
白いネクタイ。
白いスーツ。
――いつもの、あの格好になっていた。
それらの衣服を、花山がどうやって手に入れたかというと……