薫さんは生産職   作:紅 卍

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花山、異世界で青ざめる

 花山が泊まることになった宿は、この町では高級な部類なのだろうと覗えた。

 部屋に入った途端、花山は辺りの音が消え失せたように感じた。

 

 ベッドに文机、クローゼット。

 置いてある家具はそれだけで、窓にはガラスも無い。

 現代人の感覚からすれば素朴といえた。

 

 しかしここまでの道中で見た雑駁な景色と比べれば、素朴というより整然。

 この静けさこそが、金をかけて整えられたものなのだと分かる。

 

 サリオとは、夕食をとりながら今後のことを話し合う約束をしていた。

 

 夕食まではあと1時間ほどあるそうだ。

 ふと花山が振り向くと、若い女が立っていた。

 この部屋まで案内してくれた、宿の女中だ。

 まだ入り口から去らず、花山を見てる。

 

(チップか……)

 

 スーツから札入れを出そうとして、花山は気付いた。

 まだ、この世界の金を持っていない。

 では――コートのポケットに手を入れようとしたところで。

 

 違和感があった。

 

 女中は――若い娘は、花山を見てる。

 花山の顔をだ。

 

 珍しいことだった。

 

 たいていの人間は、花山の顔を直視することが出来ない。

 見たとしても、一瞬で視線を逸らす。

 そして花山の手を見て、その剣呑とした巨大さに。

 

 男なら震える。

 

 女なら更に視線を移す。

 花山の、股間へと。

 

 夜の女のトラブルが、花山組に持ち込まれることがある。トラブルを起こした風俗嬢やキャバクラ嬢が事務所に連れてこられたり、あるいは自分から訪れたりするのだが、たまたまそこに花山が現れたりすると、どんな女でも花山の股間をちらちら見ながらもじもじ落ち着かない様子になって、まるで会話不能な状態になってしまう。

 

 だから女中が花山の顔を見続けているのは、相当に珍しいことだったのだ。

 

「みんなで飲んでくれ」

 

 コートから出した酒瓶(ターキー)を、花山が渡すと。

 女中は、顔を真赤にして。 

 

「お、お食事の時間になりましたらお知らせにまいります!」

 

 ようやく去った。

 

(どこで………見たんだったか)

 

 去っていく女中の様子が、花山にはどこかで見たことがあるもののように思えた。

 それが何なのか――

 

(あの時の……メイドか)

 

――以前入った喫茶店のウェイトレスだったと思いだしたのは、スーツにブラシをかけ始めた頃だった。

 

 G・Mと呼ばれる殺し屋が、日本の裏社会を襲った際。

 ふらりと入った喫茶店で、花山はクリームソーダを頼んだ。

 あの時のメイドみたいな格好をしたウェイトレスも、花山の顔を見て、真っ赤になりながら去っていったのだった。

 

 と、答えが出て。

 

 一瞬だけ止まったブラシを、再び動かし始める。

 ブラシは、件の布袋から取り出したものだ。

 スーツや酒と同じく、やはり成人の儀の際、リュックサックに入れたものだった。

 それが何故、異世界で手に入れた布袋に入っているのか?

 

(まあ……異世界だしな)

 

 そういうことなのだと思って、ブラシを動かす。

 それがまた、止まった。

 また動かす。

 また、止まった。

 花山は、ブラシを見た。

 ブラシの、蓋の裏を。 

 

 ブラシは二つ折りで、蓋の裏側に鏡がついてるタイプだった。

 

 その鏡に、映っていた。

 花山の、顔が。

 その面肌が、青く白くなっていく。

 

 それを見ながら花山は、自分の肩を掴んだ。

 紫色のシャツの生地に傷だらけの太い指が食い込み、台風雲のような皺が捩る。

 それと同時。

 膨らんだ背中の筋肉に、シャツの背中が引き千切られた。

 

 そして露わになる入れ墨――侠客立ち(おとこだち)

 

 元和2年――現在から、およそ400年前。

 豪農である花山家が盗賊に襲われ、一家5名が惨殺された――1粒種である弥吉を残し。

 侠客立ちとは、その際に弥吉を救った旅の博徒をモチーフにした入れ墨だ。

 

 博徒は総身に盗賊の刃を受け絶命し、それでも弥吉を守り抜いたという。

 

 侠客立ち(そのすがた)は代々の花山家 家長の背中に受け継がれることとなり。

 そして、16代目の家長である花山薫。 

 侠客立ちを彫った夜、花山は敵対組織『富沢会』の事務所に暴れ込み、10分足らずで壊滅させている。

 かの博徒と同じく、総身に刃を受けながら。

 当然、背中の侠客立ちにも傷が刻まれることとなり。

 これをもって、花山は己が背の侠客立ちの完成を認めたのだった。

 

 しかし今――無かった。

  

 傷が。

 

 侠客立ちから、傷が消え失せていた。

 

 花山の顔が、背中が――全身が傷ひとつ無い状態となっていたのだった。

 

 そして鐘が鳴るがごとく、花山の脳裏に響く声。

 高校の同級生だった、竹林巌の声だ。

 放課後の教室。

 花山に勉強を教えながら、彼は言ったのだった。

 

『ほらあ。異世界転移ってぇ。車に轢かれた人なんかでも普通に健康になってるじゃない。あれって転移する時に神様が治してくれたのよねぇ。だったら、もし花山(あんた)が異世界転移したらぁ。その傷も治されちゃうかもよ? そしたら、どんな顔になるのかしらかぁ……』

 

 そう言ってうっとりする同級生の顔が脳裏から消えた頃。

 花山は立ち上がり、部屋を出た。

 階下に降りると、さっきの女中を見つけて訊いた。

 

「冒険者ギルドは、どこだい?」

 

 宿を出た。

 宿を出て右に7,8件行った先。

 そこに、冒険者ギルドはあるのだそうだ。

 

(――傷が無くなった)

(ならまた傷を、付けりゃいい)

喧嘩すれば(ゴロまけば)いい)

(ドラゴンとか、そういうの?)

(いや、もっと手っ取り早く)

(だったら、冒険者ギルドだ)

(登録しようとしたら、古株の冒険者が)

(『ちょっと指導をしてやる』って)

(喧嘩を売ってくる)

(そういうのがいなかったら)

(強そうなやつを見つけて喧嘩を売ればいい)

(強そうなやつがいなかったら)

(弱そうな奴でもいい)

(そういうのが実は)

(最強だったりする)

(絶対、そうだ)

(異世界ってのは、そういうもんだ――)

 

 なるほど、それらしい建物があった。

 堅気から少し外れたような人間が出入りしている、そういう雰囲気を放っている。

 花山は、迷わずそこに入って訊いた。

 

「冒険者ギルドは、ここかい?」

 

 そこが、冒険者ギルドの隣の酒場だとは知らず。

 

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